第1話 あらしの入学式⑷






「ねえキミ! 野球部に入らない?」


 教室に残っていた新入生に片っ端から声をかけて歩く。

 その様は若干鬼気迫るものがあって、言われた方は引き気味なのだが、今の野分はそんなこと気にしていられない。一刻も早く自分と晴の他に七人のメンバーを集めなければ、甲子園の夢が遠のいてしまう。

 だが、焦る野分とはうらはらに、返ってくる答えはそっけないものばかりだ。


「野球? 悪いけど、興味ない」

「つーか、野球部なんか創ったって無駄だって」

「そうそう。甲子園常連の大海原高校がいるからな」




「ばっきゃろーっ! てめーらそれでもチ〇ポついてんのかーっ!!」

「おいこら野分」


 結局、成果ゼロで誰もいなくなった教室の窓から十五の乙女にあるまじき雄叫びを上げる野分を、晴は呆れながら窓枠から引き剥がした。


「もう帰るぞ」


 窓の外はすでに夕日で赤く染まっている。新入生はほとんど帰宅し、残っているのはそれこそ部活に励む生徒ばかりだ。


「うう〜」


 晴に引きずられながら無念の唸りを上げる野分に呆れながらも、放って先に帰るということは出来ない。損な性分だと自嘲しながら、晴は野分が一番元気になる提案をしてやる。


「……キャッチボールの相手してやるから」


 その言葉に、野分はようやく引きずられるのを止めて立ち上がった。まだ表情は暗いが、エナメルからのろのろとグローブとボールを取り出すところを見ると、少しは元気が出たようだ。

 再びグラウンドに戻って、隅の方でキャッチボールをしながら、野分は力なく言った。


「明日から、まだ他の部に入っていない生徒に声かけてみるよ……」


 今日から早速部活を始めるつもりだっただけに落胆は大きいが、幸い自分は一人ではない。こうして球を受けてくれる存在がある。

 自分に付き合ってくれる晴のためにも、裏工作までしてくれた伯父と伯母のためにも、なんとしてでもあと七人集めてみせると野分は誓った。

 直に勧誘するだけではなくポスターを作ったり、とにかく出来ることをしようと思う。もしかしたら、二、三年生の中にも野球経験者がいるかもしれない。


「俺は手伝わねえぞ」


 野分の放ったボールをキャッチしながら晴が言う。

 晴は口と態度はドライだが、なんだかんだで最終的には野分の味方をしてくれることを良く知っている。

 しかし、こんな時ぐらい励ましてくれてもいいのに、と野分は口を尖らせた。


「それでも……諦めないもんっ!」


 今日一日の期待やら興奮やら鬱憤やらを込めて、野分はうっかり渾身の一球を放ってしまった。


「バカっ!」


 晴が慌てて手を伸ばすが、ボールは晴の真横をすり抜けて校庭の端を歩いていた少年に向かう。


「ああっ、危ないっ!」


 野分が叫んだ。

 声に反応したのか、少年が振り向いた。そして——


 カキィィィンッ


 小気味の良い音を立てて、ボールは野分と晴の頭上を越えて赤い空に吸い込まれていった。



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