第1話 あらしの入学式⑶





 天木田高校はこの界隈ではわりと歴史ある男子校である。

 二十数年ほど前、野分の父親が在学していた頃は、運動部の活動が盛んで、テニス部や剣道部の強豪校として知られていたと聞いている。

 野球部も県予選ではそれなりの成績を残しているが、創立以来甲子園への出場経験はない。

 さらに、少子化の昨今では生徒数がガクンと落ち込み、往時の勢いは失ってしまっている。

 だが、野分にはそんなことは関係ない。

 とにかく野球部に入って、自分の力で天木田を甲子園に導くのだと、逸る気持ちを抑えて入学式に臨んだ。


(まずは顧問に入部届を出して……部員は何人ぐらいいるんだろ?)


 セレモニーの間も考えるのは野球部のことだけだ。生徒会長の挨拶も校長の長い話も耳に入らない。

 体育館から各々の教室に移動して担任の紹介をされた時も上の空だった野分は、ホームルームが終わるやいなや晴を引き連れて校舎を飛び出した。


「晴! 早く早く!」

「焦んなくてもグラウンドは逃げねえよ……」


 晴の言う通りだが、野分としては十年間この日を待ち望んできたのだ。落ち着いてなどいられない。

 校庭に駆け込んだ二人は、すぐさま野球部の姿を探した。


「……あれ?」


 校庭の隅から隅まで見渡してみるが、練習しているのはサッカー部や陸上部ばかりで、野球部らしき生徒が見当たらない。


「まだグラウンドに出てきていないのかな?」


 野分は首を傾げた。その場でしばらく待ってみるが、野球部はなかなか姿を現さない。

 しびれを切らした野分は、部室を訪ねることにしてグラウンドに背を向けた。

 晴と共に運動部の部室が集まる棟を探し歩くが、野球部の部室がどうしてもみつからない。


「あの、野球部の部室ってどこですか?」


 通りかかった上級生を捕まえて尋ねると、相手は眉をひそめてこう言った。


「野球部? そんなもんないよ」

「はい?」


 あまりに意外な台詞に、野分の脳みそは一瞬停止しかける。


「三年前まではあったみたいだけど、部員不足で廃部になっているよ」


 現実逃避しかけた野分にあっさり衝撃の事実を告げて、上級生はその場から立ち去った。


「……」

「……おい、野分」


 ショックが大きすぎたのか、その場で硬直する野分の肩を晴が叩く。我に返った野分はぎぎぎ、と鈍い音を立てて振り向いた。


「晴……野球部が……」

「ないんだとよ」

「そんな〜っ」


 信じがたい現実に、野分は頭を抱えて嘆いた。


「あり得ない! 野球部がないだなんて!」


 野分にとってのお最重要課題は「どうやって男子校に紛れ込むか」だったので、そればかり心配していて、肝心の基本情報を把握していなかった。

 まさか、野球部がないだなんて。


「諦めて、今からでも共学に行くんだな」

「……いや! ないなら創る!」


 俯けていた顔を上げて、野分は宣言した。


「天木田で」甲子園に出場するのが父との約束なのだ。ここで諦める訳にはいかない。

「九人ぐらい、すぐに集まるさ! そうと決まれば早速勧誘だーっ!」

 半分やけくそ気味に叫んで、一年の教室に駆け戻っていく野分に、晴は大きく溜め息を吐いてからその後を追った。



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