第1話 あらしの入学式⑵





 しっかりと学ランを着こんで立つその姿は、多少線は細いが十分に男子高生に見える。

 が、嵐山あらしやま 野分のわきはるが言うように、十五歳の女子であった。


「今からでも遅くねぇぞ。諦めて共学に行け」


 燃え上がる野分とは対照的に、極めて冷めた口調で晴が言う。


「なんだよ! 晴は俺が天木田に通うの反対なの?」

「当たり前だろ」


 逆にどうしたら賛成できるんだと、晴はこめかみを押さえた。

 五歳の時に自分を捨てた父と再会するために、野分がひたすら野球の練習に励んできたのはよく知っている。その努力を誰よりも近くで見てきたのは従兄弟である晴自身だ。

 幼い頃はそんな野分を応援していたし、捕手として投手である野分を支えてきた。

 だが、まさか本気で男子校に入学するとは思っていなかった。

 よしんば、野分が入る気満々であっても、常識とか規則とか法律とかがそれを阻むと思っていたのに。


「安心しろ野分! 晴がなんと言おうとおじさんは味方だぞ!」


 勢いよく襖を開けて、晴の父親であり野分にとっては伯父にあたる星四郎が乱入してくる。

 自分達の会話は居間に筒抜けだったろうから驚きはしないが、無責任に焚き付けるのはやめろと晴は父親を睨んだ。

 星四郎は息子の非難の目などどこ吹く風で、野分の肩を掴んで励ます。


「おじさんがちゃんと「男子」として入学できるように裏工作しておいたから心配するな」

「すごいや、おじさん! でも、どうやって?」


 素朴な疑問に首を傾げる野分に、星四郎は親指を立てて答えた。


「天木田の理事長の弱みを握っている」

「背後が真っ黒だよ、おじさん!」


 堂々と脅迫行為を暴露する星四郎の影から不穏なオーラが立ち昇っているのを感じて、野分は「やっぱおじさんはすげぇや」と感心した。


「頑張れよ野分!」

「野分ちゃんならきっと甲子園に行けるわ!」


 いつの間にか母親の月子まで混じって野分への激励会場と化した八畳の和室で、盛り上がって肩を抱き合う三人を眺めて、晴は苦々しく呟いた。


「バカ共が……」




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