第7話 Mがきこえる街

いつも一緒にいたかった

となりで笑っていたかった

季節はまた変わるのに

心だけ立ち止まったまま


どうしてこんなに涙かでるの

もう叶わない想いなら

あなたを忘れる勇気だけ欲しいよ



ふたりは、東京にいた。

薄暗い新宿のビジネスホテル。

なんども、なんども、外からプリンセス・プリンセスの「M」が、聴こえた。


外食することなく、デパ地下で買ったお弁当を食べた。

深夜になるほど、ホテルの下では、大声でケンカする酔っ払いの声が聞こえた。

人が、いなくなると、また、歌が聴こえた。


しょうこちゃんと、二人旅。


青函トンネルを通り、寝台車は東京をめざした。

ふたりの手には、ホテルの案内のミニ本と、東京と書かれた地図。

「東京に行きたい」と、話したのは私。

しょうこちゃんは、笑って頷いた。


わたしの母が心配して、新宿のビジネスホテルに電話した。

「函館から行きます。よろしくお願いします」と話した。

恥ずかしかった。


ふたりは、深夜便で東京へ向かった。

夜の11時50分発


ワクワクした。

深夜の函館駅には、車で遊んでいるときのトイレタイムで来たことがある。


オレンジ、しろ、きいろ、カラフルな待合椅子に座る人を、なんども見たことがある。

この人たちの、ゆくさきには、興味なかった。

旅が決まったとたん、座る人たちが気になった。



上野ー札幌間の寝台列車、「北斗星」



消えていく函館の景色をみた。

青函トンネルに入ると、お客さんは歓声をあげた。

深夜なので、どこからが、海底トンネルなのか?わからなかった。

光るとり?なにか、動く仕掛けがあった。


初めに見えた景色は、青森県蟹田駅。

海をくぐりぬけた!夢の瞬間だった。

深夜なのに、電気のつく家。列車と並んで走る車。

いろんな暮らしがあった。

北海道から東北の景色は変わる。

家の屋根、木々、畑、花、国道。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


二段ベットのカーテンのすき間から、深夜の街を見ていた。

いろんなことを考えた。

狭い世界しか、知らないんだなと、思った。


薄明るくなった栃木県。

駅には仕事や学校へ向かう人が、駅に立っていた。


カーテンをつけた寝台車は、田舎者まる出しのように感じた。

向こうからみえないのに、カーテンを引いて、すき間からみた。


「上野」到着。


乗っていた人たちは、駅に着くと散らばっていった。

みんな東京人だったと、思った。

取り残されて、ふたりは、顔をみつめあった。

ポケットには、東京の地図。

見たいのに、取り出せなかった。

なぜか、見栄はりだった。

知ったかふりをして、人の波にのって、階段を下りた。


「山手線」に、乗ればなんとかなる。

乗りまちがっても、クルクル回る

絶対いける。

時間がたっても、いずれ目的のホテルに着くはず。


ふたりは無口だった。


電車は人がたくさんいた。

走り出す街の景色は、マンションばかりだった。

楽しそうに話す女子高生。

ビジネスマン。

東京の叔父が話す、言葉、イントネーションの違い。

あいた席に座ると、持っているスポーツバックを、小さく縮めた。



「しょうこちや~ん」

いつもより、小さな声で話した。

なまりを極端に気にした。



新宿駅で降りると、案の定、チンプンカンプンだった。

ふたりは、何度も、デパ地下の売り場、人ごみを歩いた。

同じ景色をみると、はじめて迷っていることに気がついた。


わたしが前を歩く。

しょうこちゃんは、黙ってついてきた。


ようやく、外に出た。

土砂降りだった。

おおきな雨粒だ。

「東京の雨は大きいね」

「うん」

しょうこちゃんは、いつも笑顔だった。

結局、交番でホテルの場所を教えてもらった。


白いタイルの高級そうなデパートの隅に、公衆電話があった。

若い学生風の男の子が、誰かと話していた。

「いまどこ?」と言われているのだろう。

「新宿」と、話していた。


わたしも真似して、母に電話した。

「無事についたよ」

「いまどこ?」

「新宿」



東京都と書かれた、工事現場の看板を指さし、ふたりは笑った。

なにもかも輝いて見えた。


ただ、夜は街は一変した。

ビジネスホテルの真下では、大声で怒鳴る男たちの声がした。

ケンカもあった。

お日様がある時間と、夜は、まったく違っていた。

東京は怖い。


ケンカが終わると、また、プリンセス・プリンセスの「M」が流れた。

わたしたちは、一晩で、すっかり歌の歌詞まで覚えてしまった。




この歌を聞くと、あの時の私たちの笑顔がよみがえる。

東京の地を歩きたかった。

ただ、それだけ。

それだけなのに、一生の思い出。


消えることのない、はじめての東京。


ちなみに、私たちは、都内では無口だった。

話し始めたのは、盛岡から乗り換えて、東北なまり全開の列車内だった。

おばちゃんたちが、聞き覚えのあるなまりで、にぎやかに話していた。


原宿で買った「所ジョージグッズのクッション」を、しょうこちゃんは取り出した。

わたしは、新宿アルタで買った「さんまのまんま」のぬいぐるみを出した。

とんねるずのタカさんのお店でも、黄色いパーカーを買った。

新宿、原宿、浅草、帰りは、はじめての新幹線。

ドキドキの盛岡で乗り換え。


たくさん、話したいことがあった。

でも、我慢した。

浅草で買ったおせんべいを、食べながら、はじまりから終わりまでの、東京の感想を機関銃のように話した。


「やっぱり、函館がいい」


列車が、当別の海を走る。

見慣れた景色があった。

ここは、函館。

街が、二日前とは、違って見えた。













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