第3話 フォーカス


5月。


ゴールデンウイークまじかの日。


親知らずが腫れて、一晩中歯が痛んだ。

翌日、顔がはれて、まん丸になった。

歯科医院で、痛み止めをもらった。

休み明けに、抜くことになった。


そんな、まん丸の顔のわたしが、笑って映る写真がある。

あいかわらず、お気に入りのトレーナーを着て。

トレーナーの下は、デニムの縦にフリルのついたタイトスカートだ。

エイコは、からし色のトレーナーにジーパン。

しょこちゃんは、シンプルなトレーナーにタイトスカート。



生まれて初めて、友達同士で、遠くへ行った。



ゴールデンウィーク。

日帰りでルスツ高原へ行く。

190キロの長距離である。

しょうこちゃんが、車で迎えに来た。


助手席はエイコ。


はじめての長距離ドライブ。

ワクワク感の中、顔はみごとに腫れていた。


曇り空。


大沼のトンネル手前の、おにぎり屋さんが美味しいと聞いて寄る。

自販機で缶コーヒーを買う。

しょうこちゃんは、いつも穏やかで、わたしたちのお姉さんのようだった。


わたしとエイコのおしゃべりは続く。


エイコは、ラジオから流れる歌を歌った。

しょうこちゃんは、目を細めて笑っていた。

コンビニのない時代である。

国道五号線を走ると、森町落部にお菓子屋さんがあった。

そこで、パンを買った。


はじめて走る道。

なんどか、見たことがある景色だけど、3人だと新鮮だ。

漁師街を車は走る。

ファンタと書いたさびた看板のある商店も通り過ぎる。


しょうこちゃんは、前の車に続いて走った。

度胸があった。

かっこよかった。


ルスツ高原は、カップルが大勢いた。

カップルの聖地のようだった。

そういえば、高校時代の友達も、彼氏と行っていた。

アルバイトしていた時も、免許のある正社員の男性と、女子高生数人が、ルスツへ行ったと話していた。


みんなが来るのが、うなずけた。

どこも、ここも、カップルだらけ。


「キャーキャー」大きな声を上げて、ジェットコースターに乗っていた。

乗り物を待つ長い列は、どこから来たのか?若い男女が大勢いた。


記憶はここまで。

わたしは、ここにたどり着くまでの、道のりが楽しかった。


国道五号線を走り、長万部から国道230線にうつる。

虻田町から喜茂別に向かうカーブが、きつくて、面白かった。

「キャー!キャー!」騒ぎながらも、車は走る。

若葉マークは、トラックにあおられる。


うしろを振り返ると、ピッタリと、トラックがいた。

なにもかも、新鮮だった。


なにか、お土産を買ったかもしれない。

人ごみの中、ルスツ高原のホテルの中で3人は買ったかもしれない。

記憶はない。



いまは、まん丸に腫れた顔で、ピースする私の写真があるだけ。


お休みの日に、若い人たちは、こうして楽しんでいた。


次の日も、朝と夜の世界が、待っていたけど、一瞬で、心の中にある汚いものが流れていく気がした。


あの日、わたしの目に映るフォーカスは、なにもかも新鮮だった。









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