第2話 ようこそ輝く時間へ


精肉店の洗い物は、ラスト30分前の仕事といえ、憂鬱な作業だった。

19歳の若い女性が、好んでやる仕事ではない。

精肉の残り血をみる。

匂うし、不気味だった。

やよいちゃんも、わたしも、水仕事で、手はボロボロになるし、見るものすべてが、悪に見えた。

そんななか、4年ぶりに中学時代の友達と会う。


仕事が終わる時間にあわせて、しょうこちゃんが、車で迎えにくる。

こんなにも、嬉しいことはない。

エイコと3人で、食事する予定だ。


こういうときは、どんな悪い状況にあっても、頑張れるものだ。

蛍の光も、無事に流れて、タイムカードも押した。

やよいちゃんに、挨拶してスーパーの裏に停めてあった白い車に乗る。


乗った瞬間、ここは、別世界だった。


ショートボブのエイコは、顔が小さく、眼が大きかった。

クリクリした二重瞼。

やせ型で、背が高く、モデル体型だ。

うっすら化粧して、小さなバックを持ってた。

朝とちがって、おしゃれな服装だった。


しょうこちゃんは、肩まである髪を、ソバージュにして、黒縁の眼鏡をかけていた。シンプルな上質なトレーナーを着ていた。


わたしは、お気に入りのIS(ツモリチサト)トレーナーに、ジーパンだった。

大きなバックが、不似合いな気がして、車に乗り込むと、つぶして小さくした。


「どこに行く?」

「おまかせ」



わたしを乗せた、魔法の馬車は、路面電車と並んで走った。

窓から見る街灯のあかりは、金色。

ときどき、窓ガラスに映る私の顔が見える。

エイコは、おしゃれなのに、わたしの髪はぐちゃぐちゃ。

さっきまでみた、おそましい景色が、街の明かりをみてるうちに、浄化される。


車内では、笑い声。

エイコが助手席に乗る。

わたしは後ろ。


しょうこちゃんは、運転免許をとったばかりには思えない、運転がうまかった。

なれた手つきで、ギアをチェンジした。


魔法の馬車が、着いたのは、ベイエリアのカフェ。

ヨットハーバーが見えるお店だった。

階段をあがり、船の錨(いかり)がついたドアを開ける。

そこは、私が知らない世界だった。

船の船内をイメージにした作りだった。

木製の大きな扉を開けると、おしゃれな空間が広がっていた。


上質のアイビールックを着た中年男性や、外車を乗った男女がお店に入ってきた。

お酒もあった、外国製のボトルがカウンターに飾られていた。


オドオドする私の前を、しょうこちゃんがメニューをみる。

エイコも、まんざら、はじめてではなさそうに見えた。


通り過ぎるだけのお店。

なんども、高校時代から、おしゃれな建物の前を通ったことはあったけど、扉を開けることはなかった。


テラスがある。

わたしのリクエストで、ちょっと寒いけど、外で食べた。

船が見える。

船の灯かりと、オレンジ色の街灯のあかりが、波にうつり、揺れていた。

キラキラ光り美しい。


ふたりは、近況を話した。

わたしは、輝く時間に、感激していた。


素敵なとき。

こんな世界があった。

眺めるだけの扉のむこうでは、おしゃれな若者たちが、こうして毎晩、集まっている。知らなかった。

朝と夜の世界に、光がさした瞬間だった。



このお店の名前は、NAVY’S CLUB。



「ようこそ、輝く時間へ」と、話しているようだった。





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