夜空

 三月とはいえ、薄暮はくぼとともに気温は冬同然まで下がってしまう。明かりがなくなった以上、人間にできることは体力の回復、および温存以外になにもない。

 家族は室内で厚着すると、仏前ろうそくを点け、LEDライトのスイッチを入れ、石油ストーブに火を灯した。『闇』の中で、『光』を欲する理由がよくわかった。


 BGMはラジオのみ。震災が発生してから今まで、茨城放送を流し続けてわかったことがある。どうやら、録音された県内の情報が延々とリピートされているだけのようだ。新しい情報が入ってこない? それとも別の理由か。どうあれ、日本全体の被害状況が定かではなく、不安しかなかった。

 新しい情報を求めてラジオを流し続けているが、それだけで気が滅入ってゆく。なんでも良い、私は気を紛らわしたかった。

 そういえば地震が発生してすぐ、メールが来ていた。

 折り畳みの携帯電話を開いて新着を確認。

 当時、遠距離恋愛をしていた恋人からは、


『地震、大丈夫!?』


 と、安否確認が一通。

 また、水戸市に住む、十年来の友人からは、


『おーい、生きてるかー? こっちはだ』


 途中で途切れた不穏なメッセージが届いていた。

 とにかく、こちらが無事である旨だけは伝えておかなくてはいけない。私はすぐに各々へメールを送信した。が、通信状況は悪く、メッセージが送れたのかどうかが判断できなかった。リダイアルからの生存報告――はつながらず、やむなくLEDライトを持って公衆電話を求めた。

 歩き慣れた地元は真っ暗で、人気もなく、完全な別世界だった。ゆっくりと歩を進め、運動公園の公衆電話に辿り着くと、受話器を取った。


「え? あれ? 嘘だろ……なにも聞こえないし」


 だのに、まさかコール音にさえたどり着けないとは――

 まさにである。

 成果がなにひとつ得られぬまま帰宅する足取りは重かった。小学校で悪さをしたあの日を模すような心持――溜息とともに空を仰いだ。

 その時、私はおのが目を疑った。

 天上は気色悪いくらい無数の点で覆われ、燦然さんぜん光輝こうきしていたのだ。


「うわ、気持ち悪っ……。てか星って、普段はこんなに出てんのか」


 全国的な停電のお陰で『満天の星空』という代物を見られたというのに、見慣れぬ風景がただただにしか見えなくて――心に余裕がなかった私は、感動よりも恐怖を覚えてしまった。


 家に帰って、畳に腰を下ろして一息。その間もダイレクトに揺れを感じる。

 一家三人が居間に集まり、横になれるスペースを作り、幾度と続く震度3、4の余震に心身を震わせた。揺れに慣れ始めたかと思うと、たまに震度5が来て、せっかくうとうとしていた体が飛び跳ねる。

 しゃがかかったような、長く遠い、太平洋のあかつき


 私の体は、睡眠したのか、睡眠していないかさえ区別できなかった。ずっと頭がフワフワし、夢現ゆめうつつに居るのだ。

 ずっとずっと――悪夢なのだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・被災時のポイント6

 夜空の星々は皮肉なほど美しい

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