3.12
翌日
何時間ぶりの、東の空にこんにちは。
――そう、私は生きている。
しかし、いつ寝たのだろう? 起きたのはいつだろう?
夢と現実の
三月十二日。
電気、水道、ガス――当然、ライフラインはすべて止まったままだった。
いや、端から期待はしていなかったが。
私はアルバイト先に電話し、家が『大変なこと』になったので、当分は出勤できない旨を伝えた。店側も承諾してくれたが、不服そうな声は隠しきれていなかった。向こうも人手が欲しいのは百も承知だが、最優先はプライベートである。
この日のミッションは、まず水の確保だった。
朝一、私は自転車に乗って付近の自販機を回った。けれど、考えていることは他人も同じである。どこのメーカーも、水、茶、スポーツドリンクだけが売り切れ、残っていたのは一晩で死筋商品と化した、甘ったるいジュースとか缶コーヒーとか――
町内のみならず、
飲み水はいったん諦めて帰宅。次なるミッションも、『水』の確保だった。
『水』と括っても、人間が使う『水』は飲み水のみにあらず。トイレを流すための生活用水も確保しなくてはいけなかったのだ。
「まあトイレの水なら、川で汲めばなんとかなるだろ。明るいうちに行こう」
私と母は、物置からポリタンクを引っ張り出し、
いやはや、物資が届かないと嘆いているのは、なにも人間の飲食物だけではない。車だって食うモンを食わなければ、タイヤが四本ついただけの――よくわからないヘンテコリンな形をした箱である。特にミニバン。
あゝ、ミニバン。
とかく、国道、県道、市道――路側帯には渋滞ができ、どこのガソリンスタンドも混んでいた。一部の被災地では、ガソリンの価値がダイヤモンドを超えるようだ。
私たちが最寄の川へ着いた時、誰の姿も見えなかった。
しかし、ひどい有様である。普段は底の石まで見える澄んだ川が、海の境目――汽水までも茶色に濁っているのだ。あちこちに、あからさまな流木も見受けられる。その昔、鮭が上ってくるのを見た川とは思えないほど変わり果てていた。
川辺でポリタンクに
残る問題は食料である。
食が細い私は、わずかな間食とうつぶせを繰り返していれば数週間は生きていられるが、うちには老人と老人予備軍が居る。
「店はどこも開いてないよなあ。備蓄はあと二日も持たないぞ」
「とはいえ、婆さんが自由に歩けないから、避難所はとても行けないわね」
「そもそも行こうとしない性格だからな。さて、どうしたもんか」
日が傾き始めると、また闇の恐怖がやってくる。一分一秒が恨めしくて、ただ空を睨んでやった。そんな時、引戸のガラス越しに、お隣さんの姿がちらっと見えた。片手にはエコバッグを提げているではないか。
即座に母が出てゆくと、お隣さんとの話し声が家の中へ入ってきた。
「いやあ、すごい行列! いやね、スーパー! あすこのスーパー、今日から開いてたのよ。さっき行ったら人がいっぱい! でも十七時には閉めるって言うから、あす行ったほうが良いわよ! きっと並ぶだろうし、個数制限もあるだろうけど」
日が暮れるぎりぎりで、お隣さんから有益な情報を得た。
どうやら各スーパーは、物資が届かないなりに営業しているというのだ。
二日目の闇夜の中に、ほんの少しだけ光が見えた。
――そんな気がした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・被災時のポイント7
水の入手が困難(自販機は、最初の奴に買い占められてしまう)
・被災時のポイント8
ガソリンの価値はダイヤモンド並――かもしれない
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