他所

 自宅を離れた私は、近くの運動公園に入り、ふとデジタルカメラを天へ向けた。木の枝に止まっていたのは、スズメほどの大きさの鳥で、よく見るとツグミだった。

 こういう時、どんなに小さい動物だろうと、彼らの方が強そうに――偉そうに見えてしまう。文明の利器を失った頂点捕食者は、ヒエラルキーで最弱だと思い知る。

 運動公園の敷地内には体育館があり、上部にはめ込まれている窓ガラスがすべて割れ、破片たちが綺麗なガラスアートを地面に作っていた。


 公園を出てしばらく歩くと、門がひしゃげた民家が見えた。

 巨大モグラの出現を思わせる、無作為に耕された土があった。

 信号の三色が失われ、秩序を失った公道は混沌こんとんとしていた。

 どこか遠くから聞こえてくるサイレンの音が――純粋に恐怖だった。

 私は、三十分ほど実家の周辺を歩いたが、誰ともすれ違わなかった。皆、それどころではないのだろう。被災して数分で、外の様子を確認しにゆく大馬鹿野郎なんてそうそう居ないのだ。


 帰宅した私を待っていたのは、荒れ果てた実家の片づけだった。

 なにから手をつけて良いのか、わからないまま呆然としている母に一声かけ、とにかくやるしかないと軍手をはめた。

 怪我をしないように靴のまま実家に上がり、改めて床を俯瞰ふかんする。散らばった物は、『思い出の品』と『ゴミ』の境目がない。すべての価値に見える。

 また、剥がれた漆喰しっくい壁の中から、が発掘された。一様にもぬけの殻だったので、みんな元気に実家を動き回っていたことだろう。

 そう、自由に動き回っ――ああぁぁぁ! 鳥肌が静まらない!


 片づけを始めながら、その一方で情報を欲した。

 が、当然テレビもパソコンもつかないし、当時ガラケーだった私には、まともなユビキタスが叶わなかった。この状況での唯一の情報源は、何年も前に父親が買ったラジオだった。置き土産にしてはオシャレ度は低いが、何物にも代えがたいインフォメーションである。

 音量と電源のON/OFFが一緒になったダイヤルを回し、もうひとつのダイヤルで周波数を探っているうちに、ホコリまみれのそれは、雑音交じりの声を吐き出し始めた。人の声を聴いて、心がわずかに落ち着いた。


『十四時四十七分に発生した地震は最大震度7、

 震源地は三陸沖、

 マグニチュード9.0、震度7以上の地域は次のとおり、

 震度7が、宮城県北部――

 震度6強、宮城県南部、宮城県中部、福島県中通り、浜通り、茨城県北部――

 震度5――

 みなさん、落ち着いて避難を――』


「震度……6強?」

 ほっとしたのも束の間、不意に母が、片づけの手を緩めた。

 聞き慣れない情報に唖然とし、片付けの行方を見失ってしまったのだ。また、この時の私たちは、ほかの地域がどのような状況なのか、知る由もなかった。


 ――時に、片づけに夢中になっていて忘れていたが、チョロチョロと出ていた水が、とうとう止まってしまった。運悪く、ちょうど浴槽の水を抜いていたので、水を失ってから『浴槽に水を溜めておけば良かった』という後悔を覚えた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・被災時のポイント4

 水は出るうちに貯めておこう


・被災時のポイント5

 Gは壁の中に卵を産みつける

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