とあるトマト農家の収穫戦戦記

コーヒーメイカー

第1話 4月10日――「農家」の朝は、遅い

「いつつ…」


 ゆっくりと布団から起きると、鈍痛が頭を揺らす。デスクワークのあとの、いつも通りの最悪な目覚めだった。もう随分敷きっぱなしの布団から這い出ると、カーテンの開いていた窓から伸びた、春の日差しが目に刺さる。ブルーライトでやられた目には拷問だ。いつも通りのひどい日だ。

 俺はしばらく布団から出た態勢のままでいた。昨日のドタバタ劇が未だに尾を引いているらしい。まだ三十にもならないのに、これだからこの仕事は嫌なんだ。業務時間が決まっていないのが唯一の救いだろうか。だからといって、このままというわけにもいかない。枕元においていた時計はもう10時を指していた。

 俺はうんざりとした気分のまま、朝食をとるために体を引きずってキッチンへ向かった。


 リビングのテーブルに付くと、俺はいつものように思わずため息が出た。今日のメニューもいつもどおりだ。

 味気ない食卓から目をそらすようにテレビをつける。今日もいつものように、痩せぎすのニュースキャスターが淡々と原稿を読んでいた。

 皿の上に置かれた完全食スターチパンと、焼いた人工肉ベーコン。そして、ホットミルク。もうすっかり食べ慣れてしまったメニューだが、見れば見るほどうんざりする。だが、食べないわけにもいかない。俺は憂鬱な気分に蓋をして手を動かす。ニュースキャスターがいつものように天気予報を読み上げる。今日も晴れらしい。

 パンを口に運べば、スターチミックスのぼそぼそとした食感が口から水分を吸い付くしていく。今日のこれは新発売のラズベリー味だ。「甘酸っぱい匂いが爽やかな食感を」とかかいていたが、それでも拭えない粉っぽさが口の中の水分をスポンジのように吸い尽くしていく。まだまだ実験が必要そうだ。

 口の中のものをホットミルクでなんとか流し込み、人工肉ベーコンに取り掛かる。フォークで突き刺せば、それはピンクの板ガムのようだった。食べた食感もそのままだ。あえて言うなら、燻製っぽい煙ったさと、塩辛さが口の中に広がる不思議なガム。噛めば噛むほど口の中で口の中にジャリジャリとした食感が広がっていく。それをなんとか飲み込んで、最後にホットミルクで口直しをする。牛乳の味だけは昔と変わらないなとつくづく思う。

 今や貴重となった牛乳が支給されるのは、この仕事の唯一の利点だ。専用の鍋で温めたそれは俺の数少ない楽しみでもある。じっくりと熱を加えて三分間。砂糖がなくともその甘味が堪能できる一品だ。週末になればはちみつを入れて作るのだが、今日はまだ月曜日。贅沢品とのお目見えはまだまだ先だ。それまでは支給のドリンク剤で凌がなければならない。ビタミンやらミネラルやら、生きるために必要ななんやかんやを詰め込んだ薬臭いそれは、思い出すだけでも口の中が苦くなる。いくら体にいいと言っても、好き好んで飲みたいものじゃない。

 あと一口。カップの中身を名残惜しく見ていると、テレビからの音声が耳に入る。


「明日、4月11日は、『グリーンフィアー』から10年の節目となります。中央ホールでは追悼の式典が開かれ…」


 淡々とした声からはなんの感情も読み取れない。あえて言うなら、諦観というやつだろうか? まるで機械音声のようなそれを聞きながら、俺も、なんの感慨もなく最後のミルクを味わうためにカップを傾ける。

 適当に食器を片付けて、Tシャツにジーパン、あとはいつものスニーカー。俺が学生の頃だったらとても社会人だとは思えないような格好をすれば準備は完了。さあ、今日も仕事だ。

 


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