第6話 ラスト・リベンジャーは誰なのか(後編)

 場は騒然となりつつも、すぐに警察ギルドの事情聴取が始まった。

 というかなんで現場で、しかも大勢の人に囲まれた状態でやる必要があるのか。何かこう、警察ギルドの方で取り調べ用の部屋を用意してそっちでやればいいのに、と言ったら、昔はそうだったらしいのだが過去に拷問まがいの悪質な取り調べをやらかしたことが問題となって、人権保護ギルドと法律ギルドが結託して、こんな開けた取り調べが義務化されてしまったという。もはやこの現場が、薬品問屋管理ギルドということをみんな忘れてしまっているのではないだろうか。

「まさか私までたどり着くとは思いもしなかったわ」

 被疑者である占い師の女は感情のこもらない声で淡々と話す。

「本当にここのギルドマスターを殺したのか?」

「連行されるときに話した通りよ。昔、私があいつに呪いをかけた。まさか発動するまで三十年もかかるとは思いもしなかったけど」

 三十年。さっきの鑑識ギルドの人が言ってた指紋も三十年前と言っていた。

 となると呪いをかけた時点で、この女は十歳そこら。子どもだぞ?

「子どものいたずらって思ったでしょ?」

 占い師が俺の方に目線を送った。いや、なんで何も言ってないのに「私、あなたの心を読んでます」みたいなリアクションをとられると怖いんだけど!

 そんなおれをよそに占い師は話を続ける。

「私とあいつは初等学校で同じクラスだった。あいつは来る日も来る日も私にひどい仕打ちをした。時には手下であるクラスメイト達を使ってありとあらゆる嫌がらせをしてきたわ」

「それが動機か?」

 占い師はうなずいた。

 話によると、彼女は家の倉庫に眠っていた古びた金庫を見つけ、興味本位で中を開き、呪術書の存在を知ったという。

「あとは店の在庫にあった、処分する予定の腕時計の裏に触れたら呪われる術の印を刻んで、教室のあいつの机の中にプレゼントとしてこっそり仕込んでおいた。あいつはちやほやされるのが大好きでね。見知らぬプレゼントなのに自分のファンからくれたものだって嬉々としてその腕時計を付けて見せたわ」

 ああ、子ども時代にそういうタイプの悪ガキって居たわ。ギルマス、昔からどこまで自分主体な奴だったのか。

「お、お前、なぜそんなことを」

 時計屋の主人が悲痛な声を上げる。

「仕事一辺倒で私には目もくれなかったくせに。他の大人もクラスの隅っこにいる私よりも中心にいるあいつの方を味方した。いじめっ子なのに周囲から人望のある憎きあいつを裁くにはこれしか思いつかなかった」

 占い師の声がどんどん刺々しく、毒々しくなっていく。

「十二人。時計の針が一周するまでの数にちなんで十二人。あいつが十二人もの人間に強く恨まれれば、十二人の人間に死を望まれたら、そいつに裁きが下る」

 あの無残なギルマスの死体が脳裏に浮かんで、背筋にヒヤリとしたものが走る。

 絶対発動する保証がない代わりに、絶対食い止めることができない、完全に他人任せな呪い。

 それが当時少女だった彼女の、精いっぱいの反撃だったのだろうか。

 ん? ということはあのギルマスの手首にあった謎の丸い痣はまさか、いわゆる呪いの浸食度を表していたのだろうか。副マスターの話によると、昔は今のような円形ではなくピザを切り取ったような形だったというし、年を取るにつれて痣の面積が増えたのは何らかの理由で誰かから恨みを買ったからではないか。そう考えると話は繋がる。

「その恨みに導かれて、あの凶器が被害者の前に現れて串刺し、か。メカニズムは後で調べるとして、恐ろしい術だな」

 白衣の男……えーと、ちんちくりんが連れてきた鑑識の人だっけな? 現場に人が多くなってきたせいでだんだん誰が誰だかわかりにくくなってきた。

「あー、もしかして凶器が矢印型の鉄板だったのって、あれは矢印じゃなくて時計の針を模したってやつかな? それにもっと早く気づいていればすぐ犯人絞れてたかもなー」

 チャラ探偵、お前はちょっと黙ってろ。というかこいつは事件解決の貢献ボーナスしか考えてないだろ。

「でも、これで犯人は捕まったんだし、私たちも解放されていいですよね? 私、こんなとこ一秒でも早く出ていきたいし」

 ……新入りちゃんも最後までブレないな。まあ、被害者のギルマスを除けば一番気の毒ではあるが。

「それはどうかしら」

 占い師の不気味な声が響いた。

「私は効くか効かないか分からないような呪いを三十年前にかけただけ。子どもの悪戯ともいえる行為を罪として裁けるのかしら?」

「そ、それは」

 警察ギルドのおっさんが言葉を詰まらせる。そして部下らしき人にひそひそと二、三言話し合ったが表情は苦い。

「それに「犯人を殺した」となると、実際に殺したのはこいつに殺意を向けた十二人の方がそれに近いんじゃないの? そもそもこいつが死んだのは昨夜なんだし」

 占い師のものすごい居直った屁理屈に、一瞬頭がクラっとする。

 つまり、「私を捕まえたところでそれを裁く法が存在しない」と主張しているのだ、こいつは。

「ああ、ちなみに「十二人」が誰なのかはわかるわよ。呪術の発動ログを探れば一発だし」

 占い師が首から下げている水晶玉を手に取って掲げると、

「はい、出た。呪いを発動させた十二人の最後の一人はあなたね」

 占い師のすっと伸びた指の先をたどると……

「はあ? 私?」

「そ、最後にあいつに殺意を抱いたのはあなた」

 室内にいる全員の目がそちらへ、……新入りちゃんの方へ向けられる。

「冗談じゃない! なんで私が犯人なのよ!」

「でも、あいつに「殺意」を抱いたのは事実でしょ?」

「何時間も一方的に説教喰らった挙句にクビを切られたら誰だってムカつくでしょうが!」

 一理あるどころか、全面的に同意せざるを得ない反論である。

 新入りちゃんが退社した直後ではなく、少し時間がたってからギルマスが死んだのは、殺意をし抱いてから呪い発動までに多少のタイムラグが発生したのか、それとも最初はギルマスに対してムカつく程度だった感情が時間が経つにつれて殺意へと変化していったのか、それは定かではないが、なんにせよ理不尽な話だ。

「何が悲しくて殺人犯にされなきゃいけないのよ! 大体あんな奴生きてる価値はないと思うけど殺す価値もない! こんなくだらないことで罪をかぶるとかありえない!」

 色々限界が来たのか、新入りちゃんの声はヒステリー全開で声が半分裏返っている。

「まあ、落ち着きなさいよ。話はまだ終わってないんだから」

「誰のせいでこうなったのよ!」

 そりゃあ、占い師になだめられてもムカつくだけだよな。ここまでくるとなんだか可哀相である。

 しかし、状況的にこれはどうすべきなんだ? かばうべきなのか、それとも

「そしてこの二つ前に殺意を抱いたのがあなたね。……この流れをどっか他人事のように見ている、そこのお兄さん」

 占い師の指の先にいるのは……おれ?

「いや、ちょっと待て!」

 気づいたら反射的に怒鳴っていた。

 周囲から驚きと怯えと、少々の好奇心をごちゃまぜにしたような視線が一気におれの方に突き刺さる。

「そりゃ多少は不満を持ったことはあるけど、殺意なんて抱いた覚えはないぞ! 大体そうだとしたらおれがいつ殺意を抱いたんだよ!」

 思えばこの時は完全に冷静さを失っていたと思う。あのチャラ探偵が適当に犯人と決めつけてきた時とは訳が違う。事件の真相を知っている黒幕の口から語られているのだから。

「いつ殺意を抱いたか、ですって?」

「そうだ! それが分からなければこっちも納得できない!」

 完全に推理小説に出てくる真犯人の悪あがきみたいなことを言い出したぞ、おれ。

「何がきっかけかまでは分からないけど、「いつ」殺意を抱いたかは分かるわ。あなたの場合は今から大体八か月ほど前」

「八か月!?」

 呪い発動までの三十年と比べれば、八か月前というのはつい最近のような気がするが、瞬時にそれが思い出せない。大体ギルマスのモラハラ説教で胃がキリキリする思いをするのはこのギルドに入って数ヶ月で慣れてしまったし、以後数年ずっとそれが続いている。

 それが八か月前に限って一体何があったのか。

 わからない。思い出せない。思い出せないから納得がいかない。

「それにしても自分が作ったギルドなのに、従業員からのあまりの人望のなさには笑っちゃうわね。本当、このギルドって存在価値あるの? トップ自体が生きててごめんなさいって詫びるべきレベルのゴミなのに。それに」

 そこから先の言葉は、おれが上の空になりかけてて耳に入ってこなくなった。

 大体なんでおれがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

 なんか新入りちゃんと同じことを素で思う羽目になるとは思わなかったが、そんな思考が頭の中をぐるぐる回る。


 だから、この瞬間には全く気付かなかったんだ。


 文字に書き起こすのも難しいほどの奇声と共に、ぽってりした巨体がおれの脇から飛び出したと思ったら、勢いよく前方にダイブしたのを。

 ダイブ先には占い師がいて、そのまま床にひっくり返り、彼女が首から下げていた水晶玉がガチャンと音を立てて割れた。

 そうなってから、おれはようやく何が起きたのかを理解した。

 夫の悪口を一方的に言われて、怒り狂った副マスターが占い師にとびかかったのを。

「返しなさいよ! あの人を返しなさいよ!」

 副マスターの涙まみれの叫びが部屋中に響く。アザラシ体型が占い師の細い身体に馬乗りになり、襟首をつかんではガンガンと床に叩きつける。

 警察ギルドや護衛ギルドの人たちが慌てて副マスターを取り押さえて、占い師から引きはがそうとしている間も彼女は泣き叫んでいた。「夫を返せ」と何度も何度も、声が枯れても叫んでいた。


 そうだ。そうなのだ。


 死んだ、いや身に覚えはないが間接的におれたちが殺してしまったギルマスがパワハラとモラハラで多くの人間を苦しめたことは事実だ。しかも、おれと新入りちゃんを除いても十人の人間から殺意を抱かれるような人間だし、子どもの頃も陰湿ないじめっ子だ。

 だから、彼の死に同情できなくても仕方がないと思うし、自業自得と言われても否定できない。

 事実、ギルマスの死には驚きはしたが、悲しみはこれっぽっちもわいてこなかった。わいてきたのは今後の仕事の不安と、非効率な捜査に対するうんざりさだけ。しかも真相が明らかになればなるほど、故人をしのぶ気がどんどん薄れていく位にギルマスの酷さを認識していくという不毛っぷりだ。


 でも、それでも。


 それでも副マスターだけは心からギルマスの死を悲しんでいた。夫を殺した犯人を心から憎んでいた。

 あんな奴であっても、彼女にとってはかけがえのない、愛する人だったのだ。

 何とも言いようのない苦い感情が胸いっぱいに広がっていくのを感じながら、おれは取り押さえられてもなお暴れる副マスター、そして助け起こされる占い師を呆然と見ていることしかできなかった。占い師の表情は護衛ギルドの人たちの陰に隠れてよく見えない。

「お、おい、何だ!?」

 不意にどこからか驚きの声が上がり、その場にいた皆が後ずさる。

「これは、一体?」

 床に落ちて割れた水晶玉から黒いモヤのようなものがモクモクと天井に向かって溢れ出し、どんどん広がっていく。

「それは水晶玉じゃなくて、呪いの力を凝縮させたもの。死なせる力はないけど、触れたり吸ったりすると呪われるよ」

 占い師の嘲るような声。まるで勝利宣言のような言い草に、場にいた全員の顔が青ざめる。

「いやああああ!」

 真っ先に悲鳴を上げたのは童顔ちんちくりんの捜査官の女だった。

 その悲鳴がパニックの引き金になり、次の瞬間、全員がこの場から逃げようと一気に部屋の外へなだれ込もうとする。

 おれはなすすべもなく、逃げる人波にもみくちゃにされ、けつまづかれ、そうこうしているうちに黒いモヤで視界が真っ暗になり、


『畜生、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないだよ!』

『こんな事件に巻き込まれなきゃよかった! 誰だ通報したやつ!』

『あの従業員たちがギルマス恨まなかったらこんなことにならなかったんじゃないの? そりゃ一番悪いのはあの占い師だけどさ』

『あああめんどくさい! 全部まとめてあいつらが悪いってことにしちまえ!』


 亡きギルマスの説教並みに理不尽な罵倒が頭の中でぐわんぐわんと響く。


『ふざけるな』

『お前のせいだ』


 声がだんだん大きくなっていく。それにつれて息が苦しくなっていく。

 どうやらこれが呪いらしいのだが、ならば、今聞こえてくる悪意のこもった声は、この場にいる人間の、呪いでパニックになった心の声なんだろうか。

 そしてこの理不尽な恨みの声が、呪いの力を増しているのであれば。

 このままじゃ全員が呪い合って倒れるという不毛すぎる展開になってしまう。

「やめ、ろ」

 おれは力を振り絞って周囲に呼びかけようとするが、思うように声が出ない。どんどん薄れていく意識が恨めしくなる。

 こんなの、どうしたらいいんだ。どうすりゃよかったんだよ。

 ドサリ、ドサリと誰かが次々に倒れる音を聞きながら、ついにおれの思考はプツリと切れるように止まった。

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