第5話 ラスト・リベンジャーは誰なのか(前編)
また更に待たされた後、警察ギルドそして人数の増えた護衛ギルドの人間に連れられて、白髪交じりの頭の男がやって来た。見た感じ年のころは六十代後半だろうか。
その背後にでは護衛ギルドのいかつい男が、猫一匹なら余裕で入りそうな大きさの金庫を抱えていた。手には指紋がつかないためなのか、警察や捜査官がしているものと同じ白い手袋を付けている。
「そっちの金庫は鑑識ギルドの科学捜査官の方へ。中に代々伝わる呪術書があるそうだ。丁重に」
「はっ」
「こちらの方は時計職人ギルドに所属する南区の時計屋だ。今から事情聴取をするので関係者は集まってくれ」
「りょーかーい」
チャラ探偵がそれに返事をし、向かおうとしたところで足を止めて、こちらを見る。
「ほら、あんたらも来るんだよ。一応犯人候補なんだし」
「えっ」
「実行犯と面識があるかどうかとか情報照らし合わせなきゃならないからね。基本は横で聞いているだけでいいんだけど、これも決まりなんで」
仕方なく、おれ、副マスター、新入りちゃんは探偵の後についていく。
まあ予想はしていたが、誰もこの時計屋と面識はなかった。
「うちは確かに呪術師の家系ではありますが、使い手は全くいません。そもそも呪いなんて誰が好きこのんで使いたがるのかって話ですし、術の記された本なんてずっと蔵の金庫の中ですよ。内容が内容だけに売ることも捨てることもできず正直困ってるんですが」
文字通り呪いの書じゃないか、これ。
「それ、そういうのを管理できるギルドに譲ることはできないのか?」
おれが思ったことを口にすると、警察ギルドのおっさんは首を横に振って答えた。
「昔はそういう風になっていたのだが、過去にそのギルドの人間が悪用しようとして、だが呪術師の家系じゃないから暴走を引き起こして大騒動になったことがあってな。以来、法律ギルドの介入により、今のような門外不出のルールが出来て、自分の家系の魔法は自分らで管理する義務が課せられたんだよ」
「なんともめんどくさい話だな。じゃあ燃やして処分すればいいんじゃないか。使わないんだし」
「過去に燃やした灰から術書を再生して悪用した魔術師が居てな。以来、法律ギルドと文化財保存ギルドの介入によって」
「本当にめんどくさい話だな!」
その後事情聴取は二、三問の質問を交え、時にはチャラ探偵のいやらしい問答があったものの、特に時計屋に怪しいと思える要素は浮かんでこなかった。事件の事も何も知らないようだし、そもそも自分の家に伝わっている呪いの術が何なのかということすら分かっていなさそうだ。
まあ、いくら何でも弁当屋のにいちゃんがたまたま知っていたってだけの人間が実行犯でした、なんていきなりすぎるオチはありえないだろう。
それと同時に、こんなやり取りを実行犯が見つかるまでやるのか、と思うと気が重くなるが。
というか、もはや言うまでもない気がするが、この捜査自体効率が悪すぎやしないか? 無駄に拘束されるし、無駄に待たされるし。いや、捜査に携わっているギルドの面々は真剣なのだろうけど。
「大変です!」
鑑識ギルドの男が慌てた様子でやって来た。
「どうした?」
「先ほど金庫を調べたところ、ピッキングでこじ開けたような跡がありました」
「何だって?」
「はい。ピッキングといっても、金庫自体が年季が入りすぎて相当古いものなので、固い針金があれば子どもでも開けられますね」
保管方法、ガバガバ過ぎるだろ、これ。
いくら受け継ぐだけの厄介品だとしても金庫くらいいいやつに変えろよ。
「では金庫の中身は奪われたと?」
「いえ、中身は無事です。と言っても呪術書らしき冊子が入ってるだけですが。時計屋殿、金庫の中にそれ以外のものは入っていましたか?」
「いや、そもそも金庫を開ける事自体初めてなんでなんとも」
時計屋がそう答えると、すかさずチャラ探偵が「反応的に嘘っぽくはなさげ」と言い放つ。
いやお前はそれが仕事なんだろうけど、普通に人として失礼じゃないかこれ。
とはいえ鍵がこじ開けられているのに中身は盗まれていないというのは何か変な気がする。
先祖代々伝わる門外不出の呪術書を泥棒がスルーするはずがない。これをダシにして金銭を要求することとだってできるだろうし、悪い連中に売りさばくことだってできるだろう。金庫を開けたはいいが、中身の価値が分からずそのままにしたのだろうか。
「とりあえずだが、この書物を調べてもいいですかな? もちろん捜査のためなので悪用はしないと誓いますが」
「まあ、それは構いませんが」
どうせ何も出てくるはずがない。それ以上もそれ以下もない、そんな答え方だった。
「いやあ、本当にお手数かけてしみませんねえ。呪術書の調査さえ終われば帰っていただいて構いませんから」
「だったら私も帰らせてくださいよ」
新入りちゃんが不貞腐れる。もう我慢の限界を超えて怒る気力すら失われつつあった。
「もう、やだ。なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ」
だが、警察ギルドからの対応は「規則である以上、そして身の潔白が証明できない以上それはできない」の一点張りだった。
彼らの見解では「おれ・副マスター・新入りちゃんの誰かが呪術師にギルマス暗殺の依頼をかけた」ということになっているのだろうけど、おれは当然として副マスターや新入りちゃんをこれ以上叩いたところで何も出てこない気がする。
「先輩、この指紋採取薬使っていいですかね?」
「えー? そっちのはもう生産中止になってる奴だから違うやつにしろよ」
鑑識ギルドのメンバーたちが呪術書を前にそんなやり取りをしているのが、何となく目に入る。
「でもこっちの方が断然に使いやすいんですけどね。なんで生産中止になったんだろ」
「それ作ってる工場が、別の新薬の取り引きがポシャっちゃって多額の負債を抱える羽目になったかららしいぞ。ついでにその採取薬は製法が独特過ぎて他の工場じゃあ作れないそうだ」
それを聞いたとたん、心臓がドクンと音を立てて全身の血と温度が一気に上がったような感覚に陥った。
…………なんだ?
「じゃあ、その工場で作ってる薬はみんな、もう」
「在庫がなくなり次第使えなくなるだろうな。指紋採取の薬でなく血液反応用の薬や魔法鑑定に使う薬も、俺ら鑑識が使う薬はみんなその工場の製品だ。今後は他の工場の代替品で我慢するしかないな」
「あっちのはいまいち使い勝手悪いから好きじゃないんですけどね。はあ、残念だ」
残念。
残念ですが。
ふいに、記憶がフラッシュバックする。
「残念で済むか! こっちはお前のところを信じていたのに!」
降り注ぐ罵倒。心をえぐるように刺してくる怒りと涙。
いや、あれはギルマスの指示だった。俺はただそれに従っただけ。
どうしようもなかったんだ。そう、どうしようも。
「おーい。ちょっと君、急に顔色悪くなったよー?」
チャラ探偵の声に、はっと現実に戻る。
「べ、別に大丈夫だが?」
しまった、声が不自然に裏返っている。
「ふーん、どうだか?」
「事件とは関係ないことをちょっと思い出しただけだ」
チャラ探偵の挑発をバッサリ斬り捨てると、向こうは悪戯っぽく舌打ちするだけでそれ以上突っかかってこなくなった。こいつ、本当におれを犯人に仕立ててさっさと事件終わらせたいってオーラが見え見えだぞ。ここまで行くと清々しいが、絶対こいつとは仲良くなりたくない。
それから更に待たされてから、鑑識ギルドの人達が戻ってきた。
「調査の結果、この呪術書に時計屋殿の指紋は検出されませんでした。本人の証言通り、金庫の中身には触れたことすらないのは間違いないようです」
「そうか」
まあ、そりゃそうだろうな。この人、見るからに怪しくなさそうだし。
「ですが、おおよそ三十年前と思われる指紋が検出されました。大きさからして子どものもののようです」
「なっ?」
時計屋が信じられん、と言わんばかりに声を上げる。
「おそらく金庫を開けた「犯人」と思われます」
ああ、さっきその金庫は子どもでも開けられる、とか言ってたな。
「それってただのいたずらなんじゃないの? というかよくそんな昔の指紋が残ってたね」
チャラ探偵がもっともらしい疑問を投げつけてきた。
「紙類に付着した指紋は保存状態が良ければ何十年も保つこともあるのですが、今回の場合は薬品のシミのようなものが血判のようにくっついているのが表紙といくつかのページから発見されまして」
「あー、つまり汚い手で触っちゃったと。なら残っちゃうわけだ」
やらかしたのが子どもの仕業(推定)とはいえ、門外不出の呪術書の扱いがそれでいいのか。
「で、ここからが問題なのです。書の状態をざっと見たのですが、あるページにだけ開きグセがわずかに残っておりまして……それがこちらの写真になります。あ、詳細は意図的に塗りつぶしておきましたので、概要だけどうぞ」
渡された写真を全員で覗き込む。
小難しい言い回しや説明は鑑識ギルドの人が教えてくれたが、それらを要約すると恐ろしいことが書かれていた。
それは、人から一定量の恨みを抱かれると、裁きが下るという呪い。
何ともふわっとした言い回しだが、呪いをかけられた人間が、一定数の相手に殺意に近いほどの強い恨みを抱かれると、どこからともなく凶器が現れて、串刺しにされるいう呪いだった。
「これって、まさか」
「どう考えてもそのまさかですよ、これ」
ギルマスは、突如部屋に現れた強大な鉄板に身体を貫かれていた。
そんなとんでもない事件も、殺害方法がこの呪いならアリバイもトリックもなく十分に通ってしまう。
いや、というかそれ以前に、もし本当に犯行に使われたのがこれだったら、残りの呪いの術を使う家系を調べずに済むという奇跡的なものを引き当てたってことになるぞ。元々弁当屋の兄ちゃん(さすがに今は帰ってもらった)がたまたま知っていた程度の繋がりしかなかったのに。
「魔術師登録管理ギルドが持ってきた家系図によると、あなたには一人娘がいますよね? 指紋があなたのものではないとなると彼女を取り調べる必要が出てくるのですが」
「ま、待ってください! うちの娘が犯人だというんですか?」
警察ギルドのおっさんの問いに、すかさず時計屋の主人が反論する。
「話を聞くだけですよ。三十年も前にこの金庫を開けて呪術書を触った覚えがあるかどうか。仮に事実としても、本人がそれを覚えているかどうかかなり怪しいですが、可能性を一つ一つ潰しにいくのも我々の仕事なので」
「ですが」
「人が死んだのです」
おっさんが静かに言った。
「この事件や捜査に関わった人間にはそれぞれ思うところがあるかもしれませんが、一人の人間の命がこんな形で奪われたのです。奪われた者も残された者も報われないまま放置して無かったことにするわけにはいきません。少なくとも真相を明かしてけじめをつけることが、わが警察ギルドの使命と考えております」
ここまで言われたら時計屋の主人も従うしかない。
「まー、別に似たような呪いの術なんていっぱいありそうだし、娘さんが犯人って決まったわけでもない。リラックス、リラックスしなよ?」
わざとそう言ってるのか? と問いたくなるような空気の読めないチャラ探偵の発言に一同はむっとする。それでもまったく気にしてなさそうな辺り、こいつのメンタルはかなりおかしい。少しは警察ギルドのおっさんのプロ意識を見習ったらどうなんだ。
などと考えて、おれ自身も大しておっさんのようなプロ意識など持ち合わせてなどなかったなと思い直す。おれとチャラ探偵の差なんて、やる気のなさを隠すか表に出すかのものでしかないのかもしれない。
「娘さんの居所は?」
「独立して、西区地下街付近の占いギルドで働いています。まあ、連絡はあまりよこしませんが」
そして間髪入れずに警察ギルドの本部へ連絡が行き、本人と会えるまで再び待機状態に。また退屈な時間が始まった。
一応、待機中はこの建物から出ない・捜査の邪魔をしないの二点を守れば自由にしていいのだが、さっきも言った通り、本当にやる事がない。
脳内BGMで退屈を紛らわせようともしたが、また要らぬ自爆をするのも嫌だったのでやめた。
かといって話し相手になりそうな人間もいない。ほとんどの人間は捜査やら何やらの仕事に追われてるし、副マスターや新入りちゃんにはさすがに話しかけたくはない。二人ともおれたちの中にギルマス暗殺を企てた黒幕がいると思っている、というかおそらくお互いとも犯人は相手だと思い込んでいそうだ。そんな二人のどちらかに話しかけようもんなら後が色々怖い。
おれとしては、正直おれら三人の中には犯人はいないと思っている。たまたま死亡時刻(新入りちゃんは死亡時刻直前までだが)にこのギルドにいた、というだけでそれ以外の犯人たる証拠がまるで見えないのだ。ただ、同様に犯人ではない証拠もないというのが問題ではある。
本当に犯人は誰なんだ? 理由は?
「重要参考人兼容疑者を連れてきました!」
どれだけ時間がかかったのか、と思えるほど待たされた果てに、大きな声が飛び込んできた。
部屋の入口の方を向くと、黒いローブに身を包んだ女性が護衛ギルドの者と思われる男たちに囲まれながら入ってきた。
歳は四十代くらいだろうか。化粧で少しわかりづらいが、ギルマスや副マスターとそれほど変わらなさそうな感じがする。
そして胸元に光るでかい水晶玉をあしらった首飾りがやたら目を引く。
あれ、値段いくらなんだろうと呑気なことを考えてると、護衛の一人が警察ギルドのおっさんの方へ少し進んで、ぴたりと足を止める。その動きにはピリッとした緊張感があった。
「彼女が自供しました。ここのギルドマスターを殺害されたことに大いに関係があると」
「何だって!?」
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