第4話 カース・オブ・レイト・エフェクト

 弁当は、余計な事を考えずに食べればとても美味しかった。

 昨日の夜からずっと何も食べてなかったのだ。気分はどうあれ、身体が栄養を欲していた。腹が満たされたところで程よい安心感に包まれる。

 ちなみに弁当は何人かは問題なく食べていたが、現場で捜査している人間には言うまでもなく不評で、新入りちゃんや副マスターも、こんな時に食べてる場合じゃない! と文句を垂れており、女捜査官も弁当屋もしょんぼりしていた。

 しかし新入りちゃんはともかく、副マスターはちゃんと食事をとっているのだろうか。俺と同じ状況で拘束されているのであれば、ずっと何も食べていない可能性がある。

 と、そこまで考えたが、食う食わないなんて自己責任だしこっちが心配する義理もないやと思い直す。大体子供じゃないんだから。

 そして、事情聴取も食事も終わってしまうと暇だ。やることがない。

 一応ギルドの仕事は溜まったままだが、仕事場は事件現場になっているし、かといって事件が一区切りするまで帰れない。

 本とか暇潰しになるものを持ち歩いていれば良かったのだが、あいにくそれもない。そもそも仕事に来ている間は潰せる暇すらなかったわけで。

 あとこのギルド内にある物の中で暇潰しに使えそうなものとして大きな箱型ラジオがあるのだが、この状況でつけようもんなら空気読めと非難されそうだったのでそれは諦めた。

 仕方がないので頭を少し空にしながら目を閉じる。

 するとぼんやりした脳内に、メロディとフレーズが浮かんでくる。

 ラジオが聞けない時は脳内BGMの出番だ。

 労働賛歌みたいなものじゃなく、明るくポジティブにアガレる曲がいい。



 叫べ叫べ 叫んで示せ

 己の存在 全てを賭けて


 届け届け その手を伸ばせ

 空っぽの愛を 満たしてみせろ


 自分がまだ ここにいることを




「あー! それ音楽ギルドで発表されてた新曲!」

 背後からけたたましい声が響き、おれは我に返って目を開ける。

 驚いて振り向くと、弁当屋ギルドの青年と、相変わらず不機嫌な新入りちゃんがいた。

「なあなあ、兄ちゃんって音楽好きなん?」

「何の話だよ?」

「いやいや、さっき自分で歌ってましたやん?」

「へ」

 マジか。脳内再生だけのはずが、知らず知らずのうちに歌ってた、だと……

「ああ、この人いつもそんな感じだから気にしなくてもいいですよ」

 新入りちゃんがクールな口調で割って入る。

「仕事中、よく色んな歌を口ずさんでましたもん」

 それもマジか。

 というか「いつもそんな感じ」と言われるくらいにやらかしてたのか、おれは!

 恥ずかしさで一気に頭めがけてのぼってくる熱と血気に額を抑える。

 おれは! 脳内で曲を流してただけのつもりだったのに、口から出てたのかよ! 全然今の今まで自覚がなかったんだけど!

「いやー、そんな恥ずかしがらんくても。兄ちゃん音痴ってわけでもないし」

 そういう問題じゃない。

「というか兄ちゃんって結構音楽好きだったりするん? 俺もよく聴く方だけど」

 弁当屋はこっちの気も知らずにペラペラと話しかけてくる。

「兄ちゃんが歌ってた曲、特にイントロがかっこええんすよね! ちょっと不思議な感じに聴こえてくるところが」

「……あれは最初鍵盤楽器が主旋律を弾いてて途中から主旋律が弦楽器に移ってる。それも気づかれないくらいに自然にな」

「へー。それは気が付かんかったわ。あとちょっと前に出たバラードも良かったな。「愛の名は永遠」ってやつ」

「……あれはサビごとに歌い方を変えている。そうすることでより印象に残る曲になった」

 おれがそう返すと、弁当屋は「言われるまで気づかんかったああ!」と大げさに叫ぶ。

「好きっつーかめっちゃ詳しいやん」

「昔はミュージシャン志望だったからな」

 半ば開き直りのように言い捨てる。

 昔、と言ってもよくある「小さなころの夢」と同レベルのやつだ。歌とかジャンル問わずで好きだったし、拙いけど作曲してみたこともある。

 けど夢というのはやっぱり夢でしかなく、おれには圧倒的に実力が足りなかった。 

 よくある「何歳までに結果が出せなかったら諦める」という目標設定を、おれの場合は二十五歳にした結果、あっさり玉砕してしまい、それからは母親が体調を崩したこともあってか、ただただ何の目標も明確な生きがいも、もしかしたら人生の意味も見出せないまま毎日を過ごして今に至る。

「もしかして未練とかあったり?」

「どうだろうな」

 人の古傷を突っつくような真似はやめろ。どんだけ無神経なんだ、この男は。

「まーでも兄ちゃんも気の毒やねえ。ギルドのトップがこんな事件に巻き込まれるなんて普通や考えられんもん。まあ、ぶっちゃけるとここのマスターにはいい印象無かったけどさ」

「うちのギルマスと知り合いなのか?」

「いや、一度客としてきたことあるけど、うちの弁当の味付けにめちゃくちゃケチつけられたことは覚えとる」

 マジでどんだけ自分中心だったんだ、ギルマスは。そりゃこんだけ態度悪かったら恨み買う人間が山ほどいてもおかしくない。

「で、その時に仲裁に入ってくれたのが、たまたま客としてきたあのちんちくりんの姉ちゃんで、それ以来うちの常連なの。いやー捨てる神あれば拾う神あるっていうか、いい人もいるもんやなあって」

 正直その一言だけであのちんちくりんが有能に見えてきた。冷静に振り返ってもアホにしか見えないのに。

「というかどれだけギルドの恥なんですか、あのギルマスは」

 新入りちゃんが毒を吐くように呟く。もはやこの子は被害者の悪口を言えば言うほど自分が疑われて不利になるとかそういうのを一切考えちゃいない。 

 ギルドに在籍してた頃はもうちょっと大人しい印象だったので、クビを切られてからおかしな方向に吹っ切れた感じがする。

「まあ、ああいうタイプは自分が常に正しいと思い込んでるってゆうか、思い通りにならんと気がすまんって感じやね。だから快く思っとらん人も多いんやない?」

 そして慌てて「あ、もちろん俺は犯人やないから」と付け足す弁当屋。

「もう正直、犯人誰でもいいから帰りたいです」

 そっけない新入りちゃん。まあ、気持ちはすごくわかる。

 だけど、業務とは直接無関係のはずの弁当屋の青年ですらギルマスをあまりよく思ってない以上、ギルマスが予想以上に際限なく周囲から恨みを買ってるんだということは察した。多分、人間関係から洗おうとしたって犯人には結びつかないんじゃないか、これ。

 犯行のタイミングだけを考えたら新入りちゃんが一番怪しいのには違いないが、言動があからさますぎて逆にシロなんじゃないかと思えてくる。裏の裏をかいて犯人だったらそれはそれで驚きだが。




「皆さん、お話のところ申し訳ありませんが、現場に一度お集まりいただけますか」

 しばらくして魔術専門のちんちくりん捜査官が応接室へ入ってきた。さっきと同じように腰に手を当ててドヤ顔である。

「なんかわかったのか? というか現場にはまだギルマスが……」

「被害者の死体は布幕で隠れてるんで大丈夫です! 直視しなければ私だって十分捜査できますし!」

 威張って言うことじゃない。というか直視せずにどうやって捜査する気だ。

「道すがら軽く説明しますが、私、生まれつき魔力の流れというか淀みが「視える」んですよね。専門家によると128人に一人くらいの割合の体質らしいです」

「微妙にリアクションに困る数だな」

 ちんちくりん捜査官、おれ、新入りちゃん、弁当屋の順に階段を降りる。

「っていうか、弁当屋のあんたは関係者じゃないだろ?」

「えー。あれだけ話で盛り上がったんだし、今更仲間外れはないやろ」

 弁当屋は子供っぽく口を尖らせる。男がやってもぶっちゃけ可愛くない。

「まあ、三十分後には次の仕込みをやらなきゃなんないんで、それまでには戻るから大丈夫大丈夫。で、何の話やっけ?」

「私の視える能力の話です! みんなして話の腰を折らないでください!」

 ちんちくりんがヒステリックな声を上げる。

「128分の1ですよ! とてもとてもレアな能力者なんですよ、私!」

「あー、わかったわかった。レアなのはわかったから次を話してくれ!」

 絶対この女、レアな能力の分だけ他が残念になったんだろうな。

「むう、なんか投げやりに言われた気がしますが、まあいいでしょう。」

 階段を降り、現場である仕事場の前にたどり着く。

「死体隠しのカーテンの中から、魔力の淀みが見えたんですよ。まるで、何か災厄を引き寄せるかのような黒い黒い魔力の淀みが」

 そう言われてもピンと来なかったので、現場をそっと覗く。

 例のあのカーテンは昨夜設置されたまま、中は分からないようになっている。淀みとか黒いとかそれらしいものはさっぱり分からない。

「もしやと思って先ほど連絡をしたのですが、すでに居るようですね」

 ちんちくりんはずかずかと現場に入ると、警察ギルドのおっさんのところへ一直線に向かっていった。

 刑事のおっさんの横には、さっきまでいなかったヨレヨレの白衣の男が立っている。あの男も捜査のために派遣要請されたのだろうか。

「お待ちしておりました。私は殺人事件解決のために警察ギルドから派遣要請された鑑識ギルドの魔術捜査官です。お忙しい中来ていただいてありがとうございます。それで、いかがですか?」

「いかがも何もないが、まあアンタの見解通りだったよ」

 白衣の男がぼりぼりと頭を掻く。

「こいつは呪いの術だ。詳細はまだわからんし、かけた本人にしか分からない内容だが、特定の条件で発動するタイプの呪いの魔術」

「はいっ! 皆さん聞きましたか! 今回の事件は呪いによるものですよ!」

 ちんちくりんの素っ頓狂な声が部屋中に響く。

 その声に場にいた他の捜査官も、護衛ギルドの男も、チャラい探偵も、先にここに呼ばれていた副マスターのアザラシも目を丸くしてこちらの方を見る。

「あの、もう少し場の空気読んでくださいよ」

 警察ギルドのおっさんがたしなめる。

 そして白衣の男はため息を一つつくと、ちんちくりんを邪魔そうに押しのけて前へ出た。

「呪いと分かった根拠は、ここから特殊な魔力の残滓があったのと、被害者の左手首にあった円形の痣。副マスターの「昔はピザをカットしたような形」が年を取るにつれて円形に近づくように変形しながら大きくなっていたという証言から察するに、多分その痣が円形になったら発動する呪いと考えられる」

 さっき警察と副マスターが話していたあの痣の事か。というかまさか本当にホラー(暫定)だったとは。

 しかし、痣が円形になったらとこからともなく現れた鉄板によって串刺しにされるってどんな呪いだ。オカルトめいたおとぎ話でも、召喚されるのはなんかこう、死神みたいなマントと鎌持った怪物とか、とにかくそういう系統のやつだって相場が決まってるだろう。

 白衣の男は更に話を続ける。

「ただ分かってるのはそれだけで、誰がいつこの呪いを被害者にかけたのかは不明。呪いも単に時限式なのか何らかの条件を満たしたら発動するタイプなのかも確定できない。しかし、魔法の中でも呪いという分野は門外不出のものなので使える人間は限られてくる」

 そしてちらりと警察ギルドのおっさんを見る。

「魔術師登録管理ギルドに連絡を。呪術師の家系の人間をリスト化したものを寄越すように依頼してくれ」

「つまりその中に犯人がいるのか?」

「少なくとも「実行犯」はわかるはずだ。術が使える人間でないと犯行は不可能だからな」

 実行犯、というのが妙に引っかかるが、どう考えてもこんなえぐい犯行をしでかした実行犯が一番悪い。それに実行犯さえ捕まれば、万一他に黒幕がいたとしても芋づる式にたどり着くはずだ。

 ああ、これでやっとこの状況から解放される。

 

 その時はそう思っていたのだが。




 この後、めちゃくちゃ待たされた。弁当屋の兄ちゃんが食べたものの器を回収していったん戻り、昼食用に注文された分を配達しに再びやって来ても相手ギルドからの連絡がない。

 皆が昼食をとり終わった頃になって、ようやくそいつは現場にやって来た。いかにも神経質そうな感じの、七:三にぴっちりと分けた前髪と、瓶底眼鏡が特徴的な男だった。

 魔術師登録管理ギルドと名乗るその男は、やっぱり見た目通り神経質そうな口調で「あくまでも捜査の協力ですからくれぐれも他の事に悪用しないでくださいよ」とチクチクと念を押しながら大判な紙を机の上に広げる。

 そこに書かれてあるのは、大きく三つに分けられる家系図だった。ただ、末端に当たる部分になると、とても複雑で細かく分かれてはいるが。

「これ、全部しらみつぶしに探すのか」

 警察ギルドのおっさんが眉間にしわを寄せる。

「いえ、現存している家系に限ればかなり数は絞られます」

 七三眼鏡がペンでいくつか丸を囲んでいく。

 その作業を場にいた全員が見守っていた。否、何人かは違った。

 護衛ギルドのいかつい男は見張りのためか周囲の様子をうかがっているし、チャラ探偵は一人一人の顔色をチェックしているようで、家系図の方はちっとも見ない。

 そしてうっかり目が合ってしまい、気まずくなる。

 というか、マズかったか? おれも他のやつらと同じように家系図の方をガン見すべきだったか? でも何か落ち着かなくて周りを見てしまうことだって別におかしくないだろ?

 だが、チャラ探偵は「別にそっちには興味ないから」と言いたげな表情を見せただけでそれっきりだった。くそ、何なんだ本当に。

「ざっとまとめると呪いの術が使える家系は分家を含めると六つですね。どの家もその力を仕事や商売などには使っておらず、術の内容を書に写したものを代々保管しているだけのようです。まあ、呪いですからね。危険なので使用厳禁であることは我々管理ギルドから通達されているはずです」

 にもかかわらず、その禁を破ってギルマスを呪い殺した者がいる、というわけだ。そして管理ギルドが丸を付けた中に、そいつはいる。

 いったいどんな奴なんだろうか。それを考えるとぞっとする。

「なあ、このマーク何なん? 家ごとについてるみたいやけど」

 全員が注目している家系図の紙の上に、長い腕の影が落ちる。

「それは家紋です。家長に当たる人物の名前の横に記してあります」

 七三眼鏡が自部的に答えながら顔を上げ、質問者の方を見る。

「ってあなた、部外者じゃないですか!」

「いや、昼飯分の弁当の器を回収したら帰ろうかと思ったんやけど、なんか面白そうやなーって気がして。って、そんな嫌そうな顔せんといても」

 声の主は言うまでもなく弁当屋だった。

「面白い・面白くないかの問題じゃないのですよ、もう! 我々は現存している呪術師の家系の家を住所登録管理ギルドに問い合わせて一つ一つ調べるという作業に移らなければなりません」

 いや、ちょっと待て。

 容疑者というか実行犯候補の家系を調べて何人いるか分からない人数一人ずつ取り調べるとなるとどれくらいの時間が、いや下手したらどれだけの日数がかかるというのだ。

 おれらは「真犯人」が捕まって事件が解決するまで家に帰れない・ここから出られないという理不尽なルールに縛られてるんだぞ? ああ、一気に気が遠くなる。

「そういうことなのであなたはすぐにでもお引き取りください。我々は忙しいのです。何か言いたいことがあれば一応は聞きますが」

 地味に言い方が嫌味っぽいな、この七三眼鏡。

 だが弁当屋は少しも気にする様子がない。

「言いたいことっていうか、一つ思ったんだけどさ」

 そして、家系図のあちこちに散らばっている家紋の一つを指さすと、

「なんかこのマーク、うちの近所の時計屋のマークに似てるんだけど」

 

 全員の脳裏に「!?」マークが浮かび上がって、フリーズした(状況からの推測)

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