第3話 一流ギルドの曲者どもよ
「失礼。夫人に数点訊きたいことがあってね」
不意にドアが開いて、あの丸っこい警察ギルドの男が入ってきた。
ある意味助かった。正直この空気に耐えるのも限界が来ていたからだ。
「おや? 取り込み中だったかな?」
「いや、いーよいーよ。一応こっちにも聞かせて」
チャラ男探偵が飄々と答える。
「こっちが管理側なのだが。……まあいい」
警察ギルドのおっさんは咳ばらいをすると、鑑識ギルドから預かったという写真を見せた。
「これは被害者の左手首の写真だが、ほら、ここ。手首のちょうど真ん中に奇麗な円形の赤い痣のようなものがあるのだが、こちらに見覚えは? 自然にできた痣にしては形がきれいすぎるのだが」
「痣?」
副マスターが渡された写真を覗き込む。思わずおれも横から覗き込んだ。
確かに甲側の手首の真ん中、ちょうど腕時計を付ける位置に「それ」はあった。
まるでコンパスで描いたような真ん丸な赤い痣。どこか遠い遠い国の国旗でこんなマークのやつがあったような気がする。確かヒノマル? みたいな名前の。
まあさすがに遠い異国からのテロという線はないだろう。うちのギルドはそんなグローバルな活動はしてないし。
「夫の左手首には確かに痣があった気がするけど」
そこまで言って副マスターは首をかしげた。
「だけど、私が見たのはこんな真ん丸じゃなくて、こう、何て言ったらいいのか分からないけど、ピザを切り取ったようなすごく変わった形だったわ」
「ピザ?」
「ほら、三番街にあるピザギルドで売ってる丸いピザがあるじゃない? あれを八等分してその中の一つを抜いた感じの形」
なんだか奇妙な例えだが、なんとなく言いたいことは分かった。確かに痣の形としてはすごく変わった形だ。
「そのピザ型の痣を見たのがいつか覚えているかね?」
「最初に気づいたのは結婚前、酷く暑い夏に食事に行ったときに私が痣に気づいて「それどうしたの?」ってきいたら「よく分からない。中学に入る頃には出来てて、 最初はとんがった三角形だった気がするけど、年を取るにつれてだんだん形が変化して大きくなってる気がする」って言うから、私は「まるでホラーみたいね」って茶化して、それで」
副マスターの声がだんだん涙声になって震え始める。
「今は仕事に追われる毎日だけど、夫と過ごす日々は幸せだった。なのに、なのに」
ついにおいおいと声を上げて泣き出した。
「申し訳ない。つらい思いをしているのは承知の上だが」
警察ギルドのおっさんが慌てて副マスターをなだめに入る。
「すみま、ぜん、すごぢ、ひどりで、おじ、おじづがぜで」
ボロボロと涙をこぼしながら部屋の外へ向かう副マスターだが、足元がふらつきすぎて、しこたまドアに体をぶつける。副マスター、アザラシなのは顔だけでなく体型もそんな感じなので、何かにぶつかるたびにボヨンとした肉付きが大きく弾む。
「すまない、少し夫人の方が心配だ。電話で診療ケアの出来る医師を呼んでくる」
後を追うように警察のおっさんも退室した。
副マスターも心配ではあるが、正直、精神状態がいっぱいいっぱいの彼女が視界からいなくなったことによる開放感の方が大きかった。薄情と言われそうだが察してほしい。
しかし、この時点でどっと疲れた。
おれは周囲に断ってから水を飲みに今いる応接室の隣にある水場に向かった。備え付けのコップに水を注いで、一気に飲み干す。水に味も何もないと思うが、いつもより不味く感じた。食欲はないが空きっ腹状態の胃袋に急に水を流し込んだので、チリリとした痛みが走った。
しかし、これからどうなるのだろうか。犯人は本当に見つかるのか。
見つからなかった場合、警察ギルドのおっさんが言った、バカげた規則によってずっとここに居なくてはいけないんだろうか。
と、そこまで考えてからある重大な事に思い当たった。
これで犯行は終わりなのか?
もしそうでなかった場合、第二・第三の殺人が起こった場合、次に狙われるのは誰になるのか。
その標的の中に、おれも含まれていたら?
頭が一気に冷える。今思えば「事件解決まで関係者は家に帰れない」というバカげた規則も「容疑者を逃さないため」と同時に「関係者が犯人に狙われないため」という役割もあるのかもしれない。
そう考えると、ここに居る限りおれは安全と言え
「むぐっ」
ほんの一瞬の出来事だった。
背後から回り込むように伸びてきた黒手袋に口を塞がれ、身体をがっちりホールドされる。息が、息ができない。あ、いや、鼻でできたわ。
「はいはーい。ちょっと大人しくしてね。大人しくしたらすぐ離すからねー」
この腹立たしいほど緊張感のない口調。
言われたとおりに力を抜くと、奴はすぐにおれを開放した。
「いやあ、びっくりした?」
「びっくりどころじゃねえ! いきなり何するんだ!」
「しー、声が大きいって」
振り返ると、そこにいたのはやはりあのチャラ探偵だった。
「で、何なんだ」
「事情聴取の続きをしようと思って」
「続きも何も、おれが戻るまで待てばいいだろ」
「新入りのあの子の聴取があっさり終わっちゃって待ちきれなくて。それに」
「それに、何だよ?」
不審がるおれの顔を見て、探偵はニヤリと笑う。
「実はぶっちゃけあんたが一番怪しいと思ってるだよねー」
は?
こいつは何を言ってるんだ?
あまりの突飛な発言に一瞬視界がくらりとする。
「いやいやいや、ちょっと待て! なんでだよ!」
意味が分からない。何故そこで疑われなければならないんだ。
「ま、しいて言うならさっきの聴取での返答と態度かね。あ、しいて言うならっていうか、それが一番の理由だねー。いやー間違えた間違えた」
苛立っているこっちに対して、探偵はあくまでもその軽薄な態度を崩さない。
そして、おれをあざ笑うかのように目を細めて、こう言った。
「さっきの話、嘘でしょ?」
さっきの話というのは、警察ギルドの乱入の前に話していた「ギルマスはどんな人物だったのか」というあれの事だろう。おれなりに取り繕っていたつもりが、探偵からしてみればバレバレだったようだ。うわあ、恥ずかしい。
「というか、夫人である副マスターの前でギルマスを悪く言えるわけないだろ、空気的に」
「やっぱギルマスの事は良くは思ってないんだ?」
「あ」
おれの失言に探偵は腹を抱えて笑う。
「いや、だからって殺したいほど憎いってわけじゃないし、大体ギルマスがいなくなったら俺の仕事が」
「オーケーオーケー、把握した。ま、ようやくすると君はあの新入りの子が言った通りの人間ってことだ」
「あの子が?」
「疑われるリスクガン無視で不満たらたらに語ってくれたねー。このギルドはパワハラでモラハラの宝庫。ギルマスと副マスターが夫婦の、いわゆる家族経営タイプのギルドだから悪い意味で従業員に対して遠慮しないんだろうね。よくある悲劇だよ」
よほど頭に来てたんだろうな、新入りちゃん。まあ「よくある悲劇」の内に、クビになった直後に容疑者として元の職場に拘束されることも含まれるのかは謎だが。
「で、おれが一番怪しいというのは? 嘘をついたから? でもあれは場の空気的に仕方なく」
「それもあるけど」
不意に、探偵の眼が冷たく、そして鋭くなる。
「なーんか嫌いじゃないんだけど気に食わないんだよね、その態度。中立保ったフリをしたただの保身まみれのどっちつかず。経験上、こういうタイプが一番怪しいんだよ」
一瞬気圧された感覚に襲われ、たじろいでしまう。こんなチャラ男なのに。
「ああ、殺人事件が起きた際、警察から捜査のために召集された各ギルドの協力者への報酬の取り分って知ってる? 一応働いた分の金は保証してくれるんだけど、それプラス事件解決に貢献した順に特別ボーナスがもらえるんだよね」
「知るかよ、そんなの」
「探偵ギルドとしては、誰よりも先に犯人の特定ができればボーナスががっぽがっぽなわけ。ここまで言えば分かるよねー?」
「いや、さっぱり分からない」
「だから君が犯人だったらいいなーって」
「無茶言うな!」
ちょっとでもこいつに気圧されたおれが馬鹿だった。
大体ボーナスのために犯人になってくれなんて冗談でも笑えない。
「ぶっちゃけ金くれなきゃやってらんないよ。でもこの街のルールとして、ギルドは事件や事故が起きて警察やレスキューギルドから協力要請が来た場合は、それに従う義務があるからね。可能な限り何なりと、ってね。つまり現場に召集されたギルドのみんなも仕事が終わらないと帰れないってわけ。捜査上必要な物品を運ぶ運送ギルドとか出前みたいなのは例外だけど」
要するに、こいつも犯人捕まるまで強制的にここに拘束されるということか。まあ、こいつはそれが仕事なんだから、というのもあるから帰りたくても帰れない状態になってもそんなに同情的にはなれないが。あと、単純にこいつムカつくし。
「大体状況的に魔術でも使わないとできない犯行だって自分で言ってただろ! おれは魔術師でも何でもないし!」
「でも、魔術師に金払って殺人を依頼したってパターンもあるよね」
「依頼もしてない!」
「それを証明する手立ては?」
言葉に詰まる。だが、そんなものどうやって証明すればいいんだ。
おれが困惑していると、探偵は面白そうに笑う。
「ま、ぶっちゃけると「怪しい」ってだけで今のところ犯人とは思ってないけどねー。今のところ」
わざとらしく「今のところ」を強調しているあたりがよりイラっとさせてくれる。
おれはヘラヘラと笑う探偵をにらみつけると、元いた応接室へ戻った。
「ふふふ、後れを取りましたが、真打登場です」
その女、まあ勿体付けて言うのもアレなのでざっくり言うと、一階の倉庫で寝袋で眠っていた魔術専門の捜査官は妙に自信ありげな表情で腰に手を当てながら現れた。
死体見て気絶してた割に何故偉そうなのか。と、この場にいた誰もが思っただろうが、そこはあえてスルーした。
寝顔ではあまり認識できなかったが、この女、ものすごく童顔で背もちんちくりん。子供と間違われてもおかしくない外見である。
「あ、今、子供って思ったでしょう! 失礼ですね、私は今年で二十九ですよ! こう見えてもギルドじゃ気配りの出来る女で通ってます!」
「マジかよ!」
思わず声に出してしまった。一体どんな育ち方したら将来ロリババア呼ばわり不可避な容姿になるんだよ。そんなことを考えてたら、キッと睨まれた。
「今、絶対失礼なことを考えてたでしょ! そういう人にはあげませんよ? あとで欲しいって言っても知りませんからね?」
あげる、って何をだ? と考えてたら、下の階から「すみませーん」という若い男の声が聞こえてきた。
「ふふん、来たようですね。ちょうどいいです、運ぶのを手伝ってください」
運ぶ、って何をだ? と返す前に腕を引っ張られる。見た目に反してかなりの腕力だ。
そのまま階下に連れていかれ、ギルドの受付までたどり着くと、両手に縦長の風呂敷包みを一つずつぶら下げたガタイの良い青年がいた。配達員の恰好をしている。
「ちわす、弁当屋ギルドの者です。ご注文の品を届けに来ました!」
「わーい、来ました来ましたー」
無邪気に喜ぶちんちくりん。本当にどこが二十九なのかが問いたい。
「これは一体?」
「皆さん、きっと朝ごはんまだ食べてないと思ったんで注文入れておきました!」
えっへん、と言わんばかりに胸を張る。おそらく気になっている奴もいるだろうから一応言っておくと張るほど「ない」。
「というかこれ、あんたがやる仕事?」
「え? どういうことです?」
「魔術系専門の捜査官としての仕事はどうしたんだよ?」
「うぐ」
彼女の表情が凍り付いた。
そりゃそうだろうな。死体見た途端に気絶して本来の業務は全然できていないのだから。かといってそのまま再び事件現場に行こうもんならまた同じことを繰り返しかねない。
「ところでなんか焼いた肉のようなにおいがするけど、何頼んだんだ?」
「ジューシーステーキ トマトソース付き弁当ですよ! 厚切りの肉に真っ赤なソースが絡み合う、私のおすすめです! スタミナ付けないと犯人捕まえられませんからね!」
「色合い的に死体見た後に食うもんじゃないだろ、これ!」
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