第2話 巻き添え捜査線
その後は大変どころじゃなかった。
枯れるまで悲鳴を上げてそのまま気絶した副マスターを向かいの休憩室にあるソファに寝かせ、そのまま仕事部屋に戻ると壁に取り付けてある電話機の緊急ボタンを押した。
強盗などの犯罪絡みのSOSは一回、病気や怪我などの医療系のSOSは二回、それ以外で緊急性の高い案件は三回押すというルールになっているのだが、天井突き破って串刺し死体が降ってきた場合はどれに当てはまるのか全く頭が回らなかったので、よくわからないまま三回押した。
耳障りなコール音が数回続いた後に繋がった相手に事情を説明して、廊下でそわそわと待機していると、ほどなくして警察ギルドの男と検死・鑑識専門ギルドの科学捜査官を名乗る数人の男がやって来た。
現場に着くや否や、捜査官たちは早速捜査にとりかかり、おれは少し離れた場所で警察ギルドの男から事情聴取を受けることになった。
事情聴取を受けるのは生まれて初めてだ。それまでどこかの物語のワンシーンで聞きかじった程度の知識しかない。まあ、眠気と疲労が限界な上にあんな凄惨なモノを見せられた状態では気構えとかそんな余裕はなかった。むしろ寝落ちしないように脳内でヘビメタを流して耐えていた。
「ふむ、ひとまず状況は分かったよ。君も遅くまで大変だねえ」
警察ギルドの男は丸っこい体型と髭が特徴的なおっさんで、話しただけで判断すると、割と親切そうだった。深夜に呼び出したにもかかわらず嫌そうな顔を一切見せない。
事件現場というと、途中で呼び出されたらしい運送ギルドの人間が大きなカーテンや目がチカチカするほど眩しい照明器具を運び込み、慣れた手つきでセットしていった。
カーテンのおかげであの串刺し死体が視界に入らなくなって安心は安心だが、カーテンの内部では捜査官たちがごそごそと得体のしれない動きをしているのがこっちからでも分かるので、それはそれで落ち着かない。
「これ、殺人事件なんですかね」
俺は思わず警察ギルドの男にそう尋ねた。
「現時点では何とも。事故にしろ殺人にしろ死亡した状況が分からない以上は断定できないね」
それにしても、明日からの仕事はどうなるのか。いや、仕事というかこのギルド自体どうなってしまうのか。副マスター、ちゃんと今日までの給料を払ってくれるんだろうか。
色々不安が頭をよぎるが、正直限界だ。
「まあ、俺はもう帰らせてもらいますよ。もう眠くて眠くて」
そもそも明日も出勤した方がいいんだろうか。間違いなく仕事はできないだろうけど。
まあいいや。明日の事は明日考え
「いや、申し訳ないが君を帰すわけにはいかないよ」
「え……は?」
ちょっと今、何か変なことを言われた気がするぞ?
「あー、疲れてる君にこんなこと言うのも酷なのは重々承知なんだけど、これも警察ギルドの規則でね」
「き、そく?」
「事件がもし殺人事件だった場合、犯人が特定できるまで関係者は帰しちゃいけないという規則があってね。ほら、君が犯人だったら逃げられちゃうから」
「はぁっ!?」
疲労困憊の身体とは思えないような変な声が出た。
いや、本当に意味が分からないんだけど。
「てかおれは犯人じゃないし、そもそもどうやっておれがあのギルドマスター殺せるんですか! ありえないでしょ!」
「それがきちんと立証できれば開放できるんだがね。もちろん今ソファで寝ている副マスターさんも同様だよ」
「なんだよそりゃ」
足元の力が一気に抜けて、おれはそのまま床にへたり込んだ。
「まあ、今夜は君の気力も限界そうだし、細かい聴取は明日にしよう。寝袋を手配しておいたからそれを使いたまえ」
本当に何だそりゃ。なにが悲しくて容疑者にならなきゃならないのか。
この怒りと恨みをどこにぶつけりゃいいのかわからんが、とりあえず色々ふざけるな。
翌朝。倉庫内で目を覚ますと、すぐそばにいかつい筋肉ダルマの男がこちらを凝視していて、思わず悲鳴を上げてしまった。
どうやら寝ている間に手配してくれた護衛ギルドのボディーガードらしいが、だからと言って人が寝ているのをずっとガン見するのはさすがに気味が悪い。
がっつり寝たような気がするが、昨日の疲れが取れた感じは全くしない。むしろ普段と違う状況で眠ったせいか身体の節々が痛い。
ふと辺りを見回すと、少し離れた場所にもう一つ寝袋があることに気づいた。胸元まで開けられたそこに眠っているのは、見知らぬ女。
「その人は鑑識ギルドの魔術系専門の捜査官。お主が眠った後にやって来た」
「魔術系専門?」
「もし、この事件の原因が魔術に関わるものであれば科学捜査だけでは手に負えない。現に警察ギルドの見解では「突然上空から現れた凶器に槍のように身体を貫かれて死ぬ」というのは普通じゃありえないからな」
護衛ギルドのボディーガードは丁寧に説明してくれるのだが、こちらを凝視しながら、しかも瞬き一つせずの表情なので何気に怖い。
「で、捜査がひと段落したから休憩中ってわけか」
「いや、彼女はまだ捜査に入ってない」
「え?」
「現場到着したのはいいが、死体見た途端その場で気絶した」
「使えないなこいつ!」
一階の倉庫を出て、階段を上って応接室(待機用にここへ来るように言われた)へ行くと、そこには一晩ですっかりやつれたアザラシ……ではなく副ギルドマスターと、不機嫌極まりない表情の新入りちゃん、他には見知らぬ人間が待機していた。
しかし新入りちゃんも災難だな。本来ならもう関わりのない、本人にとっては関わりたくもない職場にこんな形で連れ戻されるとは。
状況だけで判断すれば、彼女が帰った直後にギルドマスターが死んだのだ。どうしたって一番疑わしくなる。
だが、同時にそんなあからさまな時間帯に犯行に及ぶか、という疑問が浮かぶ。おれが犯人だったら絶対アリバイが証明できる時間帯にするし、誰だってそうする。
「よぉ、お目ざめかい?」
二十代後半くらいの、見るからにチャラそうな男がおれの姿を見て声をかけてきた。
「あんたは?」
「警察から捜査協力に呼ばれた探偵ギルドの者さ。いやあ、酷い事件だね」
紙の束相手ににらめっこしながらのその口調は全く緊張感がない。その態度に副マスターがわざとらしく咳払いをする。
「おっと、こちらのマダムは機嫌悪そうだ。まーダンナがあんなことになったら仕方ないかー。それはさておき、一応あんたにも今の状況を説明しとこうと思って、あ、適当に座っていいよ」
いや、適当に座ってって、ここお前の家じゃないから。見るからにどころか見たままのチャラ男だな、この探偵。死体見て気絶したらしい魔術専門の捜査官といい、派遣された人員おかしくないか、これ?
現時点の捜査でわかったことは、
1.ギルマスを貫いた鉄板のような金属は、先端が矢印の形をしており、矢の部分から突き刺さったこと。
2.ギルマスは一撃で即死していた。初めから彼が狙われていた可能性が極めて高い。
3.凶器となった鉄板金属の長さは約五メートル半。床面に対して四十五~五十度の角度でギルマスの身体を貫いている。
4.凶器は建物の上から降ってきて突き刺さっている。深夜ということもあるが現時点でその凶器を持ち込んだところを目撃したものはいない。また、鉄工所ギルドに問い合わせたところそんな物体は扱っていないとのこと。
「ま、3.4に関してはわかりやすく言うと、凶器の出所が全くの不明ってこと。そもそも空からあんなでかい凶器を降らせて建物ごとギルマスにぶっ刺すこと自体、普通の人間にはどうやっても無理。下の階であんたの寝床を見張ってた護衛ギルドの筋肉でも無理っしょ」
「つまり?」
「魔術を使った犯行が極めて高いってこと。例えば召喚魔術なら突如凶器を出現させてグッサリできるんだからマジ簡単じゃね?」
確かに文面だけで判断すると簡単である。
「念のため言っておくけどおれは魔術師でも何でもない。魔法使えるならもっといい仕事就いてただろうし」
「まーだよねーそうだよねー。で、具体的にどんな魔術使って犯行に及んだのかを検証するために魔術捜査官を呼んだんだけどさあ」
そう言って、チャラ探偵は呆れたようにため息をつく。この辺はさっきの護衛ギルドの筋肉とやり取りがほとんど一緒である。
「死体見て気絶した、と」
「そ。ギルドの方も人選考えろっつーの。まあ、オレ様の見解としては? この事件は殺人の方法よりもなぜあの時間帯、そしてなぜあのタイミングで殺したのかが重要な気がするんだよねー」
チャラ探偵の目線が新入りちゃんの方に注がれ、新入りちゃんの表情が険しくなる。
「だから私は犯人じゃありません!」
「どうだか」
冷ややかにそう言い放ったのは副マスターだった。
「クビを切られた腹いせでやったって考えるのが自然でしょ? むしろそうとしか考えられないじゃない! 動機としては充分でしょ! この人殺し!」
「だから違うって言ってるでしょ! そういう自分だって犯人じゃない証拠はないじゃないですか!」
「私を疑うの!? 夫が死んで誰が一番悲しんでると思ってるの!」
「そんなの口で何とでもいえるじゃないですか! 実は不仲だったって夫婦なんて世に掃いて捨てるほどいるのに!」
おいおい、一瞬にして女同士のバトルになったぞ。
元はと言えばこの流れは探偵が、って、止めようともせず薄ら笑いのまま状況を眺めだしてるし!
他の誰も止めようとしなかったので、結局おれが仲裁してどうにか落ち着かせることに成功した。何も面白いことは言っていない。落ち着いて、とか犯人は外部の人間の可能性だって高い、とか極めて普通の事をひたすら主張していただけだ。
「話、終わったー? じゃあ続き話すよー?」
呑気な探偵の声にイラっと来るが、突っかかってる場合ではない。
「ま、俺が言いたいのは、この事件の重要な点としては動機だと思うんだよね。何故ギルマスは殺されたのか」
「だったらこの子が!」
「でも確定じゃない。他に恨みを持っていた人だっているかもだし。具体的な捜査は他のギルドに任せるとして、探偵ギルドとしては被害者の人間関係を洗っておきたいのよ」
要するに役割分担というやつである。
おれは殺人事件に巻き込まれたことは一度もないから知らなかったが、ギルド街で事件が起きた場合は警察ギルドが指揮をとり、状況に応じて他のギルドの人間を派遣させるという権限を行使することができる。現場の検証は捜査官たちが所属する鑑識・検死ギルド、犯罪心理を中心とした推理を行うのが探偵ギルドと、これだけでも複数のギルドが関わっているらしい。
まさに、あの労働賛歌(笑)じゃないが、不測の事態が生じれば力を合わせて解決するのがこの街のルールだ。ちなみに、これが事件ではなく災害などの事故の場合は指揮権はレスキューギルドにあるらしい。
そして、容疑者に片足突っ込んでいるようなおれたち関係者のやるべきことは、情報提供して捜査に協力することである。
「夫は真面目で仕事熱心で、いつもギルドのために身を粉にして働いていたわ。取引先のギルドからも評判が良かったし、その手腕で社会にも多く貢献してきた。そんな夫が人から恨まれることをするなんてありえない!」
うわ、副マスター、マジかよ。そう言い切るかよ。
危うくそう言いかけそうになったのを必死で飲み込む。
まあ、ギルマスが仕事熱心だったのは間違いではないと思う。
問題は、熱意の運用方法が大いに迷惑なだけで。そのせいでどれだけの人材を潰したというのか。
周囲の評判だってそうだ。一言で片づければ外面がいいだけ。
最初はいい人っぽくふるまっても、自分の意にそぐわなくなると途端に手のひらを反す。
おれがこのギルドに入ってから辞めていった人間の数を思うと、この中からギルマスに殺意を抱く人間がいてもおかしくないんじゃないか。思い返せば思い返すほど闇しかないぞ。
「なるほど。ここのギルマスは奥様に愛されてたんですねー。よくわかりました」
急に棒読みじみた敬語になりやがったぞ、この探偵。
そしてつまらなさそうに手帳を取り出すと、何やらサラサラとメモを取り、「じゃあ今度は従業員の人にも話を聞かせてもらおうかな」と、おれの方に目線を送る。
「……え? おれ?」
「モチ」
というか、この流れでどう言えと! 今ぼんやり湧き出た闇をそのままこの場で言ったら確実におれに疑いがかかるぞ。それどころか夫を亡くした副マスターの前で死者の悪口を言うという行為自体、罰当たりにもほどがある。
ちらりと副マスターの顔色を窺うと、少し腫れた目で「さっさと言いなさいよ」と言わんばかりにこちらを睨みつけてきた。
うう、心臓を掴まれたような圧迫感がつらい。
ダラダラと汗が流れる感覚を抱きながら、おれは口を開いた。
「ギルマスは、厳しいけど仕事熱心な人でした。色んな取引先を増やすのも得意でしたし。厳しい人でしたけど」
ああ、おれの意気地なし。
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