ギルド街と最後の復讐者(リベンジャー)

最灯七日

第1話 ミッドナイト・ワーカー

「ギルド街のうた」

作詞・作曲 音楽ギルド 童謡部門


ギルドがいは はたらきもののまち

あさもひるも ゆうがたよるも

だれかしらが こまったときも

ちからをあわせて とんてんかん


いろんなものを つくったり

いろんなひとを たすけたり

まちのへいわを まもったり

みんながまちで まちがみんな


ギルドがいは たすけあいのまち

しょうにん しょくにん やくにん がくしゃ

ちからとちえと かがくにまほう

すべてをあわせて らんらんらん


ギルドがいは はたらきもののまち

だれかのために えいえいやあ




 って、そんなわけあるかぁぁぁぁ!


 おれは目の前で山積みになっている書類を睨みつけながら心の中で叫んだ。

 時刻はすでに深夜十一時半。体力も気力も限界に近く、ちょっとでも気を抜こうもんならそのままぶっ倒れそうだ。

 だが、今日の分の仕事が終わらなければ帰れない。そして、これらの仕事を処理できる人間がおれしかいない。理由? 人手不足だから。

 で、この退屈で地味で延々と続く書類の処理を一人で乗り切るために、脳内で好きな音楽を流してテンションを維持するというよくある方法を、

 ……え? やるだろ普通。おれだけじゃないはずだ。退屈な時に脳内BGM流すの。

 いやいや絶対やらねーよ、という反論は置いておき、とにかく頭の中で曲を流すんだよ。そういうことにしておいてくれ。

 でも単調な作業がずっとずっと続くと、脳内BGMが好きな曲から適当に浮かんだ曲になり、やがて曲の内容が子どもが歌っているような単調なものになり、最終的には無邪気に奴隷根性を増長させる歌が流れてくるってわけだ。

 本当、何が働き者の街だ。こっちは食っていくために人手不足でろくでもない職場で働かされているだけ。自発的に働いているかそうでないかとでは全然違う。

 そもそも今やっているこの仕事だって、本来はおれがやる案件ではなく、新入りの子がやるはずだった。

 が、彼女は時間になっても全然終われず、しびれを切らしたこのギルドの責任者にして長でもあるギルマス(ギルドマスターの略)に呼び出しを食らって上の階にのぼっていったまま帰ってこない。

 それが二時間くらい前の話。

 時折、上の階からギルマスの怒鳴り声(何を言っているのかまでは聞き取れない)が響いてきて、正直おれとしても居心地が悪い。

 大体右も左も分からない新入りちゃんに仕事の正確性はともかく、スピードを過度に求める事自体無理がありすぎる。それで何人の人間が辞めていったか。

 残されたこっちはやめた人数分の仕事を押し付けられ、新入りが来たところでろくに教育する余裕がない。そして育つ前にみんな辞めていく。

 今となっては、おれ以外の人間はギルマスとその夫人である副マスターしかおらず、後は新入りが入っては辞め、入っては辞めの繰り返しで、おそらく今回もそのパターンだろうなと、ぼんやり考えていた。




 五分くらいたって新入りちゃんが泣きそうな顔で戻ってきた。

 そしてずかずかと部屋の中に入ると、自分の荷物をまとめ始める。

 そんな新入りちゃんの様子を見つめていると、相手は不快に思ったのか俺の顔を睨みつけてから「辞めます。お世話になりました」とぶっきらぼうに言い放った。

 やっぱり今回の新入りもダメだったか。まあ一週間も持ったのはいい方だったけど。

 おれとしては、せめて仕事を片付けてからにしてほしいところだが、二時間に及ぶ理不尽な説教で身も心もズタズタの人間にそんなことを言えるはずがない。

 かといって、慰めの言葉も見つからなかった。何を言っても追い打ちになりそうだった。

 新入りちゃんはそんなおれを見てため息を一つつくと、「こんなところ、よく続けられますよね」 と一言残してそのまま去っていった。

 正直、もっともではあるが痛烈に刺さる一言だった。

 もう転職に自由の利く歳でもなく、今だってブラックな職場を転々としながらようやく落ち着いた職である。やめるにしてもためらいたくなる。

 ちなみに、俺の所属しているのは薬品問屋管理ギルドの営業部。

 「ギルド」というのは、職業別に分けられた組合や組織などと言った団体の事で、この街には大小そして公共・私設問わずに様々なギルドが存在している。

 昔と比べると今ではギルドの種類は細分化……まあ乱立とも言えるが、商業系のギルド一つとっても、取り扱う商品もギルドによって違っていたり、地域密着型か輸入輸出をメインにしているかという方針もバラバラである。

 で、うちのギルドの主な仕事は薬品メーカーギルド及び薬品工場と問屋ギルドの管理と橋渡し。

 まあかみ砕いていうと、メーカーや工場の作った製品を問屋へ売り込みに行くことだ。

 本来ならその仕事だけに集中したいところだが、何せここは人手不足。営業以外の事務仕事やその他雑務も自分でやらなくてはならないのだ。

 そんな毎日が続き、このままでいいのかという気分になるものの、ここを辞めたら何処へ行けばいいのか? また一から仕事探して見つかるまでどうやって暮らせというのか? そんな疑問がいつもおれをこのろくでもないギルドに引き留めてしまう。

 それにおれ一人ならまだしも、家には身体が弱くてろくに動けない母親がいる。医療ギルドに診てもらったり介護ギルドに世話になるのにも金が要る。おれに選択肢など存在していないのだ。




「ねえ、聞いてるの?」

 ふいに、きつめの声が響いて我に返る。

 気づいたら真横に副マスターが両手を腰に当ててこちらを見下ろしていた。アザラシのような丸っこい顔が、ものすごい不機嫌そうな表情で睨みつけている。

「根詰めるのもいいけど、人の話も聞いてよね」

「す、すみません」

 誰のせいで根詰めざるを得ない状況にさせてるんだ。

「あの子、結局辞めるみたいね。今しがた挨拶に来たわ」

「存じてます」

「まったく、どうしてこうも人が増えないのかしら。こんなに仕事が溜まってるのに」

 それはあんたのダンナに言ってほしい。

「まあ、あなたに言っても仕方ないけども。あとどれくらいで終わりそう?」

「多すぎて目途が立ちませんね」

「答えになってないじゃない」

 無茶を言うな。作業終了までの時間を計算してたら夜が明ける。

「はあ、まあいいわ。十二時になったら今日は上がってちょうだい。私は隣の部屋にいるから」

 言いたい放題言って、アザラシ……じゃない、副マスターは部屋を出ていった。再び室内が静寂に包まれる。

 誰もいない部屋。机は十個近くあるのに作業しているのはおれだけ。使ってる机以外は宣伝用のチラシや製品サンプルの入った箱がどかどかと積載されている。

 いや、おれがここに入った頃はもう少し人員いたんだけどな。人の入れ替えが激しすぎてどんな人がいたのかほとんど忘れてしまったが。

 真上を見上げると、魔鉱石製ランプ(昼間に日光当てておくと光熱を蓄積できる鉱石を使ったランプ。ネジで明るさを調整できる)がいくつも天井からぶら下がっている。こいつも前はフルで稼働していたが、今となっては仕事しているのはおれの席の付近にあるランプだけである。完全にもったいないものだらけの仕事場だ。

 まあ、とりあえずはあと三十分足らずで帰っていいというお許しが出たのだけはありがたい。明日もこいつを片付ける作業があるのは間違いないだろうけど。

 あとちょとだから頑張ろう。脳内BGMもきれいごとまみれの労働賛歌みたいなやつじゃなく、テンションの上がるやつ。……自分でそう考えて悲しくなるけど。

 ああ、マジで現実逃避したい。

 当分仕事も親の世話もしなくていいくらいの大金が空から降ってこないだろうか。

 そんなバカげた妄想をしていたその時だった。


 ――――――――――!!


 突如、日常ではありえないような轟音とともに、床に大きな震動が走った。

 あまりの揺れに、椅子ごとひっくり返る。こっそり白状すると副マスターがいないことをいいことに、思いっきり背もたれにもたれて四本足の椅子なのに二足立ちさせていたのが仇になった。

 肩から首にかけて走る痛みと衝撃に耐えるようにぎゅっと目を閉じると、古くなった埃の臭いが周囲に充満した。思わず目を開けると、少し暗くなった天井が一瞬見えただけで、砂粒のようなものが目に入って再び悶絶する。何かパラパラしたものが顔に落ちてくるし、本当に何なんだ、もう!

 何とか痛みをこらえ、ゆっくり立ち上がり、ボロボロに零れる涙に目をしぱしぱさせながら目を凝らして見やると、


「なんだよ、これ!?」


 叫ぶしかなかった。

 でかい鉄柱、いやよく見ると厚さ数センチの細長い鉄板が天井を突き破って部屋のど真ん中に突き刺さっていた。

 間違いなくさっきの轟音の正体はこれである。埃の臭いと砂粒のようなものは天井が壊れた時に落ちてきたもので、その鉄板の刺さっている根元をよく見てみると、


「それ」を見た瞬間、自分でも信じられないくらいのおぞましい絶叫が喉から溢れた。息が苦しくなって身体中が一気に嫌な汗で包まれる。


 ありえない。


 いや、ありえてたまるか。


 さっきまで上の階で新入りちゃんをいびっていたギルドマスターが鉄板で串刺しにされて絶命しているなんて。


 ギルマスは、腹を血まみれにして、目は見開いたままのだらしない表情はピクリとも動かない。 

 全くもって意味が分からないし、いや、わかりたくもない。

「ちょっと何なのよ! って、部屋、埃っぽくない?」

 騒ぎに駆け付けた副マスターが室内に入ってくる。本来なら「来るな」と制止すべきだったのだが、その時のおれにはそんなそんな余裕は全くなかった。

 そして副マスターもおれと同様、部屋の異変に息を飲み、見てはいけない「それ」を目にした瞬間、何もかもを壊さんばかりの絶叫を上げた。

「あなた! ねえ ! どうしてっ! いやああああああ!!」

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