20頁 国王に巣食う魔

 山が墜ちた。

 三峰の山が墜ちた。


 天高くからこの5大自然文化を象徴する平和な国「サルト国」に隣接する「サルト砂漠」、「サルタリス山脈麓」、「エルドラス平原」にそれぞれ墜ちてきた。

 しかし、山とはいえどもその存在は生き物であった。


 岩山のような体を持ち、大地の雄大さを放つ鉱石の恵み「峯峰龍」、鋼でできた鋭い甲殻を持つ山脈のような姿の「鋼山龍」、空に浮かぶ山といわれ、体に苔や草木を背中に生やす球体の生物「浪島龍」の三体である。名は龍をもつといえども、そのどれもは分類不明かつ異常な生態系の中で生まれた巨大生体。書物に載ってあるような龍の姿とはひと味もふた味も違っていた。

 何故、この3頭が天空から骸の姿で墜ちてきたのか。理由や根拠はなくてもこのような有り得ない出来事は全て"災龍"のせいとされる。

 幸い、王国直接には墜落しなかったが、当然のように被害はあった。墜落衝撃による砂都の端町の半壊、サルト国に地震が訪れ、街の一部倒壊が起き、サルト農村の農作業停止など多くの影響を与えた。この天災を「三峰天罰」と名付けられた。


 この災害には流石に国は黙っていられず、国家同士の会議ことアミューダ国家締結連盟会議が行われた。それぞれの国王をはじめ、軍の代表や各機関のトップ、他の地方の国の政府役人も参加した。

 カルデラ地帯が森丘と化した、円状の山脈の中に建国されたのが特徴である、グリス国の王城の大会議室にて会議が行われた。サルト国の被害についての対処はすぐさま決まったが、問題はその災害が起きた原因だった。それについての言論が続く。円卓に沿って座っている偉人たちからはピリピリしている空気が漂っていた。


「――では、このような奇怪な現象は全てその"災龍"という神話の中の生き物が為したというのかね、エンレイ国王」

 一人の中央大陸政府役人が第十二代サルト国国王"エンレイ=ホルネス=サルト"に問いかける。その王の姿は勇ましく、凛々しい顔立ちをしている。四十代半ばの年だが、その中身は未だ青年のような、力を感じさせる活気があり、逞しかった。


「ええ、確かに災龍という存在は、ヘゼウス地方やマドルビーク地方などの大陸中心の他地方ではあまり知られず、空想上の生物として伝えられていたが、この数十年の調査結果で災龍は実在すると判明した。アミューダ地方で勃発する摩訶不思議な天災は全て、災龍という生物が起こし、今回の『三峰天罰』も、その災龍が為したことだとしか考えられないと思う」

「だからそれが有り得ないんだ!」

 エンレイ王の席の対角線上にいる、ヘゼウス地方アメル国政府の外務大臣「ハネス」が席を立ち、怒鳴りかけ、反論し続ける。


「国王ともあろう方が迷信を信じおって。そのような生物がいるわけがないだろう! 嵐霊龍や山海龍のように災害を引き起こす例が判明しているが、アミューダ地方の災害データから見るに、あんな記録は"古の龍"の力を遥かに上回っている! あの"黒神龍"が起こした災害をも超越しているのだぞ! この世の中で最強といわれる黒神龍を越える存在がいるならば、何故今まで世間に出てこなかったのだ!」

 会議室はハネスの怒号で響き渡る。エンレイはただ、彼の感情に任せた論を聞き入れている。


「ましてや山のような龍三体が落下してくるということは、その生物が意図的に天災を起こして吹き飛ばしたというのかね? ここのところの大きな災害記録もないのにもかかわらず、だ。存在するはずがない。宗教に溺れすぎた王に支配される民もさぞかし苦労していることだろうな」

 挑発的な発言にも関わらず、エンレイ国王は苛立ちを少し表情に出しながらも冷静に答える。


「では今のこの現状をどう言います? 巨龍三頭が自然災害で一気に吹き飛んだりして墜落しないでしょう。またこれといった天敵もいない。いままで出てこなかったのは、自分の存在を隠そうとしていたからではないだろうか。

「馬鹿な」とハネス。しかしエンレイは続けた。


「それに、奇怪な天災はアミューダ地方でしか起きず、その災害は現象そのものとは考えづらい。災龍が何故天災を起こしているのかはわからないが、痕跡からして自然的な災害ではないのは博識な皆でもわかるだろう。人為的、生物的に起こしたものとしか考えられない」

「もう一点」と付け足す。

「三体の龍の死因は何かの強い衝撃――打撃による即死だった。その痕はまるで隕石に衝突したか、何かに殴られたようなものだった」

 それを聞いたハネスは、わざとらしく鼻で笑う。


「殴られた? 馬鹿馬鹿しい。わざわざ砂漠や上空に行って撲殺してサルト国周辺に落とす龍がどこにいる! だいたいあなたは災龍に囚われすぎている! 一国の王としてもっと現実的な考えを持たなければ国は腐ってしまうぞ」


「――ハネス氏、あなたの言うことには一理あると思いますが、アミューダ地方ではサルト国周辺だけでなく、我々グリス国周辺でも奇怪な天災が起きていますぞ」

「それだけではない。エルベス火山やプリュート山脈、アーク海、シェイダ域でも時々起きている。その奇災をその目で見てないからそのようなことが言えるのだ」

 怒鳴り続けるハネス氏に対し、黒い髭を生やしたグリス国国王と、初老のプラトネル国国王が言った。他のアミューダ地方の者たちもハネス氏の意見に対し、反論の嵐を吹き荒らした。そしてさっきまでサルト国国王に喚き散らしていたひとつの怒鳴り声は消えた。「これだからこの地方民は」と呟いて席に着く。


「しかし何故、サルト国周辺に堕ちてきたのだろうか。とても偶然とは考えられない」

 20代であろう、王の中でも一番若いアーク国国王が、再び話題を出した。それに答えたのは、40代近くに見えるサルト国軍軍帥のコーダだった。


「災龍の意図でやったと考えれば納得がいきます。恐らく、サルト国を脅しているかもしれませんし、逆に何かの危険を知らせているのかもしれません」

「危険を知らせるんだったら、もっとマシなやり方がなかったのかとでも言いたいね私は。あんな山のような龍3体を落とされては、たまったもんじゃない」

 サルト国国王側近兼副総務大臣「プリウス」が溜息交じりに答えた。その言葉にカチンときたサルト国総務大臣「アエルス」が応える。


「そんな呑気なことが言える状況か! 下手したら国が潰されるところだったんだ! 仮に前者と考えたら、今この瞬間に奴は国を滅ぼすために何かを引き起こすかもしれないんだぞ!」

「も、申し訳ありません、アエルス総務大臣」

「何より、国が滅びずに済んでよかった。国民も奇跡的に死傷者は出なかった。それが一番ではないか」

 エンレイ国王がそう言う。そして議論は進み、話は終わりへと近づいていく。



「――を実行すること。サルト国国軍は3体の龍の処理をし、被害箇所を修復、そして強化を優先。これは我々大陸中央政府からも支援を送り、協力する。件の黒神龍のことについてで、アミューダ国家郡は我々と共に黒龍神"ミラネス"討伐を協力。装備、武器、兵器開発、富国強兵の実行を各国で実行。黒龍戦時の造兵は我々に任せたまえ。国民にはこのことを公開し、事前の対策をとり、安全を確保。しかし、決して国民を不安にし、騒動を起こすな。

 そして、災龍の件だが……我々ではとても対処することはできない。存在がわからずじまいで内容も漠然としているからな、どうしようもないだろう。そちらで解決してくれ。以上」


     *


《エンレイ》

 帰国後、私はプリウス大臣を王座である「鏡の間」に呼んだ。

 プリウスは私の側近であり、古くからの付き合いだ。もう年だが、私の中では妻に次ぐ理解者であろう。


「なんでしょう、国王様」

「あれから災龍についての情報は掴めたのか?」

「いえ、今のところまだ――」

「まだだと……? さっさとしないか! 一刻も早くあのバケモノの正体を突き止めろ! あの醜きケダモノを殺すのだ! ……はぁっ……はぁっ……!」

「国王様! あまりお怒りになっては体が……っ」

「うるさいっ! お前に何がわかるっ!」

 我に返る。いま私はなにをした。

 突発的な怒りが収まり、下を見る。プリウスが腰をつき、驚いた顔でこちらを見ていた。私はプリウスを突き倒したのか。

 我に返る。いま私は何をした。


「……すまない」

「い、いえ、ご無礼を……」

 唖然としていたプリウスは、何も言えないままであった。私は手を差し伸べ、プリウスを起こす。

「……」

 奴の事となるとつい怒りが込み上がり、我を失う。

 10年前に愛しき妻「キク」は奴に殺された。その憎しみが常に私の中に蹲り、時には火山のようにその怨念を爆発させてしまう。国王として情けないとは私自身、感じている。しかし、奴を決して許せないのだ。


「私はやはり狂ってしまったのか」

 そう呟いた。プリウスには聞こえなかったらしく、彼はこの場の雰囲気を変えるため、別の話題に入った。


「ああそうでした。国王様、サクラ王女のことですが、いつ外の出入りを許可なさいますか? 王女ももう齢16、旅立ちの年ですぞ」

 そういえばそうだったな。だが。

「……サクラはまだ幼い。外に出したら危険だ。それに、興味持ったことにすぐ飛びつくからな。大切な愛娘までも失ったら私はどうすればいい」

「で、ですが、伝統ですので……」

「伝統だから何だ! そんなのただの……っ、いや、忘れてくれ」

 また怒りで我を失うところだった。危うく国王失格の失言をしそうになる。

 息を吐いた私は、心を鎮める。


「……そうだな、あの娘も自由に外の世界を堪能したいだろう。が、もう少し待て。黒龍神の事もある。今は危険だ。例外の事態が起きていることを認識せねばならん」

「承知しました」

 そう答え、私はプリウスを鏡の間から退室させた。私は壁の端から天井まで続く巨大な鏡を見た。

 そこに映る自分の姿が一瞬だけ、バケモノの容姿に見えてしまったのは錯覚だろうか。


「……」

 我を失う回数が日に日に多くなっている。このままでは、私は狂人になってしまう。私自身で何とかするしかないのか。

 私は鏡の間を後にした。

 10年も続くこの狂気をどうすればなくせる。もう一人の私をどうやって自由にしてやれる。この先何十年も堪えればいいのか、命が尽き果てるまで。

 駄目だ! それでは自制心が崩れる。もう一人の私がどんどん膨らみだし、暴君となってしまえばこの国は終わってしまう。

 ではこのもう一人の私をどうすれば消失できる。

 やはり、この憎しみをなくせばいいのか。災龍を殺せば、仇は取れ、この憎しみはなくなる。やはりこの方法しかないのだ。

 災龍を討つ。一刻でも早く奴を殺さなければ。

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