10頁 召使の願い
*
《ウォーク》
「……今何かすごい音がしたような……大丈夫かな、前の方」
窓越しの景色を見ながらつぶやく。
僕たち使用人やメイドは、15班に分けて1チーム各5~6人に一台の馬車に乗ることとなっている。僕らは3班。馬車の中には僕を含め5人の使用人がいるが、王女専属召使は僕だけだ。
「なに独り言言ってんだ? しかも変わった音なんて聞こえないし、気色悪いぞおまえ」
僕の隣でそういった同期の男子使用人「ヘディツ」。その向かいにいた同じく同期の男子使用人「アドック」が、言い返そうとした僕よりも先に話し始めた。
「お前の耳は飾りもんか? はっきりと轟音が鳴り響いたぞ。少しはその飾り物に神経繋げろよ」
「ん? おい? なんか言ったか? もう一回言ってみろよ」
「ああ、言ったぞ。お前の頭にはカビが生えているってな」
「! ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞオラァ!」
またはじまった。もとから仲が悪いこのふたりを同じ班にしたの誰だよと言いたくもなってくる。
喧嘩になりそうな展開になるのをアンヌは止めた。
「あーもうやめなって二人とも! なんでこんなことで喧嘩が起きるの? エミリーもなんか言ってやりなって」
「えっ? あっ、はい! えーと……」
引っ込み思案のエミリーに話を振るのはかわいそうだよ。代わりに僕から口を開いた。
「とりあえず落ち着こうよ。みんな行事の仕事で疲れているんだ。だからイライラするのも無理はないよ」
「……ああそうだな。悪かったよ」とアドックは座る。こういうところは素直だから助かる。
「そもそもおまえが癪に障ること言わなきゃこんなことには」
「つっかかったおまえが悪いだろ」
「なんだとぉ!」
同時、スパァン! と両者の頭部を叩く音が響く。どうやら僕とアンヌは気が合うようだ。
「大人しく、してて。マジで」
威圧ある彼女の発言で、「はい……」と両者は身を縮めた。何気にエミリーもびびって震えている。
手荒だったとはいえ、なんとかその場の空気を静めた。やっぱりみんな疲れが残っているんだな。一度沈着した空気の中、ヘディツが最初にその沈着を消した。
「なぁ、お前らは古寺で何をお願いするんだ?」
その質問に最初に答えたのはアンヌだった。
「やっぱり病気にならずに健康でいられることじゃない? 元気があれば何でもできる! っていう教えがあるでしょ?」
アドックも答える。
「おれは給料上げてほしいことだな。やっぱり金だろ金。そういうお前は何を願うんだ?」
「俺? 俺は彼女つくることだぜ♪」
「へっ、その顔でよく言えたもんだ」
「うるせぇ! 人様の願い事にケチつけんな!」
「あ、エミリーは何を願うの?」
アンヌの声にその「エミリー」という黄髪のメイドは反応し、挙動不審に答える。
「えっあっはい、そうですね、えーと…………」
10秒は経ったであろう沈黙。ちょっかいかけそうな顔のアドックや気の短いヘディツがなにも言わずに彼女の言葉を待っていたのは、一目同然、エミリーが可愛いからだ。さらさらとした金髪とくりんとした青い瞳、ぷにぷにとしてそうな頬。体も雰囲気も柔かそうな彼女の魅力にどっぷりはまってしまう男共はこの二人だけではない。
「……か、考えていません。す、すみませんっ」
「いや、謝られても……」とアンヌは苦笑。「まぁ決まってないのなら信仰地に着くまで考えないとね」
「えっ、あっ、はいっ」
ただ、新人のエミリーは挙動不審だ。返事1つでおろおろするばかり。苦手ではないけど、彼女より一つ年下の僕としては話しづらい。
「お……えっと、おともだち、ほしい、です」
「そんなのあたしがなってあげるってー!」とアンヌがエミリーに抱き着く。想定外のかわいい願い事に男二人はほっこりしている。僕も僕で微笑ましいと思ったが。
「なんだよみんなして普通の願い事じゃねーか」とヘディツ。
「普通じゃ悪いかよ」
「いや別に?」
「で、ウォークは願い事決まってる?」
にやにやしてるアンヌの質問に便乗してアドックも言う。こいつもこいつでなんか企んでる笑みをしてやがるな。なんとなく察してはいるけど。
「おっ、そうだった、ウォークの願い事聞いてなかったな。言ってみろよ」
目には目を。僕はにっこりとして答える。
「サルト国の繁栄と国民の平和の維持だよ」
「ほんとは?」「……からの?」
「え?」
ふたりの声が重なって聞き取りづらくての「え?」という意味も含まれている。アドックは口を開く。
「ほんとのこと言えよ。お前らしい答えだと思うけどよ、違うだろ。なぁヘディツ」
「ああ、こいつはウソをついている。そんな聖人のような答えがあるか。お前は聖人か? 違うだろ、人間だろ!」
なんでこんなに熱くなっているのか。でも確かに100%本当のことは言っていない。
「今年中にグリス国の特産品のアルグの実を調理して食べることだよ」
「違うっ! しかもアルグの実が使われている料理は王宮でも食べられるじゃねーか! なぁヘディツ」
「ああ、こいつはウソをついている。そんな子供のような答えがあるか。お前は子供か? 違うだろ、思春期真っ只中の青年だろ!」
同じフレーズを使うなよ。というかこのふたり実は仲良いだろ。
……全く。といわんばかりにため息交じりに小さく肩を落とす。
「この身体を完全に治すこと。それで、僕の昔の仲間と一緒に狩猟稼業するのが夢だよ」
「……なるほど、動機としてはいい答えですね。ただ期待していたものと少し違いますが」
アドックが感心して頷いている。なんだよその口調。どこの面接官だよ。
その一方でヘディツが不思議そうな顔をしている。
「ん? お前どっか怪我してんのか? 全然怪我してないよな?」
その質問にアンヌが答える。
「知らないの? ウォークは昔、災害に遭って大怪我をして、筋肉や骨に障害ができたんだよ。それが今でも残っているの」
「それマジかよ」
「で、その怪我がきっかけで、この王宮の召使になったわけ。今の年齢で思いっきり走ったり飛んだりする活発な運動ができないなんて、不自由だと思わない?」
「そうだったのか。おいウォーク、そーいうことは隠しておくもんじゃねーぞ」
隠しているわけじゃなかったが、別に人に言うほどのことでもないだろう。
「ははは、ごめんごめん」
作り笑いをして誤魔化す。アドックが疑問に思った表情をして聞いてきた。
「でもさ、そんな障害者がなんで王女の召使を担当することになったんだ?」
「障害者って……」と僕は苦笑する。失礼でしょ、とアンヌがアドックの頭を叩きながらちゃんと答えた。
「王女が気に入ったから。しかも仕事は効率よくこなすし、真面目で礼儀正しくて人に愛着があるからって侍女長が言ってた」
あの侍女長がそんなこと言ってたのか。でも言いすぎだ。みんなが言うほど、真面目ではない。
「どいつもこいつも言ってるが、羨ましいと思うぜ。あの可憐な王女と1日中いられるなんてな。そうだろヘディツ」
「あったりめぇだ畜生め! 頼む! 後生の頼みだ、替わってくれ!」
ヘディツが悔しそうな顔をして僕の肩をとって願い乞うた。
「正直、骨が折れるよ」
「それでもいい! 腕を一本やっても構わん! 一生のお願いだ!」
「その一生のお願いは侍女長と国王様に言うんだな」
「そこをなんとか!」
「できないから」
「お前下心丸見えだぞ」
アドックのトドメの一言で力尽きたのか、ヘディツの肩はガックシと下がった。その様子からしてどうやら本気だったようだ。でも百歩譲って僕が許可しても国王が許可を下さないと全く意味がない。
そんな彼の様子と空気を読まず、エミリーは外の様子を見ていたようで。
「ね、ねぇみんな。外、その、渓流が見えるよ」
窓の外を見てみる。
密林のような山内を抜け、視界に入り込んだものはまるで山水画。
「やっぱりいつみても綺麗だねー。ね、エイミー」
「はい……! とっても」
「ただ高いよなここ」
「おまえ高いとこ苦手だよな」
「アドック、おまえも暗所恐怖症の時点で人のこと言えねーぞ」
そんな雑談を交わす彼らの一方で、僕はただその景色を見眺めていた。
昔、アーカイドたちとよく来たものだ。懐かしいな。この渓流に来るのは1年ぶりかもしれない。
それにしても……高い。信仰地に続く聖なる道だからと言ってこんな崖っぷちに沿っていくなんて、万が一落ちたらどうするんだろう。しかし、この高地から見える絶景はいつみても感動する。美しい渓流が流れる谷を挟んで、向かい側の山地までも見渡せる。
王女も同じく1年ぶりだから、きっと今頃感動しているんだろうな。
そう思いながら、彼女の顔を頭に浮かべた。
ひとつ、みんなには誤魔化したけど、誰にも口にしていない願い事がある。この障害を持つ身体が治ることよりも望むことがあった。
叶うのなら、この身体が本当に使い物にならなくなったって構わなかった。あるときからずっと、この信仰祭で願っていること。
サクラ王女と両想いになる。
これが僕の本当の願いだ。
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