9頁 サルト大行進

《サクラ》


「では、御進行を開始いたします! 国民の皆様は、王族と衛兵の後についていってください!」


 サルト国軍のコーダ軍帥が拡音石を使い、9千平方メートルはあるらしいメリス広場に大音声を響かせる。その広場にいる全国民に行進を告げた。


 時刻は9時ちょうど。王宮前の大広場で開会式を行った。そして今、国全体の大移動が始まるところだ。


 それにしても、毎年やっているのにもかかわらず、信仰祭においての祝辞のようなものを読んだり、信仰歌を一人で歌うのはやっぱり緊張する。噛まなくてよかった。指導をしてくれたウォークや先生たちのおかげなんだなと、今になって思う。


 それに……。

 このあとも信仰場で舞踊をやらないといけない。王女は本当に大変な地位だ。一日でもいいから民間人になって、自由に街を歩き回りたい。


 でも、今日は唯一王宮の外に出ても許される日。だから、今日は思い切って外で走り回ろう!

 ……としたいところだけれど、移動中は一人乗りの箱の形をした馬車のようなものの中に、ずっと正座で座っていないといけないし、信仰後は宴会をするといっても、王宮内でやることだし、はっきり言って、まともに外の空気を吸えるのは信仰場にいるときだけだ。

 年中王宮に閉じこもっているよりは何倍もマシだけど。


 ふと外を見てみると、この間訪れた光都の街並みが映えていた。太陽の光を反射したり溜めたりする素材が家の壁や道路に使われているため、常に宝石のような輝きを放っている、と聞いたことがある。眩しいほどではないけど、光都に住んでいる人は、目は痛くならないのかな。


 ウォークに一度、外に行きたがっているのに自然が嫌いなのは矛盾していると言われたことがあった。わかってなくてちょっとだけむっとしたけど、実際自分でもそうなんじゃないかと思い始めている。

 だけど、お母さんを殺した自然を好きになるなんて、やっぱりできなかった。


 でも……。

 本当はどうなんだろう。私は、外の世界の事を心の底からどう思っているんだろう。

 怖いから? お母さんがいなくなったから? でもその前はどうだった?

 私は……。


 気が付くと、すでに王国の第三国門から出ていた。外の景色を、その箱の車についている窓から見てみると、辺り一面鮮やかな緑色に地面は染まっていた。


 年に一回しか見ない、活き活きとしたこの草原に、幼いころお母さんと何度か訪れたことがある。普段外に出られない私を、幻想的な世界へと連れていってくれた。その草原でお母さんとよく遊んだ。それがきっかけで私は人に支配されていない、自由な外の世界に憧れを持った――はずだったのに……。


 太陽の光で輝いている、思い出の場所を通り過ぎ、水田や畑が耕されている、国外でありながらも国の領土とされているサルト農村を行列は通った。村の人たちは、その行列の先頭を見るとその場でお辞儀をした。王族の列が通り過ぎた後、その人たちは直ちに農作業に戻ったのを窓越しで見る。


 そういえば、サルト農村の土壌は奉神アマツメの恵みでとても肥沃なんだとウォークから聞いたことがある。どのようにして肥沃な土壌が生まれたのかということもウォークに熱く教えてもらったが、どんなことだったか忘れてしまった。私にとって大したことじゃなかったので、印象に残ってはいない。


 村を抜けると、三つの分かれ道があったが、左の道を行列は進んだ。その道の先には数軒の神社があった。随分と年期の入ったお寺のためか、ものすごく脆そうで、蔦や苔が壁にへばり付いているほど。


 王宮直属の先生の話によると、確かあの神社はアマツメ教の開祖「ティエラ」の弟子たちが築いたらしい。そして、その神社は当時からそのまま残っている。


 今でもそこで修行をするお坊さんが住んでいるそうだが、こんなボロいお寺にどうやって住むのか疑問に思えてくる。


 その何軒ものお寺の奥地には、鉄に匹敵するほどの頑丈さを持つ(といわれる)ハクモの木でできた、大きな門がそびえ立っていた。


 この威圧感を放っている古の門こそが、アマツメ教の本場の信仰地へと続く道の入り口。サルタリス山脈で一番神聖な入り口である。


 王国を出てから30分も経っている。毎年の経験上、この入口から信仰地に着くまで少なくとも3時間はかかるだろう。よく国民のみなさんは歩いていけるよね、と感心する。一応、鳥羽竜が引く、国民用の竜車があるけども、大方は歩いて登山する。私だったら絶対嫌だけれども。


 さてと、ここからが長いんだここからが。何か退屈しのぎになることないかな。


 そう思いつつも結局することはないので、窓に映る自分の嫌いな自然の森を、仕方なく眺めることにした。所々に毛深くてかわいらしい小さな動物や、王宮でも見たことがある草花を見かけた。


 木々の向こう側を見てみると、小さな竜が何頭も一緒に行動している様子が見られた。天候は快晴。正に信仰日に相応しい天気だ。


 坂道が続く。獣道でありながらも、馬車2台分が並んで入れる幅を持つその道は、街の公道のように存在感があった。遠回りのように思われる曲がり道や、ふもとにある農村やサルト国が見える位、崖に寄り添った道を通り、どんどん奥へ進んでいく。時々、前や後ろの方から獣の呻き声や発砲の音が聞こえてくる。


「大丈夫かな、ウォーク……それにレインたちも……」


     *


《レイン》

「うぉりゃぁぁぁああっ!」


 張り裂けんばかりの叫びと共に、自慢の大剣で青毛の熊を切りつけた。やっとのことで獣は観念し、その場から逃げて行った。

「くそっ、どいつもこいつも年貢を狙いやがって。クラウ! これで何度目の襲撃にあった!」


 弓を持っているクラウは記憶を思い返すように木々に混じる空を見上げる。頭の中で数えているのか。


「……9回目だ。飛竜1頭、狼竜3頭とその子分23頭、青熊2頭、鳥竜1頭、大猪2頭とその小型の猪13頭、他の列の襲撃回数とこっちの襲撃回数と比べると、明らかこっちの方が多い」


「つまり、奴らは年貢の食糧を狙っているってわけだ。レイン君、次もよろしく頼むぞ☆」とグッドサイン。白い歯が妙にイラつく。

「たまにはお前が行けよサニーこの野郎! お前ボウガンもってるんだから援護とかしろし! 他の兵は一般民に襲い掛かっている中型竜4頭を駆除してるから、ここにいる兵はオレら3人だけなんだぞ! それにクラウもさ、頑張っているっちゃ頑張っているんだけどよ、ちっちゃいやつしか倒してないよな?」


 すると、クラウは一度息を吸っては吐きを一度だけ行い、

「……俺はおいしいとこをレインに与えているだけだ」

「いやそんなのいらねぇから! 頼むから平等に仕事してくれ。オレもう疲れがピークに達しているんだよ!」

「知るか」とサニー。

「んだとこのやろっ」

「……おい、キレるなよ、また来たぞ」

「淡々と言いやがって! てかキレてねーし。てかこっちに向かってくるやつよく見たら牛山竜ドボクオコシじゃねぇか! よく冷静にしてられるな!」

 大岩のような頑強な巨体。水牛のような角を振り回しては木々をなぎ倒す様はよっぽどご立腹のようだ。いつの間にかここを勝手になわばりにしていたらしい。

 苔が生えた背中はまさに小さな山。丸い鎚を模した尻尾は鉄球よりも重々しく見えてしまう。現にそれを地面に引きずっては土を耕すように抉っているが。


「レインがうるさいだけだろ」とサニーは笑う。

「確かに。いやちげぇよ! 誰がやかましい奴だって――」

「レイン、来るぞ」

「おいサニー! クラウ! たまにはコンビネーション技でいっちょぶちかましてやるか」

「やだよめんどくさい」

「……右に同じく」

「つーかなにコンビネーション技って」

 相変わらずこの二人はノリが悪い。今はそれどころじゃないのに。


「ンなこと言ってる場合かよっ、なんでそんな冷めてんだおまえら!」

「レインが倒してくれるからな♪ 安心安心♪」

「安心♪ じゃねーよっ、これはヤバいよマジでホントに! いいから来い! あのデカブツをぶったおすぞ!」

 二人はしょうがねーなと仕方なさそうな顔をし、レインと並び、目の前に突っ込んでくる竜に立ち向かった。

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