8頁 信仰祭

《ウォーク》

 信仰祭前夜、漆黒の空に咲く星光がその秀麗さを、この国「サルト国」に相変わらずと漂わせていた。王女室ではサクラ王女と、僕がいつものように談笑をしていた。

 ただ、いつもと違うところは、サクラ王女がやけに元気がなさそうだったことだ。やはり明日の信仰祭に対して思うところがあるのだろう。

 そりゃそうだ。ただでさえ外の世界を――人の支配下にない自然の世界を好いていない上に、その脅威を目の当たりにしたのだから。


「やっぱり外は嫌ですか?」

 机の前の椅子に座る彼女に声をかける。淹れたアールグレイすら手に付けない。

「そりゃあ、だってさ。いい思い出なんかないし、危険がいっぱいだし、こういう儀式も楽しくはないし」

「今日まで頑張ってきたではありませんか。ほら、舞踊だって並大抵の努力ではできるものではありませんし、練習のご様子を見ましたがもうすっかり心を奪われてしまいましたよ。それに危険だというのならご安心を。国軍が誠心誠意をもって貴女様をお守りいたしますので」

 これでどうだ。少しは前を向いてくれるだろうか。

 だが、僕の励ましは逆効果だったようだ。


「……もういい」

 ふい、と目を逸らされる。

「えっ、あ、あのお気に病まれたことを言ってしまったなら申し訳ありません!」

「だからもういいよ。明日早いんだし、もう寝るね」

 ダメだ、嫌われた。終わった。いや、そういうことではなく。

 やはり共感を得る発言をするべきだったと後悔する。でもここは一時撤退が最善だろう。あまり夜が更けるのも王女の体に毒だろうし、明日は特に早い。彼女の為にも、僕がしてやれることはいますぐ王女の部屋から出ることだ。

 

「ねぇ」

 ドアノブを回したとき、小さくそう聞こえた。それに応じて振り返ると、彼女はこちらを見ることなく、

「踊り、褒めてくれたのは、その、ありがと……」

「……明日はきっと、大丈夫です。サクラ王女なら乗り越えられると、僕は信じてます」

 おやすみなさい。そう一言を告げ、扉をゆっくり閉める。彼女の反応は分からない。

 コツ、コツ……と、歩く音だけが廊下に響く。発光石の装飾により今の時代はカンテラなど不要になったが、それでも薄暗く、ひとりだとどうも不気味さを孕ませる。


 王女も王女で、わかってはいる。複雑な気持ちをなんとか整理しようとして前に進もうとしているだけで。素直じゃないのは、今の自分に余裕がないだけかもしれない。

 それに寄り添ってあげられたら。ただ、今回はそれがうまくいかなかったに違いない。最後は、王女の優しさで救われただけだ。

 王妃――彼女の母君が外の世界で事故に遭い、先立たれたこと。そして、災龍の実在と、その被害者との遭遇。これでより一層、外の世界に対し恐怖を抱くのも、


「無理もないよな……」

 呟き落とした一言は、虚空へと消える。

 それにしても今までの2週間、本当に忙しかった。でも今日中にすべての仕事を終えたからもう残業はない。やっと早く寝れる。

 そう思い、僕は王女室の前を後にする。3階にある召使専用の部屋に行き、ベッドに潜り込んだ。


「……」

 ――2週間前のあのとき、昔の同僚だったハンターのセトが瀕死の状態で帰ってきた後、急いで僕らは応急処置をし、医者を呼んだ。だが、僕と王女は王宮のこともある。悪く思いつつも、その店を後にした。

 あの後、町民から貰った小さな荷車に、買った品物と王女をのせ、布を被せて誰にも気付かれないようにした。門番の衛兵には面子もあってか、荷台の荷物を厳重にチェックされずに王宮に入ることができた。王宮内の人たちには上手く誤魔化し、無事何事もなかったようにさせた。本当に運が良かったとしか言いようがない。


 その数日後、アーカイドとタキトスのもとへ行き、セトはあの後どうなったかを聞いてみた。

 話によると、セトは早くても全治四十か月。現在危篤状態だそうだ。原因不明の剣のような切り刻みによる出血がかなり多かった上に、内臓破壊、骨髄損傷の箇所も多く、慢性の有毒物質が体内に蓄積していた。

 また、傷口の周りには深刻な火傷の跡があり、首回りには凍傷、肺には亜硫酸ガスの溜まり、とどめに筋肉は感電による萎縮があったそうだ。しかも不思議なことに、その全身に刻み込まれた深い切り傷はほぼ同時につけられたという。


 煌皇龍の素材で作られた鎧ごと体を深く切り刻む。それほどの力がある強靭な腕が何本も生えている龍なのだろうか。いや、腕が2本を超える龍なんて限られているし、少なくともアミューダ地方にはいない。

 もしかしたら、龍に模した別種の生命体かもしれない。噂も噂、災龍が正真正銘の龍である証拠などどこにもない。あっても、龍の体"らしき"何かのほんの一部だけだとしかわかっていない。


 それに、気になることはその同時に十何か所も深くつけられた傷だけではない。

 猛毒、火傷、電流、凍傷、火山ガス……一匹の生物体にそんなに多くの"属性器官"をもつのだろうか。文献上、多くても2種類、最多でも3種類だ。

 それに、特定の龍やある植物に含まれる"龍煙性電解質DAPE"という属性成分も、その傷跡から発見されたという話も聞いた。これを生み出しているのならば、龍の可能性は高い。同時に厄介でもあるが。

 そして、セトが気を失う直前に言い放った言葉。


 ――災龍は実在する。


 この言葉が脳裏に焼け付く。あの傷といい、やはり災龍に出会い、襲われたのだろう。ということは、セトははっきりと災龍を見たことになる。

 虚無といわれてきた存在が本当に実在しているのだと思うと、その存在がどんなものなのか気になって仕方がない。彼の容態が良くなり次第、話を窺わないと。

 しかし、災龍は神話の通り恐るべき存在だ。明日、王族をはじめサルト国民のほとんどは王国を出て、サルタリス山脈へ向かうことになる。その際、災龍と鉢合わせでもしたら大変なことになるはずだ。特に対策はできないが、用心はしておこう。

 彼女の笑顔を絶やさぬために。


     *


《ウォーク》

 信仰祭当日、清々しい夜明けを迎える中、僕はいつもよりも1時間早く起き、いとも通りの服装へと着替える。

 今日は王女が王女室にいないとわかっていながらも念のため、その部屋へ向かった。しかし、部屋のドアの前にはアンヌが僕を待っているかのように立っていた。メイド服を着こなし、三つ編みに結った赤い髪が視界に入ったときすでに、思わず一歩身を引いてしまったが。彼女の人柄は好きだが、いたずらが過ぎる時もあり、迂闊に近寄れない。


「おっはよーウォーク君! 君の愛おしい王女様は、今4階の化粧室にいるよ。着衣中だね」

 そういう言い方はやめてくれと、彼女に言い返し、僕は4階へと足を運ぶ。

 部屋の前に着くと、サマンサさんが門番のように、しかし若いメイドらしくしおらしく扉の前に立っていた。軽いあいさつを交わしたのち、

「申し訳ありません、王女様はお着替えをなされているので、今は関係者以外入れないんですよ。あ、でもウォークさんは思いっきり関係者ですね。うぅん、どうしましょ」

 むむむ、と首をかしげる。彼女は僕より後にメイドとして勤め始めており、言われたことは素直にてきぱきとそつなくこなすが、このように少し抜けていることも少なくはない。僕は苦笑しつつ、

「いや、王女は着替え中なんだし、男の僕が部屋に入ったらまずいと思うよ」

「あっ、それもそうですね。どんな天誅が下っちゃうのか……あ、まだ時間はかかりそうですけど、どうされます? 待ちますか?」

「僕もやることがあるから、後でまた顔を出すよ」

 時間も限られてはいる。お礼を告げたのを最後に、竜小屋へ行くことにした。


   *


 竜小屋、とはいうが、小屋というには規模が大きい。

 王宮内にあるそこは、一種の牧場を彷彿とさせる壮大な草原の地。都市の中央にあるとは思えない広さだ。夜明け直後の涼し気な風と共に、"桜"の花びらが目の前を通る。竜小屋の外れに植えてある"想ひ恋う乙女アワノソメリ"という淡き紅染の花弁を咲かせる樹。王女の名前はこれにちなんで名づけられたことを想い出す。今日を祝福しているかのように咲くそれらを見つめる自分の目は、きっと優しいものだっただろう。歩いていくうちに、製造所のような納屋が目に入る。何人かの兵士が出入りしている様子に、自分も急ごうと歩を早く進めた。

 あの屋内には翼が発達した『翼飛竜』はじめ、駆動力・攻撃性に特化した『牙獣竜』と持久力に秀でる『蹄脚竜』などが首輪で繋がれている。いずれも国軍竜騎部隊の乗兵竜だ。しかし今外に放たれているのは家畜として雑用や食用になっている『鳥羽竜』数十頭。早起きだがのんびりしている彼らに一声あいさつしつつ、柵に沿って土手の道を歩み進む。

 着いた先はとある専用の竜小屋。王女の乗竜――"ナウル"――が住む場所だ。ぎぃ、と木の扉を開けると竜臭いにおいが漂ってくる。だが、他の竜よりかはまだマシだろう。僕が王女に負けないくらい愛情込めて世話をしているのだから。

「ナウル、おはよう」

 暗闇の奥で藁のこすれる音と、ナァァ……と眠たそうな、甘えたような音色が聞こえてくる。板でふさがれただけの窓を開け、光が差す。

 それに照らされるは黒い宝石のような毛並み。ネコのような耳と頭部、脚部の骨格。すらっとしたフォルムは妙に艶めかしく、しかしたくましい筋肉のつき方をしていることにつくづく羨ましさを覚える。

 肩部と腕部に生える、発達した翼状の黒い羽毛とコウモリを彷彿とさせる翼膜。長く伸びたシャープな尾の毛並みも相変わらず艶やかだが、寝癖のように刎ねている部分に、僕は笑みをこぼす。


 種は"迅翔竜クーゲル"。竜だが、鱗ではなく体毛を生やした珍しい種だ。

「今日はサクラ王女の年に一度の晴れ舞台だから、しっかり身だしなみ整えていくぞ」

 ニー、と一鳴きした後にコカカカッ、と喉を鳴らす。そして頭部を僕の胸にすりすりとこすりつけた。それに応えるように、両手で耳あたりをわしゃわしゃ撫でる。ゴロロロ……と雷雲の如く重苦しい音が胸を通じて響くが、リラックスしている証拠だ

「はぁ……おまえってやつはほんとに可愛いな」

 きっと僕の顔も人に見せられないほどにやけていたことだろう。こういうふうに懐いてくれるのが王女と僕しかいないというのも、特別感を抱かせてくれる。

 しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。気を取り直し、水と餌を用意する。しっかり食べてもらいながら壁にかかっているブラシを使い、毛並みを整えていく。水を汲んで、体を清めさせることも日課だが、今日は入念にやった。

 手入れをし終えたとき、時計塔の針は朝の6時50分を指していた。もう45分も経ったのか、でもちょうどいい時間だ。


 僕は用具を片付け、着替え終えているだろう王女のもとへと再び向かった。

 いつも7時に僕に起こされている彼女は信仰祭の日だけ朝の5時半に起きなければならない。

 きっと今も眠たがっているに違いない。ちなみに彼女は起床後、行事の日程と宗教上の理由で早めの朝食を取り、衣装の着替えやおめかしをして、信仰祭を迎える。

 兵士用の竜小屋を通り過ぎようとしたとき、呼び止める声が耳に届く。親し気な声。そして知ってる声。

「よぉ! 朝から竜の手入れしてたのか? 真面目な奴だな」

 顔を向けると、一頭の緑鱗を纏う飛翼竜を連れた国軍兵3人がこちらに来ていた。

「レインおはよう。サニーにクラウも、おはよう」

 オレンジ色の髪をかっこつけるようにかきあげては決めた好青年のサニー。が灰色の前髪をめんどくさそうに揺らしては視界を得ようとしつつ、手綱を引く寡黙な青年のクラウ。対比したような人たちだが、ふたりともレインの同胞にして親友だ。


「なぁなぁ、ついでに俺の竜も手入れしてくれよ」とサニー。その笑顔は太陽のように輝いているが眩しすぎて煩わしいと思うときもないわけではない。

「……ウォークは王女直属の召使だろ。そんな頼みは御法度もんだぞ」

 サニーのやんちゃくさい声で放った言葉に対し、物静かで低めの声。真面目に受け入れ、注意するのも、クラウらしい。


「わかってるって、冗談だよジョーダン!」と同時、連れていた竜の口が開き、カプ、とサニーの頭を甘噛みする。

「どわぁーッ!? だから冗談だってジョセフィーヌ! お前のことはいつも大事にしてるだろ!? せっかくの髪型を崩すなっておぉぉい!」

 そうとう懐いている様子に微笑むウォーク。無関心の様子でそれをただ見つめるクラウの一方、笑ったレインは声をかける。

「そういえばさ、ウォークは王女の側近だろ? 信仰祭のときも傍にいるのか?」

「ん? ああ、その時だけは傍にいないよ。去年と同じように王族、サルト国の高位貴族、"四英雄"、国軍の重要者、大臣、政治家、王宮の使用人等々王宮の関係者、国民の順に信仰場で信仰するから、王女と結構離れることになるね。って王女は信仰祭で一番重要な役割をするから、使用人の僕が傍にいられるわけないだろう」

「そっかそっか。いやぁ国民までいくとなるとマジで大行列になるからな。都市部を出てサルタリス山脈の"拝所"まで歩くってのは毎年ながら大変だと思うぜ?」

「……唯一神天地恵龍アマツメを祈って、今後の豊作や健康の維持と向上を願う大切な行事なんだ、大変だろうと足を運ばない理由にはならない。現に国民の参加率も維持していると聞く」

「はいはい、クラウは真面目だぜホント」とサニーは呆れる。なんとか竜の口から引きはがすことができたようだが、髪のセットはまたやり直す必要がありそうだ。

「あいつの踊りもそこで行われてるんだよな。未だに観たことないんだよなぁ」

 王女のことをあいつと呼べるのは幼い時に仲良くなったレインくらいだろう。

「そりゃあ神聖な儀式だし、"龍の舞踊"は神様アマツメの為に見せるものだからね」

「噂じゃ、舞踊や信仰のマナーなどを教えるのが大変だったと専門教師が嘆いていたらしいじゃねーか。その様子を拝みたかったもんだぜ」

「……レイン、口を慎んだ方がいい」とクラウは釘をさす。

「でも、今の彼女は大分成長したと思うよ。キク王妃に続く王国の代表として、しっかり受け継いでいる。僕はその練習の様子を見てたからね、ふふん」

「なに勝ち誇った顔してんだよ」


 僕がそう自慢げに話しているのを、レインは呆れている様子だった。そんなことは構わずに昔を思い返してはしみじみとしているとサニーがぼやき始めた。


「にしても俺ら国軍は今年もガードマンの役割だよ。獣や竜が襲い掛かってきても、俺らが駆逐するから国民は安心していられるけど、その国民の目の前で国軍が必死で戦っているんだぞ。なんかこのギャップ感が嫌だ。わかるだろ? この気持ち」

 わかるようなわからないような。レインとクラウは「いや、まったくわからん。つーか目の前に居たら誰だってビビるだろ」「……それは国軍として当然の義務」と言い、賛同はしなかった。サニーは溜息をついた。

「はぁ、そうかそうか、まじめだぜおふたりとも。そもそもなんでこんな早起きしなきゃならないんだって話だ。マジで眠いんだけど」

「サルタリス山脈の獣や竜は昼よりも夜に活発化する傾向にあるし、朝よりも昼の方が活動的だったりする。なるべく朝早い方がリスクは減るんだよ」

「丁寧な説明をどうも、ウォーク先生」とサニーはさらに深いため息。単に愚痴を共有したかっただけのようだ。

「ま、いいてぇことわかるけどよ、気を引き締めるこったなサニー。山脈は比較的つっても危険な生物が多く生息する地帯で有名だからな。安全なルートがあるとはいえ、山の深部は特に警戒した方がいいだろ」

「だけど、"渓流の古寺"に行くときに気をつけなきゃいけないのは獣や竜だけじゃない。もっと危険なものにも十分に警戒していかないと」

 僕がそう言うと、レインたちは首をかしげた。


「もっと危険なもの? なんだそりゃ?」

「災龍だよ」

 レインはそれを聞いた瞬間、吹きだした。サニーも同様だった。


「災龍? あはははっ、そんなの神話の中の話だろ。まぁ神話にでてくるアマツメは実在するけどよ、流石にあんなでたらめな龍は実在しないだろ。お前の言いたいことは、稀に起きる奇怪な天災に気をつけろってことだろ? 大丈夫だって、この地方は他よりも多いけど、災害なんてそう都合よく起きねぇよ」

 レインはそういい、笑い飛ばした。

 災龍は有名と言っても、所詮世間にしたら伝説や噂程度のものだ。実在を信じる方が珍しい。でも、本当に自然災害で済ませていいのか?


「そっか……まぁ、そうだよね。そんなのいるわけ……ないよね……」

 僕は本当に災龍の存在を信じればいいのか少し悩んだ。レインと同じく信じない側についたとしても、セトの事はどうなるのか。そんなことを考えながら銀色の腕時計の時刻を見ると、7時をとうに越えていた。

「じゃあ、僕は仕事に戻るよ。国民の防衛、頑張れよ」


     *


《ウォーク》

 もうすぐで8時半だ。あと三十分で人口約850万人もの人が出発する。いや、その内の3割ほどは非アマツメ教信者や足腰の弱いご老体や病人だったりするので、国に残るのか。

 そんなことを考えながらも、僕が向かっていた先は王女室、つまりサクラ王女に会いに行くところだ。もうメイクアップは終わって、部屋に戻っている頃だろう。

 部屋の前に着いた僕はノックをして、入室の許可を取った。


「失礼します」

 部屋に入ると、そこに居られたのはいつも見ている王女ではなく――。


「――っ」

 傾城傾国の美女、いや、天女というべきか。その姿は人知を超越した龍の羽衣を纏う美しき女神の化身そのものがおられたのだ。「おお」と感嘆の声が出そうになるも、息を呑んだ。

 去年よりも可憐さが増している。金と赤の刺繍に白銀一色の巫女らしい着物をデザインしたものだが、神と崇められている数種の『古の龍』の素材と、アマツメの素材でできたその衣装からは何か混ざり合いつつも統一感を成している。龍の力と神々しさが緩やかに放たれていた。

 そして、その純白の天女を更に輝かせるブレスレットや耳に孔をあけないピアス、指輪などのアクセサリーはその古の龍から採れた真珠や特定地域の宝石でできていて、ネックレスにはアマツメの珠玉がつけられていた。

 衣香襟影、花顔柳腰、花顔雪膚の言葉に最もふさわしい御姿と言えよう。


 こちらに気づいたのか、美しき天女は咲き誇った華のような笑顔で話しかけてきた。

「ウォーク! この服去年のよりとっても動きやすいんだよ! デザインも前のよりいいし、もう最高っ! どうかな? 似合ってるかな?」

 王女はくるっと一回まわって衣装を魅せる。それはまるで花が咲いたようにふわっと舞った。もう最高っ! と万歳してその華奢な身を抱きかかえたい気持ちでいっぱいだった。

 しかし本心をむき出しにするのも自分なりにどうかと思うので、そこは堪えて普通に褒めることにした。


「はい、とってもお似合いですよ」にっこりと答えた(と自分では思っている)。

「ほんとに? やったーっ!」

 彼女は満面の笑みで喜ぶ。なんだろう、この本能をくすぐられるような感覚は。

 それはともかく、この衣装のおかげで彼女の機嫌も良くなったようだ。体調も良好。気持ちの面も整理がついたのだろう。本当に良かった。


「王女、もうすぐ出発ですのでそろそろ外に出ましょうか。あ、衛兵が迎えてくるんでしたね。では、しばし離れることになりますが、信仰祭の龍の舞踊、期待しています。御栄光を願っております」

「うん! がんばるよ! ありがとう、ウォーク!」

 ちょうどタイミングよく4人の衛兵が王女を迎えにきた。王女が衛兵と共に部屋を出た後、少し間をおいて僕は王女室を後にした。

「さてと……行くか」

 これから信仰祭が始まる。年に一度の大行事が始まる。

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