7頁 伝説の実在
タキトスの言った、ある単語に王女は反応する。それを耳にしたアーカイドは、意外そうな顔を浮かべた。
「災龍をご存知なのですか?」
「はい、
竜について興味がなかったからね。僕としてはショックなことだ。ただ、災龍についてはそれだけじゃない理由も彼女にはある。
災龍の話については「伝説染みているし現実性がないから聞かなくてもいいでしょ」という始末。言い訳の時だけあまり使わない、難しい言葉使うよな、と思ったりする。
サクラが物静かにそう言うと、アーカイドがは「あの
「"災龍"とは、名の通り大きな災いを呼び起こす龍の事です。王女様は神話に出てくる"厄神ゲナ"という神はご存じでしょう」
「は、はい」
素直に聞いてる……。あんなおしとやかだったっけ。
「災龍は神話に出てくる厄神ゲナそのものなのです。目撃情報は皆無に等しいですが、時々見かける奇怪な天災が勃発する際に、自然物とは言い難い、得体のしれない何かの一部が見られることがあります。今の地震も災龍の仕業によるものかと」
王女はアーカイドの(気持ち悪いくらい丁寧な声色による)説明をしっかりと聞いている。僕の時は全然振り向きもしなかったのに。この差は何なんだ、と悲しくなってくる。
「生物生態管理同業者組合……世間でいうハンターギルドや国の長年の研究で、その異物は龍の身体の一部だと判明しました。しかしながら、わかりきったことはそれだけのため、その存在は未だ謎のままなんです。……あ、申し訳ありません、つまらない話をしてしまいましたね」
サクラにとって他人であるアーカイドに頭を下げられたので、彼女はどうしたらいいか困っている様子だ。お互いに恐縮そうな表情をしている。これが俗にいう身分平等ってやつか。いや違うか。
「――ッ」
情報と景色が交錯し、刺すような頭痛とともにフラッシュバックする。
このアミューダに住んでいる者なら、ほとんどの者がその名を知っている"虚無の伝説"。
先ほどの説明の通り、宗教としては"厄神ゲナ"とも云われている。"奉神アマツメ"と対を成し、肩を並べる程の知名度と、その神に匹敵する程の力を持っているとか。
豊穣の神アマツメと厄災の神ゲナ。当然、厄災の神の具現化ともいえる災龍は、サルト国の民謡や宗教で悪の事象として認識されている。
事実、その"龍"が天災を引き起こし、この国にもある程度の被害をもたらしているので、悪とされ、嫌厭されるのも無理はない。存在している証明がないとはいえ、人間、何かのせいにしなければやっていけない種族。そうなってしまうのも仕方がない。毎月"お祓いの儀式"を開いては、厄を祓ってもらうという風習が古くから続いている。
「……」
棚に置かれている鱗ばった竜の手が入った液体瓶に触れる。その死しても尚、自然の摂理から突き放されたといわんばかりに鮮度を保った手。それに合わさるように、自分の手を重ねた。
一時期、僕はその噂や伝説でしか知られていない龍の正体を知りたく、空いた時間はすべて調査に費やした。遂には野外調査をし、独自の調査結果、奇怪な天災はサルト国からでも見ることができる「サルタリス山脈」の深部に一番多く発生することがわかった。
つまり、災龍はそこで一番多く活動しているということだ。理由はわからないが、どうやらその龍は名前の割には随分と自然豊かなところを好むようだ。
空の樽に詰められた古い剣の数々。竜の牙や骨、堅牢な鱗から加工された武器に目を落とす。
その幻影の存在は時に牙をむける。
調査中、突然の地震と竜巻が同じ場所に同時に起こり、僕を巻き込んだ。
幸い、死には至らずに済んだ。ただ、僕は全身の複雑骨折にとどまらない、まさに生死を彷徨う地獄の時間を過ごした。
今はもう完治したが、その後遺症がまだ残っているため、活発に動けることができなくなった。
紅茶を淹れ慣れた、綺麗で無力な手を見る。
……もうあの時のようにみんなで狩りはできない。
「で、用件はなんだ。おい聞いてるかウォーク」
アーカイドはさっきまでの会話がなかったかのように僕に本題を吹っ掛けた。
「ん? ああそうだね」と思い出しては、メモ書きされた紙を手渡す。それをアーカイドは読み上げる。
「可塑剤P36, 78、癒着剤A102、緩衝剤B305、
そうつらつらとさらに続く項目に目を通してくれた。
「さすがに貴重すぎるか」
ああ、と肯定。そして呆れた感想が返ってきた。
「お前注文多すぎ。そんなに注文して何に使うんだ?」
「信仰祭に着ることになる、王女と国王様の神聖な衣装だ。毎年使われている衣装でもよかったんだけど、今年はあれだろ、"時代の転生の年"」
「ああ、100年に一度のあれだろ、なぁタキトス」
「おう!! よく知らんがな!!」と大声でわからない宣言が響いた。
「ふたりともサルトの国民なんだからそれくらい知っとけよ……。新たな神がこの現実世界に降臨されて、今まで現実世界におられた神が別の世界にお帰りになられるんだよ。だから衣装も新しいのにしようかなって思って」
僕が誇らしく説明した後、タキトスが「おお」と感心している反面、アーカイドが再び質問をした。
「だとすれば猶更、そんな大事なこと一端の召使のお買い物で、てかこんなちんけな店で買い取ることもないだろ。国王もこのこと知ってるのか?」
「王女がここに居ることを除いては。僕の経歴を知ってるからこそ、任せたいと大臣伝いで言われたよ」
「まぁハンターやってたしな」
「そんで誰よりもドラゴンオタクだからな!! だははは!!」
「別にいいだろ好きなんだから」と口をとがらせる。「で、僕が注文したもの全部買える?」
「まぁな。俺としてはおまえとのよしみもあるし、王族から金を巻き取るのも心地悪いからタダでいいって言いたいけど」
「いいよ別に。そっちも商売やってる以上はそういうわけにもいかないだろ。せめて3割引きで手を打とうよ」
「ちゃっかり値下げ交渉するんじゃねぇ。だけどま、いいぜ。ついでに4割引きにしてやる」
呆れつつもアーカイドが頭をかきながら言った。意外な返答に僕が困惑した。
「え、なんで。アーカイドらしくないぞ」
「なんだ、3割引きの方がいいのか?」
「いや、とんでもないよ。ありがとう」
「礼を言うならそこにおられる王女様に言うんだな。今回はサービスだ」
アーカイドはそう言った後、サクラ王女にウィンクをした。そのあと、彼は突如真剣な眼差しで僕を鋭く見る。
「……ただし、条件がある」
「条件?」僕は眉を寄せる。
「条件じゃねぇだろアーカイド!! これは頼みだ!! おまえの力を貸してくれ、ウォーク!!」
急に雲行きが怪しくなってきた。思えば、アーカイドたちと話している時点で違和感があった。予想が外れればいいんだけど。
「どんな頼みだ?」
僕が質問すると、彼らは事情を説明した。
なんでも、3日前から行方不明になっているセトを探してほしいとのことだ。龍材屋のハンターであり、アーカイドらといっしょに暮し、僕も大変お世話になった兄のような存在だ。外出しているだけだと信じたかったが、僕の予感は当たってしまったようだ。
どうやらその日、ある竜の討伐依頼を受け、3人でサルト国の北西都市"砂都"に隣接する"サルト砂漠"の近くにある"剣針山"に行ったという。
しかし討伐後、突然の暴風雨の際に、はぐれてしまったらしい。二人は何時間も探索したらしいが、結局見つからなかったという話だ。
条件はセトの捜索の協力。そんなものわざわざ条件にしてどうするんだと、まず思った。かつて共に過ごした仲間。家族も同然だった以上、答えは決まっている。
「で、今も手掛かりはなしか」
僕がそう聞くと、
「そうだな。1日6時間の捜索が限界だ。今は店の仕事で帰ってきたとこだ。商売もしなきゃ、お前も含めた"5人"で作り上げたこの店が潰れてしまうからな。そんときにたまたまお前と王女様がやってきたわけだ。……で、どうだ。忙しいのは分かってるが、引き受けてくれるか?」
アーカイドが険しい目で僕を見る。タキトスも真剣な顔をしていた。
「あたりまえだよ。引き受けるに決まってる。だけど、今からは少し無理だ。王女の事もあるし、この買い出しの事もある。悪いけど、僕が行くのは明日の昼からにしてくれないか?」
「オーケー。じゃ、明日の正午、捜索を開始する。集合場所はこの店の前だ」
そう決めた後、僕は振り返り、王女に話しかけた。
「王女、さきほどのお話は聞いたかと思います。大変申し訳ありませんが、明日、行方不明の私の仲間を探しに十一時から少しばかり国を離れます。その日のうちに帰ってこれると思いますので、私に出国許可を――」
「うん、いいよ。大切な友達なんでしょ? 侍女長さんには伝えておく。私は一日くらい一人でいてもどうってことないんだから!」
サクラは「まかせて」といわんばかりに胸を張る。頼もしさがその優しい笑顔から溢れていた。
「じゃ、他にもいくところはあるし、僕らはもう帰るとするよ。その小切手を換金所に回してくれ」
「ああ。明日、よろしく頼む」「しっかり準備をするんだぞ!!」
二人の声を聴きながら、店の出入り口のドアを開けようとした。
その時、勝手にドアがゆっくりと開いた。
「……?」
いや、外側にいる誰かが開けたのだ。
客か? と思ったが、姿を見るとその容姿は水簿らしく、服もボロボロ。だが、よく見ればその服は、かつてれっきとした防具だったことがわかった。
しかもだ。
元ドラゴンハンターの僕の目から見て、それは竜の中でも非常に良質な"古の龍"の素材から造られた装備だったと感じられた。おそらく、かつての時代、天災そのものだと云われた
「……」
しかし、どうやってそんなボロボロになるんだ。そう思いながら顔を見てみると、ボロ雑巾のように痩せ細っていて、何か所もの生々しい傷跡が顔だけでなく、体中にもついていた。出血も激しく、赤黒い肉が抉れ、白い部分がその隙間から露出していて……。
「っうぷ……ッ」
今すぐにでも目を背けたくなるような酷い怪我だった。ひどい血の臭い。王女にとっては刺激の強すぎる光景だ。僕は彼女の目をすぐに塞いだ。
僕はその死人のような顔をよく見てみると過去にどこかで見たことがあるような気がした。
たしか。いや、もしかして……。
「……セト?」
そう聞くと、その死人みたいな生者は無言で頷いた後、その場で倒れた。
「「「セトっ!!!」」」
アーカイドとタキトスもその場に駆け付けた。サクラは悲鳴を上げることもなく、ただ茫然と、そのセトという生死を彷徨う人間を見続けていたことだろう。しかしそれに構うことはできず、僕の足も勝手に動いていた。
おもわず肩をゆすりそうになったタキトスをアーカイドが制止する。僕は脈と呼吸を確認した。
まだ意識はある、ただ倒れただけのようだ。
「セト! 一体何があったんだ! 装備もそんなやわじゃないだろ! なんでこんなに壊れてるんだ!」
アーカイドが叫び続ける。
確かに、暴風雨や崖崩れ程度では傷がつかないその『古の龍』の装備が、ここまで破壊されているのはただ事ではない。それに、その中でも最高級に分類する"煌皇龍"の装備は、溶岩でも雷でも極寒地でも、屈強な獣や龍の攻撃でさえもものともしない程の強度を誇っている。
が、ここまで粉砕させ、人体に致命傷を与える程の破壊力を持つとは一体どんな……。
「っ、もしかして――」
「セト! 一体何があった! 返事をしてくれ! おい! セトぉ!」
アーカイドとタキトスが声をかけ続けると、セトが掠れた声で口元を震わしている。彼の目を見ると、恐怖に包まれているかのように脅えていた。
世界の終末を目の当たりにしたかのように。
「地獄……を……み゛た……ゴブォッ、ゲホ……まわ゛りの景、色……が……一瞬、で……しん゛、だ……この世の……ごふっ……もの、じゃ……な、い……」
痛いほどまでに掴む彼の手で、何かを訴えようとしていることは明らかだった。
充血した眼球をむき出し、掠れた声を精一杯に吐き出す。それに混じり、僕らに告げた一言。聞き返そうにも、彼の意識はもう失っていた。3人、同時に顔を見合わせた。
確かに彼は言った。
災龍は実在する、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます