6頁 龍材屋

《ウォーク》


 馬車に乗って三十分。やっと僕の知り合いの店に着いた。

 周りを見渡してみると、流石"光都ルーク"、仕組みはわからないが、太陽の光が眩しくない程の微かな輝きでこの街に留まっている、とでも言おうか。王女の方を見ると、街の景色に目を輝かせていた、光り輝く街並みよりも。

 連れてきてよかったな、とふと思ってしまうが、すぐに事の重大さを思い出し、気持ちを切り替える。


「ほら、早く中に入りましょう。時間も迫ってきていますので」

 時計を見ると3時を指していた。日が沈む前にさっさと用をすまして、王女を安全に連れて帰ろう。何もなかったかのようにして。


「ねぇ! ウォークの知り合いってどんな人たちなの?」

 僕の方に寄っては大きな声で訊く。もういい年なんだけどな、と傍らで思う。


「んー、どんな人と言われましても……とりあえず店の中に入ればすぐわかりますよ」

 そう笑って誤魔化した僕は目の前にある大きな店の扉を開けた。店自体は他の光り輝く建物とあまり変わらないが、傍にある古そうな看板には「DRAGON's MATERIAL STORE」と大きく書いてあった。「龍材屋」という意味だ。


 店内に客はいなかった。しかし、龍材専門店なだけに竜の端材だけでなく、内臓器官や肉をはじめとした体の部位、3.5型(やや中型よりかは小型に分類される)ドラゴンの死体丸ごと一体、更には竜の素材で作られた小道具や衣服、装備、武器などが一通り揃っている。それらはいくつもの棚やテーブルに置かれ、壁に掛けられ、そして天井に吊るされている。店の奥にある培養液の入った水槽に浮かべられているものもある。

 店内は店の外と同じぐらい明るいにもかかわらず、その生を奪われた醜塊から発する負の何かが、この部屋の明かりを暗くしている、そんな気がした。

 そこまで広くない店だが、ここまで多くの商品があり、整頓されていると、より広く感じる。


 店のカウンターに行くと、懐かしい顔ぶれがあった。真紅の髪を透かした、いかにも何かの競技をしている――そう思わせる筋肉を併せ持ったワイルド系イケメンと、スキンヘッドかつ肥満系マッチョスタイルの中年大男が立っていた。


「おお!! ウォーク久しぶりだな!! なんだかやつれた顔をしているが、とりあえず元気そうで何よりだ!!」

 マッチョな中年大男こと「タキトス」が店内に響きわたるぐらいの大声で話した。王女は思わず両耳を手で塞ぐ。鼓膜に支障を来してなければいいが。

 マッチョな彼の耳から一本の剛毛が生えているのをみて、なんだか指摘したくなるが、そのことに対しては敢えて無視しよう。


「相変わらずの騒音声で安心したよ、タキトス」

「だははは!! それは褒め言葉か!!」

 大声で話す彼の言葉を割いては、赤髪の男「アーカイド」が隣で話しかける。よく真横にいるのにもかかわらず、タキトスの爆音ボイスに耐えられるよな、と考える。


「で、どうした。なんか欲しいものがあるのか? それとももう一度、俺らと組んでハンター生活を過ごす気になったか?」

 いたずらな笑みを向けてはそう言う。僕が入店するたびこの調子だ。

「いや、僕は王宮でやるべきことがたくさんあるから。アーカイドたちには悪いけど、この仕事を辞めるわけにはいかないんだ」

「なんだよいっちょ前に立派なこと言いやがって。でもまぁ、自分の道は自分で決めるのが人間ってもんだ。頑張れよ」

 そうアーカイドが笑みを向けて言った後、タキトスが今やっと僕の後ろに隠れているローブ姿――王女――の存在に気が付いた。


「おい!! お前の傍で耳をふさいでいるそいつは誰だ!!」

 上手く誤魔化しとくかと思ったとき、アーカイドがなにかわかりきったような顔をして僕に注意した。


「はぁ~……ウォーク、いくらなんでもこの国の王女様を外に連れ出すのはダメだろ。王女様がなにをなさってまで町に行きたいとおっしゃったのかは知らないけどな、王女直属の召使としてそこは同情したら負けだ負け。そりゃあおまえの話を聞く限り、王女様はかわいくて、何か頼まれたら従ってしまうくらいの愛嬌さがあると思うけどよ、だからと言って……」

「わーっ! もうやめてくれぇ!」

 的中しすぎだ! というかもうバレた! 現場を見たのかこいつは!


「だははは!! やはりウォークも男だな!! 女の頼みは断れんもんだ!!」

 タキトスはさらにうるさく笑う。アーカイドも同じように、いや無駄にニコニコとして顔を近づけてくる。殴ろうかな。


「……で、実際誰?」とアーカイドは言う。

「え?」頓狂な声が出てしまう。

「だーから、そいつは実際誰なの? さっきのリアクションはおまえにしては良かったけど、まさか王女様本人じゃないだろ」

「え? いや、あの、普通に王女です」

 素直に言ってしまった自分を殴りたかった。だが、相手はそれを素直に受け止める程できた人ではない。


「まっさか、おまえもそんな冗談を言うようになったとはな」と笑う。

「いや、本当です。……マジなんです」

 僕の顔を見て察したのだろう。そして、王女からも何も言わなかった(本人にしてみれば何を話せばいいかわからなかっただろうけど)以上、アーカイドは苦笑する。

 そして、

「……本気の本気で?」

「うん、本物」


 途端、アーカイドとタキトスはカウンターから転がるように急いで出てきては、ローブ姿の王女の前で跪く。

「ようこそおいでくださいまし……えと、いや、先程の、ぶ、無礼? を……あの、さっきは本当にすいませんでした!」

 敬語てんで駄目じゃねーか、と叫びたくなる。


「バッカ野郎!! 口調がまるで駄目じゃねーか!!」

 おまえもだバカ野郎。いい歳してなんで王族に対応する言葉を持ち合わせていないんだ。

 そう思ったとき、王女はぷっ、と吹き出し、小さく笑った。アーカイドとタキトスは「え?」と意外そうな顔で、同時に王女の方へ頭を上げる。


「あの、大丈夫です。ですので、えーと、普通に話してくれてもいいですよ」

 おおお、と言わんばかりに彼らはなぜか感嘆し、許可なく立ち上がる。


「おまえらなぁ……」

 ため息をつきたいが、王女がそう言うなら仕方ないか。

 王族も平民も平等に。そう説いたのは王女の母親であるキク王妃だった。彼女の教えをもとに育ってきた王女は、偉そうにもなることなく、かえって王族に対する敬意と振る舞いに未だ慣れない娘になっていた。

 固すぎる敬語や、跪かせるようなことはさせたくないとこの間言っていたな、と思い返す。


「だははは!! いやぁ、王女様はなんとお優しいことか!! そこの召使とは違ってな!!」

「おい調子に乗るなよ」と僕は呆れる。


「あ、あの」と王女は少し躊躇いながら、アーカイドに訊く。

「? どうされましたか」

「あそこのドラゴンって……本物なの?」

 それを聞いた途端、アーカイドの目が輝く。


「ええ、その通りです。俺らが狩った獣竜です。少し小型ですけど」

 王女は関心した様子でホルマリン漬けされた竜の死骸をまじまじと見る。

「やっぱり実物見せた方が興味出てくるんだな……」

 僕はつぶやく。それを聞いていたアーカイドは腕を組んでは、

「そりゃそうだろうよ。百聞は一見に如かずって言葉が――」


 そのとき、壁際の戸棚の中の瓶がカタカタと鳴り始める。いや、それだけではない。地面がグラグラと揺れ始めていた。床が軋み、光石照明がゆらゆらと振れる。僕はすぐに王女の安全を確保した。

 しかし、揺れはすぐに収まり、物も倒れることも、落ちることもなかった。

「地震……?」

 そう王女が呟いたときだった。


 ――ズダァン! 


「ッ!?」

 爆轟ともいえる巨音が外から轟いてくる。窓の一枚がビシリとヒビ割れ、細かい振動を伝った床に足を付けていた僕らは、脚部の筋肉を中心に、僅かの間痺れてしまっていた。思わず王女を庇った。

「っ、くそ、またか!」


 アーカイドは眉を寄せては言う。「これで何度目だ!!」とタキトスも半ば怒っているようにも見える。

 そういえば先月もこのような形の変わった地震があったな。最近、地震の発生率が高い気がする。


「最近多いなークソ」とアーカイドは呟く。

 王女は「もう大丈夫だよ、ありがとう」と言っては僕から離れようとする。結構密着していたようで、僕も慌てて離れ、すぐに謝った。ちょっとばかり王女の顔が赤いのは、僕の妄想だろう。妄想は幻覚を生むと本に書いてあったことを思い出す。


「そうだな、この間は馬鹿でかい落雷の雨で山火事とがけ崩れも起きた挙句、丸焦げになった民家もいくつかあったしな。あとはあれか、3か月前の"天の咆哮"が起きた翌日には城壁や窓は見事に大破。相変わらず、ここの地方は自然災害といっていいかわからねぇような変なことが起きるよな」

「まったくよ、ここまで多かったら"災龍"の噂も本当だって思えてくるぜ!!」

「……"災龍"?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る