5頁 王女と召使の危ない約束
《ウォーク》
なんら変わったこともないこの平和なサルト国。今日も雲一つない快晴だ。しかし、その日差しは地面や人間の肌を鋭く光り照らす。アミューダ地方はもうすぐ炎節の期――夏を迎えようとしていた。
そんな中、王宮の中のある一室。王女は窓際で本を読み、一人の召使――僕は紅茶を淹れていた。
「ねぇ、ウォーク」
サクラ王女が声をかける。
「はい、なんでしょう?」
「ば~か♪」
「!?」
えええ~。
可愛らしすぎる笑顔で突然そういわれても、なんて対応すればいいんだ。
ショックを受けたような顔を見、ぷっと王女は笑った。
「あはは、冗談だって。"信仰祭"ってあと2週間後にあるんだよね?」
「あ、あぁ! はい、そうですよ。それがどうかなさいました?」
「その2週間の間にいろいろ準備するんだよね?」
なんだ改まって。別に今年が王女にとって初めてやることでもないのに、どうしてそんなことを聞くんだろう。
「はい、仰る通りです。メイドや召使は街の市場に行って足りない素材を買ったり、他国との交渉で素材を提供してもらうなど、この2週間は実に忙しい期間です」
「じゃあウォークは今日買い出しに行くつもり?」
「ええ、左様でございますがどうかされ……なるほど、そうですか」
言いたいことはわかった。あえて、ここは企みの笑みを返してあげよう。
「王女は私が買い出しに行くことを機に一緒に王宮の外へ出たいのですね」
ビンゴだったようだ。王女はバレた! というわかりやすい表情で目を逸らしながら慌てふためく。
「ち、違うって! 別にそんなんじゃないんだから!」
本心バレバレだなおい。
慌てふためく姿も可愛らしいが、同時にウソは付けないタイプだなとつくづく思う。それにしても、そう思ったのはこれで何度目だ。
「言っておきますけど、一国の王女が王宮を出るなんて国王が知ったらどうなるかわかっていますよね。私は反対ですよ」
ため息まじりにそう言うと、王女は僕に縋り付いてきた。
「そんな固いこと言わずに街へいこうよ~! ね? いこうよ~! ほんとにお願い! これからウォークの言うこと聞くから! ね?」
あまりの必死な様子に少し可哀想に思えてきた。なによりこの顔が可愛すぎるし、眼差しでもう心を鷲掴みにされている。さすが大臣殺し。さすがメイド殺し。畜生、手を差し伸べたくなる。
だが、そんな誘惑に負けるわけにはいかん! と、自分に喝を入れる。王女の為にも、ここは反対するべきだ。
「何度も言いますけど、ダメなものはダメです。万が一のことがあったらどうするんですか」
「そんなベタな展開ないって!」
いや確かにそうだけども、最悪の事態ってものがあるでしょ王女様。
「仮にあなたが外に行っている間、王宮に王女がいないことが発覚されたらそれこそ大事件となりますよ。それに、王宮を出入りする際、必ず門番が身分チェックを行いますので、外へ出ることはできません」
「ううう……」
王女はもう何も言い返せず、悔しがっていた。
やっと堪忍したかと、気が少し緩んだとき、王女が何か閃いた表情を出して再び明るい顔に戻った。
「そうよ! 宮殿の隠し脱出口を使えばバレることもないわ!」
何を言うかと思えば、なんて先を読んでない考えなんだ。それにさっき僕が言ったこと聞いてなかっただろ。だが、そんなところも可愛らしい。
「確かにその方法だったら場合によって誰にも知られずに街へ行けます」
「だよねだよね!」
「ですが王宮に戻られるとき、どうやって見つからずに入るおつもりですか?その脱出口は一方通行用ですよ」
「あ……」
やはりそこまで考えてなかったか。
「そこはウォークに任せる」
ある意味尊敬しますよ、その投げ出し発言。
「それなら諦めなさい」
淹れた紅茶を差し出し、部屋を後にしようとした。
「それは! ぜっっっっったい! い・や!」
「……」
深い溜息を鼻でつく。
まだ言うか。まぁ、年に一回行われる信仰祭以外まともに城外へ出られないのだから無理もない。しかし……。
「王女のために言っているのです。我慢してください」
「嫌」
「あなたの為に言っているのですよ」
「私の為なら街へ連れ出しなさいよ」
「それはいけません」
「どうして? なんでだめなの!?」
おそらく10分越えたか否か。論争という名の口喧嘩は未だに終わりの予兆を示すことはなかった。
「だからダメです!」
「連れて行ってよこの意気地なし!」
「意気地なしで結構です。なんと言われようとも、ダメなものはダメです!」
どちらも引き下がらない。少なくとも僕は引き下がる訳にもいかない。論じてもダメ、感情論で接してもダメ、最早言い分の手札が底を尽きそうで、もう意地の張り合いとなっていた。
どれだけ続くのだろうかと思ったとき、王女が窓際の方へ向かい、窓を開け、バルコニーに立った。
「? 何をする気です」
嫌な予感しかない。冗談でもないことはするんじゃ――。
「ウォークがそこまでいうなら……私はここから飛び降りてでも街へ行く」
そう言うと、7階のバルコニーの手すりをつかみ、そこから飛び降りかけた。
「っ!? 王女っ!!」
嘘だろ? そんな思考は一瞬だけだった。
間に合うか!? 間に合ってくれ!
もう少し、もう少しで届――。
*
《ウォーク》
「すいませーん! これくださーい!」
ローブを着た少女の明るい声に、がたいのいいおじさんが同じぐらいの活気ある声で返事をする。
「へい、まいどありぃ! 嬢ちゃん、物見る目あるね!」
「えへへ~、そうでしょ」
「お、そんじゃ、サービスでこれ全部半額にしてやるよ! 嬢ちゃんはかわいいからね!」
「ほんとに? ありがと、おじちゃん!」
楽しそうに話してる二人を、他の客がほのぼのと見つめている反面、僕はこれ以上ないぐらいの険しい顔をしてその少女、サクラ王女を見続けていた。
バレたらどうしよう……。
その一言だけが頭の中で反響している。胃がキリキリと痛む。
僕は今、絶対外出禁止の王女と街で買い物をしている。国の5大都市のひとつ"水都"の市場で魚介類や魚竜の一部を買ったりしている。
あのとき、幸い7階から飛び降りた彼女の手を掴み、何とか救い出せることができた。しかし、それをきっかけに僕は仕方なく彼女と買い物に行くことになったのだ。もう一度飛び降りるなんてことをするぐらいなら、リスクの低い買い物同行の方がいい。
なにより、デートみたいだし、と半分嬉しい気持ちで同行しつつも、一人の国民にでも王女の存在がバレたり、王宮内で誰かが彼女がいないことに気づいた瞬間、僕の首は刎ねられるだろう。
いや、仕事的にだよ? 死ぬわけじゃないからね? 根拠はないが、そう自分に言い聞かせる。
ああ、頭が痛い。
正直もう気が持たない。失神を起こしそうだ。
「ねぇねぇウォーク! 次は何を買うの?」
精神的に死にかけそうな僕に対し、王女は生き生きとしている。
少しは自分の立場ってものを理解してくれ! そう心の中で叫んだが、それでも僕は笑顔で言い返す。山のようになっている買品を持ちながら。
「そうですね、道具も貢物も必要なものは殆ど買いましたので、もう買うものはな……あ、思い出した! あと一つ買わなければならないものがあります」
すると、王女が興味津々に聞く。
「なになに? 何を買うの?」
「"光都ルーク"に売っている"
聞き慣れていない――王族としてちゃんと知っておくべき知識だが――のか、王女は首を傾げた。
「アマツメ? 神話や宗教にでてくるあの唯一神のこと?」
「はい、その"奉神アマツメ"が稀に、天蓬珠玉という不純物の結晶を自らの意思で排出することがあるのです。貝の真珠もそれに当たりますね。その
ぺらぺらと説明したが、おそらく理解していないだろうな、と思いつつ、
「私の知り合いにその職で生計を立てている人たちがいますので、その人たちに会いに行きましょう」
「あの神様みたことないけど、ほんとに実在してたんだ~。でもそんな貴重なもの高いに決まってるでしょ? 買えるの?」
「何を仰っているのですか、王族はお金持ちですから、ほとんどの品物を買えますよ。それに、うまく彼らを説得すれば珠玉や他の竜材も値引きして貰えるかもしれません」
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