ハローワークにようこそ

俺はため息一つついた。


俺に配布された資料だけ止めが甘く、ホチキスで資料を止め直している時の事だ。

「会議中にコーラ飲むなっつってんだろ!」

部長の咆哮が会議室にこだました。

思えば、ずっとこの部長からは小言を言われていた。

会社の給料も安い。

福利厚生はないに等しい。

その上、上司はクソの塊を煮詰めてできた怪物。


ちなみに飲んでいるのは炭酸水だ。

世の中のゲームをピコピコという母親と同じように、炭酸飲料は全てコーラと呼んでいる知性にも嫌気がさす。


次の瞬間、俺の頭目掛けて部長が厚いファイルを振り下ろした。


椅子から瞬時に離れ、避けてみせる。


どうやら部長は避けた事が気に食わないらしい。

「なんで避けてんだ!」

部長はかつてないほど怒り狂っていた。



叩かれたら痛いからに決まってる。

接待のしすぎと運動不足で、ついた脂肪は思考までも鈍くさせるんだろうか


鈍い部長の猛攻は止まらない。

しかし俺も外回りで鍛えられた足で綺麗に部長の攻撃をいなしきった。

「お前なんなんだよ」


怒り狂った部長は、ファイルを投げ捨てると体勢を低くし、俺に迫ってくる。


こんなのすぐに横に跳ねれば、避ける事など造作もない。

が、視線を移動先候補に向けると、右も左も部長の乱舞で机と椅子がランダム配置


逃げ場を失った俺は部長を受け入れるしかなかった。

そのまま壁まで運ばれた俺の眼前に、部長の脂ぎった肌が広がり、整髪料と人間の体臭が鼻を刺す。


俺は手にもっていた、ホチキスで部長の耳たぶを挟むと、強く握り込む。


「ん、んなぁああああああああ」

獣のような悲鳴。

と、同時に俺から離れる部長。

痛みの根源である耳をさわり、手のひらについた血に驚いてまた声をあげる。


部長の耳には年甲斐もなく、銀色に光るピアスが装着されていた。

「部長よく似合ってますよ」

ピアスというより、豚につける耳標というほうが正しいかもしれない。

脳裏で家畜の類いに部長の顔がついたクソコラが浮かび笑ってしまう。

そんな俺の隙を部長は見逃してくれなかった。



「殺してやる」

部長はホチキスの芯を、ひきぬくと、乱暴に投げ捨て拳を振りかぶる。

踏み込んだ部長は一気に俺と距離をつめる。

距離を取ろうにも、既に後ろは壁。

完全に逃げ場を失った俺は、突き上げた部長の拳を防御体勢も取れぬまま喰らい、宙へと飛んだ。

口からは出血しているんだろう。

鉄の味がする。


重力に引き戻され、今度は床に崩れ落ちる俺に、部長のキックが追い打ちを掛ける。

これをもらったらやばい。

生存本能が、俺の腕を防御に走らせた。


何度も行われる蹴りに腕の骨がきしみ、俺の皮膚は熱を帯びていく。

感覚は徐々に消えていき、腕が同じ体勢を取り続ける事に拒否反応をしめす。

部長の足か、俺の腕か。

筋繊維の我慢比べが始まる。


根負けしたのは部長の足だった。

しかし部長の猛攻は止まらない。

俺に馬乗りになると今度は重い腕を鈍器のように俺に打ち下ろす。


このままでは防御が崩される。

肉の城壁の中で怯えた俺が、辺りを確認すると、そこには俺が飲みかけの炭酸水のペットボトル。

机から落下し、抜けた二酸化炭素が出口を求めペットボトルが緊張させている。


俺は部長の攻撃を一発受けると、間髪入れずに、腕を伸ばしペットボトルの蓋を開けると、水が噴射。

部長をひるませた。


 

俺は思いっきり体を起こし、部長の鼻下めがけて、額を突き出した。

「うばっ!」

短い悲鳴、そして鼻を押さえた部長の手からは血が溢れていた。


「部長、これコーラじゃなくて、炭酸なんですけどわかります」


そう言って俺は会議室でたのであった。

これが俺の無職になった経緯である。


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今日のテーマ:ホチキス コーラ





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