ハイヌーン
「おめーがここらで正義漢ぶってるテンガロンかぶったニッポンジンか?」
俺がカウンターに背中を預け、ビール片手に高くにおかれたテレビから流れる競馬中継を眺めている時だった。
「あぁん?」
声に振り向く。
そこには大柄の男が立っていた。
人相は悪く、顔には斜めに一筋の古い切創。
「ナンパにしては、ずいぶんとでっかいのが来たもんだな。生憎そっちの趣味はねーんだ。帰りな」
大男は笑う。
「ははっ、そんな簡単に帰るわけにはいかねーよ。俺はここらじゃソンブレロのハイジで通ってる。昨日ウチの
「あぁそうだったっけな? 覚えてねぇな。それよりも異名とか二つ名は自分で名乗るもんじゃねーぞ。そういうのは他人から呼ばれて初めて様になるんだよ。自分から名乗っちゃ台無しだ」
「はは、随分と口が達者じゃねーか。まっせいぜい地獄で悪魔に会った時には、減らねー口に突っ込んでもらえよ、お嬢ちゃん!」
次の瞬間、男がソンブレロのつばを握ると、こちらになげつけた。
軌道を瞬間に確認した俺は、首だけを動かし見切る。
が、その男は帽子の影で次の攻撃の予備動作に入っていた。
腰からグロックを抜き、セーフティを解除。
俺の体に風穴を明けまいと、引き金ひく間際。
「物騒なもん出しやがってっ……」
カウンターに手を付き、飛び越えてみせると、そのまま身を屈め、降り注ぐ弾丸の嵐を凌ぐ。
連射で乱れた弾道が、並べられたボトルを次々に餌食にしていく。
爆ぜたガラスの破片が、俺に降り注ぎ、頬からは血が一滴滴り落ちる。
「あぁあぁ、まだ飲んでない酒あったのに……」
役目を全うすることなく死んでいった酒に黙祷を捧げていると、弾丸の嵐がようやく落ち着きをみせた。
辺りは硝煙と火薬の匂い、それに割れた酒の匂いが嗅覚で渋滞を起こしている。
付け合せ用に置かれていたであろう、まだ熟れていないアボカドが何個も転がっている。
「へへへ、まだ生きてるかよ」
「死ぬわけないだろ、下手くそ」
攻守交代。
散らばったアボカドを手に取り、カウンターの向こうに放り投げると、追いかけるように身を乗り出す。
弾丸の補充で忙しいであろう大男は、俺が攻めてくるとは思わなかったようで目を見開いている。
まだ機能しない拳銃を払い落とす。
俺は、そのまま大男の顎に拳を叩き込む。
鈍い音。
そしてその後には、男は椅子を倒しながら、フロアに倒れ込む。
「まだ生きてるか? ふっ、生きてねーか」
テレビから流れるアナウンサーの実況じゃ、俺の馬券は紙くずになったらしい。
ハードでヘヴィな一日の始まりだった。
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今日のテーマ: ソンブレロ アボカド
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