春の息吹

春というものは花が先、緑が色づき、歩いているだけで命の息吹が感じられる素敵な季節と思われがちだ。


だけどそれは間違ってる。

花が咲くという事は、花粉が宙を飛び交い、人間の免疫システムを攻撃してくるし、

緑が色づくということは、虫が蠢きはじめるということでもある。


虫も花粉も嫌いな俺にとっては地獄の始まりと言っても過言ではない。

だから、梅の花が春の訪れを告げるこの季節はどこか気分が落ち込みがちだ。


現に、薬を飲んだにも関わらず、学校に向かうまでの間でマスクの中ではうっすら鼻水が垂れている。


憂鬱な日常を仕方なしでもこなさなければならないんだから、学生は憂鬱だ。

まっ社会人もそんなもんなんだろう。

だとしたら、就職するのは出社しない会社がいいな。

ご時世柄、リモートワークも増えてきたみたいだし。

そんな事を思って学校に向かっていると、立ち止まって上を見上げるクラスメイトが一人。

クラスメイトにはあまり興味はないけれど、確か同じクラスのやつだ。

派手な髪色、短すぎる制服のスカートは風が吹けばめくれてしまいそうな着こなし。

放課後の渋谷にいそうな出で立ち。

秋葉原によく



女が見ている先をつられてみると、白い梅の花が咲いている。

視線を戻すと、女が俺をじっと見つめていた。

会釈をして、そのまま通りすぎようとすると、女が声を上げる。

「えっちょっと無視するの!?」


「い、いやその……、花見てるの邪魔しちゃ悪いと思って……えっと……」

名前がわからず俺が困っていると、向こうが察してくれた。


「美嘉、冴島美嘉よ。同じクラスなんだから名前ぐらい覚えてよね」

「ごめんなさい」

「まぁいいわ」

「それで……なんで呼び止めたんすか?」

「あぁそうだ。あれ見てよ」

そう言って女が指を指したのは、梅の花……の更に置くにある幹。

白い子猫が幹から降りられないようで、助けを求めていた。

「あぁ猫……」

「『あぁ猫……』ってそんな無気力に言わないでよ。困ってんじゃんあの猫。助けてあげないと可愛そうでしょ」

「飼い猫かなんかなんですか?」

「違うわよ。親から習わなかったの? 人の嫌がる事は率先してしようって」

女の言った台詞は昔親に嫌と言う程言われた。

ただうちの親の言う”人の嫌がる事”は本当に人の嫌がる事だった。


サッカー選手だった父親は、俺をプロ選手にしたいらしく子供の頃からサッカー漬けの毎日だった。

ボールを蹴り、審判が見てなければ敵チームの服を引っ張る。

みえないように足を掛け、接触した衝撃の一を十の衝撃として振る舞う。

騙し合いのスポーツだった。

イギリスにはこんなサッカーとラグビーを比べる格言がある。


野蛮人の為の真摯なスポーツがサッカー、紳士のやる野蛮なスポーツがラグビー。


実際そのとおりだ。

審判が見てなければ何をやってもいい。

審判を騙すためにはされてないことをやれと言われる。

それが正当なルールや駆け引きらしい。


俺はサッカーをやめ、普通の高校生活を営み始めた。



「……っと、ねぇ聞いてる?」

「あぁ悪い、それでなんだっけ?」

「だから私が上に乗るから肩貸して。できるでしょ?」

「わかった」


女が足を肩幅に開くので、俺がかがむと春一番が吹きすさぶ。


女のパンツの色は春の訪れを感じさせるモスグリーンのパンツだった。


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今日のテーマ 春 梅

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