あこがれ

ふといつものように職場でもある農協から自宅に帰るために、車に乗り込むと、私が持っていたスマホが通知音を鳴らした。


エンジンを掛ける前だったので、画面を見ると、スマホには、妹がおしゃれな服を着て高そうなバッグを持ち、キメ顔で写っている写真が表示されていた。


私は、そのままスマホを閉じると助手席に放り投げ、発車する。

そして思い出す。


「ねぇねぇ、紫陽花あじさい。本当に高校卒業したら上京しないの? 一緒にい

こうよ。楽しいよ東京」

「えぇ、だって私、東京こわいもん。向日葵ひまわりこそ本当に東京行くの? ここの生活で十分じゃない?」


今が夏って事を考えると半年ぐらい前の会話だった。


「だってここ、なんもないじゃん。夜はカエルがうるさいし、虫もわけわかんないぐらいいるんだよ? おまけにピザも届かなければ、本も発売日に読めないなんて辛すぎるよ。それに女優になりたいのに、ここじゃ絶対成れないじゃん」


私と向日葵ひまわりは生まれた日も一緒だった。

服もお揃い、靴もお揃い、お年玉も同額。


そんな何から何まで同じ物を見て、食べて、乗って育った妹から上京すると聞かされた時は驚いた。

もともと、競争心が強いのは知っていたし、対する私は誰かと競い合ったりするのが苦手だった。

太陽みたいに明るくて、周りを照らす妹に比べたら私はさしずめ地球の周りを回ってる名もない石ころみたいなものだろう。


「ここだっていいとこあるじゃん。桜だって綺麗だし、ホタルだっているじゃない。ここもいいところだと思うよ」

「ホタルも虫じゃん! だいたいお姉ちゃん村出た事ないんだから、東京がいいところかもわかんなくない? そういうの井の中の蛙っていうんだよ」

「で、でも……」



あの時妹が言ったことは本当だ。

私は井の中の蛙。

主体性のある妹と違って、私には何かをやりたいと思ったことがない。

車の免許でさえ、仕事に必要だからとったんだから。


現状維持。


多分、私の人生にキャッチコピーをつけるならこうだろう。


そんな姉とは違って、妹はモデルとしてデビューを決め、順調に進めばそのうちドラマにも出るんだろう。


華々しい世界という大海原に漕ぎ出した妹を応援していくのは間違いない。


ただ、私のこの主体性の無さが恨めしくおもってしまう。

顔だって妹と変わらない。

姉という立場が、私の主体性の無さを作ったんじゃないかと思う時がある。

妹は向こう見ずで、親にもわがままが多かった。

だから自分だけは親の負担にならないようにやってきたつもりだ。

それが蛙と言われればそうかも知れないが、母親のお腹から出てくるタイミングがほんのちょっとだけ遅かったら自分は東京に言っていたんだろうか。


そんな思いが自分の中に溢れて、自宅に帰る気分にならなかった私はいつも曲がる道を逆方向にハンドルを切った。


着いたのは、山の中腹。

寂れて手入れの行き届いていない古びた神社の端に置かれた小さなベンチ。


虫が鳴き少しだけ海風の匂いがするこの場所から見える景色は東京のどんなキラキラした生活にも代えがたい。

山の切れ間に、海が広がり、空と海の境界線が曖昧になったこの時間の景色。

透き通った空気で星の光を遮らず、降り注ぐ光線が揺らめく水面に反射して煌めいている。


地元でも多分、私しか知らない秘密の場所。


双子という事でなにかと一緒くたにされがちの生活が嫌になった時は、親にも妹にも内緒でここに来ていた。

私はスマホを掲げ、誰も知らない場所一枚写真を取ると、妹に向けて送ろうとメッセージに添付した。


が、私はアプリを閉じた。

井の中の蛙しか知らない事が合ってもいいと思うから。



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今日のテーマ: カエル 太陽


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