ダルいラーメン屋
頭にタオルをハチマキ状に巻いた大将はいつになく厳しい表情で窓の外を眺めながら俺に話しかける。
「お前ももうわかってると思うが、いよいよ、この店も瀬戸際まで来ている……」
「そうっすね……」
ラーメン屋の三年生存率は三割にも満たない。
このラーメン島田の味に惚れて、サラリーマンをやめ二年。
ラーメンの道を志した自分としてはなんとしても、この店はなんとか残ってほしい。
お客さんにラーメンを届ける。
一口食べて、笑顔が生まれるようなラーメンを届ける事こそが俺たちの生業ってやつなのだ。
重い口を開く大将はこう続けた。
「老舗店は、変わらぬ味というが、それは間違いだ。老舗と呼ばれる店は常に挑戦を続けているんだ。時代によって少しづつ変化をつけ、常に新しいお客さんが来てもらい、かつ常連も引き止めるような、そんな魅力的なラーメンが老舗を老舗足らしめている理由でもある」
大将の言うことはもっともだ。
「そこで今回は、うちの店も新たなラーメンを開発する。守るより攻めの姿勢が勝利を生む。わかるよな?」
思わず俺も大将の言葉に固唾を呑んだ。
「そ、それでどんなアイディアなんですか?」
俺が見込んだ大将だ。
絶対にいいものが生まれるはずなんだ。
大将は頷き、口を開く。
「これからうちは、紅茶とラーメンを合わせた新商品で行く!」
「こ、紅茶!?」
俺は耳を疑った。
「そうだ。最初は緑茶でいこうと思ったが、それはもう他の店がもうやっている!
だから紅茶だ!」
「そ、そんな理由で!?」
「しかもそこは緑茶を麺に練り込み、スープにも緑茶をパウダー状にして溶かし込んでいる。ビジュアルも全部緑ですごい美味しそうだった。だからうちは紅茶を練り込んで、全部真っ赤な感じにするんだ」
俺の体に雷でうたれたような衝撃が走る。
「全部真っ赤なら……担々麺じゃダメなんですか?」
震える声で俺が聞くと、大将は首を振った。
「いいか、よく聞け。向かいの麻婆豆腐専門店が既にやっている。それに三軒となりのタイ料理屋がトムヤムクン風の辛いラーメンを出し始めた。もう紅茶しかないんだ」
大将は調理台を叩き、強く俺に訴える。
対する俺は大将のアイディアに震えるしかできなかった。
「そ、それでいつからやるんですか?」
「今日からだ! よし麺に紅茶を練り込んでいくぞ!」
大将が俺に背を向け、麺の仕込みをはじめる。
俺は、この半年ずっと思っても口にしなかった一言を口にした。
「すいません、もう仕事辞めます」
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今日のテーマ ラーメン 紅茶
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