定年退職
時代の流れというのは残酷で平等だ。
少年は青年へと成長するように。
新車が型落ちと呼ばれるように。
人も物も役割が変化していく。
役割を新たに得る人間もいれば、役割を失う人間もいる。
私も、目の前にあるこの煤けた白で染まった灯台も、今年の春で役割を終えるのだから後者の存在と言っていいだろう。
中学を卒業し、灯台守として私は五十年、どんな日にも篝火を絶やさなかった。
幼馴染が妻になった日も、妻が妊娠した日も、息子が初めて歩いた日も、息子が家から出ていった日も常にこの灯台にいた。
私の一生はこの灯台と過ごしてきたと言っても過言ではない。
しかし私が定年を迎えると同時にこの灯台も仕事を終え、取り壊しが決定した。
灯台の近代化により、再編成された灯台の設置箇所リストには、この古ぼけた灯台の名前は入らなかった。
思えば家族にも随分と負担をかけた。
息子の反抗期には
「灯台にずっといろ」
とか
「家族より焚き火してるほうがいいんだろ」
なんて酷い言葉も吐かれた。
妻はかばってくれたが、それでも心のどこかで息子に同意するような節を感じる場面は多々あった。
それでも、灯台の灯りを絶やしてはいけないという義務感が私を仕事に駆り立てたんだろう。
そんな生活も、もう終わりだ。
この灯台がなくなれば、私のような人間は必要なくなる。
すべての灯台が機械化され無人になれば、灯台守という職もなくなるだろう。
家族の関係を犠牲にしてまで……、人生を使ってこの仕事に打ち込んできたというのに、この喪失感はなんなんだろう。
私は自宅へと向かう道中で、灯台を振り返りながらため息を一つついた。
これから何をすればいいのかも、よくわからない。
私の人生はなんだったんだろう。
重い足取りで、自宅へと戻り、玄関のドアをあけると、そこには知らない靴が二足。
「貴方、おかえりなさい」
「あぁ、ただいま。誰か……来てるのか?」
そういうと、居間から男が出てきた。
「親父……」
少し太ってはいたが、顔色の良い息子が俺にむけて笑った。
「久しぶりだな、どうしたん――」
私がそう言い終わる前に、更に奥から、女性が一人。
「は、はじめまして」
少し不安げに私をみすえ、なにより、その手には赤ん坊がだかれていた。
思わず私は唾を飲む。
そしてゆっくりと口を開いた。
「お前……結婚したんだな……」
「あぁ、なぁ親父、息子抱いてもらえないか?」
息子の一言に、妻は泣いていた。
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今日のテーマ:港 建物
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