赤ずきん

人狼の俺は身分を隠しながら生活している。

俺以外もそうだ。

吸血鬼の糞どもや、人魚や竜なんかもみな同様に人間の世界で暮らしている。

御伽噺に出てくるような、空想の産物のといわれるような存在は確かに存在しているし、生きている。

ただ、増えすぎた人間の領域で交わらざるを得ない状況に対応しただけだ。

今じゃ適応が行き過ぎて、肉を食べない人狼もいるぐらいだ。


その一方で対応できなかった種族もいる。

そういう奴らは、人間の世界で未確認動物UMAなんて呼ばれながらも慎ましく生きている。


不便か不便じゃないかで言われれば、もちろん不便だ。

まず、同じ種族と以外は人間の存在を維持しなければいけない。

俺も昔は変化を維持するのが苦手で、一度、人間の前で本当の姿を見せてしまった事があった。

あの時の人間の視線は今でも忘れられない。

まるで化け物でもみるような恐怖と嫌悪が折り重なったあの視線なんて、もう二度と浴びたくない。

だから、極力は人間と合わないような仕事、イラストレーターとして活動することを選んだ。

インターネットの発達で、居住スペースを都内に置かなくてもよくなったし、ネットスーパーで買い物もできる。

むしろ、地方の方が人が来ないような山奥へ行って、本来の姿で野山を駆けることなんて事がしやすい分、俺にとっては気楽だったりする。


そんな俺が2月のある寒い日に失態を犯してしまった。

それは雪がシンシンと降り積もる日だった。

仕事も締め切りも終わり、制約が何もなくなった俺は山に登り、遠くで鳴る救急車のサイレンに遠吠えをかえした。

どういうわけかあのサイレンを聞くと、遠吠えがしたくなってしまうのは遺伝子に刻まれた性分ってやつなんだろう。

俺の遠吠えにどこかの犬が遠吠えを返してくる。

犬なんていうのは俺たち人狼からすると、親戚みたいなもんだ。

そんな原稿で溜まったウサを晴らしている時だった。

俺が山を全速力で駆け上がると、何かにぶつかった。

はじめは枝にでもぶつかったんだろうと考えていたが、走り去ってから妙に気になった俺が戻ると、山には似つかわしくない薄着、そして紅生姜みたいに赤い髪をした女が地面に倒れていたのだ。

「おい、大丈夫か?」

「……むい、……すけて……。」

俺は人をひいてしまったのだ。

こんな山奥で救急車がこれるわけもない。

ましてや病院まではけっこうな距離がある。

死んでしまったらまずい。

このまま逃げるわけにも行かず、動転した俺は自分の家に女を連れ帰り、服を脱がせ、水気を取ると、自分のベッドに寝かせた。

「まずい……頼むから死ぬなよ」

程よい暖気と走り回った疲労感。それに原稿明けの体が看病中の俺に睡魔となって襲いかかる。

「死ぬな……」

あろうことか俺は看病中に寝てしまった。

あとはご想像のとおりだ。


誰かが肩を叩き、目覚めた俺に女は言った。

「ねぇなんでお口が大きいの?」

そういって俺のひげをなでながらいう女の視線は好奇心と好意が混ざりあったような、そんな初めて浴びる視線に俺は戸惑った。


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テーマ:雪 狼

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