バレンタインデー
クラスの男子たちは妙に浮足だっている。
今日が、バレンタインデーの一日前で、しかも土曜日。
男子たちが浮足だつ理由としては十分だろう。
ただ僕はいつもと変わらなかった。
もらえる当てもないのだからそもそも、期待もしていない。
よって浮足だつわけもなく、半日授業の後にはいつものように生徒会室で庶務をこなしていた。
だってもらえる可能性を期待してからの、チョコがゼロという結果より
もらえる可能性を期待しないほうが、落差でいえば小さいからね。
そう自分を納得させながら庶務をこなしていると、書記の早見さんが部屋にやってきた。
いつにもまして険しい表情。
朝から今に至るまでなにか嫌な事があったんだろうか。
ここは先輩として後輩の悩みを聞くのも先輩としての勤めなんじゃなかろうか?
そう思った僕は勇気を出した。
「ど、どうかしたの?」
すると彼女はこちらを睨みつけ、答える。
「何がですか?」
鋭い視線が僕に突き刺さる。
もちろん彼女は睨んだつもりはないんだろうけど、あまりの
すくみあがった僕は伏し目がちに、小さな声でこう返す。
「い、いやなんでもないです。気にしないでください」
そうだ、いくら付き合いがあるとは言っても、放課後の生徒会活動だけの関係なのに、
あくまで、僕と彼女は放課後だけの関係なんだから。
「聞かないんですか?」
「えっ何が?」
「私が何かあったか」
「いや、なんかプライベートな事だろうから聞いちゃまずいかなって」
「そうですか。会長は公私混同は避けるタイプなんですね」
随分と棘のある言い方だ。
だったら聞いてやろうじゃないか。
「そ、それじゃあ何があったのか聞くよ?」
「聞かないんじゃなかったんですか」
彼女は僕の出鼻をへし折った。
「意地悪な事、言わないでよ」
「まぁいいですけど……、何があったかと言えば簡単な話で、砂糖と塩を間違えてしまいました」
「へ? 何の話?」
話に脈絡がなくて理解が及ばなない。
「自分のミスなのはわかっています。工程も間違えませんでしたし、お菓子は化学だというので、しっかりデジタルのはかりまで用意したのに……自分が許せず会長に当たってしまいました」
ここまで来てようやく、バレンタインデーのお菓子のレシピを間違えたのだと察しがついた。
「な、なるほど。それは大変だね。で、でもあれだね。バレンタインデーとか興味あるんだね?」
「なんですかその言い方は。まるで私がそういうイベントには興味もない人間だとでも?」
だからそんなに僕の発言をいちいち睨まないでほしい。
「いやそういうわけじゃないんだけど、それで失敗したのを渡しちゃってみたいな?」
「いえ、私もバカではないので、出来上がったものを味見して砂糖と塩を間違えたのは理解しています。ですから、今日は持ってきませんでした」
なるほど……。
つまり早見さんの調味料のミスが、僕の気まずさみたいなものを生じさせているわけだ。
なんというバタフライ効果。
「そっか、でも……、もらう人も気の毒だったね」
「気の毒?」
僕の言葉に早見さんが首をかしげる。
「だって早見さんにお菓子もらえたはずだったのにもらえなかったんでしょ。残念だったんじゃない?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。そもそも仮に味が少し変だとしてももらえた事の方が嬉しいんじゃないかな。だからもらえるはずだった人も気の毒だったねってさ」
「なるほど……そういう事ですか」
「そういうもんだと思うよ。えっそうだよね? 早見さんはそうじゃないの?」
「まぁ……たしかに……そうかもしれません」
そう言って、僕と早見さんの会話は終了した。
それから一時間程作業を進め、終わった僕はかばんに筆記用具を片付ける。
「僕はそろそろ帰るけど、早見さんはどうするの?」
「私はもう終わったのでいつでも帰れます」
どうやら待たせていたのは僕の方だったらしい。
「あぁそうなんだ……、なんかごめんね待たせちゃって」
「いえ、お気になさらず」
また機嫌をそこねないように一言詫びると、僕たちは生徒会室を後にした。
下駄箱のあるスペースまでの道すがら、早見さんが聞いてくる。
「会長、明日は何をしてらっしゃるんですか?」
「明日は家でゆっくりしてる。なんか妹がお菓子作るらしいからその手伝いじゃない? あんまり気乗りしないけどね」
「そうですか。では午後は暇なんですね」
「たぶんね~。どうしたの? なにか用事?」
「あ……えっと……後で連絡しますから……」
そういって早見さんは足早に俺から離れていった。
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テーマ 砂糖 塩
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