プロポーズ
たしか五年前の誕生日。
俺は由香と酒を飲んでいた。
その時はたしかこんな会話をした覚えがある。
「結局お前と飲んでんのか……。俺のまだ見ぬ彼女はどこにいんだよ」
「付き合ってやってるだけ有り難いと思ってよ。合コンで会った彼女となんで別れちゃったのよ。しかも誕生日前に」
「知らないよ。向こうがなんか連絡取らなくなったと思ったら、いきなりこれだよ」
「そっか」
当時の俺は、顔を合わせれば孫の話をする親が鬱陶しさや、時折くる知人の結婚式の案内に焦りみたいなものを感じていた。
どうやら由香も同じ窮屈さを感じているようで、なにかにつけて2人で飲んでいた。
「なんだよ、その薄いリアクション。お前の方はどうなんだよ? 彼氏できたの?」
「ぜんぜん! 全くできる気配がない。むしろ気のない人からばっか告白されるの」
「くるだけマシだろ。付き合えばいいんじゃん」
「一回そう思ってさ、付き合ってみたの。ただ全然気分が乗らなくてすぐにわかれちゃった。あっそっか、きっと
「はぁ? だったら責任取れよ」
「引き止められなかった自分のなさを呪うのね」
異性という事を差し引いても気兼ねない会話ができる数少ない人間。
いや俺にとっては唯一の存在だったし、生活リズムや勤務体系も噛み合って本当に2人でいることが多かった。
「まっ30までにお互い独身だったら結婚すればよくない? そうだ、そうしようよ。あんたの剱持って名字かっこいいし」
「全国の鈴木に謝りなさい」
「だってあまりに当たり障りなさすぎてつまんないじゃない」
そして五年後の今日。
俺と由香は変わらずくだらない話に華を咲かせていた。
「あっっつ」
「え? どうしたの?」
「いやさ、ねぎまのネギが噛んだ瞬間に芯が発射されて、俺の喉攻撃してきた。すげーあちー」
「そんな騒がないでよ、心配して損したじゃん」
子供の頃は三十の頃はもっと知的な会話でもすると思っていたが、精神年齢というものはまるで年を取らないらしい。
この日は珍しく映画館に行って、映画をみた。
たまたまたみたい映画がかぶっていたからだ。
そして今日は誕生日、あの時の約束は冗談だとわかっていても少しだけ緊張してしまう。
「そういやさ、五年ぐらい前にさ、三十までお互い独身だったら結婚しようっていったよな」
「あぁ~。そ、そんな話したかもね」
由香がかばんから何かを探しながら、こっちも見ずに答えた。
まっ本腰入れてするような会話でもないか。
「そういやあの時、付き合ってた彼女結婚したらしいだよね。なんか知ってる人間が結婚してくの見ると、寂しくなるよな」
俺がそう言うと、由香はかばんから小さな箱を取り出した。
どうやら指輪を入れる箱らしきものを取り出し、俺にみせつける。
「ねぇねぇ、これ見て」
「…………?」
そうか、俺が由香を意識して彼女も作らなかった五年の間に、由香は相談の一つもせずに彼氏を作り、プロポーズされたのか。
「お前……まさか……、そうか、そうだよな。由香も結婚か。んでどんな相手なの?」
「はぁ? 何いきなり言ってんの?」
「えっ、だってプロポーズされたんだろ?」
「ち、違うわよ! 私がプロポーズしてるの」
「だれに?」
「あんたによ!」
そういった由香の顔は真っ赤に染まっていた。
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テーマ 三十路 焼き鳥
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