文化祭のお知らせ
この学校じゃ生徒会に立候補するような熱心な生徒は少なくて、ただ生徒会長選挙なんてイベントだけが形式的に残ってしまっている。
当然、生徒会室に役員として入る人間は選挙でふるい落とされなかったクラスのお調子者か、クラスの無言の圧力で立候補せざるを得なかった人間に限定される。
そして僕はと言えば、残念ならながら後者だ。
好き好んで学校の雑務をこなすほど愛校精神を持ち合わせいなければこの生徒会での庶務は辛いの一言に尽きる。
それだけならまだしも、もう一つこの教室にはいると嫌というか苦手な事がある。
「失礼します。あっ会長、もう来てたんですか。早いですね」
「お、おう」
この早見真尋という後輩と過ごす放課後だ。
目つきが猫科の動物みたいに鋭くて、それでいて寡黙。
目が合うと、反論を許さないような鋭い視線。
後輩なのに、自分が下級生にでもなったんじゃないかってぐらい圧を感じる。
そんな雰囲気の女性が、早見真尋という人間なのだ。
これでも彼女が一年のときから生徒会として、こういう状況になってはいるが、未だに彼女と2人きりというのが慣れず、声も上ずってしまう。
異性というだけでも気を使うのに、そのうえ、後輩ということが輪をかけている。
変に会話がない事に気を使うけど、不快にならないような話題は選べない。
だからいつもこの生徒会室は静寂に包まれていく。
きっとそれは、彼女が生徒会長として任期を全うするまで続くんだろう。
むしろ彼女はこんな張り詰めた空気が辛くないのかと気になり、聞いてみた事があった。
「それは、会長に言わなきゃいけないんですか?」
そこで会話が終わり、いつもの静寂に戻った記憶がある。
ただ今日は珍しく、早見さんが口を開いた。
「……知っていますか?」
「え?」
「人間って肘と顎がつかないんですよ」
早見さんの口から出た言葉に思わず俺は答える。
「そ、そうなんだ……」
冷たい先輩と思われただろう。
ただ、顎と肘が人体の構造的につかないということをいきなり伝えられても、このリアクションが精一杯だ。
僕はお笑い芸人じゃないんだ。
急にコケたり、のたうち回るようなリアクションなんか取れない。
ただ、早見さんの会話には続きがあるようだった。
「気が付きませんか?」
「え?」
そう言って俺の肘の辺りを見るので、誘導されるがまま、俺も視線を向けると、俺の服の肘にご飯粒がついていた。
「あ~、お、教えてくれたんだ。あ、ありがとうね」
「いえ、会長にはちゃんとしてもらわないと、私までそう見られるので」
随分と手厳しい後輩だ。
ただ会話があったんだから、ついでに連絡事項を済ませてしまおう。
「あ、あのさ、今週末なんだけど、なんか隣の高校の文化祭に行かなきゃいけないんだけどさ、一緒に来てもらえないかな。今日先生に言われて急なんだけどさ」
「今週ですか。いきなりですね。会長が私に伝えるの忘れてたんですか?」
「いや……、そういうわけじゃないんですけど……。今日の朝担任に言われて……」
僕だって、今日の朝、担任に言われたんだ。
そんなに詰めて来ないでほしい。
「そうですか。わかりました。仕方ありませんね」
「ごめんね。午前中で終わると思うんだけど」
「なるほど。それで、午後は何を?」
「いや、午後は解散なんじゃないかな。それとも文化祭見て回る? なんてね……あはははは……」
「いいですよ。回ります」
「いや、え? その本気? 文化祭だよ?」
「えぇ。会長こそ、男に二言はないですよね?」
「いや、そういうのは……コンプライアンス違反じゃない? 女子だって嘘は言っていいわけじゃないし」
「今はコンプライアンスではなく、行くか行かないかの話をしているんです」
「じゃあ……見てまわろうか」
僕がそう言うと、早見さんは席を立ち上がった。
「え? 帰るの?」
「はい、私のノルマは終わったので。では会長、お先に失礼します」
そう言って手早く荷物をまとめた彼女は、生徒会室から足早に行ってしまった。
ドアが締り、取り残された俺が再び机の書類に目を戻すと、誰かの鼻歌が聞こえた。
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キーワード 顎と肘
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