忘れ物

僕はいちごが嫌いだ。

手足の生えたイチゴのキャラクターがかかれ、出荷用のダンボールが家の至る所に置かれ、出荷時期には数えるのも嫌になるぐらいの収穫されたいちごをサイズ分けしていく作業をさせられるからだ。

そもそもいちごという果物がなんでそんなに人気かもわからない。

よくみると表面の種は緑のグラデーションがかかって気持ち悪いし、

いちご大福なんてカビにまみれてビニールハウスの端で死んでいくいちごのようで食べる気にもならない。


ファミレスでバイトしている友達が、飲食店に拒否反応を示すのと同じように、俺も農業というものに拒否反応がでるし、ましていちごなんて絶滅して欲しいとさえ思ってる。



そんないちごに囲まれた日常から逃げ出したかった僕が、自転車で向かったのは市営の図書館だった。

僕は見回して席を探すが、センター試験が近いこともあってか、どの机も年上の人間が真っ赤な本を片手に眉間にシワを寄せている。

同卓したとしても、ペンの走る音と、重い溜息が気になって読書もままならないと思った僕は辺りを見回すと、窓際に一つだけ誰も座っていない4人掛けの机が空いているのを見つけた。


机に向かう途中に並んだ本棚から適当に本をとり、机に陣取る。

が、座ってすぐに、机が空いている理由を理解した。

夕日のオレンジが、視界を奪い読書どころではないからだ。


せめて向かいの席に移動しようと思った矢先、誰かが僕の移動先を奪った。

眩しいながらも目を見開くと、そこには大学生ぐらいのお姉さんが座ってしまった。

出鼻をくじかれた僕は、少し浮かした腰をすぐに、薄いスポンジの上に戻す。


しかし、このお姉さんはどこかこの辺りじゃ見ない雰囲気を持っていた。

都会的というか、都会に行った事がないからわからないけれど、多分そうなんだと思う。

そんな事を思いながら捲る本のタイトルは『カフェのコーヒーはなんでやすくかんじるか?』。

あまりにも興味もわかない題材の本に、パラパラと挿絵と写真を眺めるしかできない僕が顔を上げると、お姉さんと目があった。

「ねぇ……こっち来なよ。そっち眩しいでしょ?」

ささやくような声でそう言った。

僕はこくりとうなずくと、お姉さんの隣に移動する。

近づいた事で、お姉さんの香水か何かの甘い匂いがした。

大人の女の人といえば、母親か、ヒステリー気味の数学教師しか居ない僕にとっては全てが未知の経験すぎて言葉も出ない。


続くお姉さんの言葉は僕の持っていた本に向けられたものだった。

「ねぇそれ面白い?」

首を振ると、お姉さんは笑った。


「もしかして適当に本持ってきたの? 私なんだ」

そう言って僕に見せてくれた本にはこう書かれていた。

『誰でもデキるチェスの定石』


「チェスなんて全然わかんないし、定石って言っても必殺技にしか聞こえないよ。まっチェスやってる人からすれば必殺技なんだろうね」


そう言ったお姉さんが笑う顔は夕日に照らされてキラキラと輝いていた。

なんだかそれが気持ちが良くて僕も釣られて笑顔になった。

それから僕たちは色んな話をした。

司書に気づかれないようなささやく声で。

どうやらお姉さんは大学入学を機に上京して、今はモデルとしてスカウトされたらしい。

「全然なにするかわからないけどさ、事務所の人が親に挨拶したいって言うんだ。すごいよね」

モデルのなり方なんて初めて聞いた僕には全て輝いてみえた。


それから10分程経っただろうか。近くで何かの振動音が鳴り響く。

どうやら発信源はお姉さん。

スマホを取り出し、慌てて立ち上がる。

「あっごめん行かなくちゃ。そうだ、暇つぶしに付き合ってくれてありがとね」


そう言ってお姉さんは行ってしまった。

ただ、よほど慌てていたらしい。

机の上には貸し出しカードが置かれていた。

どうやらお姉さんの名前は「いちご」というらしい。

僕は立ち上がり、お姉さんを追いかけた。

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今日のお題:チェス 貸し出しカード

三日坊主回避できてよかったです。









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