燐寸箱の中の恋心
貴音真
燐寸箱の中の恋
恋とは燃える
始めに勢いよく燃え上がり、安定した後に燃え尽きる。
女はこの言葉を信じて幾度となく恋に挑んだが、たった一度も燃え上がることもないまま恋の炎は消えてしまった。
やがて女は年を取り、恋とは無縁の生活をしていた。
しかし、恋とは無縁の生活をしていたはずの女はある日、一人の人物と出会い、再び恋に挑む決意をした。
想い人との出会いが再び女の燐寸に火を灯すことになった。
シュッ!
出会いから二週間が経ち、恋の炎に導かれるように女は燐寸を擦り、火を点けた。
女は想い人が現れるように願いを込めて炎を見つめていた。
暫くすると、女の願いが届いたのか、女の前に想い人が現れた。
女は二週間ぶりに想い人と再会した。
しかし、女は会話をすることが出来ずに想い人を見つめるだけだった。
シュッ!
翌日、女はまた燐寸を擦り、火を点けた。
そして、前日と同じように女は願いを込めて炎を見つめていた。
暫くすると、前日と同じように女の想い人が現れた。
やはり、女は会話をすることが出来ずに想い人を見つめるだけだった。
シュッ!
翌々日も。
シュッ!
その次の日も。
シュッ!
そのまた次の日も。
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
女は想い人と再開したその日から二週間、
そして、毎日々々、想い人が目の前に現れるように願いを込めながら炎を見つめていた。
しかし、女の想い人は、二日連続して女の前に現れるとその次の日は決して現れなかった。
シュッ!
女はこの法則を確かめるために、再会から十五日目となるこの日もまた、燐寸を擦り、火を点けた。
そして、いつものように女は願いを込めて炎を見つめていた。
しかし、法則の通り、この日は女の前に想い人が現れることはなかった。
この日を境にして、女は二日連続して燐寸を擦り、二日連続して火を点けては願いを込めて炎を見つめ、二日連続して現れる想い人を見つめていた。
そして、三日目になると燐寸を擦らず、火を点けずに過ごした。
シュッ!
女が想い人と二週間ぶりに再会したあの日から一ヶ月近くが過ぎ、これまで何度となく女の前に想い人が現れたが、女はまだ想い人を見つめるだけで満足していた。
シュッ!
女が想い人と再会してから間もなく二ヶ月が過ぎようとしていた日のことだった。
女はこの日も燐寸を擦り、火を点けた。
そして、この日もまた想い人が現れるように願いを込めて炎を見つめていた。
しかし、女はこの日ばかりは、想い人が現れるのを願うと同時に、燐寸の入った箱の中身のことを考えていた。
女の燐寸箱は四十五本入だった。
想い人と再会したあの日から女は燐寸を擦り続け、ついに最後の一本を迎えようとしていた。
それは、女があの日に想い人と再会してから五十八日目のことだった。
「次が最後の一本なのね………」
女は哀しそうに呟いた。
女は燐寸を一日に二本以上擦ることは決してしなかった。
想い人が女の前に現れる日の法則を知る前の最初の十五日間も毎日必ず一本ずつ、法則に気がついてからの十六日目からも燐寸に火を点ける日は必ず一本だけしか燐寸を擦らなかった。
そして、次で最後の一本を迎えるというのに、女は未だに一度も想い人と会話をしたことがなかった。
女は想い人が何度も繰り返し女の前に現れても声をかけることが出来なかった。
女が想い人と再会してから六十日目、女は前日の五十九日目に最後の一本の燐寸を擦らず、想い人が現れる日の法則に照らし合わせると想い人が現れない日に当たるこの日に、最後の一本の燐寸を擦ろうとしていた。
しかし、女は最後の一本の燐寸を箱から出して手に取ったものの、それを擦って最後の火を灯すか、それとも最後の日を迎えずに、燐寸を擦らずに取っておくか悩んでいた。
「………さよなら…」
やがて女は決断し、静かに呟いた。
シュッ!
女は手にしていた最後の一本の燐寸を擦り、火を点けた。
そして、想い人へ届かぬままの恋心を焼き尽くす様なその炎を見つめていた。
想い人と再会してから十五日目に女が見つけた法則は正しかったのか、この日の炎が消えるまで炎を見つめていても女の前に想い人が現れることはなかった。
「ふふふふ………」
女は燃え尽きた最後の炎を見つめながら哀しく笑った。
その炎の中にいた想い人を想って笑った。
この日を境に女の前に女の想い人が現れることは二度となかった。
燐寸箱の中身は空になっていた。
燐寸箱の中の恋心 貴音真 @ukas-uyK_noemuY
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