吾輩は【九割】猫である。

N岡

【1】トマト文明と人類の進化

 トマトの遺伝子数は約三万個。これは人類の約二万個という数を遥かに上回っている。つまり、トマトは私達人類よりも高位の存在といえよう。もはやトマトと呼び捨てする事すら憚られるが、考証記事という性質上、このまま敬称を略して続けることをご容赦頂きたい。

 さて、我々人類よりも高位の存在であるトマトだが、不思議な事に普段はその優位性を全く感じさせない。我々のような文明を持たないのはもちろん、言語はおろか原始的な意思疎通手段である鳴き声や表情すらも持っていない(※諸説あり 熟練のトマト農家であれば、トマトの表情を見分けることが出来るという説も存在する。彼らがトマトを見て『今日は天気がいいからトマトがとっても嬉しそうだ』などと呟く姿や、『美味しく食べてもらって喜んでいる』などと満足そうに微笑む姿が目撃されたという報告もあるが、いずれも確証がなく仮説の域を出ない)。常に微動だにせず、テーブルに置かれたならばただそこに鎮座するばかりである。また、トマトといえば様々な料理が思い浮かぶところ、そのために必要な調理の際も、包丁で刻まれようが、鍋で火にかけられようが、悲鳴の一つすら上げない。そればかりか、西洋においては、一年に一度、街中の人々が互いにトマトを激しくぶつけ合う冒涜的な祭りが存在しているというが、それにもかかわらず、その忌まわしき残虐な所業に対しても非難の声一つすら上げないのだ。

 しかしながら一見、全くもって不可解に見えるトマトのこのような振舞いに対して、ドースー国際ゲノム人類学研究所のS教授は数年前からある仮説を唱えている。

 『トマトは我々を遥かに凌駕する高度に発展した文明および言語体系を持っているため、人類の知覚や科学技術では全く認識することができず、我々にはただ、だけである』(※1)という立場を前提に、氏の提唱する仮説は下記のとおりである。


1、ムー大陸人進化説

 『かつて太平洋上に存在していたといわれるムー大陸。そこに住む古代人は我々よりも遥かに高度な文明を築いていたというのはもはや定説であるが、彼等は沈みゆく大陸を前にして、種の保存という観点から、自らを究極の形へと進化させた。それがトマトである』(※2)

 氏はこのように述べ、トマトの遺伝子数が人類を遥かに上回る理由は、『彼らが自らの肉体を構築する遺伝的情報のみならず、その集積された莫大な知識をも、トマト遺伝子の中に暗号化して組み込んだ』(※2)からであるとし、『その知識を取り出すには、遺伝子のみならずゲノム全てを解析し、暗号化された情報を読み解くキーを探す必要がある』(※2)としている。


 であるならば、何故トマトは我々現代に生きる人類に食物として消費され続けているのか、その点に最大の疑問が残る。遥かに高度な文明であるならば、食物として消費されぬよう、自らに毒を持たせるなど予防措置を講じていて当然のように考えられるからだ。

 その疑問について、氏は以下のように説明している。


 『自らをトマトへと進化させることにしたムー大陸の人々は、あえてトマトを食物として魅力的な物に調整したのである。丸みを帯び、赤く、みずみずしく、見るからに美味しそうで、実際食べてみるとそれなりに美味い。彼らは未来永劫、人類に食物として摂取され続ける事により、《緩やかな同化》を目論んだのだ』(※2)というのである。

 つまり、我々人類の身体は摂食により体内に取り込んだ物を吸収して維持形成されているのはご存じの通りであるが、ムー大陸人はそれを逆手に取って、後世に生きる他の人類に食べられることにより体内で少しずつ吸収させ、やがて我々の中に彼らの知識と記憶を送り込むことで、いつの日か我々に取って代わろうと考えているとS教授は警鐘を鳴らしておられるのだ。

 従って、『現在の物言わぬ姿は《あえてそうしている》に過ぎず、むしろ食べてもらう事により彼らの宿願は成就するのであるから、そう考えた方が辻褄が合う』(※2)というのである。

 実際に、トマトは今日、いかなる国の料理にも使用され、イタリア料理などに至ってはほとんどトマトの味しかしない。世界で最も食べられている料理、『ハンバーガー』に関しても、使われている調味料はトマトケチャップである。ムー大陸人によるトマト侵略はだいぶ進んでいると考えていいだろう。イタリアなどはもはや陥落したと言っても過言ではない。

 我々が緩やかにトマトと同化し、完全にトマトになる日はそう遠くないのかもしれない。


2、マヤ人変異説

 マヤ文明も、飛行機を模したオーパーツや、パイロットの壁画などが見つかり、高度な科学技術を持っていたという事はもはや定説である。氏はトマトの進化にはもう一つの可能性が存在するとしており、それがこの『マヤ人変異説』だ。

 ムー大陸人進化説と異なり、ここで『変異』という言葉が使われているのは、それが古代マヤ文明の人々にとって意図的なものではなかったからというのが理由である。かといってそれは偶発的に生じたわけではなく、ある不幸な出来事によって意図的に変えられてしまったのだというのだ。

 『高度に発展した文明では、戦争を行う際、兵器として事後の周辺環境に影響の少ない物を用いる』(※3)から、『核兵器のような物はマヤ文明では避けられていた。彼らは敵との戦争に勝つために、《人間をトマトに変えてしまう爆弾》を作って、相手の領地にそれを大量投下した』(※3)。その結果、長く続いた戦争によって敵も味方も皆トマトになってしまい、後には爆撃機に乗っていたパイロットしか残らなかったのだと、氏は提唱している。パイロットの彼がその後どこへ行ったのか定かではない(※私は、彼がタイムリープによって過去に戻り、高度な文明をマヤ人に伝えたビラコチャではないかと考えている)。また、トマトが中南米で豊富に取れるのも当時の名残であると氏は述べている。


 いずれの仮説も、今日では有力説として認められつつあるが、S教授自身は『研究の余地は計り知れない』(※2月5日の国際学術オンライン会議にて)と述べ、『トマトにはまだまだ分からないことが沢山ある。ただ一つ確かなのは、見るからに美味しそうで、食べたらそれなりに美味いという事だけだ』としている。


【2021年2月6日 記者:N岡(財団法人 超飛躍的科学研究所)】


(※1 出典:『トマト遺伝子の謎』ドースー国際ゲノム人類学研究所S教授著 2017年4月30日学術誌Mature掲載)

(※2 出典:『ムー古代文明とトマト』ドースー国際ゲノム人類学研究所S教授著 2018年5月31日学術誌Mature掲載)

(※3 出典:『トマトとケツァルコアトル』ドースー国際ゲノム人類学研究所S教授著 2019年3月31日学術誌Mature掲載)


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