新たな一歩

 グーア傭兵団の解体から二ヶ月が経とうとしていた。

 ロゼの仇討ちも果たし、バルクトの研究は結局孫を蘇らせるため、と結論付けた。

 俺たちの戦いは終わったのだ。

 あの戦いの結果は、グーア傭兵団に拾われ兵士として洗脳されかけた孤児と、バルクトがいなくなってから、意思が無くなったキメラノイド、その双方が多く残っただけだった。

 孤児たちは、国の運営する孤児院に入れられた。最初は馴染まなかったと言われていたが、今では最初の孤児たちと同じように明るく育っているらしい。

 しかし、キメラノイドは、簡単にいかなかった。製造法において、死者から生まれた兵器と捉えられて、保護してからすぐ監禁していた。唯一意思を持つリヒも、牢屋で過ごすことになった。

 国の会談では、自然の摂理を反するキメラノイドの処分を唱える者もいた。また、その力を求め、キメラノイドたちを軍事力として利用しようとする者もいた。

 しかし、国の王子であるブラオ・ブルートが発した意見は――。

「元より彼女たちはこの国の民だ。彼女たちの人権を害することは私は国民を蔑ろにすることと同じと考える。なので、私は彼女たちを国民として保護を求める」

 そう言ったらしい。あいつも、俺たちと共に戦ったからこそ、キメラノイドの危険性もわかっている。同時に王子としてどう彼女たちとどう関わるべきかずっと考えてきた結果、会談でそういうことが言えたのだろう。

 彼の意見に反対する者、賛成する者が渦巻く中、王のザムト・ブルートは息子のブラオに具体的な案を練りだすように命じ、ブラオの意見を採用する方向になった。

 その後、キメラノイドの存在を公表はしなかったものの、秘密裏に彼女たちを医療機関に彼女たちの精神を回復する研究に出資したり、彼女たちの意思を取り戻すために教育したりした。

 今では、多くのキメラノイドたちが精神を回復し始めていたり、社会に出て働いている者も多いと聞いた。経済について詳しくないが、キメラノイドを雇った企業や、店が大きく成長しているらしい。さすがキメラノイドといったところか。唯一、意思を持っていたリヒは、真っ先に働き、花屋に雇われているとか。リヒの優しさ、手際の良さから花屋の看板娘になっているだとか。

 こうしてキメラノイドを守ったブラオ王子は、というと、秘書にあのグラキエスの二人を雇わせたとか。しかし、これはブラオの意思ではないらしく、ザムト王によって決めたらしい。     

 あいつの遊び癖、サボり癖に頭を悩ませたザムト王は、彼を真面目に働かせるため、秘書という名の監視役にキメラノイドを雇おうかと考えた結果、グラキエスの二人が選ばれた。

 グラキエスを選んだ理由は、二人なら監視だけでなく、たとえ監視を抜け出しても、追跡を行える彼女たちなら可能だろうという話を提案されたからだそうだ。それを聞いた王は、それでグラキエスの二人に彼を真面目に働かせるために、秘書にしたという。

 そのおかげか、彼からかかってくるメッセージや通話がグラキエスの監視が厳しすぎる、遊びに行けない、助けてくれと愚痴というよりわがままが多かった。まあ、あの二人に監視されるってなると背筋が凍りっぱなしだろうな。事実、凍りかけたし。

その提案をした人間っていうのは一緒に戦って状況を知っていた鉄矢だった。

 鉄矢は、相変わらず傭兵をやっているのだが、儲けた金の多くを孤児院に寄付しているらしい。鉄矢曰く、「特に使い道がないから」と言っていたが、本音は自分たちのような兵士が出ないように、時折様子を見ながら、彼らの人生を気遣っているのだろう。その証拠に、孤児たちの様子をよく俺に報告している。

 それだけじゃない、キメラノイドたちの就職や状況を教えてくる。最近は、リヒと二人でデートしているとか。これはブラオからの報告だ。やっぱ抜け出しやがったか、と思ったら氷漬けにされて連れ戻される写真が後にグラキエスから届いた。仕事はしっかりやる女たちだ。

 妹の翠果、いやベール領の娘スイカ・ベールは、魔法学院に戻っており、研究成果でスマートフォンが日常的に使える魔法を発動させるという研究を発表したとか。

その発表の影響か、業界では生活に便利な魔法を扱えるスマホの開発が行われているらしいが、開発が滞っているらしい。

 実は発表用にスマホを別に用意していたらしく、戦闘用の魔法が使える彼女のスマホは自分で改造していたから、同じものは作れないだろうと言っている。しかも、それを今、改良中だとか。何を目指しているんだか、兄の俺にはわからん。

 その発表の後に魔法学院を卒業して、ベール領の娘として街の復興に関わっているという。

 俺に、「多くのスマホ企業の人やマスコミがあたしのもとに訪ねてきて鬱陶しい」と連絡してきた。それほどスマホの影響がでかいのだろう。

それで、今俺は――。

「あっ。こんなところにいた」

 空から赤い髪のポニーテールが羽根を広げて俺のもとへ降りてくる。

 ロゼだ。彼女が上空から地上を見下ろして探していたらしい。

「何を寝転がってんのよ。ずっと探していたのよ」

「何って、いくら何でもこき使い過ぎだろ。少しくらいサボらせろ」

 俺は、草原で寝転がっていた。ここならだれにも見つからないと踏んだんだが、なんでかな。そうか、飛んでいるからか。

「まったく、もう」

 彼女は怒るかと思うと俺の隣に寝転がってきた。

「いいのかよ、お前がここにきて。俺よか問題なんじゃないか」

「いいのよ。私を頼りにするやつよりあなたの方が頼りにされているじゃない」

「それでいいのか、だって――」

 俺は上半身を起こして、俺は彼女を見つめる。

「お前はもう、ここのお嬢様だろう」

 俺の言葉に反応して、彼女も上半身を起こし、反論する。

「それを言うなら、あなたは私の使用人でしょ」

 そう、彼女のいうとおりだ。いや俺のいうこともそうだ。

 ロゼはあの戦いの後、ローズ・カーマインとして戻ってきた。

 このかつて存在したカーマイン領で。

 そして、俺は彼女に仕える使用人になっている。

 

 俺たちはかつてのカーマイン邸があったであろう場所の大きな墓石に向かった。

俺はその墓石の前に片膝を降ろし両手をそろえて合掌をする。

合掌を終えた後、この行為に彼女が訊いてくる。

「それは何なの?」

「これは神祖で行われる故人への冥福を祈るものだ」

 そう答えると、彼女は俺をまねて合掌する。

 俺より、合掌する時間が長かった。それもそうだ。この墓石は彼女にとってローズ・カーマインとしての全てを奪われた証なのだから。父も、母も、使用人も、すべて失われた。

 彼女が合掌を終えるころ、俺たちのもとへ駆けよる者が現れた。

「どうしたんですか、グリッドさん」

 騎士風の恰好をした金髪の青年、グリッドだった。どうやらそこらへんで俺たちを探し回っていたらしく、汗をかいて息を乱していた。

「……二人とも、ここにいたのか。実は、爺さんが呼んでいるんだよ」

「村長が? あ、そうか」

 俺はグリッドのもとへ駆けこみ、ロゼに聞こえないように訊いた。

「もしかして、あれの準備ができたのですか?」

「ああ、そうだ。嬢ちゃんに気づかれてないよな?」

「ええ、話してないし、漏らしてもいません」

「二人とも?」

 後ろから不意にロゼが声を掛けてきたので、俺たちは驚いてのけ反った。

 ロゼは子供のように頬を膨らませ不機嫌そうにしている。

「なに私をのけものにしているのよ。私も混ぜてよ」

 訊かれたグリッドは腰を抜かしている。

「そ、それは……」

 この調子だと準備が台無しにされそうだ。だから俺はロゼの手を取り引っ張っていく。

「場所は変わってないですよね?」

「あ、ああ。そうだ」

 俺は、ロゼを引っ張って行ってあの場所へ向かう。

「どこへ行くの?」

「いいから、来い! 着いてからのお楽しみだ!」

 俺は引っ張りながら答えた。引っ張る力を強くし、走っていく。彼女は黙って俺の引っ張られるままに、ついて行った。後から、腰を抜かしたグリッドが俺たちを追う形になった。


 最初、王からこれを拝命されたときは、領地の復興が大変だと覚悟していたのだが、国から事件を収めた報奨金を元手に人を集めようとしたのだが、俺はあることを思い出す。

「そういや近くにグリッドたちのいる村があるじゃん。そいつらに頼めばいいじゃん」

 ということで、グリッドたちの村へと向かった。

 村に着いて早々ロゼが宣言した。

「これからはこの領地をローズ・カーマインが治めます! それであなたたちに協力をお願いしたいのです!」

 この宣言にざわつく村人たち。それを収めたのは、グリッドの爺さんである村長だ。

「やっとわしらの生活に安定が訪れるのだぞ。喜んで協力しようじゃないか」

 この村長の発言によって、村人たちがカーマイン領の復興に手を貸してくれるようになった。

 彼らの尽力もあって建物が多く造られることになり、畑などの手入れもしてくれて復興に役立っている。

 さらに俺は、浮いた報奨金と自分の口座を元手にして、ベール領から業者を雇うようスズにスマホで連絡を取った。

 スマホで連絡を取ってから数日で駆けつけてくれたミノタウロスの業者たち。彼らは、果樹園が造れるように果物の樹ごと持ってきてくれた。

ロゼに、「果樹園は街から離れていたから助かったんだけど」と言われたので、新しい場所で果樹園を造ることにした。せっかく持ってきてくれたんだし、金も払っちゃっているし。

 ミノタウロスの業者たちはかつての街の復興を主に手伝ってくれた。かつてのレンガタイルに合わせて、建てられる建物もレンガで造られた。その作業の様子を見ると、豪快に運んでいては、繊細に建物を造っていた

カーマイン領を建て直してから一ヶ月で、ロゼの住んでいた街とは違っていたが、立派な街に出来上がっていた。これには、ローズお嬢様も大喜び。


 俺とグリッドはロゼをある場所へと連れて行く。

「どこまで連れて行くつもり?」

 ロゼが訊いたが無視して、彼女を連れて行く。

 俺はある場所で歩みを止める。それに伴ってグリッド、ロゼも止まる。

 それは、大きなバリアに覆われたものだ。バリアは不透明で、中が見えない。このバリアは建設用に使われる魔法で造られたものだ。ロゼが空からも覗けないようにお願いしたのだ。

バリアを前にロゼが訊く。

「ねえ、これってさ何を建ててんの?」

 俺は答える。それと同時に、グリッドは合図を送る。

「それはな――」

「おーい、開けてくれ! お披露目だぜ!」

 グリッドの号令でバリアが解かれ始める。

「新しい邸宅、お前の家だ」

「これが……?」

 ベール領の邸宅と比較すると、大きさや広さは負けているものの、それでも領主の邸宅と呼べるくらいの豪華な見た目になっている。

「ずっと……これを?」

「まあな、どうだ?」

「ううん悪くない。むしろこじんまりしてていい!」

「褒め言葉として受け取っとくが」

 俺はグリッドに預けていた書類を引き取った。

「じゃあ、俺はお先に」

「その前に、お嬢様がもうそろそろ来ると、待ってもらってください」

「はいよ、使用人さん!」

 グリッドは足早に邸宅へ走って行った。

「明日からはこの書類の束に目を通してもらうぜ」

「まさか、これって――」

「お前の仕事」

「ええ⁉ 復興の手伝いは?」

「それは領民の仕事だ。お前には領主として仕事してもらわんと困る」

「でも……」

「これは領民のためになるんだ。がんばれ」

「……はあい」

 気力のない返事だがしょうがない。

 明日から俺も忙しくなるし、これで働いてもらわねば。

「じゃあさ、いい?」

「なんだ?」

「毎日仕事終わりに撫でてくれる?」

「……子供じゃないんだから」

 俺の答えにロゼは不服そうにする。

 使用人だから言うことを聞いてよ、という顔もしている。

 しょうがない、妥協案でも出すか。

「使用人として、そういうことはできん。だから、互いの仕事終わりなら、話しや遊びの相手をしてやってもいい」

「……わかったわ、ミツハル。約束よ」

「おう、わかってるよ」

 何とか納得してくれた。

「行こうぜ、お嬢様。邸宅ではパーティの準備しているんだから」

「あともう一ついい?」

「なんだ?」

「これからはさ、主従関係をはっきりさせておきたいってのはわかるんだけど……」

「?」

「これからも仕事とかそんなの関係なしに二人っきりの時はロゼって呼んで! お願い!」

「それは、ローズお嬢様からの命令か?」

「ううん、私の、ロゼとしてのお願い」

 バカだな、こいつは。

「そんなこと頼まれなくたって呼ぶつもりだぜ、ロゼ」

「ミツハル、ありがとう!」

 ロゼが俺に抱き着く。

 豊満な乳房が俺の身体に押し付けてくる。

 俺は思わず、ロゼを引き離した。

「おおおお、お前な!」

「キスのが良かった?」

「いいわけないだろ!」

「……残念」

「そういう冗談もなるべくやめてくれ。こっちは使用人なんだから」

「……冗談じゃないもん」

「……」

 その言葉を冗談として受け取りたかった。

 ……俺としても踏ん切りがつかなくなりそうだし。

 だが、これからこの領地でやっていくためにも、領主と使用人がそんな関係だって知られてしまうと、色々と示しがつかなくなる。

 だが、まあ、それでもベッピンの領主に好かれるというのも良いのも事実だが。

 そこら辺の折り合いをつけるのが俺たちの目標なんだろうな。

 だが、そんなことは後からゆっくり考えておくか。

 今はとりあえず、みんなを、ここまで手伝ってくれた領民を待たすわけにいかない。

「それじゃ、行くぞ! ロゼ!」

「うん!」

 使用人と領主は、いや使用人見習いの少年と領主見習いの少女は邸宅へと向かう。

 俺たちや領地がこの先どうなるかわからないけど、俺たちは進むべき道がある。

 そんな不安を忘れるように、俺とロゼは走って邸宅へ向かうのであった。

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フレアバレッタ― @WaTtle

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