隠された力
久しぶりだ。
洞窟の中だというのに、そう感じさせない無機質な銀色の通路。
私が抜けてから変わっていない。
この油臭さも、機械だらけの部屋も、そして。
「ドアだ、頼む」
「わかった」
私は厳重に閉ざされた機械のドアがある。
私はドアの横にある台座に手をかざす。
ドアのロックが外れ、開く。
不気味なくらいに静かだった。
「どうした、ロゼ?」
態度がおかしく思われたのか、ミツハルが訊いてきた。
「……妙に静かすぎるのよ」
鉄矢は、両手に拳銃を構えてドアの先を見てみる。
「たしかに、どこにも敵がいないな」
手招きされ、何事もなく
ここが研究所なのは間違いないのに。
なのに、キメラノイドが見つからない。
だから言えることがあるなら。
「ここが最奥。準備はいい?」
三人が頷き了承を得る。
最奥の扉を開ける。そこにはやはり――。
「出てきおったな! 裏切り者!」
「ドクター……!」
ドクター・バルクトだ。
白衣に右腕が義手の老人。間違いない。
私と離れてそう変わってはいない。
その点はダジアと同じか。そう納得した。
私よりスイカが前に出てドクターに問い詰める。
「バルクト! あなたを護っているキメラノイドが意思を持っていなかった! これはあなたの私兵にするためのことか!」
「そうじゃ! そこの小娘と同じように裏切られては困るからな! ほとんどのキメラノイドの意思を消したのじゃ!」
私のせい?
いや、初めからキメラノイドが自分の言いなりに造っていた。
こいつの言動に惑わされないよう首を振って否定した。
だが、スイカは力強く床を踏んでバルクトの言葉を一蹴する。
「なんて自分勝手な!」
「だまれい! 儂の夢を、研究を邪魔する奴は許さん! たとえ学院の連中だろうとこの国だろうとな!」
「そのために多くの人が犠牲になって! 身勝手にも程がある!」
「小娘の言うことかぁああーーっ!」
そのとき、後ろから発砲の音が聞こえる。
十数体のキメラノイドによる銃撃だった。
来たときからいないと思っていたが、違った。
最初からここで迎え撃つつもりだったのだ。
反射的に回避してみると、誰も銃弾を喰らっていないようだ。
間一髪で避けたスイカはスマホから短刀を取り出す動作をしながらバルクトに接近する。
「覚悟!」
「小娘、それは⁉」
バルクトは、彼女の技術に驚きながらも、右腕の義手で防いでいた。
「それに興味はあるが、死んでもらうぞ!」
その瞬間、横からキメラノイドがスイカの胸を撃ち抜いた。
「翠果!」
衝撃的な瞬間を見たミツハルが叫ぶ。
そのとき、スイカの姿がノイズ混じりに消えていくのが見えた。
それと同時に、クナイが大量に降って来た。
それを先ほど撃ってきたキメラノイドが倒れた。
バルクトの傍にいたはずのスイカが降りてきた。
「どういうことじゃ⁉」
目の前に同じ少女がいることで錯乱したバルクトを他所にスイカは怒り混じりの声で答える。
「こういうことよ!」
指を軽く鳴らすと、バルクトの前にいたスイカが雷となって弾ける。
「うわああああっ!」
電気をまともに喰らったバルクトは、悶えていた。
バルクトを守ろうとしたキメラノイドの何体かが、こちらに突進してきた。
「これはどういうことだ?」
キメラノイドを斬ったミツハルが訊いた。
「立体映像だよ」
手本にと、背後から自分に突撃してきたキメラノイドが剣を振りかざす。
すると、その場にいたスイカは剣で斬られたはずなのに、スイカは何も変わらない。
斬ったキメラノイドが困惑した様子を見せると、スイカが突然雷となってキメラノイドを痺れさせて、倒れた。
「そうか、母さんの影分身みたいなものか!」
「そういうこと! でもこれだけじゃないよ!」
近づいてくるキメラノイドに蹴りを喰らわせる。
「くそっ、どけよ!」
鉄矢は焦っていた。
悶えるバルクトを狙い撃つが、キメラノイドが盾となって防いでいた。
これだとバルクトに攻撃を行うには、膨大な重火器が必要だろう。
私も狙っているが、キメラノイドがやはり邪魔になっている。
正気を取り戻したバルクトが怒りに満ちた声で呟く。
「小娘が、いきがりおって……!」
「今さら怒っても怖くないよ! ジジィ!」
「これを見てそうほざけるか!」
そう言って右腕の義手で肩ごと左腕を引きちぎった!
その異様な光景に、私は疑問を抱いた。
引きちぎった左腕から出血しているのは少量だ。
代わりに流れていたのは油くさい液体だった。
まさか。
「そう言えばゼロ号には見せてはいなかったな……!」
「左腕も義手だったっていうの⁉」
あの様子だと私を造る前かららしいけど、なぜだろう、あの笑みから左腕を引きちぎった痛みより私たちを殺す余裕が見られる。
キメラノイド三人がガトリングを持ち上げてバルクトに近づく。
「あいつらを近づかせるな!」
鉄矢が悟ったのか、銃をキメラノイドに向けて連射する。
私も同じく嫌な予感がしたから炎銃を連射する。
ガトリングを運ぶキメラノイドを倒した。だが。
「ここまで来れば充分じゃ!」
ガトリングがバルクトに磁石のように引き付け始めた。
やがてガトリングはバルクトの失った左肩に繋がった。
「まずはさっきのお礼じゃあ! 小娘!」
ガトリングの砲口をスイカに向けて連射された。
スイカはそのガトリングの弾を避け続けるが、部屋の隅に追い込まれる。
私と鉄矢がそれぞれ援護へ向かおうとするが、キメラノイドが邪魔してくる。
そんな中、バルクトに飛び込んできたのはミツハルだった。
「やめろおおおっ!」
すかさずバルクトは右腕の義手で受け止める。
「邪魔だ! 小僧!」
受け止めた右腕でミツハルを吹き飛ばす。
ガトリングの砲口をミツハルに定める。
吹き飛ばされたミツハルはすぐに動けそうにない。
たとえ動けたとしても――。
「まずはお前からじゃ!」
ガトリングの連射音が聞こえたと同時に私は飛び出していった。
「あぶない!」
私は動きそうにないミツハルを突き飛ばす。
良かった。これで彼は助かる。
そう安堵した私に何十発かの弾丸を身体中に喰らって倒れた。
「ロゼ!」
心配しているのか、ミツハルが私に駆け寄ってきたのを音で感じる。
銃撃が止んだのはどうやら鉄矢とスイカが止めてくれたのだろう。
私は……動けそうにない……。
全身から……暖かいものが……。
ミツハルが私を抱き起こすとやっと周りが見えた。
やはり銃撃が止んだのは、鉄矢とスイカが身体を張って止めてくれたからだ。
「しっかりしろ! ロゼ!」
私を必死に呼びかけるのはミツハルだ。
「こんなところで倒れんじゃねえ! まだ仇討ちも恩返しもしてねえだろうが!」
恩返し……まだそんなことを……言ってくれてるの。
私は……最初はあなたを……仇討ちに利用するつもり……だけだったなのに……。
「きっと天罰が当たったのよ……優しいあなたを……利用して――」
「いいんだよ、そんなことは! 今にも死にそうなことを言ってんじゃねえ!」
それより、今になって嬉しいのは――。
「身体から……血が流れて……よかった」
「ロゼ⁉」
今にも泣き出しそうな声で名前を呼ばれる。
「ずっと……自分が……完全な……機械なんじゃないかって……だから……」
「そんなことはねえ! お前はじゃじゃ馬な女の子だ!」
ついに泣き出したミツハルは私を強く抱きしめる。
ありがとう……もう言葉も出ないや……せめて……。
私は言葉が出ない口で彼に伝えようとする。
キスして、と。
「……わかった……しょうがない奴だよ、お前は……」
伝わったのか、泣きながら笑うミツハル。
初めてのキスが……こんな形で叶うなんて……
口がミツハルの口で塞がれる。
最初で最期のキス。血の味がして、なんか舌を洗おうとしたらミツハルの舌が当たって絡めていく。
暖かくなっていく……彼を強く抱きしめられれば良かったけど……そんな力は……。
…………あれ?
……力が……溢れていく……?
あちこち銃弾を喰らったはずなのに痛みが引いていく。
同時に身体に異変を感じてくる。
ミツハルも異変に気付いたのか、キスを止めて私を舐めるように見まわした。
銃弾を受けた傷が塞がっていること。
そして、私の体の一部が炎に変わっていること。
「なに、これ⁉」
治ったのか言葉が出せるようになった。
いや、そんなことよりこの状況に整理をつけることが先だ。
こんなこと、初めてだ。
自分自身が炎になっていくなんて。
「これはどうなってんだ、ロゼ⁉」
「わかんないわよ⁉ 私にも!」
そう考えるうち身体全体が徐々に炎へと変わる。
「ともかく無事なんだな!」
彼の顔は微笑んでいた。
「そう……らしいけど……」
最期のお願いのつもりでキスをしてもらっておいてなんだけどね。
そう考えると、炎は彼を包み込む。
「これは……お前は、俺たちはどうなるんだ?」
「多分、この炎があなたを殺すことはないわ」
なんとなくだがそう言い切る。
彼を守るなら、彼と一緒にいるためには――。
だからお願いしてみる。
「キスまでしてもらってなんだけど……このままでいてくれる?」
「……この炎の中じっとしていろってことか?」
「……うん」
甘えた声で答える。
「わかったよ。煮るなり焼くなりお前の好きにしていいぜ」
ありがとう、ミツハル。
そう口を開けて、身体全体が炎となっていく。
私の意識は保っている。ただただ黙って炎として。
やがて炎が彼を身体全体に巡らせていく。
彼の皮や肉を燃やすのではない。
彼自身に眠る優しい心の炎として。
俺は目を瞑っていた。
徐々に身体が炎に浸食されていく感触を。
だが、燃えているわけではない。
この炎が俺自身を守っているように感じた。
身体は熱いが、焼かれることはなく、徐々に馴染んでいく。
次第に炎の熱さが、暖かさへと変えられていく。
今度は視界が文字の羅列が流れた。
そこにはいろんな情報が一斉に頭の中へ流れていたのだ。
すべてを見たわけではない、理解をしたわけでもない。
ただわかっているのは、今の炎、ロゼは今。
俺の身体と同化しているということだった。
「兄上、その姿……?」
「どうやら変わったらしいな」
鏡を見なくても、情報で俺の見た目が変わっているのはわかった。
髪の色が炎のように赤くなり、赤のローブを纏っていた。全体的に炎に纏わりついていた。
「なぜ、貴様がそれを扱える⁉ 未完成の【新装システム】を⁉」
「新装システム?」
俺はその言葉に聞き覚えがないが、すぐに理解した。
キメラノイドと人間が合体して、一つの存在として強固な存在となること、と。
理解というより、頭に入れられた情報が教えてくれたのだ。
とりあえず、わかったことはこれで逆転できる可能性があるということ!
「とりあえずアンタをぶちのめす!」
「若造が、抜かすな!」
俺はロゼのやっていることを思い出した。
彼女が炎を拳銃へ形成したことを。
ならば今の俺にも!
「出てくれ!」
俺の左手にイメージどおり、炎を刀へと形成した。
それもただの刀ではない。赤い刀身を炎で包み込んでいる。
「よし、これなら!」
俺は腰の刀を抜く。親父の形見の刀と炎の刀の二刀流だ。
さらには、ロゼと同じくローブを翼に変えて、飛ぶことも出来る。
俺はこの力を使って超スピードでバルクトに向かって突き進む。
迎え撃つキメラノイドたちが目の前に立ち塞がる。
しかし、迎え撃つには遅すぎだと感じた。
どうやら感覚まで強化されているらしい。
キメラノイドたちがこちらに武器を構える前に刀で斬り落とし、その彼女たちの背後を炎の刀で薙ぎ払った。
炎の刀から放たれた炎は、キメラノイドたちを包み込み、焼き尽くしていないものの、耐えられず倒れこんだ。
「使いこなしているのか⁉」
この程度で使いこなしている、といっていいのだろうか。
流れ込んだ情報の中にはもっとすごいことができるとあったんだが。
だがまあ、そんなことはさておいて。
「ジジイ、覚悟しろ!」
とりあえずバルクトに近づく!
しかし、バルクトがそれを許すはずがなかった。
「生意気言うな。若造!」
ジジイは左腕に隠し持っていたガトリング砲を俺に向けてぶっ放す。
俺は間一髪、ガトリングの弾幕を上に飛んで回避する。しかし、ガトリングの弾幕は俺を追ってくる。
ガトリングの弾幕を避け続けてもきりがない。だったら。
「焼き尽くす!」
炎の刀から放たれる炎でガトリングの弾幕を焼き尽くしながら、バルクトへの牽制を行った。
バルクトは躱さず、そのまま左腕で受け止める。
炎はバルクトの白衣を燃やして機械仕掛けの左腕をさらしただけに終わった。
『銃を形成して!』
今、ロゼの声が聞こえた気がしたが。
『聞こえてんでしょ、銃を形成して! あなたが下手っぴでも大丈夫だから!』
「だれが下手っぴだ! 身体の中から好き勝手言いやがって!」
間違いなくロゼの声が俺の頭に響いている。
「兄上、さっきから一人で何を言っているの?」
どうやら俺にしかロゼの声が聞こえないらしい。
やはり、俺の身体にいるといっても納得できるな。
「なんでもない!」
そう吐き捨てると俺は炎の刀を銃に形成することに集中する。
『大きいの一発ぶちこむから! 覚悟してよ!』
「わかってる!」
俺は改めて銃の形成に集中する。
一発で倒せる銃を。赤の光を集めて。
「そうはさせんぞ!」
そんな俺をバルクトはガトリングの雨を撃ち始める。
ガトリングの雨を躱すうちに赤い光が散り始める。
「邪魔だあ!」
俺は右手に握った形見の刀をバルクトに槍投げの要領で投げつける。
すると左肩に取り付けたガトリングに突き刺さる。
「今のうちだ! 援護を頼むぜ、しばらく動けん!」
「「了解!」」
要請に鉄矢と翠果が応じてくれた。
「若造が! このなまくらごときで!」
「させないっ!」
バルクトが刀を引き抜こうとしたところを翠果が素早く斬りつけるように引き抜いた。
しかし、ガトリングを使用不能にするには硬く。
「こっちだ!」
鉄矢がライフルで腕の関節を狙撃するものの何の効果もなかった。
刀を回収した翠果が刀を腰に据えて、右手にスマホを取り出して魔法を構える。
「こうなったら、これで!」
スマホを振りかざし雨と雷撃をバルクトの頭上から浴びせる。
それでも、バルクトは止まらない。
「邪魔じゃああっ!」
ガトリングの砲口は鉄矢と翠果に向けられる。
『集中して! 二人の行為が無駄になっちゃう!』
「わかってる! でもむずいんだよ、これが!」
赤い光を再び集中して集める。今度は両手で。
光を集める動作をしているうち、ロゼやグラキエスがいざというときにしか使わなかったのかわかってきた。
必要なのは集中力だけじゃない。暴走しかけないよう増えていく自分の魔力を抑えつつ、武装形態を理解したうえで形成していくのは簡単ではない。
これを戦闘中に使うのであれば、大きな隙が生まれる。
なにより暴走しかけた魔力を抑えるのに体力を非常に使う。
だからこそ必中は必然、一撃必殺でなくてはならないのだ!
この状況、いつこっちにバルクトが仕掛けてくるかわからない。
だからこそ二人に援護、いや囮を任せたのだ。
集中していく間にも二人の安否が気になる。
それでも光が散らないのはおそらくロゼも制御に関わっているからだろう。
だったら、やるべきことはたった一つ!
バルクトを一撃で仕留めることだ!
そう考えると、光が急速に集まり出した。
光は赤い炎へと変わり、赤い炎はやがて対物ライフルへと形を変えた。
対物ライフルの銃口をバルクトに向ける。
バルクトがこちらに気づいたようだ。だがな――。
「俺たちの勝ちだ! バルクト!」
叫ぶと同時にバルクトに向けて撃った。
撃った火柱となって向かう弾丸は、バルクトの腹部に命中する。
「ぐが、ががが、げあ!」
言葉にならない絶叫がバルクトから放たれる。
バルクトは撃たれた痛みと焼かれた炎症に苦しんでいるだろう。
弾丸は、バルクトの腹部を貫き背後の壁が崩された。
その奥に、人一人分のドーム型のカプセルがあった。
「これは、新しいキメラノイドか?」
俺が疑問に思い中を覗き込む。
すると背後から鉄矢が散弾銃をカプセルに構える。
「これ以上、厄介なのはごめんだ!」
「やめろ!」
瀕死のバルクトが叫ぶ。
鉄矢はそれに向かって散弾銃を放った。
しかし、散弾銃がカプセルに命中することはなかった。
それは、バルクトがカプセルを守ったのだ。
散弾をもろに食らったバルクトは倒れこみながらも、カプセルを開ける。
カプセルからは、一人の少女の姿があった。
その少女は白い長髪、白いワンピースを身に着け、武装がナイフと拳銃を肩腿ずつに付けているだけだった。
目覚めて立ち上がる少女はキメラノイドだという確信はあった。
しかし、敵意は感じられない。
それどころか、俺たちを無視して瀕死のバルクトのもとへ歩み始める。
バルクトのもとへ着くと彼を抱き起こした。
腕の無くした瀕死のバルクトはそのキメラノイドに呼びかける。
「やっと……やっと会えた、リヒ」
「……」
リヒと呼ばれたキメラノイドはなにも反応しない。ただ、ただバルクトを見つめるだけだ。
「ワシが……わかるか? おじいちゃんじゃよ……」
「なんですって⁉」
翠果が驚くが、俺たちも驚いた。
バルクトは呼びかける。呼びかけに応じてほしいと願いながら。
「……」
リヒは何も答えない。何も語らない。ただバルクトを見つめていた。
鉄矢が二人に銃を向けたところを俺が降ろさせる。
全員が黙ってドクターと彼に付き添うキメラノイドを見つめた。
「まさか今まで造ったキメラノイドは彼女を完全に蘇らせるために……⁉」
翠果はそう推測すると、リヒが何も言わずにバルクトを見つめる。
「なん……で……なにも……」
バルクトは息絶えた。
それと同時に何かが落ちる音と人が倒れる音が流れるように聞こえた。
俺と鉄矢は音がした方角を見ると、キメラノイドたちが武器を放し、倒れこんでいた。
なんとなくだが察しが付く。
翠果が続けるように話す。
「バルクトが死んだから、キメラノイドたちが起動停止したみたい」
「それって元の死体に戻ったってことか?」
『多分、違うわ』
俺の頭の中でそう答えると、俺の意思とは関係なく、身体から炎が飛び出る。
炎は俺の隣で人を形成していき、ロゼが姿を現す。
「ロゼ⁉」
スイカが彼女を見るなり、驚きと喜びの声を上げる。
新装とやらが解けて俺は軽い脱力感がした。
軽く見た感じは、恰好も戻っているらしい。
「で、違うというのは?」
俺は気にせずロゼに疑問をぶつけた。
「今の彼女たちは睡眠状態と同じよ。命令が無くなったから動かなくなってるのよ」
「どうすればそれが解ける?」
俺は思わず訊いた。
「マスターとして制御する装置があるはずよ。そこで動かせば……」
頭を抱えながら答えたロゼは、どうにもその先が出なかった。
ロゼにもわからないのだ。
そのまま黙り込むと、聞き覚えのない声が聞こえた。
「それでしたら私が……」
声の方へ見ると、亡きバルクトを床に優しく寝かせるリヒだった。
「私が彼女たちの一時的なマスターとして彼女たちに命令を下せますが……」
意外だった。バルクトの孫がそんな提案をしてくるとは。
「ちょっと待て。それで俺たちに襲い掛かろうとするんじゃないだろうな⁉」
鉄矢はリヒに拳銃を向け、待ったをかける。
「私にはその命令を下す理由がございませんが……」
「あるだろう⁉ お前の爺さんを殺したのは俺たちだ!」
「ドクターはドクターです……私に祖父はいません……」
「なに⁉」
鉄矢は引き金を指から離した。
「自分の孫を蘇らせるために研究したのに、自分勝手な改造が仇になって祖父と認識してもらえなかったのね」
翠果はバルクトへの皮肉混じりながら呟いた。
鉄矢は拳銃をコートの中にしまうと、警戒しながら尋ねた。
「一斉に武装を放棄させることはできるか?」
「肯定です」
「武装を解除した後、降伏させることは?」
「肯定です」
鉄矢はリヒとの無機質な返答を繰り返しながら決断した。
「じゃあ、さっき言ったことを実行してくれないか」
「……では実行に移します」
彼女が言って数秒。
鉄矢の要求どおり、先ほどまで敵対していたキメラノイドたちは立ち上がっては武装を放棄し、両手を頭の後ろに組んで無抵抗になった。
リヒは鉄矢に尋ねた。
「これでよろしかったでしょうか?」
「……ああ、だが訊いていいか?」
リヒはこくりと頷く。
「グーア傭兵団や、犯罪者たちにキメラノイドって渡っているのか?」
「否定。ゼロ号の逃走グラキエスに追撃させて以来、引き渡した記録はありません」
「……そうか」
ロゼがバルクトを襲う可能性を考えての判断だったのだろうか。
それとも自己中心な考えでそうしたのか。
どちらにしろ、真相を知る術はない。
鉄矢が話し終えると、翠果が興味津々な感じでリヒに訊く。
「あたしからもいい?」
「どうぞ」
いったい、なにを知るつもりなんだ。もうドクターはいないのに……、
「兄上とロゼが合体みたいなものがあるんだけど、あれってなんなの?」
それはロゼも知らなかった隠された力。
その秘密に翠果が問い詰める。
「新装システム。キメラノイドの力を他者に与えるシステムです」
新装中の説明メッセージでそれくらいは知っている。
「なぜ、その新装が突然できるようになったの? 私はその力を知らなかったのに」
次に質問したのはロゼだ。
たしかに彼女は新装自体を知らなかった。
「それは、あなたの力が彼との適合率を高めたからだと考えられます」
適合率? いつそんなものが高められたんだ?
「適合率ってそんなもの、私は……」
「では、あなたの力の一部を彼に分け与えたり、あなたの細胞を彼に与えたりしましたか?」
「そんなもの……!」
何かに気づいたロゼは顔を真っ赤に染めてこっちに振り向く。
翠果が彼女の顔を覗き込む。
「あ、あの、その……」
彼女が何を言いたいのかがわからない。
リヒに訊いた方が早いか。
「リヒ。どういうことだ?」
「あなたの腹部から、彼女の力を感じました。もう一つ、彼女の体液を受け取れば……」
……!
そうだ! たしかにその二つの条件はクリアしている!
一つは、彼女と出会ったときに傷口をこいつの力で治してもらった!
もう一つは、彼女がガトリングに撃たれて、言葉が出なくなって――!
その時俺たちは――!
「ねえ、その体液って、血液でも、唾液でもいいの?」
俺の顔を見た翠果が尋ねた。
「肯定です」
「ねえ、二人とも?」
翠果がスマホを取り出す。
嫌な予感がした俺は一歩、彼女から離れる。
「な、なんだ?」
「人が一生懸命戦っている間、キスした?」
やばい、完全に怒っている!
「こ、こいつが、最期のお願いと言わんばかりに……」
「私のせいにするの⁉」
たしか、ロゼが死にかけたから最期のお願いを叶えるつもりでやったんだ。
ロゼより、今は翠果の方が怖いからロゼにもなすりつけよう!
「兄上たち、覚悟はいい?」
スマホを操作すると、長い鞭を取り出してきた。
それもただの鞭じゃない、電気を纏っている!
これにはロゼも俺と一緒の方向へ飛んで逃げる。
「なんで私も巻き込むのよ!」
「お前が頼んだからだろ!」
「なによ! 周り関係なしに盛り上げたのはそっちでしょ!」
「違う! 俺は舌までやられるなんて思わなかったんだよ!」
「だって、血の味しかしないんだもん! 吐き出そうとしたらあなたが!」
もはや、キスしましたと言いふらさんばかりの痴話喧嘩になってきた。
「二人とも、ラブシーンの痕のギャグパートってお望み?」
もうすでに攻撃態勢を取っている翠果がこちらを見つめる。
だめだ。目がもう笑ってない。母さんが怒っているときと同じ顔だ。
「鉄矢! ちょっと翠果を止めてくれ――!」
「リヒ。ダジアについて何か知っているか?」
「肯定です。なにを話せばいいのでしょうか?」
鉄矢はリヒから情報を聞き出していた。
「ちょっとはこっちに関心を持ってくれ――!」
俺がそう言った瞬間、身体は電気鞭に叩かれた。
「まったく! 二人がそんな関係なのはいいけど、場をわきまえてよ!」
「それ、鞭で痺れさせた後に言う?」
ロゼは腹にできた鞭の痕を撫でながら翠果に呟く。
あれから俺とロゼの痺れが治まってきたところで、外へと向かっている。
たびたびキメラノイドとすれ違うが、戦意を見せなかった。
ただ視線を感じるのが気になるところだが、無視しよう。
「で、これからどうするの? リヒちゃんと仲良くなっていろいろ訊き出したみたいだけど」
翠果は視線を鉄矢に向けて皮肉を言う。
「そう言うな。これでも大収穫した方だぞ。例えば――」
次の言葉に俺たちは足を止めた。
「ダジアのアジトとかな」
おい。ちょっと待て。なんでそんなことを急に――。
「それって、ホントなの?」
真っ先に食いついたのはやはりロゼだ。
こいつにそんな話をするとどうなるのか。どうなるのか想像していた。
「リヒが言っていたが、ダジアがしつこく連絡していたから場所は把握していたらしい」
「そういやリヒちゃん、全部を把握してたみたいね」
「ああ、通信履歴を漁ってくれていたらしい。キメラノイドを操れる時点で驚きはしないがな」
すれ違うキメラノイドを横目に鉄矢が答えた。
そういえばひとつ気になったことがある。
「リヒの奴どうしたんだ?」
「車はないか、と訊いたら、出してきます、と言って何処かへ行っちまった」
「そうか……お前まさか!」
鉄矢の言葉を聞いた俺たちは固唾を呑んだ。
「ダジアのアジトに突っ込むつもりだ」
「いた! ブラオ……ってグラキエス⁉」
俺たちはブラオの無事を確認したと同時にグラキエスの二人の姿が見えた。
グラキエスの二人は互いに離れるわけでもなく、ブラオの隣に座っていた。
俺はその状況に刀を抜きはしなかったが、ロゼは拳銃を抜き、グラキエスの二人に照準を合わせる。
「心配ない。この娘たちに抵抗する意思は既にない」
ブラオが軽く言う。右腕が変色している。こいつらと戦った後遺症なんだろうか。
「はあ⁉ こいつらが⁉」
一番驚いたのはロゼだった。なにしろ、この二人にずっと追いかけまわされ、対峙した時でさえ互角以下の戦いを繰り広げた相手なのだから。
グラキエスの二人はロゼを見つけては、じっと見つめる。
「アンタに負けたわけじゃないし」
長髪がロゼに挑発した。
「勘違いするな。乳女」
短髪が悪口を言った。
「ちょっとあんた、もういっぺん言ってみなさい!」
拳銃を向けようとするロゼを俺は抑え込む。
「離して、一発風穴開けないと気が済まない!」
「落ち着け! もう戦う理由ないのに、作ろうとすんな!」
「こいつらが悪いの! ずっとずっと追ってきて、陰湿な攻撃ばっか仕掛けてきて!」
「もう忘れろ! 今はやるべきことがあるだろ!」
俺の言葉に反応した長髪が急に俺に尋ねた。
「まさかダジアを殺す気?」
「なんだ問題あるのか?」
「あれは化け物じみてる。やめた方がいい」
「人間の皮を被った化け物。関わらない方が身のため」
長髪と短髪はダジアの恐ろしさを口にした、と同時に関わるなと釘を刺してきた。
こいつらの言うことは間違ってない。
俺や鉄矢などを育て上げた師匠ともいう人間だ。
でもな。
「だからこそ、止めなきゃなんねえ。ほっといたっていつかこの国を狂わせる存在になってしまう。それこそキメラノイドになった人を超える被害が出る」
「「……」」
そうか、こいつらもダジアに殺されたのか。
だからあんな忠告をしてくれるんだな。
忠告はありがたく受け取る。
車のクラクション音が聞こえてくる。
車を見ていると、所々が防弾性になっている。
さすがにタイヤには付けられてはいないが、防御力は充分なものだろう。
「こんな車いったいどこから?」
「私が用意しました。どうぞ使ってください」
リヒが運転席から降りてきた。
「この娘は?」
ブラオは初めて見る少女について訊いてきた。
「ドクター・バルクトの孫、キメラノイドのリヒだ。キメラノイドを造ったきっかけになった少女だと思う」
「……バルクトを殺ったのか」
「結果的にな」
「そうか。色々訊き出したかったのだが……」
リヒの前で話すことではないと判断したのか、それ以上は訊いてこなかった。
「だから突然キメラノイドが降伏したかのような動作をしたんだな。また襲い掛かってくるんじゃないかと肌で感じるほど肝を冷やしたがな」
「……肝を冷やしたの、そいつらが原因じゃないのか?」
「え?」
ブラオがグラキエスへ振り向くと、長髪がそっぽを向き、短髪は舌を突き出した。
「そうみたいだな」
確信を得たブラオは二人を睨んだ。
「そういうことで俺たちはアジトへ向かうよ」
俺がそういうと、ブラオはじっと腰を据えた。
「俺はここに残る。お迎えもあるし、キメラノイドのことどうにかしないといけないしな」
「……悪い、面倒ごとを押し付けた形になって」
俺は改めてブラオに、王子に頭を下げた。
「これは俺の、王子がやるべきことだ。気にするなよ」
ブラオはにっと笑い答えた。
その横で鉄矢はリヒと話していた。
「リヒ、あとはここで王子の言うことを訊いてくれ」
「……わかりました」
鉄矢が運転席に乗り込む直前、リヒが呟く。
「お気をつけて……」
今まで無機質な答えしか交わさない彼女が誰かを心配するなんて、表情には出ないが、確かに聞こえた。
「……ブラオ、リヒをよろしく頼む」
彼女の声に応えず、ブラオに頼んだ。
「おう、死ぬんじゃねえぞ。こいつらの問題、お前にも手伝ってもらわなきゃならんしな」
「……了解した」
そう返事をすると、車を動かし始めた。
「じゃあ、行くぜ。傭兵団をぶっ潰す!」
「アジトの近くに入ったら知らせてくれ! 軍を増援として送ってやる!」
「よし! 少しは勝ち目が見えたな。上手くいったら奢ってやるよ!」
俺たちの車はバルクトのコンピューターから入手したグーア傭兵団のアジトへと向けて発進した。
「どうしてそこまで?」
「私たちを?」
グラキエスの二人は疑問を口にした。
「王子の責任だからな」
「「?」」
二人して首を傾げる。
どういうこと? と言わないばかりに。
「だから、国民を守ることが王族の責務だ。倒れた連中も含めて俺がどうにかしてやる」
二人は呆気にとられた顔をした。
そしてすぐに短髪が突っかかる。
「ホントにバカな人」
ブラオはそれを気にもしない。
「バカと言われてもいいさ」
彼はただ行ってしまった人を待っているかのように立ち尽くすリヒを見つめた。
「あいつらにはかなわんがな」
その言葉にグラキエスの二人は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます