バルクトの研究所

 街を抜けて陽が落ちて夜になるころ、王都から離れていく車が一台走っていた。

「ホントにこれでいいのか、王子様」

 後部座席にいるミツハルが運転席のブラオに訊く。

「いいのだ、これで騒ぎが大きくなれば軍が動かないわけにいかなくなるだろう?」

「自分の立場を理解して言ってるんだろうが、地獄かもしれねえんだぞ」

「なにも準備してないわけじゃないぜ。一応トランクに武器もあるしな」

「銃か?」

 一応期待して訊いてみる。

「いや、剣だ」

「……もう勝手にしてくれ」

「それよりも、だ」

 ブラオは話をミツハルから助手席のロゼに向ける。

「この道でいいのか? 街道なんだが」

「はい。しばらくは街道ですが、途中からは獣道になります」

「わかった。その言葉を信じよう」

「ありがとうございます」

 運転するブラオには疲れが感じられない。むしろ活発になっているように見える。

 吸血鬼といった種族は夜が最も活動的になるのが純粋種だ。しかし、時代が進むごとに吸血鬼が活動する場が変わっていたり、他種族と交わったのもあって、近年では昼に活動する個体が多くなっている。

 魔国の王子であるブラオは、純粋の吸血鬼というわけではないが、活動する時間帯が夜となっているため、純粋種と間違われるほど夜に活動的なのだ。

「大丈夫かな、そこまで燃料持つかな」

 運転主のブラオは燃料メーターを見ながら言った。

「それは大丈夫。いざとなったら生成するから」

 スイカが得意げに答える。

「生成ってどうやって?」

「それは土魔法と火魔法でいじれば燃料は作れるから」

 後部座席に座るスイカは余裕で答える。

「魔法って便利だな」

 ミツハルは感心した。

「その魔法は軍でしか使ってない応急処置の術だと思うのだが」

 ブラオが突っ込む。その魔法は学院では学べないはずだと。

「これでも、一通りの魔法は扱えるんですよ、殿下」

「それはベール領でか? それとも軍に忍び込んだのか?」

「それは殿下にも教えられません。軍に忍び込むというのは外れですけど」

 今度はミツハルが尋ねる。

「それじゃあそのスマホは? そんな機能あったか?」

「それは、あたしの特製のスマホだからね。普通のスマホじゃあできないよ」

「まるで母さんの忍術の巻物のようだな」

 ミツハルはそう言うと、母が巻物からクナイを射出している姿を思い浮かべた。

「まあ、そのイメージでいてくれたらわかりやすいかな」

「それってつまり忍術をスマホで発動するってことか?」

「まあ、母上の忍術を魔法で再現するように作ったスマホなんだけどね。作るときいろいろ大変だったんだよ」

「それ、違法改造じゃね?」

 ミツハルが尋ねた。

「まあ、元からの機能の身分を詐称しているから違法といえば違法だね」

「それ、ばれたらただじゃすまないだろ」

 スイカが淡々と答えるのに対し、ミツハルは鋭く指摘した。

「大丈夫だって。学院で、スマホによる魔法の干渉を研究しているし、これはその延長だよ」

 学院もグルになってるんじゃないか、という言葉を押し留めてさらに尋ねる。

「学院でなにを発表するつもりなんだ?」

「スマホによる魔法による温度変化。生活の効率化」

「武器や攻撃魔法が飛び出せるのは?」

「面倒だから私の秘術ってことで」

「おいおい」

 そんな二人の会話に割って入るブラオが厳しく言う。

「王族の立場から言わせてもらうと、キメラノイドとさほど変わらんぞ。それの危険性」

「わかってますって。だから非公開にしているんです」

「ちがう。そう言ってるんじゃない」

「でも殿下だって今いい立場じゃありませんよね」

「それはそうだが……」

「黙っていただけますね。殿下」

「……他にばれない程度に使えよ。民に知られればどうなるかわからん」

「了解です。殿下」

 車は夜の街道を進んでいった。


 陽が昇り、朝陽が差したころ。

 ブラオが止まった車で俺の車の戸を開けてきた。

「代われ」

「免許ないの知ってんだろ。運転できんぞ」

「代われ」

「だから運転の仕方は知らんて――」

 断る俺をブラオが無理やり後部座席から引きずり降ろした。

 そのまま空いた席にブラオが座り込んで、眠りにつく。

 俺はそのドアに手を掛けるが、鍵を閉められて開かなかった。

「おい! 開けろ! バカ王子! 税金泥棒! ニート!」

 ドアを叩いて叫んでみたが、眠っているブラオには届かなかった。

「なに騒いでんのよ。ミツハル」

 さっきの叫びでロゼを起こしてしまった。

 翠果の席を覗くが、まだ眠っている。今のこいつを起こすとロクなことにならないからな。

 ロゼは助手席から降りて、俺のもとへ駆け寄る。

「悪い、起こしたな」

「どうしたの? 運転代われって言われたの?」

「聞いてたのか? そのとおりだけど」

 俺はロゼが察し良くて助かると思った。

 ロゼはやはりと思いながら、ニヤリと笑った。

「だったらさ、私が運転してもいい?」

「へ?」

 彼女の意外な提案に俺は不意に変な返事をしてしまった。

「あなた、運転できないんでしょ。だから私が運転するよ」

「いや、でもさ……」

 俺はあることを訊く。無論、ないとわかっていても。

「運転免許は?」

「大丈夫だって! 私、父様の運転をじっくり見てたし、その手の映画とかの映像作品も見てきたから!」

「安心でき――!」

「それに車の運転プログラムが私に入っているから、大丈夫よ!」

「――なくもない!」

 車の運転技術が植え付けられているなら大丈夫か。そう思った俺は言葉を捻じ曲げた。

 キメラノイドのがここにきて役に立つとは。これからそのキメラノイドの総本山に向かうってのに。

 そう考えたら、こいつの案内で運転するよりはこいつに運転させた方が効率はいい。

「だったら、お願いできるか」

「もちろん! 喜んで請けるわ!」

 そういうことで、ロゼが運転席に座ることになった。

 俺はさっきまで彼女がいた助手席に座り込む。

 後部座席に座っているより遥かに快適だ。

 助手席を堪能する俺を横に、運転席にロゼが座り込む。

 ロゼは車のアクセルやブレーキのペダル踏んでみたり、ハンドルを回してみたりしていた。

「よし、いけるわ!」

 そう言ってキーを回し、エンジンを掛け、レバーを動かす。

 ロゼの行動を見て、ある一つの懸念が頭をよぎった。

「一つ聞いていいか?」

「なに?」

 もうエンジンもかかっている状況で、こんな状況で訊くことじゃないと思うけど。

「運転したことあるか?」

 ロゼは前方を見据えたままじっと動かない、いや足元がペダルを動かそうとしている。

 おいおい、いやいや、この女、まさか。

「やっぱり、あいつが起きるのを待って――」

「行くわよ!」

 気づくのが遅かったと後悔すると同時に、猛スピードで車が発進された!

 そのままスピードを落とさず、森の中、道と呼べない道を進んでいく。

 車輪が地面を駆け砂利や枝で踏みつけ、その度に車内は大きく揺れ出す。

「お前、ちゃんと運転したことあるのか⁉」

 快適でなくなった助手席で改めて訊いた。

「うるさいわね! 初めての運転だから仕方ないでしょ!」

「やっぱりか! 今すぐ停めろ! 俺が代わりに運転する!」

「無免許で運転させるのと、機械が運転するの、どっちの方がいいの⁉」

「もはや誤作動の領域だろうが、これは!」

 そう言い合っている間に、道なき道を進む。

 彼女の記憶が正しければ、この道を進むしかないだろうけど。

「それでも、スピードを落とすぐらいはできるだろ!」

「悪いけど、まだこの車に慣れてないのよ! コツ掴むまで我慢して!」

「嘘だろ⁉」

 そんなことを言っていると、車をドリフトした。どうやらあのまま進んだら大樹にぶつかっていたのだ。

「ちゃんと安全運転してあげるから!」

「参ったな、これは!」

 どうやらしばらくこのスピードで進んでいくしかないようだ。

 大きく揺れる助手席で。というか。

「なんで後ろの二人はぐっすり眠ってんだよ!」

 後部座席の翠果とブラオはぐっすり眠っていた。この二人は知らないままだろう。一歩間違えたら永眠するであろうこの状況に。


 ロゼが運転して何時間が経つのだろう。と思ったら数十分しか経っていなかった。俺の体感時間とだいぶずれがあるようだ。

 あの地獄のような運転から、彼女の言う通りに慣れてきたのか、車の運転は落ち着いていた。

 ギリギリのドリフト、崖で車がジャンプなど悪夢とも呼べるその体験は忘れられない。

「ね、言ったでしょ」

「なにが慣れるまでだ! 慣れない奴でもあんな運転しねえぞ!」

 俺の文句を片手で防ぐように彼女は言う。というかハンドルから手を離すなよ。

「それより、もうそろそろ着くわ」

 その言葉の意味を知った俺は、身構える。

「いよいよか」

 バルクトのアジトが近いことを表していた。

「二人を起こして、いつ襲われてもおかしくないわ」

「その心配はいらないよ。もうあたしら起きたから」

 翠果の言葉に俺は後ろを振り返る。

 翠果だけじゃなくブラオも起きていた。

「起きたなら準備しとけよ。もうそろそろアジトらしいからな――」

 突然、何かがぶつかった音がした。

 音がした方は外側だ。外側を見てみる。

 車のサイドミラーが壊されたのだ。鏡の部分に風穴が空いていた。

「狙撃だ! もう出迎えが来ているらしいな!」

 俺は叫んだ。こういった狙撃には慣れたつもりだが、やはり身を隠す以外打つ手がない。

「飛ばしてもいいわね! 安全は保障できないけど!」

「構わねえ! このままじゃ蜂の巣だ!」

 そう言うと、ロゼはアクセルのペダルを強く踏んだ。

 スピードを上げる車の横でライフル弾らしきものが一瞬浮いているように俺には見えた。

「蛇行運転で頼む! また撃ってきやがった!」

「言われなくたって!」

 ロゼはそう言って車のハンドルを右へ切った。

 今度の着弾点は車のわずかに左だ。

「私が合図したら、全員飛び降りて!」

 ロゼが突然言い出してきた。

「お前はどうするんだ!」

「私が狙いなら、キメラノイドの多くが私を狙ってくる! だから――」

「そんなことできるわけないだろ!」

「助けて」

 小さく弱音を吐くような声音で言った。それを聞いた改めて俺は訊き返す。

「なんだって?」

「私が囮になるって言ってんの! だからその間周りから助けて!」

「……紛らわしい言い方をするな、お前は」

 死ぬ気かと思ったぞ。

「囮がいてくれた方があたしも動ける」

 スマホと鎖鎌を手にする翠果が言った。

「やっとこさ武器を取り出した。問題ない」

 ブラオは自分の剣を取り出した。見た目はロングソードだ。

「わかったよ。じゃあ絶対守ってやるからな!」

「ありがとう。ミツハル。スイカ。殿下」

「俺に礼はいい。命を救ってもらったからな」

「それは……もういいのに」

 彼女は微笑みながら否定した。

 命を救ってもらったのは事実だからな。

「いや、俺なりのけじめだ」


「5秒後!」

 ロゼがそう叫ぶと、俺たちは身構える。

 一斉射撃を受けている車から飛び出す準備を。

 3……2……1……。

 各々に0とカウントして俺たちは一斉に飛び出した。

 誰も乗っていない車は徐々にスピードを落とし、しばらくして爆発した。

 俺は何とか体勢を整えるものの、ロゼや翠果がどうなっているのか。

 それを今の俺が知る手段がない、なにせ。

「俺にも手厚く歓迎してくれるのか!」

 多くのキメラノイドが一斉射撃してくる。

 その弾丸は完全に俺に向けている。

 俺は彼女たちの斉射から避ける。

 世界戦争の斉射と比べるとマシな方だろうけど。

 なぜかそんな感じがする。

 それに、撃ってくる弾丸もなんかバラバラだ。

 彼女たちの武器を見てみる。

 マシンガン、サブマシンガン、ハンドガン。

 扱っている銃がバラバラだ。

 キメラノイドが放つ弾丸はなにか、なにか違和感を感じる。

 それに、先ほど車を襲ったライフルが見かけない。他の奴に行ったのか。

 どちらにしろ、このまま避けっぱなしではいられない。

 俺は抜刀の構えをしながら、ハンドガンを持つ一人に斬りかかる。

「せいっ!」

 ハンドガンを持っている手首を軽く斬りつける。

 彼女がハンドガンを手放した瞬間、俺はすかさず宙に浮かぶハンドガンを握る。

 正直、刀一本で切り抜けられる状況じゃないからな。

 合流でもしない限り、いやしたとしてもこれだけのキメラノイドを相手にどれだけ戦えるのか。

 そう考えていると、全員が銃を捨てた。

 降伏か撤退か、と一瞬考えてしまったが、それはあり得ない。

 彼女たちが普通の兵士だったらあり得たのだが、キメラノイドなら、戦闘兵器として動いている彼女たちなら。

 キメラノイドは次々と近接武器を持ち始めた。剣、ナイフ、槍、斧など様々だ。

 ナイフを構えた数人のキメラノイドが襲い掛かってくる。

 俺は次々と躱しながら短機関銃を数発ずつ浴びせる。

 一息つく間もなく俺に同時に襲い掛かるキメラノイド。

 しかし、ここで俺は衝撃的な光景を見る。

 同時に襲い掛かってきたため、俺が攻撃する間もなく、彼女たちは同士討ちをしてしまった。

 俺はその攻撃から一歩退いて刀で防ぐ。

 俺はこのとき、戦争の時との違和感の理由をはっきりとわかった。

 一つ目は、連携がないこと。

 二つ目は、単純な攻撃しかできないこと。

 三つ目は、意思がないため、同士討ちしても何も感じない。

 四つ目は、死の恐怖を感じない。

 それらから考えられるのは、キメラノイドには戦場の常識が通じない。

 戦場ならば、戦況や我が身可愛さ上官が撤退したりで、そこから隙ができて、制圧や追撃などができるのだが。

 こいつらにはそんな隙はない。

 むしろ、隙がなさすぎる。味方を撃つのを気にしないほど詰めすぎている。

 だとしたらやばい。他の三人も、窮地に陥っているかもしれない。

 いや、それより俺が危ない。

 命知らずの特攻をキメラノイドが仕掛けてくるとしたら。

「こんなの、無茶苦茶だろ!」

 そう叫んでも彼女たちは突っ込んでくる。

 あと何回、あの特攻をしかけてくるのだろう。

 俺はあと何回、その特攻を防げるのだろう。

 ここで誤算が起きた。

 味方に倒されたキメラノイドが俺の両足を掴んできた。

 ゾンビのような執着なんてないくせに、力強い。とてもほどけそうにない。

 そんなことをしている間にキメラノイドが――。

 …………。

 次々と倒れ始めた。

 俺はその隙に両足に掴まれた手を力づくでほどいた。

 また掴まれないように俺はキメラノイドの身体からある程度距離を置いた。

 俺の前から人影を確認した。

 俺はたまらず刀を構える。

「誰だ!」

 人影は徐々に近づいていた。

「俺だ」

 その聞き覚えのある声に俺は刀を降ろす。

「まさか鉄矢、黒鋼鉄矢か⁉」

 俺がそう訊くと俺の前に姿を現す。

長髪の長髪の黒髪に、ロングコート、シャツ、ズボン、手袋すべてにおいて黒にまとめられている。美形とも呼べる顔で、一見すると女性と勘違いする人が多いだろう。

「鉄矢、なんでお前が?」

「それはこっちのセリフだ、ここで何している」

 質問を質問で返しやがった。昔からこんな無機質な奴だった。

「こっちにドクター・バルクトの研究所に乗り込んでる途中なんだが」

「乗り込んでそのざまか」

 むかつく。むかつくが、その通りだ。反論の余地がない。

「お前は相変わらず皮肉しか言わんな、そういうお前は?」

「俺はダジアの事件を追ったら、ここに辿り着いた」

「……やっぱダジアの事件を追ってたのはお前だったのか」

「悪いが、無駄話をしに来たわけじゃないんだ」

「お前の目的は?」

 鉄矢は淡々と答える。

「ドクター・バルクトの抹殺だ」

 俺たちとは目的が違うが、バルクトとは鉢合わせるかもしれない。そういや――!

「それよりも研究所に行かねえと!」

「あの兵士にてこずっているお前が?」

「それでも行かないと! ブラオや仲間がいるんだ!」

「ブラオが? まあいい、俺も人手が欲しい所だ」

「助かる」


 俺と鉄矢は、アジトの入口、さっきまで俺たちが乗っていた車が大破した場所まで戻ってきた。

 そこにいたのは、倒れた多数のキメラノイド数十人と赤い髪の少女、ロゼだった。

「おーい、ロゼ」

 俺が呼びかけると、ロゼは振り返る。

 振り返った瞬間笑顔だったのに、すぐに眉をひそめた。

「その人、誰?」

 ああ、鉄矢のことか。そう言えば名前くらいしか聞かせてないもんな。

「こいつが鉄矢だ」

「この人がテツヤ? てっきり……」

「男だ。勘違いするな」

 鉄矢がすかさずツッコむ。

 そりゃ、初見は女と勘違いするわ。数年ぶりの戦友が美形なんだもの。

「い……いや、私はなにも」

「いい。慣れたことだ」

「間違われるの嫌なら、髪切ればいいのに」

「いや、これで免許などを作ってもらっているから。それに、これで黙って買い物をすれば安くなるからな」

「おもっきし容姿を使いこなしてんじゃねえか!」

「それより、ロゼ、といったな。お前もキメラノイドじゃないのか?」

「……そうだけど」

 鉄矢がロゼに銃口を向けた。

「お前、まだバルクトの仲間じゃないのか?」

「違う、私は!」

「ここに光晴たちを誘い込んで一網打尽にする手はずじゃないのか? 現に光晴は追い詰められていた!」

「私が……ミツハルを……」

 言葉が出なくなったロゼ。

「それは違うぜ、鉄矢。こいつにはバルクトの支配もされていなければ、味方でもない!」

 俺は鉄矢の銃口の前に立ち塞がった。

「そう言い切れる根拠は?」

「ロゼはダジアに殺されてキメラノイドにされたんだ。その復讐心がある。それに俺の命を救ってくれたのもこいつだ」

「……」

 鉄矢は俺、もといロゼに向けた銃を下げた。

「ロゼは、いや、ここのキメラノイドたちは俺たちが、いや俺が傭兵団を抜けてしまったせいで、殺された被害者なんだよ!」

「……お前のせいじゃない」

「え?」

 意外な返事だ。てっきり責められるものかと思ったが。

「どのみち、傭兵団にいたのなら俺たちは本当の加害者になっていたのかもしれない。抜けたのは、無責任かもしれないが、ダジアの仲間じゃないってだけお前は良い方だ」

「鉄矢……お前は」

 昔からそうだ。こいつは他の仲間を気遣うような奴だ。

「俺は俺なりに事実を言っているだけだ。傭兵団を壊滅させるのが責任を取る方法ならば、俺はそうするだけだ。お前が、何人かと一緒に抜けてくれて良かったと思っている。」

「すまない。お前一人に押し付けて」

 俺は頭を下げる。俺が戦いから逃げている間、ずっとダジアと戦っていたのだから。

「それはいい。それより疑ってすまなかった、ロゼ」

 今度は鉄矢が頭を下げた。ロゼは弱々しくも、謝罪を受け入れなかった。

「……いいよ。巻き込んだのは事実だし」

話していると、足音が茂みから聞こえた。足音からして一人だ。

「来るぞ!」

 鉄矢が叫ぶと、鉄矢とロゼは合わせて銃を向ける。

「待って、あたしだよ!」

 両手を上げて翠果が出てきた。

「兄上、この人は?」

「ブラオとの会話で出ただろ、傭兵団の元同僚だった鉄矢だ。鉄矢、こいつは妹の翠果だ」

 俺が互いに紹介すると二人は互いに軽く会釈した。

「どうも。妹の翠果です。兄上がお世話になったようで……」

「黒鋼鉄矢だ。そこまで礼儀正しくしなくていい。気楽にしてくれると助かる」

「じゃあ鉄矢。よろしく!」

 挨拶を済ませた翠果に尋ねる。

「ブラオはどうした? 一緒じゃなかったのか?」

「あたしだってわかんないよ。殿下とは反対に出ちゃったし」

「どうする? あいつを探すか?」

 俺の案を鉄矢が蹴る。

「……必要ないだろう。自分からここへ来たということはそれだけ自信があるんだ。それに」

「それに?」

「あいつの腕は半端なものでもない。吸血鬼という点を除いてもだ」

 鉄矢の言っていることに納得する俺は決意した。

「わかった。俺たちはこのままアジトへ進もう」

「いいの?」

 そうか、俺と鉄矢にしか見せなかったんだな。あいつの実力を。

「鉄矢がああ言っている以上、俺たちが立ち止まっている場合じゃないだろ?」

「行くぞ。無事なら後から追いかけてくるはずだ」

 俺と鉄矢はアジトへと進む。後を追う形でロゼ、翠果が続いていく。

 鉄矢の言うことを疑うわけじゃないが、ホントに大丈夫なんだろうか。一応、王子だから。

 敵陣に入るっていうときに俺はそっちの心配をしている場合じゃない。

 バルクトの研究所、一体どうなってんのか。


「ふう、やっと辿り着いた」

 アジトの前にブラオが現れる。

「あれだけの数がいたとはな、ずいぶん時間がかかった」

 やけに大きな独り言を言うブラオ。

 まるでに誰かに反応してもらいたいように言葉を続ける。

「おーい、聞いているのかー」

 しかし、反応するものは誰もいない。

 このとき、ミツハルたちがアジトへ入ってから数分経っていたのだ。

 ミツハルたちの気配はもうない。

 だがブラオの背後から気配を感じた。

 背中から感じる強い冷気と共に。

「いたのはお前らか。グラキエス、といったか」

 ブラオはアジトを背にしてグラキエスの二人に対して長剣を向ける。

「あなた一人で私たちを倒す気?」

「無駄。すぐに終わらせる」

 二人は静かに告げた。

 長髪は氷で形成したショートボウ、短髪は片手ずつ、氷の短剣を構える。

「税金泥棒とか馬鹿にされんよう働くか!」

 ブラオは両手で剣を構えて駆ける。

「無駄といった!」

 短髪は片手で氷の短剣をブラオの剣と鍔迫り合いになる。

「もらった!」

 短髪の少女はもう片方の短剣でブラオの心臓を狙った。

 しかし、短髪の攻撃は外れることになる。

 ブラオは氷の短剣との鍔迫り合いを力いっぱいで弾き、心臓へ目掛けて刺した短剣が空を斬る。

 そのまま短髪へ続けるブラオの斬撃を長髪が氷の矢で阻止した。

 短髪は後ろへ下がり、長髪はブラオへ向けて弓を構えた。

 しかし、ブラオは全力で長髪へ向けて斬りかかる。

 長髪は氷の矢を形成する前に、襲われて矢を放てない。

 しかし、氷の短剣がブラオと長髪の間に飛んで来た。

 ブラオは、自分に飛びかかる氷の短剣を剣で斬り払う。

 グラキエスの二人は驚きを隠せなかった。

 たった一人の男に

 なぜ、自分たちの攻撃が、氷の斬撃や射撃を何事もなく振り切られたのか。

 普通ならば剣が凍って使い物にならないはずだ。

 この男が持っている剣が普通の剣ならばだ。

 短髪が口を開く。

「なんなの、その剣は⁉」

「これ以上隠しても仕方がないな」

 ブラオは長剣を構えなおした。

「一気に決着つけてやろうか!」

 ブラオがそう吐き捨てると長剣は血のように紅い光を帯び始めた。

 長剣から帯びた紅い光が刃先から発する大きな刃として形成したのだ。

 ブラオが持つ長剣はもはや大剣と呼べるものだった。

 長髪が冷静にその剣を見つめる。

「その剣は⁉」

「それを今から教えてやるよ!」

 ブラオはグラキエスの短髪に斬り下ろす。

 短髪は凍らないことがわかった上で両手の短剣でそれを防ぐ。

 紅い光の刃と氷の刃がぶつかる。

 その二つの刃は互いを壊すことなく、何度も交じり合う。

 交じり合う刃を縫うように長髪が氷の矢をブラオに向けて放った。

「甘いっ!」

 ブラオは紅い大剣を地面に深く突き刺す。

 突き刺した地面の割れ目から紅い光が発して氷の矢を打ち消した。

 だが致命的な瞬間でもあった。

 地面に大剣を突き刺したおかげで、短髪の氷の短剣を防ぐ手立てがない。

 その瞬間を逃さなかった短髪はブラオに飛びかかる。

「とどめ!」

 短髪は勝利を静かに確信した。

 しかし、ブラオは深く突き刺した紅い大剣を紅い光を消して元の長剣に戻し、地面から引き抜く。

 さらに長剣をまた紅く発光してまた形成する。

今度は刃先を紅い刃に覆った大剣ではなく、切っ先に集中したランスを形成した。

形成したランスを飛びかかった短髪に突き刺す。

 これを予想しなかった短髪は攻撃を片手の短剣を犠牲に防いだ。

 だが、体勢を崩されるには、充分な一撃だった。

 短髪は地面に転がってもう片手の短剣も手放した。

「一丁上がりっと」

 紅いランスを長剣に戻し、肩にかける。

「仕留める!」

 長髪が両手を青く光る。

 それを見たブラオは再び長剣を構える。

「それが大技か!」

 ブラオは避けや、止めに行こうともせずにただ待ち構えた。

「余裕? ……なめているのか!」

「来いよ、自慢の技をへし折ってやる!」

 ブラオは長剣を構えた。

 長髪は青い光から氷のクロスボウと大きな氷の矢が現れた。

 彼女は大きな氷の矢をブラオに向ける。

「これは防げない!」

 言葉と同時に氷の矢を放った。

「いいぞ! 全力を出せ!」

 ブラオはそれと同時に長剣を紅く光らせた。

 光った長剣は大きい氷の矢を受け止め始めた。

 受け止めるブラオは刃を食い芝ながら叫ぶ。

「本気を出せ! 【ブラッデッジ】!」

 ブラオはブラッデッジと呼ばれた長剣をさらに紅く光らせ、紅い大剣へと形を変える。

 紅い大剣は氷の矢を徐々に砕き、やがて粉砕した。

 長髪は全身から力が抜けていく。

 短髪は倒れた長髪のもとへと駆け寄って行く。

 グラキエスの二人は

 倒れた長髪も氷の矢を握りしめていた。

「もう終わり……」

「……ならば」

 二人は刺し違えるように刃を向ける。そして。

「ちょっと待った!」

 しかし、互いの身体に刃が通ることがなかった。

 ブラオの右腕が間に入って、それを受け止めたのだ。

 二人の刃は氷だ。ブラオの腕と手は当然凍っていく。

「……離して」

「……どういうつもり?」

「それで潔いつもりか?」

 ブラオは凍っていく右腕を気にせず、二人に言う。

「「……」」

「二人そろってだんまりか。可愛げあるなあ」

「⁉」

「ナンパのつもりか……⁉」

 ブラオの言葉に顔を赤くしたグラキエス。

 こうしてみるとただの少女と変わらないと感じたブラオ。

「そんなつもりじゃないって」

 可愛いとは思ったけど、つい口にしてしまった。

 ブラオは考えた。

(先ほど倒した多くのキメラノイドも意思を持っているんじゃないか? この娘たちみたいに)

「とりあえず氷の刃、解いてくれないか? このままだと氷漬けだ」

「「……」」

 二人は黙りながらも、氷の刃を溶けるように解除した。

 右腕に刺さった刃の部分だけでなく、右腕に凍った部分も溶けた。

「ありがとう。自害はもう辞めてくれ」

「……でも」

「腕が……」

 グラキエスの二人は変色した右腕を見た。

 人肌の色とは言えず、普通は壊死しているであろう見た目だが。

「ああ、これか? 気にするな。吸血鬼だから壊死することはない」

 ブラオは右腕をかすかに動かし、ピースのサインをかろうじてとった。

「「別に心配してない」」

 二人は口をそろえてそっぽを向いた。

「それは残念だ」

 ブラオは二人に微笑み返す。

 ブラオはまだ無事な左腕でスマホの電源を入れた。

 その操作を見た長髪がブラオに尋ねる。

「誰に連絡する気?」

「今、俺を探している軍隊」

「あなたを?」

「俺、一応王子なのだが」

「え?」

「え?」

 長髪に続いて短髪も驚いた表情を見せた。

「ま、まあ、父上みたいに有名じゃあないからな」

 ブラオはそう言って自分を慰める。

(たしかに、認知されない方が多いのは事実だけど……)

 そうは思っても、ブラオのショックは止まらない。

「それで、軍隊に私たちをどうするつもり?」

「とりあえず、お前たちを含めたキメラノイドを保護する」

「保護?」

「ああ、お前らはバルクトの被害者だろうだからな」

「それでも。私たちが軍事兵器であることは変わらない」

「なあにを言っている」

「?」

「その保護を求めてんのこの王子だぞ? おいそれと無視できないだろう」

「もし国王が、私たちを否定したら?」

「それだったら、俺がそのとき国王になればいいだけだ。簡単だろ?」

「……バカな人」

「……バカな奴」

 長髪と短髪で違う言葉を一斉に口にした。

 しかしその顔は少女の愛しい笑顔になっていた。

「やっぱ可愛らしいな、お前ら」

 ブラオが口にした言葉に、二人はまた顔を赤くした。

 二人は熱くなった顔を見られないようにそっぽを向いた。

 二人が話を続ける気がないことを感じ取り、ブラオは左手で軍隊の電話番号に繋げた。

「もしもし、軍の方ですか?」

 口調を変えて軍人と連絡を取った。

『誰だ! 軍の電話番号を知ってるとは、何者だ!』

「あれ、おかしいですね。俺と面識ありますよね?」

『……その声、もしかしてブラオ王子⁉』

「そうだ。気づくのが遅いな。貴様、どこの所属だ?」

 軍人が気づくと、ブラオは口調を戻した。

『失礼しました、王子! いったいどこにいるのですか⁉ ずっと探してましたよ!』

「それより保護してほしい人たちがいる。俺もそこにいる」

『今、位置情報を確認しました! そちらへ一個大隊を派遣します!』

 ブラオのスマホの電源が入ったおかげで、位置を教える手間が省けた。

「一個大隊か、足りるかな?」

『ところで保護してほしいという者はいったい?』

「実は――」

 ブラオはグラキエスに目を向けながら現状を軍人に説明した。

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