グラキエスの追撃
王都に入る、というか街壁や柵などの境がないから、どこから入ったといえばいいのかわからない。周りに高層ビルが建ち並んでいるから、王都に入ったといっていいだろう。
ミツハルたちが乗る馬車は、そんな高層ビルが並ぶ通りの中でホテルと呼ばれる宿に停めていた。
半日近くかけて走らせた二頭の馬は、ホテルの厩舎で餌に食らいついていた。その馬の頭に茶色の毛をしたスイカが撫でる。
「ご苦労様、あなたたち」
彼女たちはすでにホテルへのチェックインは済ましていた。ミツハルたちは、ひと通り部屋の案内をされた。
しかし部屋は三人で一室。チェックインのときロゼが「さすがに男子と同じ部屋ってどうよ。あなたたち兄妹だけならともかく」というと、スイカ曰く「贅沢言わないの。あたしの小遣いで泊めているんだから」と一蹴した。
部屋で落ち着いた彼女たちはまずシャワーで身体を洗おうとした。少なくとも、ロゼとミツハルが汚れていたので、スイカが先に入らせるものかと考えたが、スイカは何も言わずシャワー室に入っていた。体の隅々を洗い終わったスイカは、そのあと部屋を出て馬宿に向かって行った。このとき、ミツハルとロゼが「俺(私)たちは無視か」と思っていた。
馬を撫でるスイカに、ミツハルが近づく。
「もう身体洗ってきたの? 早くない?」
「ロゼが、先入って、って言われてな。今ロゼが使っているころだろうよ。」
「覗いたりしないの?」
「手配中に事案を起こしてどうする」
スイカが馬たちを撫でるのをやめ、兄のもとへ向かう。
「で、兄上は王都で誰と会うつもり?」
彼女は兄の顔を覗きながら訊いた。覗き込まれた兄はしかめっ面で答える。
「どうにも友人に会いに行く、て顔じゃないもんね」
「そりゃ、まあ、色々あってな」
ミツハルは彼女の発言にしどろもどろ答える。ミツハルは現状を脱すべく
「そんなことより、大変なことになってんぞ」
「なにが?」
「スマホで見たんだが、昨日の襲撃事件が大きく取り上げられてるぞ」
「そうみたいね」
「お前の捜索が大々的に始まっているみたいだが」
「そうね」
「髪を染めたとはいえ、お前は追われる立場になったというわけなんだが」
「多分、兄上たちもね」
「……わかっていても、頭が痛むな」
ミツハルは頭を抱える。今後のことを思うと、うかつな行動がとれない。
そんな二人のもとへ一人の女性が声を掛ける。
「王都で何するか、もう決まった?」
声を掛けたのはロゼだ。ロゼの恰好は、スイカに着飾られた状態になっている。
「手っ取り早く、あいつに会いに行く」
「で、どこに行くのさ?」
「どこに行くつってもさ、やっぱあそこしかないんだよなー」
「あそこ? あそこって言われてもわからんのだけど」
「ちょっとした店さ。好んで行きたいわけではないけどな」
夕方、三人はある店に着いた。
その店の外は若い女子が受けそうなドリンクや食べ物のサンプルが並べられている。一見、喫茶店と思われるが意見だった。
しかしその内部は、四角いテーブルとソファーがある程度並べられていて、バーカウンターを設けている。酒の匂いが強めでとても女子がくつろげる空間ではなかった。
ミツハルは、店に入って早々で声を荒げた。
「おーい、ミラー、いるかー!」
ミツハルの声に反応して女の声が反応する。
「誰よ、私を呼ぶのは?」
しばらくして店の奥からその声の主である女性が現れた。女性は赤紫の髪にウェーブがかかっていて、胸元を肩にかけて大きく露出していて、ピンクの口紅をしている。全体的に色っぽく男ができてもおかしくはない。
しかし、女性の進み方は人間の歩き方ではなかった。それは彼女の下半身は蛇になっているから。つまり、彼女は半身半蛇のラミアなのだ。
その女性は、ミツハルを見つけるや否や目の色を変え、咄嗟に近づいてきた。その姿は、獲物に食らいつく蛇そのものだった。
「坊や――!」
ミツハルはそれを予期して、拳を自分の顔面に構えだした。
すると、女性の額にミツハルの拳が当たってしまう。当たるというより、ぶつかる、殴ると言い換えた方がいいかもしれない。
「っだ――⁉」
女性は額を抑えて悲鳴と呼べない声を上げる。女性はミツハルに問い詰める。
「なにすんのよ!」
「その前になにされかけたかは俺なんだが。ミラ」
ミラと呼ばれた女性は額から手を離し、ようやくミツハルと顔を合わせる。それと同時にミツハルの後ろにいるロゼとスイカを確認する。
「坊や、ひどいじゃない」
ミラは突然泣き出すようなそぶりを見せる。ミツハルはその態度に半分呆れつつも訊いてみる。店中の男客の視線を感じながらも。
「一体何がだ」
「私という女がいながら、他の女を作るなんて」
ミツハルは、やはりと言わんばかりに小さくため息をつく。しばらくして、反論する。
「仮にそうでも、この国一夫多妻は認められてなかったっけ」
反論すると、ミラはケロッと平然とした。
「知ってたのね。残念」
「もう何年もいるからな。知らんでどうする」
この魔国では一夫多妻だろうが、一妻多夫が認められているのだ。ミツハルたちの故郷である神祖でも一夫多妻は認められていた。なので、その点に関しては違和感なく過ごせた、というよりあまり関係がなかった。
「ついでに言っとくが、連れの者とはそんな関係はない」
「キスしたり、されたりしてないの?」
「……前から思ったんだが、ラミアってそういうことしか考えないのか。サキュバスと変わらんと感じてきたんだが」
「そりゃみんないい男が欲しいからね。早いうちに独占したいのよ」
「訊かなきゃ良かった」
ミラとミツハルが話し込んでいると、スイカが咳払いする。
「兄上、この人が会いに来たという人なの?」
「ちがう、こいつはこの店の店主だ」
「えっ、この人が?」
スイカは驚きを隠せなかった。
一方、ロゼはミラをじろじろと見ていた。
「ロゼ、いくら何でも見過ぎじゃないか?」
ミツハルが注意して、ロゼはハッと意識を取り戻した。
「本当の大人の女の色気に負けちゃったかな、ハハハ……」
「少なくとも、こんな女になるなよ。ろくでもない」
苦虫をかみつぶしたような顔をしたままのミツハル。そんなミツハルを見てスイカはある考えがよぎる。
「もしかして、初めてのキスを奪った女って――」
「言うなっ!」
その声にスイカやロゼ、店中の男が反応する。
ミラは顔を赤くしながら話す。
「この坊や、結構かわいいじゃない。だから、つい酒の勢いで……」
「それで俺のファーストキスを奪われたんだぞ! 離れようと思っても巻き付かれて動けなかったし!」
ミツハルは言葉を荒げた。
同時にミツハルは店の客の視線を感じる。殺気、嫉妬などの視線を感じる。このままいれば、確実に店の男に絡まれる。ただでさえ、追われているかもしれない状況なのに。
ミツハルは無事に用事を済ませようと考えた。
「ミラ、そんなことより今あいつがいるか?」
ミラは溜め息をついて答える。
「なあんだ、彼目当てなのね」
肩を降ろしてがっかりするミラ。
「いないのか?」
ミラの反応を見て肩を降ろすミツハル。
「いないなんて言ってないわよ。せっかちなんだから」
それを聞いて顔を明るくするミツハル。
「いつものとこか?」
「……案内するわよ」
そう言って店の奥へ移動した。ミツハルたちもミラを追う形でついていく。不安になったロゼはミツハルに訊く。
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だ。お前らも知っていると思う」
「どういうこと?」
疑問を口にしつつ、黙ってミラとミツハルの後を歩く。その言葉で疑問を持ったのはスイカも同じだった。普通の客席から離れ、奥に入るにつれ男たちが見えなくなった。
やがて店の最奥、VIPでしか扱われなさそうな部屋の前に案内された。
部屋のドアをノックするミラ。ドア越しに頭を下げながらつげた。
「失礼いたします。ミツハルが来られました。お通ししましょうか?」
「構わん、通せ」
ドア越しに声が聞こえる。スイカとロゼには少し威厳があるように聞こえる。
「承知いたしました。お連れに二人の女子がいますが」
「構わんと言っている。通せ」
「承知いたしました」
言い終えると頭を上げミツハルたちの方へ向けて身体を向ける。
「どうぞ。粗相のないようにね」
「安心しろよ。こいつらそれなりに礼儀はあるぜ」
そう言われてたじろぐロゼとスイカ。未だに二人は、相手がどういう者か想像できない。自分たちが知っている、店主であるミラがあそこまで礼儀正しく話す存在なんて当てはまる人物が見つからない。
「それじゃ、失礼するわね。またあとでね、坊や」
ミラは俺たちをその場に残し、客席へ向かった。
ミラが見えなくなったのを機にドアをノックするミツハル。
「失礼するぞ」
大きくドアを開けるミツハル。
大きなソファーの真ん中、一人でくつろいでいる男。黒に近い青い色の髪で、ワイシャツの首元を少し着崩して、高そうなズボンは少し汚れている。
そう感じるのは、彼の口から鋭くとがった牙と獅子のような目つきだ。
それがこの男から威厳を感じさせる原因だ。
その姿を見たスイカは改めて兄に確認する。
「兄上、ホントにあのお方が――」
「久しぶりだなブラオ」
ミツハルに名を呼ばれた男は笑って答える。
「貴様こそ、その無礼さも相変わらずだな」
ロゼがミツハルの耳を引っ張って声を小さくする。
「ちょっとミツハル! このお方をどなたかわかっているの⁉」
「構わんよ、カーマイン子爵の娘よ」
「どうしてそれを?」
男はそれこそと言わんばかりに笑って答える。
「俺はこの国の王子、ブラオ・ブルートだからな。一度顔を合わせたことがあるだろう?」
やはりと肩をすくめるロゼとスイカ。ドアの近くにいるミツハルにブラオが命じる。
「おいドアを開けっぱにするなよ。閉めろ」
「相変わらず偉そうだな。お前は」
ミツハルの発言に女子二人が声を荒げる。
「ミツハル!」
「兄上!」
そして、二人でミツハルの頭を下げさせる。そしてロゼが謝る。
「申し訳ありません、殿下! この無礼者にはあとで――」
「おい」
ブラオが口を挟む。
「俺はこの店にお忍びで来ているんだ。そんな大声で殿下とか王子とか呼ばれたくないわけだ。わかったら、ドアを閉めろ」
「は、はい。私が閉めます」
スイカはミツハルの頭から手を離すと、部屋のドアを閉める。それを確認するとブラオは一息つく。
「これで安心だな。いい加減ミツハルの顔を上げさせろ」
はい、とロゼはミツハルの頭を下げさせた手を離す。
「ミツハルよ、、両手に花とは。とうとう女たらしになったか」
「お前ほどじゃねえよ。バカ吸血鬼……」
「ところでミツハル。何故カーマイン子爵の娘と、ベール侯爵の娘が一緒にいるんだ?」
ミツハルはこれまでの経緯を話す。自分たちの状況を。キメラノイドやダジアのこと。
「そのことなんだが――」
「――なるほどな、例の襲撃事件はそういうことか」
話を聞いたブラオは、ただその話に納得し、受け入れた。ただ。
「気になっていることがあるけどな」
「なんだ?」
「お前だけからじゃなく、彼女たちの口からも話を聞きたいんだが」
そう言って彼は目を自分の向かいに座っている少女二人に向ける。彼女たちは口を閉じてじっとしていた。
「なぜ黙り込む?」
スイカが答える。
「殿下と会われるなんて思いもしませんでしたから。心の準備ができていなくて、正直息が詰まりそうです」
「そちらのカーマイン子爵の娘、いやロゼと呼んだ方がいいかな? お前も同じか?」
ロゼは黙ってこくりと頷いた。
「なるほどな。けど今は気にすんな。
「そういうわけで、お前からもらったスマホも今となっちゃ足枷だ」
ミツハルはスマホを取り出す。スイカはそのスマホに指をさして、問い詰める。
「それって、殿下から受け取ったものなの?」
ミツハルはコクリと頷いた。
「こいつとは何度か会ってな。一年前にこれを受け取ったんだ」
「便利だろう? それがあったおかげで、捕まることもなくなっただろう?」
ブラオは得意げにミツハルのスマホに指をさす。
「そりゃそうだが、今電源切っているから、何もできないぜ」
ミツハルは、身分証となっているスマホを念のために馬車に乗った時から電源を切っていた。電源が入ったままだと、着信が止まらなくなるだろうし、何より、ミツハルの機種はGPSという機能がついており、地図機能に使われるものだが、逆に探知されることも可能なのだ。
「それで俺の電話がつながんなかったわけか。まあ、ベール領が危ないぜ、て忠告するだけだったんだけどな」
「そんなんで電話かけてくんな。その最中なんだから」
ブラオは、ああそう、と言わんばかりにあくびを漏らす。
ミツハルはイラついた心を押し留めた。
「で、俺に用事ってなんだよ?」
ブラオは足を組み直しミツハルに訊く。
「お前に訊きたいことがあるんだ。黒鋼鉄矢。テツヤ・クロガネを知っているか?」
「ああ。知っているよ」
ミツハルはやはりか、と何もリアクションしなかった。
「あいつは今何をしている? 今、ダジアが暴れ出しているんだ」
「悪いが、知らねえんだよ。ただ……」
「些細なことでいい。教えてくれ」
ミツハルは頭をかくブラオにすかさず問い詰める。
「軍から聞いたうわさで、犯罪組織がたった一人の傭兵に次々壊滅させられたらしい」
「……」
ミツハルは犯罪組織を一人で壊滅させた、という事実よりなぜその犯罪組織に手を出したか無言で考える。
「その話をもとに個人的に調べてみたんだが、そいつは黒い髪で黒目の銃の使い手である傭兵でな――」
ミツハルが知る風貌だ。確信を得た。
「まさかそいつが――」
「テツヤだろうな。会った時と同じ特徴で、どこの傭兵団にも所属してない一匹狼で売り出しているらしいんだ」
「一人狼で売り出している?」
ミツハルは一匹狼はともかく、売り出しているとはどうなのだろうと考える。
「正確に言うと、依頼もなしに一人で犯罪組織を壊滅させた後に、軍や騎士団に報告して、報奨金を貰っているんだが……」
ここでミツハルが抱いた疑問をブラオにぶつける。
「その壊滅させた犯罪組織に何かあるんじゃないのか?」
「おいおいいきなり正解を出すなよ。そうだよ。その犯罪組織は、テロリストに商売したり、内戦を起こそうとした組織がほとんどだったんだ」
「じゃあ鉄矢の奴、一人でずっとダジアたちと相手していたというわけか!」
「ダジアというやつがいるってことはおそらくそうだろうな」
部屋の外が騒がしくなった。しかし、店が繁盛しているわけではない。慌ただしい音だ。
「親父のお迎えが来たかな。とうとう気づかれちゃったか」
ブラオが年貢の納め時かと思ったそのとき、ミラの声が聞こえた。
「止まりなさい、炎の壁!」
炎の魔法を唱えているミラの声に、ブラオは戸惑った。
「何が起きているんだ! 軍が俺を捕らえるにしては強引すぎるじゃないか⁉」
ミラが魔法を唱えた炎の熱気はすぐに冷気が制した。それをドアのわずかな隙間から感じたミツハルとロゼは確信した。
「どうやら、迎えているのはお前じゃないぜ。ブラオ」
「なに⁉ どういう……まさか⁉」
ブラオがそういうと、スイカは身構えて魔法を放てる準備をした。
部屋に冷気が増していき寒気までした。そしてドアの前で立ち止まる音が聞こえる。
刀に手を掛けるミツハル、銃を抜いて構えるロゼはドアに向けて待機していた。
ドアが氷の短い矢の雨で粉々に破壊される。
ドアに近いミツハルとロゼは瞬時にそれを躱す。
ドアの真正面にいたブラオもすぐに躱す。ブラオはさっきまで自分がいたソファーを見る。氷が覆うソファーはもはや、氷の彫刻と言い換えた方がいいかもしれない。
店の奥の部屋に四人、そこに二人が入室する。
その二人をミツハルとロゼは知っている。その二人の姿を初めて見るスイカとブラオ。
白い冷気を纏ったフードを被っている二人組。氷を操るグラキエスだ。短髪の方には氷のナイフ、長髪の方にはショートボウを構えていた。
「おいおい、ブラオ・ブルートと知っての狼藉か?」
ブラオの言葉に冷気を纏う少女たちは物怖じする様子もなくロゼに近づく。
「無視をするなよ! お前たち!」
ブラオは、ナイフで手のひらを切って血を出す。
あふれた血をグラキエスの二人目掛けて飛ばした。
躱さなかったグラキエスの二人は目や顔に血が付いてしまった。
しかし、付いた血が自分たちの放つ冷気で固まってしまい、目を封じられた。
さらに追い打ちをかけるようにスイカは二人に水の魔法を唱える。
「動きを封じるよ!」
グラキエスの二人は上空から水をもろにかぶった。
二人はブラオの血に加え、スイカの魔法でかぶった水も氷へと固めてしまう。
グラキエスの二人の動きは封じられたのだ。
二人は、動けるように冷気を遮断した。
すると、徐々にではあるが、動けるようになり、視界も良くなり始めた。
しかし、視界が良くなると、二人はある異変に気づいた。
それはロゼを含めたあの場にいた四人の姿がないことだ。
二人は水や血が多少残っていようとも、動けるようになったところで冷気を纏い直した。
二人は部屋にある家具の裏、中身を入念に探し回った。それでも一人たりとも見つからなかった。
部屋にある家具の破壊も試みたが、効果は変わらなかった。
業を煮やす短髪の少女が家具の破片を蹴った。
「くそっ」
「焦ってはダメ」
長髪の少女が短髪の少女をなだめる。短髪の少女は止まらない。
「どうしていない? 入口は封じた。窓もないのに」
「そうね。それが問題ね」
長髪の少女は落ち着いて部屋の様子を見まわす。
どこかに抜かりはないか、調べていない箇所もない。
調べてないとするなら。そう思い立って壁や床を隈なく調べ始めた。
しばらくして床の一部に違和感を持った。
長髪は、短髪に呼びかける。
「来て」
「なに?」
「怪しいところ、あった」
短髪は長髪が指摘したところを見た。
「なるほど」
「壊せるわね?」
「できる」
すると短髪の少女は小槌を氷で形成し、床を壊し始めた。
床に何度も、何度も叩きつける。
叩くのが、何十ともならないうちにドゴッという音と共に穴を開けた。
まるで夜逃げを想定したかのように作られた穴で、梯子がとってつけられたようにあるだけで底は見えない。
「あった、隠し穴」
「もう逃がさない」
グラキエスの二人は表情を変わらずとも向かっ腹を立てていた。
わずかな灯りもない暗く広い下水道にいるミツハルたち。
ミツハルたちは吸血鬼のブラオとちがって暗闇に慣れてくるのは時間がかかる、それでも目の前の床や壁が見える程度には目が慣れていった。
そんな彼らの耳にドゴッという音が小さく遠くから聞こえた。
彼らは走っていた。音を聞いてからはその足を速めた。
「ばれたな。どうする?」
ブラオが呑気に口を開く。
「どうするも何も、この下水道から出るしかないだろう。ここで戦ったら氷漬けにされる」
「だろうねぇー。氷像にできそうな水分がこんなにあるものなー」
「真面目に考えてくれ。このままじゃ――」
「安心しろ。そのために作った抜け道なんだから」
「血税を何に使ってんだお前は」
「安心しろ、俺の給料で造らせたんだ。問題ないだろ」
「それで遊び歩かずに、真面目に働いてくれたら問題なかったんだよな?」
「こうしてお前たちが逃げられんのはこうして俺が造らせたおかげなんだぜ? 文句を言われる筋合いはないんじゃないかな」
「だったらさ、ここからどこへ行くつもりなんだ? 基地に行くわけじゃねえだろうな?」
「そこに造るわけねえだろ! そうだと俺が遊びに行けなくなるだろ!」
「少しは自覚しろ! バカ王子!」
「うるさい、宿無し!」
「宿無し……って確かにそうだけど!」
スイカは二人の喧嘩に間を割って入る。
「二人とも、言い合っている場合じゃないってば!」
「……そうだ、どの抜け道に行くんだ?」
「もうちょいだ! もうすぐで抜け穴だ!」
暗い地下水道を走り続けて数分、前方を走っていたブラオがある場所で止まる。
ブラオが止まった壁は他の壁と比べて色が変わっている。
「ここをこうして……」
ブラオが色の異なる壁を押すと簡単に横回転した。これはブラオが造らせた抜け道なのだ。
「こんなのに金を使って! またさっきみたいにばれるぞ!」
「兄上、あたしにいい考えがある! だからこの壁を使おう」
「……だとさ、どうする?」
「わかった。すぐにできるんだな」
「もちろん、まかせて」
ブラオを先頭にミツハル、ロゼ、スイカと壁を通過していく。
後方にいたスイカは壁を元に戻し、スマホを取り出していく。
「後は任せて!」
スイカは片手でスマホを操作しながら、地の魔法で柔らかい粘土を壁に被せる。
「さてと、やっちゃいますか!」
スイカは準備を整えると、スマホを両手で操作しだした。
スマホの画面には、壁に被せた粘土が選択されている。
選択を完了すると、指で画面をなぞり、選択対象に色を付けていく。
同時にその画面に映された粘土の壁に色が付けられていく。
スマホの操作を終えると、スイカは仕上げにかかる。
「仕上げだよ、コンスト・アルジル」
そう言ってスマホの画面に出ている建設と書かれたアイコンをタッチする。
色の付けられた粘土の壁が徐々に固まり、それはやがて壁になっていった。
スイカは自分で造った壁に触る。触ってみて、叩いてみて、十分な強度を持った壁だと確信する。
「とりあえずはばれないでしょ」
スイカは安心すると、ミツハルたちと一緒に先へと走る。
ミツハルたちは彼女が行った魔法の一部始終を見ていた。それに疑問に思うことがある。
だが今は追っ手のグラキエスから振り切るのが先だ。
ミツハルは、ブラオにこの後のプランを訊いてみた。
「ブラオ、この先は?」
「街の裏通りにつながっている!」
「……そのあとは?」
「あとは軍や騎士団に見つからないように表通りを抜けていく!」
「ノープランか!」
「ノープランなわけあるか! むしろここが正念場なんだ!」
「どう乗り切るんだって聞いてんだよ!」
ミツハルとブラオの口喧嘩に呆れるロゼとスイカ。
それでも彼女たちはブラオのとおりに進むしかなかったのだ。
部屋の隠し穴から下水道らしき場所に降りてきたグラキエスの二人。
わずかに残った足跡からロゼたちがこの先に走っていると踏んで追いかけ始めた。
二人は足をスケート靴のように変形させ、下水を凍らせながらアイススケートの容量で滑り始めた。
そのスピードは徐々に加速していって、ロゼたちに追いつくものだと思っていた。
しかし、下水を凍らせながら滑っていく彼女たちはロゼたちを追いつくどころか見つけることができなかった。
結局ロゼたちを見つからないまま前への道が途絶えてしまった。
左右にまだ道があるが、どうしたものか。彼女たちも暗闇に慣れ始めたばかりだ。どこかに見落としがあるのかもしれない。そう長髪が考えていると短髪が話しかける。
「右か左に行ってみる? それとも二手に分かれて探す?」
「ダメ。二手に分かれたら各個にやられるだけ」
「じゃあ、戻って痕跡を探す?」
すると長髪があるものを見つけ、指をさす。
「あの壁、色がおかしい」
「ホントだ」
色の異なる壁を見つけたグラキエスの二人。
長髪が壁を触ってみて周りの壁と異なっていることを確認する。
短髪はまた氷の小槌を準備して、長髪の合図を待つ。そして。
「いいよ。壊して」
短髪は壁に向け大きく振り下ろす。
壁は砕け落ち、中に入っていた中央の芯も砕けた。
なぜ壁の中央に芯が入っていたのか、短髪は気になった。
「この芯はなに?」
「いいから追うよ」
長髪に促され、砕けた壁の先を行く。
道に水がないため、先ほどのようにアイススケートで滑ることができない。
道に水を造らせることもできるが、時間がかかる。
なので、彼女たちは走って進むしかなかった。
彼女たちは走り続けた。走り続けた先で上から光がこぼれたマンホールを見つけた。
「この先か」
「突入する」
そう言った短髪は長髪が制止しようとしたのを振り切り、真上のマンホール目掛けて飛びついた。
短髪はマンホールを押し出し、周りを見渡した。
周りは銃の射撃場に、魔法の射的場、ジープと呼ばれる自動車が並んでいた。
その周りにいるのはどれも銃を持った軍服を着ていた。その一方で、ローブを着ている者も少数いた。
魔法兵の特徴は軍服がローブになっていて、銃兵とは機動性が劣る恰好ではあるが、あらゆる魔法の攻撃を防ぐ素材になっている。
短髪は理解した、ここは軍の基地だ。
「おい、そこの娘」
軍服の男に突然声を掛けられた。それと同時に周りが機関銃を構えた軍服に囲まれる。
「どうしてこの基地に来た? 目的は?」
短髪は何も答えない。ここにロゼたちがいない。そう確信して周りを見渡す。
「妙な動きはやめろ!」
軍服の男は拳銃を短髪に向ける。
「ここに用事はない。帰りたいけど」
「悪いが、そういうわけにはいかない。一緒に来てもらうぞ」
軍服に連れて行かれそうになったとき、マンホールの穴から大きな氷の矢が飛んで来た。軍服は全員視線が氷の矢へと向いた。
「早く! こっちへ!」
マンホールから長髪の声が聞こえた短髪は、穴にめがけて飛び込み、マンホールを閉じる。
追おうとする軍服もいたが、大きな氷の矢はどこに着弾するかわからない。
「撃て!」
氷の矢めがけて機関銃を一斉発射する。徐々に砕けてはいるが、まだ大きかった。あの大きさの矢が着弾すれば、基地にどれだけの被害が出るかわからない。
氷の矢は上への勢いを落とし、落下し始めた。すると。
「魔法兵! フォイア・カノーネ、放て!」
炎の玉を手に浮かせた魔法兵の小隊が氷の矢めがけて発射する。
炎の玉は落下する氷の矢に次々直撃させていった。
しかし、氷の矢は原形を留めずちいさくなったものの、依然落下し続けていた。
「全員退避しろぉー!」
銃兵、魔法兵、その場にいた軍服は氷の矢から走って離れる。
そして、氷の矢はジープに着弾する。着弾した氷の矢は、ジープを瞬く間に凍らせた。
ジープだけでなく、接した周りの地面や隣のジープが凍っていく。
凍っていく過程で、短髪が出入りしたマンホールは凍っていた。
その様子を見ていた軍服の男はまさか、と口にする。
「まさか、あれがキメラノイドだというのか⁉」
軍服の男は態勢を整えると、改めて指揮する。
「先ほどの少女を捕らえるぞ! 舐められたままで終わらせるな!」
マンホールの下で長髪と合流した短髪は長髪に頭を下げる。
「ごめん」
「いい。それより、ここから離れる」
「うん」
再び下水道に戻り、ロゼたちを追い始めた。
「なんか物騒になってないか?」
ミツハルが街の様子を見て口を開いた。
ミツハルたちは下水道から街の裏通りに抜けた。
その後、裏通りを進んでいって表通りを見た。
街の中央を軍が扱うジープが目の前を走っていた。
そのほかに、騎士団が扱う自動車が次々目の前で通っていた。
明らかに普通じゃない。
おそらく、先ほどの店の襲撃が関与していると考えられるが、それだと軍が出向く理由はないはずだ。だとすれば。
「ブラオ、お前追われてんじゃねえのか?」
ブラオを疑い始めた。他の女子二人も。
「たしかに、殿下が不在と知ったら軍も動くかも」
「殿下、もう戻っていただいてもいいのです。狙いは私ですから」
ロゼがブラオに戻るよう促す。しかし、ブラオは首を振る。
「冗談じゃない。軍まで動かして俺が戻ったら、父上に怒られる上に、二度と外に遊びに行けなくなるじゃないか!」
スイカはずっと疑問に思っていたことを訊く。
「殿下は、今まで遊びに行かれて、ばれてないんですか?」
「何度かばれたけど、ばれてない方がはるかに多いぜ」
ブラオはどや顔で答えた。
「いや、殿下。そんな誇らしげに言われても……」
スイカは戸惑った。
「だけどな、ばれたときにこんな大掛かりに追われることなんてなかったぞ。だからといって店の襲撃で軍がこんなに早く動くとも思えない」
ロゼが訊く。
「もしや、殿下の捜索ではなく、私たちの捜索?」
「そこまではわからないね。だが、それなら軍まで動く理由がわからないしな」
ブラオが答える。
この光景自体、ブラオも見たこともない。だが。
「テロリストとかいれば別なんだがな」
「もしかして、ダジアの奴が⁉」
「いや、だとしたら……」
ミツハルの答えをブラオが待てと言わんばかりに黙らせる。
街の人の話し声を聞くためだ。
「さっきから、騎士団の車多くない?」
「さっき、店を氷の魔法使いが襲ったんだって」
「それで、負傷者が運ぶために騎士団が増えてるってこと?」
「軍が動いているけど何が起こっているんだ?」
「特に爆発音が聞こえたわけじゃないしな。なんだろうな?」
「騎士団と軍ってさ役割違くない? これってどういうこと?」
「なにか起こるのかな。不安だな」
「襲われたのミラさんの店だろ? ミラさん大丈夫かな」
ひと通り、街の人の話し声を聞いて、整理する。
「テロとかは起きてないっぽいな。あの店が襲われただけだ」
「軍が動いている理由はさっぱりだな」
そんな二人が話していると、スマホを見ていたスイカはロゼに見せた。
「間違いない。グラキエスの仕業よ」
「ロゼ?」
ミツハルはロゼの口からグラキエスと聞こえて反応する。
スイカがスマホを見せる。
「これ基地の外から撮った写真だって、見て」
その写真をミツハルとブラオは見つめる。
写っていたのは、氷の矢が打ち上げられたものだ。
撮った場所と基地とは距離が遠かったせいか、小さく写っているが、ミツハルは確信する。
「グラキエスの放っていた氷の矢だ」
スイカが口を開く。
「じゃあ、この騒ぎは……」
「グラキエスが起こした事件ってことよ」
確信をもって答えるロゼ。
「まさか、基地の抜け穴使われたのかな」
「お前、いくつもの抜け道に基地までの道があんのか」
「そうだけど」
「なんでそこに抜け道造るんだよ!」
「いざとなったらジープ強奪しようと思ったんだよ!」
「王子のやることじゃないだろ!」
「落ち着いて二人とも!」
ミツハルとブラオの二人を仲介するロゼ。
「警戒が厳重になったこの状態でどうやって動くか考えないと!」
「……ブラオ、これからどうする?」
「とりあえず、この街から抜けるか」
「どうやって?」
「どこかで車を調達するぞ。馬車じゃ馬がやられたら終わりだ」
「どこにそんな車が?」
「それは……」
ブラオは俺たちに手のひらを差し出す。
「ある? お金」
「スマホの電源落としているから駄目だ。あっても出さない」
「なんでえ?」
「ろくなことに使わないだろ」
ミツハルはプイとブラオに顔を背ける。
「そもそも殿下、こうなってくると検問とか行っていませんか?」
街の様子がおかしい。さっきまで平和に歩いていた街の人が徐々にある場所へ走っていく。その様子は、まるで何かから逃げているようだ。
「ねえ、これって……」
スイカが呟く。昨日起こった襲撃事件と同じ様子だ。
「奴が来やがった!」
「上から行こう、私が送るから!」
「でも、お前――」
「街の人を被害にするわけにはいかない! 私たちなら時間を稼げる」
「……わかった」
「ちょっと二人とも!」
スイカの制止を聞かず、そのまま建物の上へロゼはミツハルを抱えて飛んで行った。
スイカはスマホで情報を収集する。
スマホには街の道路の交差点で覆面を被った人間が機関銃を持って暴れている様子が映し出された。そこへ騎士団と軍が現れ、交戦している様子をブラオと見ていた。
「これって街の監視カメラか?」
「そう、ハッキングして覗いてるんですけどね」
「スマホでこんなことが?」
「兄上にも言ったけど、あたしは学院生徒ですよ。スマホによる魔法の研究をしているんです」
「しかし、ここまでの者は見たことがない。お前は一体?」
「あらためまして、あたしは、白銀翠果。神祖の忍びです」
「神祖の……忍び」
「では殿下。失礼いたします」
そう言い残すと、建物の上へ跳んだ。
「おい!」
ブラオの言葉に返事する者はいなかった。
街の交差点、覆面を被った人間と軍の銃兵が銃を撃ちあっていた。
騎士団は逃げ遅れた人、銃弾に当たった人を船上から避難させて、治療を行っていた。幸い、駆けつけたのが早いせいか、市民の死人は確認できない。
銃声がひしめき合う中、ある男の怒号が戦場に轟いた。
「なにチンタラやってんだよ! そんなんだと押し負けてしまうぞ!」
覆面を被っていないダジアはそう怒鳴ると、銃兵に向かって突撃していた。
突撃してくるダジアの動きを捉えられず、彼の接近を許してしまう。
「くたばりな!」
ダジアの剣に一閃された銃兵。
そこへ魔法兵が号令する。
「氷槍。アイス・ランツェ、発射!」
ダジア目掛けて多くの氷の槍が放たれていく。しかし。
「はっ! その程度かよ!」
ダジアは剣で氷の槍すべてを砕いた。
「バカな!」
魔法兵たちは驚く。剣で氷の魔法を平然と防がれたのだから。
銃兵の一人が言う。
「奴は魔剣を持っている! 銃で仕留めろ!」
そうして銃兵たちがダジアに一斉射撃を試みる。しかし。
「今だ! 撃て!」
ダジアに集中したせいで、他の兵の存在を気にしなかった。それが、敵に大きな隙を与えてしまった。
銃兵たちの多くがダジアの仲間に撃たれてしまった。
その隙を逃さなかったダジアは、陣形を乱れた銃兵、魔法兵のもとへ突撃した。
ここにいる軍は壊滅寸前だった。
軍の増援を待つ間もなくダジアの身体は返り血でほとんど真っ赤となっていた。
そんなダジアは救助活動している騎士団に視線を向ける。
「次はお前らか?」
騎士団は後ずさりする。
騎士団は軍のような銃や高度の魔法は扱えない。戦力としては軍より下なのだ。
つまり、彼ら、いやダジア一人に立ち向かえる戦力はない。
軍の増援も期待できない。降伏もおそらく受け入れられない。素人目で見ても、助かる余地がない。この場にいる人間を皆殺しにするつもりだ。
そのとき、覆面の男が一人、撃たれた。
「なんだ! どこから狙撃を……」
ダジアが驚いたその隙に一人、もう一人と撃たれた。
そんな中、ダジアの後ろへ斬り下ろす人影が彼には見えた。
ダジアは斬撃を受け止め、斬り下ろした人間を見て笑う。
「光晴ぅーー!」
斬り下ろしたのはミツハルだった。
しかし、ミツハルは斬撃を防がれたのは想定内だった。
覆面がミツハルに照準を合わせている。
その覆面の脳天に風穴が空いた。
他の覆面二人は警戒して壁に身を寄せ始めた。
しかし、身を寄せた壁とは反対側から覆面には考える猶予もなく撃たれてしまった。
ダジアはこのとき理解した。
「てめえ、囮か!」
「気づくのおせえんだよ!」
ダジアはミツハルの鍔迫り合いを強引に斬り離す。
ミツハルはそれを刀で受け止めるが、吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたミツハルは何とか着地する体制をとった。
「くそったれが!」
ダジアはミツハルに向けて拳銃を向ける。
拳銃を向けた途端に、焼けるような衝動で拳銃を離された。
「やっぱてめえも一緒か!」
ダジアは拳銃を構えたロゼに目を向ける。
「ダジア! 今日こそアンタを!」
「早まんな、ロゼ!」
「なあに、てめえらを殺す楽しみがあるからなあ。にがさねえよ」
「くっ!」
「避けてばっかか? つまらねえなそれじゃあ!」
「ぐはっ」
「ミツハル!」
「次はてめえだ、小娘!」
ダジアが向かったそのとき、雷がダジアの前に落ちる。
「だれだ!」
「翠果、なんで⁉」
「三分!」
「は?」
三分、という言葉にミツハルはスイカに疑問を抱く。
「あと三分で軍の増援が来る! それまでにこいつから逃げるよ!」
「逃げるったって!」
「大丈夫! あたしも戦う!」
ミツハルが無理だ、と答える前にダジアの剣が襲い掛かる。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」
凶刃を間一髪防ぐ。
そこへスイカが右手に霧を纏わせダジアに何かを投げつけた。
「喰らえ!」
投げられたのは氷のクナイだった。
ダジアにかすりながらも、氷のクナイに赤い血が付けられた。
「よくもこのガキが!」
想定外のダメージにダジアは怒っていた。
ダジアはミツハルを弾き飛ばすと、スイカに向かって駆けて行く。
弾き飛ばされたミツハルは、スイカを助けるために、ダジアの後ろを追って行く。
「覚悟しな、チビが!」
スイカに振りかかった凶刃はスイカの眼前で止められた。
ダジアの剣を止めたのは、スマホだった。
「なんでたかが電子機器に!」
「チビと侮ったのがアンタの欠点だよ、おっさん!」
スイカはそう言いながらスマホを操作し始めた。
操作をおえると、スマホの画面から短剣を引き抜いた。
「ついでにいわせてもらうけど、たかが電子機器にと舐めたね!」
スマホで受け止めた剣を短剣で弾き返す。
のけぞったダジアに、追いかけたミツハルが追撃を行った。
「くそったれが!」
ダジアが吐き捨てると同時に、ミツハルの攻撃を片手の白刃取りで受け止める。
これによって短刀とスマホを持つスイカはダジアと距離を取ることができた。
スマホからさらに短刀を取り出した。
二本の短刀を取り出すと、スマホを胸ポケットにしまい込む。
「兄上!」
二本の短刀を構えて一歩蹴り出して、ダジアのもとを斬りかかる。
「覚悟!」
二本の短刀はダジアの背中を捉えていた。
「舐めてんのはてめえだろうが!」
スイカの前に、ダジアがミツハルを盾にする。
スイカは盾にされたミツハルを気にする素振りを見せず、即座にダジアの背後へ跳び越す。
ダジアが気づいたころには、スイカの二連撃は剣を握る手に斬りつけた。
「これでえ!」
「あめえんだよ!」
ダジアは剣を手放さずスイカを薙ぎ払う。
スイカは直前に回避をして、腹をかすったが衣服を斬られた程度で済んだ。
その間、二人と違う方角からロゼが炎弾を発砲した。
ダジアは炎弾を斬りはらうため、ミツハルの刃を離した。
炎弾はダジアの魔剣によって何事もなく斬りはらわれた。
そのとき、車両が近づく音が聞こえてくる。
そして、その車両から拡声器による忠告が聞こえてくる。
『テロリストに告ぐ。速やかに武装を放棄し、投降しろ。じきに貴様らを包囲する』
「くそっ、本当に増援が来やがった!」
「ダジア!」
「ずらかる! てめえらの首はまた今度だ!」
ダジアはそう言い残して姿を消していった。
「待て!」
「ロゼ! あたしたちも逃げるよ!」
追おうとするロゼの腕をスイカが掴んで止める。
「でも!」
「ここで捕まったら、機会を失うどころじゃないよ!」
スイカがロゼを引っ張っていきながらスマホで操作していた。
ミツハルの目の前に軍の車が飛び出していった。
「おい、俺だ」
運転席から降りてきたのはブラオだった。
「おい、お前ら! 早く乗れ!」
俺たちが驚いていると、ブラオが早く車に乗るように急かしてくる。
「ブラオ、その車どうしたんだよ⁉」
「軍が馬車を調べているうちに車を盗んだ」
「やっていることが盗人じゃねえか」
そう言いながら、ミツハルたちは乗り込んでいく。
「どうしてこんなことしたんだよ」
「それは困るな、お前らと一緒に行こうというのに!」
「「「は?」」」
三人は口を揃える。
「俺はもう指名手配以上に探されているのだ!」
「殿下になにかあったら、この国は……」
スイカは無駄とわかりながらも、説得する。
「心配するな、足手まといにはなるつもりはない」
「王子としての自覚は?」
「無論だ、俺の国で好き勝手に暴れる奴を放っておけない」
ミツハルが問いただすと、ブラオは静かに怒りを込めて言った。
「……わかったよ。王子様のいうことじゃ仕方ない」
「で、この場から去る以外なにもないのだが」
「あるわ。危険な場所だけど」
彼女が言った次の場所、それは――。
「ドクター・バルクトの研究所へ。彼の手がかりを得るならやはりそこしか……」
彼女の言う目的地を、ミツハルとスイカは否定しなかった。
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