王都までの道

 馬車は夜明け近くになる森林を進んでいく。

 馬車の手綱を握っている俺以外の二人の少女は眠っている。

 俺が寝るように言ったら、ロゼが拒んだが、スイカに諭され、寝てしまった。

 俺なりに女子への配慮を考えていた。女子が徹夜に近いことをさせるわけにいかない、と考えていた。それに疲れているだろうしなと後から考えた。

 思えば昨日、いや一昨日から事態が急転した。ロゼと出会って、助けられた。スズと出会って役所で厄介事に巻き込まれた。グラキエスには敵対して未知の恐怖と死の可能性を感じた。そして領主には、捕まりそうになったけど、実の妹、翠果に助けられた。そして、彼自身にとって狂わされた人物、ロゼにとって仇敵であるダジアとは望んでもいない再会をした。

 そして俺たちは今、王都に向かって馬車を進めている。

「おーい、そこの馬車の人ぉーー!」

 馬車の上空から大きな声を叫んで来た。

 俺は夜明け前なのにうるさいなぁ、と思ったと同時に聞き覚えのある声に上空を見た。

「やっぱお前か、スズ」

 それは見覚えのある雀色のハーピィ、スズだった。

 彼女とはロゼを見つけて以来、すぐに別れた。

 すぐに別れた彼女はすぐに家族のもとへ向かったと聞いた。

 スズは心配になったのだ。両親を失った三人の話を聞いていたらなおさら心配になった。

 スズは家族の安全を確認した後、役所に戻って仲間の無事を確認した。

 それから役所に戻ってからは、他の役員と共に街の住民の避難を協力した。

 その後、住民の安否などを確認した後、俺のもとへと飛んだのだ。

 彼を見つけられたのが、偶然襲撃者を襲った馬車が偶然関所を通ったっという情報が役所に舞い込んだからだ。

「スズ。無事だったか。お前どうして来たんだ?」

「いえいえ、あなたを降ろしてから、家族と役所の人全員無事を確認し終えたら、機を計ってあなたに会おうと思ったんすけど、街の何処にいても見つからなかったので……電話も掛けたんすけど」

「悪い、スマホの電源切れてる」

 俺は電源が切れたスマホを見せた。

「だから電話でれなかったんすか……」

「それで、俺を探しに街の外まで来たと」

「……そうっすけど」

 彼女は呟くと同時に俺の隣に座る。

 彼女は腰かけると、ふう、と息をこぼした。

 彼は察する。当てもなく、彼女はずっと俺たちを探していたのだ。

 どれだけの時間を探し回ったのか、彼には予想がつかない。

 気が付くと、彼女の汗の匂いを嗅いでしまった。

 匂いは汗臭さというよりは、香水のような甘い香りに近い。

「何嗅いでんすか」

 そんなミツハルの様子にスズが気づいた。

「ごめん」

「まあ、いいっすよ」

 俺は謝るが、スズは笑って許す。

 この時、自分たちが死線を潜り抜けて生きていたことを忘れさせてくれる。

「そうだ。あいつをどうするとか言われなかったか? あそこの娘だろう?」

 彼女は首を振って答える。

「確かに、領主様は騎士団を使ってさがしているんすよ。でも、私に命令されたわけでもないんで」

「連れにきたわけでもないか」

 そう言って納得すると、同時にあることを理解する。

「てことは、街の被害って……」

「被害はあなたたちや騎士団、領主様のおかげで抑えられたんすけど、それでも……」

「……すまないな、抑えきれなくて」

「いえ、むしろあなたたちの話で相手がどういうのかというのが大体知ることができたので、問題じゃなかったかと……」

「……そんなものかな」

「あなた方に非はないって私は思ってるんで」

「……ありがとう」

「いいっすって。そんなん」

 深く考える俺に対してスズは微笑んで話す。

 彼女と話しているとき、なんというか落ち着いて話ができる。

 大戦で仲間がいなくなった後、ここまで快く話せる人はいない。

「それで、どこまで行くんすか?」

「王都」

「王都⁉」

 彼女のビックリする顔を見ると、なんか笑えてくる。

 彼は気が付くと今までの緊張感がなくなったような気がした。

「王都へ何をしに⁉ なおさら捜索隊が見つかるんじゃないすか!」

「大丈夫だ。翠果の奴髪を染め直していたから。それにあてもないわけでもない」

「あて?」

 そう訊かれて俺はスマホを取り出す。

「これの所持にも関わる奴でな。まだ二人にも話していないんだ」

「……はあ」

 彼女は溜め息をついて頭を抱える。

「なんだ、訊かないのか?」

「……いいっす。なんかこれ以上ない人物が出てきそうなんで」

「そうか。まあ訊かれても答えられないんだがな」

「……やっぱり。それなりの人物なんすね」

 その答えでさらに溜め息をこぼすスズ。

「まあ、知れば知るほどろくでもない奴だけどな」

「……」

 もう返事しないな。そう判断した俺はこの話をやめた。

 頭を抱えているスズにこれ以上のことを言えない。

「それじゃもう行くっすね」

「ああ」

「気を付けてくださいね。あなたの妹が探し出されることになると思うんで」

「こいつのことだから下手に見つかりはしないだろうけど、ありがとう」

「それでは……」

 スズはこちらに向け翼を広げた。

 飛び立つ準備と考えたミツハルは油断した。

 スズは両翼で彼を抱きしめた。

 同時に顔も近づけた。互いに肩に口を埋もれるように。

「おい、スズ?」

「……ないで」

 小柄なスズの小さな声を聞き取れなかった。

 彼女はミツハルの肩から俺の耳に顔を近づける。

「死なないで」

「え?」

 思いもしなかった言葉に彼は驚きを隠せなかった。

「あなたが過去に何かして何を背負っているのか、これから何をしようとしているのかはわからないけど……」

 そう言いながら顔を向かい合わせる。涙目で俺を見つめる。

「私は見捨てたりしませんから! 忘れたりしないから! だ、だから……」

 俺は彼女が泣き出そうとしたところに頭をやさしく掴むようにして撫でる。

「全てに決着をつけたら、また会いに行くよ」

 そういうと、彼女の泣き出しそうな顔から涙が一滴流れ、微笑みに変わった。

「ホントっすか」

「ああ、約束だ」

「――約束!」

 約束を取り付けたと同時に、スズが抱き着いてきた。

「約束、約束だからね!」

「したから、したから! だからもう離れてくれ!」

 そう言いながら、彼女の両翼を自分の肩から無理やり剥がす。

 今度は俺が顔を熱くなるのを見て彼女が笑う。

 ミツハルはそんな彼女の笑顔を朝陽の影で見られなかった。

 この時、朝陽が昇りきったのだった。

「そんじゃお元気で! 約束ですからね!」

「分かって……」

 俺が言い終わる前にスズの唇が彼に近づいた。

 その唇は彼が首を右に傾けたため、俺の頬に付いた。

 スズは確かに俺をキスしようとした。

 だが、それをミツハルは分かって躱したのだ。

 スズは慌ててその唇を外すと、文句を言う。

「なんで、外すんすか!」

「そっちこそ何してくれてんだよ!」

 ミツハルは、女性経験があるわけではないが、似たような経験ならあった。

 特に、この国に来てから何度女性にアプローチされたか、しかもそのほとんどが亜人によるものだった。

「せっかくのファーストキスをどうしてくれるんすか!」

「俺なんかはもうとっくに奪われたわ!」

 どうやら本気だったらしい。

「ローズさんと? それともまさか小さいころに妹さんと……」

「なわけねえだろ! この国に来て早々にラミアに奪われたんだよ!」

 俺は否定してスズに怒鳴る。

 ファーストキスの経験は彼にとってはトラウマでもあるのだ。

 その時の怒りも込めて怒鳴ったのだ。

「なあんだ、やっぱ女にモテモテじゃないっすか。このすけこまし」

「褒め言葉か、皮肉か知らんが嬉しくねえんだよ!」

 この時、陽が昇り始めている。もう朝だろう。

「じゃあ、もう行きますね」

「バイバイ」

 また、両翼をのばすスズ。今度は足を離して飛び立つ準備を始めた。

「次会うときは、おごってくださいね!」

「ああ、それならいい」

「そのときには、キスさせてくださいね!」

「それは勘弁してくれ!」

 俺たちはそう言葉を交わすと今度こそ距離を取っていく。

 スズの姿が上空へ飛んでいく。

 そうその姿は、小さく。小さくなっていく。

 やがてスズは、来た道を戻っていった。

 それが見えなくなるまでミツハルはずっと見つめていた。見えなくなるまでずっと、ずっと。

 見えなくなったスズがいなくなるのを見届けた後に、俺はつぶやく。

「約束、ねえ」

 溜め息に近い独り言だ。

「約束なんて果たせたことないよな」

 そう吐き捨てて馬車の手綱を改めて握り直す。

 そして、馬の脚を速めた。

 整理されていない道を速い速度で進むと馬車は大きく振動する。

 当然、寝ている二人に気遣っていない。

 馬車の中で揺さぶられたロゼとスイカは当然起こされる。

「いたっ!」

「あたっ!」

 寝ていた二人は頭をぶつけ合った。その痛みで声をあげてしまった。

 俺はやってしまった罪悪感はあったものの文句はすぐに来る。

「兄上、ちゃんと操ってよ!」

「ミツハル、なんて馬術してんのよ!」

 ほら来た。

 俺にまた文句が来るだろうな。

 そう思っていたら。

「ところで、ミツハル」

「ところで、兄上」

 二人は俺に口を揃えて訊いてきた。

「初めてのキスってどうだったの?」

「どれくらいの女にモテたの?」

 二人は同時に違うことを訊き出そうとした。

 しかし、俺には何を言っているのかわからなかった。

「すまんが、二人とも、何を訊き出そうとしているかわからないんだが……」

 俺はある疑問を抱く。

「いつから起きていた?」

 ただわかっていたのは、寝ていたと思っていた二人がスズとのやり取りを聞いていたということだ。

「えっと、それは……」

「あたしは、兄上がキスされようとしたところは……」

「私は……スズが来たとこから」

 ……翠果もロゼも、本当は二人とも最初から起きていやがったな。

 しかし、二人が起き上がらなかったのは、俺とスズの会話に挟む理由もないし、なにより客観的にみてたらあの二人が仲良くなっていくのを邪魔しづらかったのだ。

 だから、ただ二人の話を聞くことしかできなかった。

 ロゼには、スズと別れた後の俺の発言が気になった。

「ねえ、約束がどうのこうのって……」

 ロゼはつい訊いてしまった。訊く気がなかったのに声に出してしまった。

「ああ、それか」

 俺が淡々とした口調で答える。

「あの大戦のときに交わした約束のことだよ」

「それって――」

「将軍の首を獲る作戦前のときだよ。したやつの全員が死んじまったがな」

「ゴメン」

 空気を重くしたと感じたロゼは、小さい子供が反省するかのような様子を見せた。

 そんな状況を見かねた翠果は両手をパチンと叩く。

「はい、それはそんで兄上。今どれくらいまで来てる?」

 スイカは王都までの距離を確認している。

「周りを見ろ。まだ森も抜けていないぞ」

 朝陽が昇り始めたばかりなので、木々の枝からこぼれた光は少なくないので、暗くはないが明るくもない。

「ちょうどいい、代わってくれ。眠くなってきた」

「あいよ」

 俺は馬車の手綱を翠果へと手渡す。

 俺は荷台に横たわった。

「街に着いたら、起こしてくれ」

「はいはい、速度落とさないけどね」

「構わん。眠くて気にせん」

 俺はそう言うと、瞼を閉じて眠りについた。

 眠るにはちょっときつい揺れだが、すぐに意識が遠のいた。


 馬車の揺れは激しい。眠るにはいささか厳しい状況だろう。それなのにミツハルときたら。

「もう寝てるわ、こいつ」

 ロゼは呆れた。こんなところで眠れるミツハルに呆れていた。

「眠かったんじゃないの。今まで馬車を任せたわけだし」

「でも、すごいよね。あなたのお兄ちゃん」

「そうだね。ここまでとは思わなかったな。義父上とあそこまで張り合うなんて」

「……ちょっと待って、なんで様子がわかっているの?」

「だって、本当に兄上かどうかわからなかったから……」

 ふうん、と納得するロゼ。

「たしかに、唯一の家族だもんね」

「あんたの方があたしよりやばそうだけどね」

「……なにが言いたいの?」

 スイカの皮肉に近い口調に、ロゼは反応せずにはいられなかった。」

 まるで自分を警告するように。何より、兄を巻き込んだことを自覚させるために。

「兄上をどうするつもりなの?」

 スイカは本題を切りだした。彼女にとって、ロゼに一番聞きたいことはこれなのだ。

「……それは」

「アンタの復讐に付き合わせるの? それとも、バルクトの刺客を払いのけるための護衛にするつもりなの?」

「……」

 ロゼは黙り込んだ。今後の彼との付き合いに。

 彼はよく戦ってくれた。グラキエスの二人に、ベール侯爵に、仇のダジア。頼みもせずに助けてくれた。

 自分の行動に、彼はついてくるだろう。復讐だろうと、護衛だろうとやってくれるだろう。

 だけど、そんな彼に甘えるかたちでいいのだろうか。

 考えると、ロゼは自分勝手に行動してきた。

 自分の行動で、自分の運命が決まるのはいい。あとで報復を受けるのも、最終的に自滅する道を辿ったっていい。

 だが今は違う。すでに一人、巻き込んでしまった。

 今後の行動で、ミツハルを巻き込む。無論、その結果も。

 だから、彼女は覚悟を決めなきゃいけないと。責任を取らないといけない。

「……私は、ダジアを殺したい。それが私の、死んだローズの思いを持つロゼの目的だから」

「……それに兄上を巻き込むの?」

「巻き込んだなら、私が守る。たとえ、自分が壊れようとも」

「それがアンタの覚悟ってわけ?」

「……そうよ」

「バカでしょ」

「はっ⁉」

 スイカの思わなかった言葉にロゼは、言葉をつもらせる。

「バカってなによ!」

「バカはバカよ。兄上と同じくね」

「えっ」

 そこでミツハルと同じにされて、さらに言葉をつもらせる。

 馬車の手綱を握るスイカは彼女の様子を横目で見て、少し笑った。

「バカな兄上がここまで来たんだよ。アンタを守ろうとしてさ」

「そうだけど……」

「多分だけどさ、兄上はアンタを守るよ。頼まなくてもね」

「そうかな……」

「そうだよ。アンタもそう覚悟したってわけなんだから」

 スイカは笑いを含めるような口調で言った。

 それに対して、ロゼは不安そうな顔をする。

 スイカにロゼは反論する。

「そういうあなたはどうなのよ」

「私は、バルクトの研究を止めたい。学院の教授の養子、生徒としてほっておけないからね」

 スイカのきっぱりした答えにロゼは驚いた。

 ロゼは自分の覚悟より強いものだと感じた。

「そこまでのことを考えて、こんな馬車を持ってきたの?」

 スイカはロゼの問いに一息ついてから答える。

「ホントは兄上だけ連れていくつもりだった。アンタは兄上が連れてきたからついでだね」

 ロゼはある答えが思いつく。

「ドクターと戦うつもりなの?」

「ええ。私と兄上がどうにかするつもりだったけどね」

「それで、王都に行ってどうするつもりなの?」

「兄上の用事が何なのか知らないけど、王都がどういう動きになるのかあたしも気になっているからね。今頃、うちの領が襲撃されたことと、連続襲撃事件の詳細とか、後は……」

「私たちのようなキメラノイドのこととかも……」

「……そうね。伝わっているでしょうね」

 スイカの言葉にあることを不安になった。

「じゃあ、私は追われるの?」

「すぐには、ていかないと思うけど。軍に狙われることにはなりそうだね」

「……そう」

 ロゼはショックを受けながらも、状況を把握する。

 スイカはそんなロゼの顔を見て、ため息混じりに言った。

「兄上の用事を早く済ませて、王都から出た方が手っ取り早いかな。」


「もう王都が見えるわよ」

「ホント⁉」

 俺は二人の声で目が覚める。どうやら光が差してきてどうやら森は抜けたようだ。

 王都の見た目の特徴としては、高めの建造物が多く並んでいることから外からは見えやすいのが特徴といえる。道路も地面じゃなく、セメントで整えられて住宅街も他の街と比べて形が整っていて、きれいだ。その分、家賃が高いんだが。

「そういや、兄上は来たことあるんだよね?」

 俺は答える。

「まあ、何度かな」

「何度か?」

「兄上宿無しだよね? それがなんで?」

 ロゼと翠果に反応される。だが俺はその答えをかるく無視して答える。

「……俺の用事に付き合えば、いやでもわかる」

 二人は疑問を顔に浮きだしながらも、それ以上は訊き出さなかった。

 馬車は確実に王都へ近づいていた。そろそろ入っていく。

 王都にはあいつがいる。あいつに会えば、きっと一歩進める。

 それに、ダジアの言っていた鉄矢のこと――俺と同じように過ごしているのなら、あいつとは接触するはずだ。

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