燃ゆる緑の街

 屋敷の中が騒いでいる。

 先程、街の外でローズと俺が起こしたのとは比にならない。

 騎士たちが、使用人たちが騒いでいる。

「ごめん、兄上! また後で!」

 翠果が俺たちを放って使用人たちや騎士と話し出した。

 窓から外を見る街の方から炎と煙が出ている。

 その光景を見たローズの目が見開かれたのを見た。

 俺は思い出す。彼女にはこの経験がある。

 そうだ。彼女はこうしてすべてを失ったのだ。

 彼女の領土、領民、使用人、家族、そして自分自身も。

 これは彼女の思い出を再現したかのような光景だ。

 眺めているうちに、ローズが考えるより先に、窓から外へ飛び出した!

「待てよ、ロゼ!」

 俺が気づくころにはすでに遅かった。

 思わずロゼ、と呼んでしまったが、一瞬、彼女の顔を振り向かせただけだった。

 その顔は涙目で、口を小さく動かしていた。

 ごめんね、とでも言っているのだろうか。

 ローズのマントが二つに分かれ、街へ飛んで行った。

 俺はそんなローズの、ロゼの顔を忘れることができなかった。

「あのバカ!」

 見かねた俺は窓から飛び降りようとする。

「待つっすよ! また面倒ごとに巻き込まれるっすか⁉」

「あんなバカ、今更ほうっておけるか!」

 俺が窓から飛び出すのを止めるスズ。

 二人が窓側で揉めている間にも騒ぎは大きくなっていく。

 窓の外を見ると、騎士たちの先導で使用人たちの避難をしていた。

 それを確認した俺は抱き着いて止めてくるスズをなんとか離そうとする。

 何度離そうとしても両翼で、身体全体で抱きしめてくる。

 俺の身体にある感触があったことに気づいた。

 それは彼女を女性と感じさせる、たしかなふくよかな感触だ。これは……。

「なあ、スズ……」

「なんすか? 離しませんよ」

「こんな時に、こんな時だから言うぞ……」

「今更なんすか?」

「胸当たってる」

「っ!」

 俺の一言で気づいたスズは慌てて俺から離れる。

 翼を広げて一気に後方へ飛ぶ。

 スズは顔を赤く染め、身体を隠すように翼で覆う。

 そんな彼女に俺は念を押していく。

「……一応抱き着いてきたのはそっちだからな」

 そう言って、何も言い返してこなかった。

 その間に俺は今の状況を冷静に考えてみた。

 もし、ローズ自身を含めたカーマイン領を襲撃した犯人がダジア・シンシエだとしたなら、ロゼが冷静に動けるとは思えない。

 もし、ダジアがドクター・バルクトと組んでいるとしたら、他のキメラノイドがいると考えられる。

 もし、そのキメラノイドがさっき戦ったグラキエスとしたら、ロゼが苦戦する可能性が高い。

 もし、この事件がダジアの起こしたものとしたなら、先ほどの仮定が当てはまってしまう。

 そうだとしたらロゼが危ない。

 俺は、考えを改めて窓から飛び降りることを考える。

「ちょっと待って、本当に行くんですか?」

「じゃあ、どうしろっていうんだ!」

 そう言うと、翼を広げて俺に近づく。

「私が連れて行きます」

 そう言った彼女の顔は、真剣だ。冗談で言ってるとは思えない。だけど。

「お前を連れていけるわけないだろ!」

 俺は怒鳴った。これから先が危険な場所だとわかっていてもなおさらだ。

「そんなことして、お前に何のメリットがあるんだよ!」

 そう言うと、彼女は少し黙り込んで答える。

「だって……私はこの街の住人っすよ! このまま逃げるなんてやだ!」

 そうだ。この領地は、翠果たちが治めるところだ。そして、今火の手が上がっている街はスズたちが住むところだ。

 たしかに、スズに連れてもらった方が早く着く。そしたら、ロゼを止められるかもしれない。

 だからといって、彼女の申し出を受け入れるわけにはいかない。戦場となるような場所に素人を連れて、わざわざ死なせるようなものだ。

「お願いします! 私は街の状況が気になってるっすよ!」

「でも……」

「さっきの話でわかります。あなたを連れだしたらすぐにあなたからはなれるっす」

 負けた。俺が折れるしかない。

「……わかった。だけど自分の命第一で頼む」

「任せてほしいっす!」

 そう言って俺は窓から飛び降りる。

 その俺を空中で掴むスズ。

 こうして俺たちは戦火で燃え盛る街へと飛んでいく。

 早まるんじゃねえぞ、ロゼ。

 

 私は、街の上空を飛んでいた。

 上空から見た街は所々に火の手がついていた。

 街には、今確認した段階では死体の一つも見えない。

 あの時のようにはさせない。

 騎士と街を荒らした者が争っていた。街を荒らしている奴は皆、黒尽くめの恰好をしていた。

 騎士と黒ずくめの者を撃つ。三か所撃ったが、致命傷にはならないだろう。

 ダジアの奴がどうしても憎い。殺したい。

 今度は黒尽くめの連中が私を狙いに来た。

 その数は十、二十くらいだが、問題だとは思わなかった。

「今頃、私にマークしたって遅いんだから!」

 唇を舐めながら、そいつらを越すように飛んで行った。

 体の上下を反転しながら炎の弾丸を人数分発砲した。

 黒ずくめの連中は命中した個所から火が上がって悲鳴を上げて倒れこむ。

「都合のいい連中ね、自分たちで襲っておいて」

 そう吐き捨てると、前方に黒ずくめの連中が現れた。

 たった一人。そう思い込んでいた。その顔を見るまでは。

手入れが施していない髪、顎鬚を生やした中年の顔を。

「ダジア!」

 私は怒鳴ると同時にそいつに発砲する。

「なんだあ、てめえは?」

 男はそう吐き捨てながら、私の銃弾を躱していく。

「アンタが! アンタがいたから!」

 私は叫びながら炎の弾丸を連射する。

 目の前のダジアはやっと私を認識した。

「そうか、てめえあんときのスクラップか!」

「――だれが!」

 その言葉に私は怒りを隠せなかった。

 私を殺した男は、とうとう生き物として認識してもらえなかった。

 スクラップ、と。

 怒りで頭を真っ白にした私は、奴を殺せと頭を支配した。

「アンタのせいで、アンタのせいで!」

 両手の拳銃から炎の銃弾を連射する。

 しかし弾のことごとくを避けて近づいてくる。

「それはこっちのセリフだ! てめえのせいで新しいキメラノイドよこしてくれねえんだよ!」

「そんな自分勝手な!」

 私はその言葉と同時に近づくダジアに蹴り出す。

 だが、それは当たることなく、蹴り出した足をダジアに掴まれる。

 ダジアは掴んだ足を軸に私を地面に投げつけた。

「ぐっ!」

 倒れこむ私に追い打ちするように、蹴り出す。

 私は蹴りに抵抗することができなく、もろに食らって転がっていく。

 壁にぶつかってようやく止まった。

 ダジアが剣を構えて、こっちに近づいていく。

「終わりだ、嬢ちゃん」

 奴の剣が私の首筋に突きつけたとき、私は死を実感した。

 もう一度死ぬのか。この男の手で。

 最後に思い出すのは、街へ飛び出す前に自分にかけてくれた言葉。

 ――待てよ、ロゼ!

 領主の娘のローズ・カーマインとしてでなくロゼとして接してくれた少年を思い出す。

 彼にとって命の恩人、厄介者と思われていたのかもしれない。グラキエスとの戦いにも巻き込んでしまった。

「そんじゃ、もう一回殺して作り直してもらおうか」

 私にあの凶刃が、死ぬ前と同じ光景が、今私の首を横切ろうとしている。

 私は全てを悟って目を瞑った。

 結局。何も果たせぬまま、終わっていくんだ。

 ……。

 覚悟は決めた。でもおかしい。時間がゆっくり流れているのだろうか。

 未だに自分の意識がある。斬られた感覚もない。

 そんなゆっくりとした意識を目覚めさせたのは、剣と剣がぶつかる音だった。

 目を開けると、ダジアの凶刃が私の首をギリギリで止められていた。

 止めたのは、白刃を周りの燃え盛る炎で赤く映えた刀だった。

 そう、それは見覚えのある刀。

ミツハル。ここまで来てくれたなんて……!

「てめえ、光晴! お前は死んだはずだろ!」

「覚えてくれていたとは、反吐が出るぜ!」

 ダジアの剣、ミツハルの刀が離れる。

「てめえは、特別だったからな。他の奴ならともかく、てめえのことは死んだと聞いて予定が狂ったからな」

「アンタの都合で生きてんじゃないんだよ! こちとらは!」

 そう言うと刀をダジアに斬りかかる。ダジアはそれを剣で受け流す。

「鉄矢がこっちに歯向かっただけじゃなく、てめえも歯向かってくるとはな!」

「鉄矢が⁉ いや、当然だろ!」

 鍔迫り合いはミツハルが押していくが、ダジアの足から蹴りが飛び込んでミツハルは離れざるを得なくなる。

「アンタの趣味で戦争を再開させてたまるか!」

「ちっ、どうやら知られちまったようだな!」

 二人の問答は剣と刀が交じり合いながら続ける。

 二人の動きは自身を捉えられないように動き続けている。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す、なんてものじゃない。ミツハルも、ダジアも一撃必殺を狙って攻撃し、それを剣や刀で受け流す。一個一個の斬撃が、瞬速で強力だ。私なんかが入っていける世界ではない。二人の凶刃を見ているだけで動けなかった。

 その斬り合っている中でダジアが笑い、ミツハルが怒りの顔になっているのが見えた。

「なかなか、変わってねえじゃねえか!」

「だったら何だ!」

「それならまだこっちで使えたなあと思ったんだよ!」

「ふざけんな!」

 この時、怒りの感情を表したミツハルが深く斬りこんだ。だが、斬撃を華麗に躱したダジア。そんなダジアを前に大きな隙をさらしてしまった。

「あぶない!」

 私は叫ぶと同時にミツハルを守るよう、ダジアの剣を拳銃で受け止める。

「なんだ? ガラクタが人をかばうとはよ?」

「黙って――」

「それともそのガキに惚れたか? ガラクタ風情が」

「黙れ!」

 私は拳銃で力強く剣を弾くと、前のダジアに向け連射した。

 あの男の声が、その見た目が、何もかも虫唾が走る。

 冷静でいられなかった。

 ダジアをこの世から消したい。

 この手で風穴を空けてやりたい。

 なにより、みんなの仇を討ちたい。

 その考えが頭を支配して引き金を引き続けた。

 しかし、炎弾を連射した影響で前が煙に覆われて視界が遮られた。

 それでも構わない。なにせ目の前にいるのだから。

「ガラクタが! 人間っぽくなってんじゃねえ!」

 右側から一瞬で近づいてきたダジアは、私の右手を斬っていった。

「っ!」

 痛みから右手から拳銃を離してしまった。

 同時に自分の考えの甘さを気づいてしまった。

 左手で拳銃を向けるものの、ダジアの斬撃の方が速い。

 その斬撃は私の首に向けて薙ぎ払おうとしていた。

「もっぺん首を刎ねて――!」

「させるかよお!」

 後ろから聞こえたその声がダジアの声と斬撃を遮った。

 刃は私の首に触れようとしたところで止まっていた。

 私は後ろを振り返ると、ミツハルが左手で凶刃を握り抑えていた。

「どいてろ!」

 ミツハルの怒鳴るような声に反応して私は身体を刃から離れるように左にのけぞった。

 その瞬間、ミツハルの刀の突きがダジアの頭に繰り出された。

 その突きはライフル弾のように力強く速いと感じた。

 しかし、ダジアは寸前で身体を反らして躱した。

 ミツハルの渾身の一撃は、顔に傷をつけるだけに終わった。

「おいおい、それだけかよ⁉ 物足りねえな!」

 そう言って剣を大きく振ってミツハルの左手からほどく。

 ミツハルの左手は自分の血で真っ赤になっていた。

「光晴、その状態でもやる気があるのはいいぜ! 殺しがいがあるってもんだぜ!」

 ダジアが喜んでやる気になっているのに対して、私たちはボロボロだ。

「……くそっ……」

 なによりミツハルが立ちはだかってはいるものの、ミツハルは万全ではない。

 私を助けたせいで、左手がまともに使えるとは思えない。

 ここで終わるのか。

 あきらめかけていた、そのとき。

「おーい、二人とも!」

 窓の外から馬車の音と共に大きな声で呼ばれた。

 声の方へ見ると、馬車の手綱を握っているのはスイカだった。

 スイカの恰好はドレス姿ではなく肩を露出していて、手を覆う袖が腕に取り付けられ、短パンといった、胸元は露出してないものの全体的の露出が多く、動きやすい恰好になっていた。

 しかし、一番に気になったのは、さっきは緑色の髪だったのが茶色の髪の毛になっている。その毛の色は兄のミツハルと同じだった。やはり、こうして見ていると兄弟なんだと考えさせられる。すごく羨ましく感じた。

 その馬車は、私たちに向けて近づいてくる。

 その道中に出てきたダジアの仲間の銃で襲い掛かる。

 銃で撃ってくる連中をスイカは魔法で迎え撃つ。

 銃声が聞こえる。と同時に、弾丸が上空へと放たれ、連中は銃を落とした。

 撃つ瞬間に氷の魔法で迎撃していた。その証拠に連中の手元が刺され血が凍り付いていた。

 私は、近づいてくる馬車に私は目を配りながらも、どうしても、どうしても、ダジアに目を向ける。この男から逃げるのは嫌だ。

私の全てを奪ったこの男をどうして、見逃さないといけないのか。ここでまた逃げるのは、自分自身が、ローズ・カーマインが許せない。

「逃がすかよ! 光晴!」

 ダジアがミツハルに向けて刃を向けて突進してきた。

 私は、ダジアの隙をこの時やっと見つけた。

 ダジアに向けて発砲する。

 ダジアに当たりはしなかったが、ダジアの攻撃を止めることができた。

 私がここで足止めすればミツハルは助かる。

 最期に一矢報わなければ――!

「今のうちに逃げて――!」

「行くぞ、ロゼ!」

 突然私は腹を抱えられた。ミツハルの真っ赤な左手に。

 彼に抱えられた瞬間、その腕を引き離そうと思ったが、そうしなかったのは何故だろう。

 彼を痛めつけたくないから? 命が惜しくなったから? 彼が血まみれな手でたすけてくれたから? なぜだろ。わかんない。

 ただ一ついえることがあるなら、この腕に抱かれている間、憎しみが、あの男を殺そうと、考えていた思考が止まったこと。

 私はミツハルに抱かれたまま、スイカが乗る馬車に乗り込んだ。

 しかし、この兄妹は再開して間もないのに、馬車は速度を落とすことなく、私たちを見事に乗り込めたのは、二人の息が合っているだけじゃない、互いの思考も合っているのだろう。

「逃がすかよ! 光晴!」

 ダジアの声が外から、馬車の後方から聞こえる。

 馬車の中から後ろを見る。奴の仲間がこちらへ銃を構える。

 それに気づいたミツハルは前に進み、スイカは後ろへ振り向いた。

「このままだとやりづらい! お願い、兄上代わって!」

「おうよ!」

 スイカは馬の手綱をミツハルに手渡す。と同時に馬車の後方に向かう。

 スイカは魔法を唱える。しかし、唱える前に、連中の持つ銃の銃声が鳴り響く。

 このままではまずい。

 私は瞬間に馬車の後ろへ銃を構えて、連射した。

 発砲した炎の弾丸は、連中に向かって放ったわけじゃない。だから、連中の撃った弾丸を弾く、いや焼ききる!

 狙い通り、奴らの発砲した弾を一発残さず炎の弾丸で焼き尽くした。

 それを見たスイカは私に振り向く。

「ナイス!」

 そう言い終わると同時に銃を構えた連中に雷撃を喰らわせた。

 雷を受けた連中は次々に倒れこむ。

「くそったれが!」

 ダジアの声が聞こえたが、徐々に遠ざかっていた。

 私は、一発ぶちかまそうと銃を構えるけど。

「もうおそいよ。後は騎士団たちに任せよう」

 スイカに止められる。でも私は疑問をぶつける。

「でも、あいつら放っておいていいの?」

「それは大丈夫。騎士団もここからどうにか収めてくるだろうし、それに」

「でも……」

「アンタがあらかじめ連中の奴らを大方撃ってきたおかげで、こっちでどうにかなってくから」

「あれは通りすがりだし、それに、騎士団でどうにかなるの?」

 私は本気で心配する。しかし、彼女は心配するどころか何処か余裕を持っていた。

「あの程度ならもう父上が本腰入れて収めるはずよ」

「もし、そうでなかったら?」

 そう訊いた私に、彼女はにっと笑った。

「あれでも、魔法学院の元職員だからね。信じるしかないよ。そうでなきゃ勘当だよ」

「……そう」

 そんな彼女の態度に私は訊くのを止めた。

 すると、馬車の前方、馬車の手綱を握っているミツハルから声がかかる。

「大丈夫か。ロゼ」

「うん……」

 少し気まずそうに答える私。

私が勝手にやったことなのに。何故助けてくれたのか。何故ここへ来てくれたのか。

「スズが送ってくれたんだよ」

 訊いてもいないのに答えてくれた。

スズ。あのハーピィの名前が出る。確かに、あの子なら翼で私のもとまで飛んで来られる。

 でも。何故、何故……。

「どうして助けてくれたの?」

 ミツハルは未だに手綱を握ったまま、呟く。

「……どうしてって、そりゃ――」

 次の答えが気になる。時間がゆっくり感じる。

「知らん」

「はあ⁉」

 なによ、それ。その答えに思わず訳の分からない感情が湧き上がる。

「何よ、それ⁉」

「そんなん訊かれても俺も知るかよ!」

 何も答えてくれないじゃない。

 気まずい沈黙が流れる。聞こえるのは馬車の音。

 やがて馬車の音が大きく聞こえだしたころ。

「俺は、何で助けられた?」

「え?」

 不意に質問された。

「俺を、大して関係ないのに応急処置してくれたろ?」

「う、うん」

「とりあえず、それの借りを返すため、てことにしてくれ」

「うん、わかった」

 戸惑った私は彼の言うままを肯定するしかなかった。

「あと――」

 彼が恥ずかしながら

「な、何?」

「ロゼって呼んじまったが、ローズって言い直した方がいいかな」

 そんなことか。言われてみれば、リーム以外に、そう呼ばれたことがなかったな。

 ゼロ号とか、お嬢様と呼ばれるよりは。出会ってロゼとして接してくれた彼なら。

「いいよ。それが私の名前だもん」

「あのう、お二人さん?」

「「わっ⁉」」

 スイカが申し訳なさそうに間に入ってきて私はビックリした。

 いつの間にか二人の世界に浸ってきたらしい。

 ……そこまでの仲に見られたかな、私たち?

 ミツハルは咳払いしてスイカに訊いてくる。

「これからどうする? もう街の外まで走らせているけど」

 彼の言う通り、すでに街の外壁に差し掛かっていた。

「いいよ。そのままで」

 淡々と答えるスイカ。

「あたしも一緒に行くから」

 そう答えるスイカにミツハルは訊く。

「いいのか。戻らなくて」

「あたしが戻ったって焼け石に水じゃない?」

 その返答を予測していなかった私たち。驚いたミツハルが訊き出す。

「街の復旧に駆り出されるんじゃないのか?」

「多分、父上は私を出さないよ」

「そこまで過保護なのか」

「うんざりするほどね」

 彼女がそう苦笑いで答えると、馬車は外壁を超えて行った。

「そういやスズはどうしたの?」

 私はスズについて訊きだす。飛び立つ前、一緒にいたはずだが。

「俺を降ろした後、役所に向かったはずだが……大丈夫かな」

「おかしいよね。あなたは」

 私は思ったことをそのまま口にした。

「何がだ?」

「心配性よね。私といい、スズといい、アンタ自分のことより他人を心配しているよね?」

「まあ、それは……」

「私たちの父上と同じじゃない?」

 スイカが会話に加わる。

「……どういうことだよ、それ」

「兄上よく言われなかったっけ? 女を大事にしろとか」

「確かにそれは……言われたな」

「あと、子作りに関しても」

「おい、それは嘘だろ」

「でも、近いことは言わなかったっけ? 女を口説くときはどうとかって」

「……思い出した。親父そんなこと言ってきやがったな。俺が十にもなっていないときに」

「そうでしょ。多分、父上の遺伝だと思うんだよ」

「そうかな」

「そうだよ」

 ミツハルとスイカは微笑ましく、昔の話をした。

 ……そういえば、さっきのこと忘れたままだったわね。

「さっきの話だけど、ローズじゃなくてロゼって呼んで」

「……いいのか。本名じゃなくて」

「そっちの方が私は嬉しい」

 すると、すこし照れた彼は頬をかく。

「ロゼ」

「ありがとう、ミツハル」

 その名を呼ばれる方が素直に嬉しい。気分がよくなる。落ち着いてくる。

 ロゼ。そう呼ばれるのが自然になったのはこの男と出会ってからだ。

 今思い返したら、たった数日だけでここまで信用できる人物は彼が初めてた。

 不思議ね。助けてあげて数日間の付き合いでここまで付き合ってくれるなんて。

 ついて来てくれるミツハルは彼の妹のスイカに訊いてみる。

「それで、どこへ行くつもりだ? お嬢様」

 ミツハルがお嬢様のスイカに訊く。私もそれが気になっていた。

「それが、まだ……」

「だったら行きたい場所がある」

 その行先に私は息を呑んだ。

「王都へたのむ!」

「王都⁉ なんで……?」

 私は思わずミツハルに顔を寄せて訊いた。

「あ、会わなきゃならない奴がいる。そいつに訊きたいこともある」

 顔を背けながらも、答えるミツハル。

「わかったわ、行くよ!」

 ミツハルの要請にスイカが応じる。

 スイカが馬に手綱を握って馬を走らせる。

 私たちを乗せた馬車は、街からどんどん遠ざかっていく。

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