妹との再会

 神祖の大将軍【徳山】を守る大名、白銀家の長男として俺が生まれた。

 かつて、徳山の敵の忍びであった母と武将である父、そして可愛らしい妹と暮らしていた。

 しかし、八年前、徳山の身内の内乱に俺の両親は参戦した。

 それで帰ってきたのは父の形見の刀と内乱で疲弊した徳山を倒した【山片】という新たな将軍によって両親が殺されという報告だった。

 残った俺は、妹を守るために必死に刀を握って修行した。

 しかし、非力な俺は妹を目の前でさらわれていくのを止められなかった。

 どこを探し回っても、妹も、さらった連中さえ探し出せなかった。

 自分の無力さに失望した俺は、ある時妙な男と出会った。

 その男の周りには、俺のように山片に殺された大名の子供が集まっていた。

 その男がダジア・シンシエだった。その男は俺たち、孤児に向けて生きるために傭兵として戦わないかと誘われた。

 その男の誘いは、今にして悪魔の誘いと同じことだと思った。

 でもその時の俺は無力さを嘆き、力が欲しかったから誘いに乗った。

 彼の率いる【グーア傭兵団】の一員として山片の軍と戦ううちに俺は力をつけていった。俺はその中でも秀でた者の一人で、奇襲作戦を主に任されていた。

 そして、世界が魔国対北の露雪、西の独裁そして東の神祖という世界大戦が起こった。

 この時、グーア傭兵団は魔国に属していた。

 傭兵団は、部隊を三つに分けて、俺は神祖の軍と戦う部隊に入れられた。

 神祖では、今まで以上の規模の戦で山片の軍は今まで以上に戦力が大きく投入されていた。

 それに対して、神祖に対する部隊には、主に俺たちのような神祖の孤児が多く配置された。

 神祖を支配する山片に対する憎しみ、それが大きな動機となっている俺たちは神祖の地で大きく暴れて戦果を挙げた。

 そして大戦終盤、追い込まれた神祖の将軍山片は、国民全員を兵士とするような国家総動員法を行った。

 素人同然の農民などが、俺たちに襲い掛かってきた。一人一人、殺していくのは簡単だった。だが、兵士でもない彼らを討つことに抵抗する心が部隊内で生まれる者は少なくなかった。

 精神的にも体力的にも疲弊してきた俺たちは、隠密に最速で将軍を討つという、かつてない電撃作戦を行うことにした。

 その作戦は多くの被害者が出たものの、将軍山片の首を持ち帰ることに成功した。

 将軍がいなくなった神祖は、最上級の権威を持つ【陽皇】によって降伏が宣言された。

 生き残った俺たちは、将軍の首を持ち帰ったことによって復讐が成功したと喜んでいた。

 そんな俺たちの部隊が魔国を通って他の部隊の支援を行おうとした時、上官のダジアたちの計画書を見てしまった。

その計画書は、俺たちを利用して戦災孤児を作っては、傭兵団に引き込み、傭兵として育て、そして戦争の道具にするといったものだった。

その作戦の内容には、テロや殺人など、戦争の火種を作る事件の計画書まで書いてあった。

 俺は、このことを部隊の皆に告げたが、上官にばれる。

そこで、俺は上官を殺し、休憩所に爆薬をあるだけ仕掛けて、爆発して部隊の皆を死んだように偽装した。

 このとき、俺は一緒に生き残った部隊の仲間に訊かれた。

「なあ、あの計画書が本当だとしたら、俺たちって――」

「それ以上は言うな。終わったことだ」

 俺は冷たく仲間の発言を切るように言った。

「だとしたら俺たち――」

「俺たちの両親が死んだあの内乱にも奴が関わっている、と考えた方がいいかもしれない」

 俺は淡々と答えた。そのために俺たちの前に現れて誘い込んだのなら尚更だろう。奴があの山片に属したなら話が線となって繋がっていく。

 俺は生き残った仲間たちに告げた。

「いいか。もう俺たちを縛る者はいない。だから、戦いのない所で自由に生きるんだ。もう戦う理由なんてない」

 そう言いながら、俺は仲間たちに背を向けてその場を離れていった。

 それでも、仲間たちのほとんどが俺についてきた。俺はそのことに気づきながらも、行き場のない彼らが見つかる間なら、と黙認していた。

 それからしばらくして仲間が一人、また一人と抜けていった。

 それは途中で寄った村に住み着いたり、違う傭兵団に誘われたり、俺から自然と離れて行ったりとさまざまだったが、次第に俺についていく仲間はいなくなっていた。

 同時に、俺はどこにも当てなく歩き続けて気づく。

 俺の方が行き場も、止まるところもないことに。

 俺がそう思った頃には、世界大戦が終わっていた。

 グーア傭兵団としての俺はおそらく死亡扱いだろうと密かに祈る。

 それから五年間、ずっと俺はこの魔国で日銭を稼ぎながら旅を続けていた。

 ロゼという少女に会って、非常識なことに巻き込まれるまでは。


 緑色の髪をした少女に声を掛けられた。兄上、と。

 そんなことがあるはずがない。彼女がいるわけがない。

 彼女の姿はいや、茶色の髪だったはずだ。でも、まさか。

「翠果、なのか?」

 やっと言葉にできた。

「うん、そうだよ」

 そう言うと髪の生え際を見せた。

「家に引き取られた際、緑に染められたけど」

 彼女がそう言っているうちに確認した。俺と同じ茶色の髪だ。やはり。

「翠果!」

「兄上!」

 俺たちは名を呼び合って抱き合う。

 白銀 翠果。俺の妹だ。あの日いなくなった妹が目の前にいる。

 俺は翠果を大きく抱き上げる。

 八年前と比べ背丈は少し伸びたが、ちゃんと女性として発達している所は人並みに発達していた。

「兄上……。さすがに人前では恥ずかしいよ」

「昔、こうやって抱き上げていたから、ついな」

 俺たち二人は昔を思い出しながら、語り合っていた。

 そこへ、空気を読んでもらっている侯爵が申し訳なさそうに訊いてくる。

「あの、スイカ。儂らこの者らを捕まえたいのだが」

 翠果から笑顔がきえる。

「兄上、ちょっと降ろして」

 囁くような声で俺に言ってきたので、すぐに降ろして侯爵へ向けて問いただす。

「それって、自身の権威のため? まさか、私を兄に会わせるため?」

 翠果は気品ある装いをしながら、毅然とした態度で侯爵に立ち向かう。

 一方で、騎士たちや、スズ、ローズまでもが混乱しているのか。何も言いださない。

「そ、そうだ。お前に兄と再会させるため――」

「うそをつくなああー!」

 翠果は怒声と同時に片足を床へ乱暴に踏んで、地震を起こす。

「な、な、な」

 な、しか言えない侯爵は椅子から慌てて飛び降りた。

 飛び降りたと同時に椅子を岩の槍で突き刺して壊した。

 翠果の怒りっぽい性格は昔から変わってないなと感心したと同時に、トラウマを思い出した。

 翠果のおもちゃを壊したときに、彼女に思いっきり殴られて大怪我を負いかけた。

 あれ以来、彼女を怒らせないようにしようと心に決めたのは言うまでもない。

 でもそんな彼女がなんで?

「なんでお前が貴族の娘としてここにいるんだ?」

 俺はつい訊いてしまった。周りのことはお構いなしに。すると彼女は答える。

「私があの人攫いに遭って、しばらくして魔国に渡ったの。魔国のこの領地で人身売買が摘発されて、私は孤児院に入れられる予定だったの。そしたら、このおっさんが私を養子として引き取ったの」

「今、儂に向かっておっさん、と言わなかったか?」

「うっさい」

 翠果は話に割り込んだ侯爵を雷撃で払う。侯爵は痺れて膝を降ろした。

 邪魔がいないかを騎士団たちやスズ、ローズを見て確認をする。

「私はここでベール家の娘として魔法を学ばされたの。大戦の時、兄上がいたということを知った私は兄上を迎えたいとこのジジイにお願いしたの。そしたら――」

「今、ジジイと言っ――」

「黙れ」

 再び翠果は侯爵に雷撃を食らわせる。今度は黒焦げになって倒れこんだ。

 あれだけ強力な魔法使いの侯爵がこうも義理の娘にぼろぼろにされているのを見て、彼に少し同情をしかけたところ、翠果は話を続けた

「そしたら、その必要はないって言いだして捜索してくれなかったの。だから、兄上の状況がわかっても、助けることも探し出しも出来なかった。ごめんね」

 突然、謝られた俺は。

「いいよ。それより、こうして出会うことができてよかった」

 申し訳なさそうにしていた顔は徐々に笑顔に変わっていき、俺はその表情をみて嬉しく感じた。

「ところで、侯爵のことなんだけど」

「あれのこと? あれはいいの。黙ってくれた方が好都合でしょ?」

「確かに、いいけどさ……」

「育ての親より、実の兄よ」

 そう言い切って背と反比例して育っている胸を張る翠果。

 義理の父親に対して労わりもせず、そして何気にあれ呼ばわりする翠果に俺は訊いてみる。

「俺たちはどうすればいい?」

 俺は妹としての翠果、ではなくベール家の娘としてのスイカに訊いた。

 侯爵が倒れた今、立場が上なのは彼女だ。

「客室を使って。私が代わりに訊くよ」

 好意的に話が進めてくれるようだ。

 すると、翠果に駆け寄る猫の騎士が止めに入った。

「しかし、お嬢様。勝手に決められては――」

 スイカは笑顔で答える。

「何か? 私が、領主の娘が決めたことだけど、なにか?」

「い、いえ。すぐ使用人にお伝えします」

 猫の騎士はすぐに引っ込み、他の騎士と同様に大広間から出て行った。

 俺は思わず呟いた。

「お前、すごいな」

 俺がそう言うと翠果がふふん、と鼻を鳴らして得意げに言う。

「これでも、貴族の娘なんでね」

 とにかく、偶然にも再開した妹に救われたのは事実だ。あのまま戦えば、ローズと共に牢屋に送りかねないかもしれなかった。

「ありがとう。翠果」

 礼を言う俺に、手を振って言い返す翠果。

「いいよ。こっちの父上だとまともに話を訊けそうにないからね」

「話って、最初から聞いていたのか⁉」

 俺は思わず驚く。あの場にいる者の他に気配がしなかったのだが。

「まあね、最初は大広間に多くの騎士が入り込んできたから、どんな人だろうと見に来たんだけど」

「その際、俺たちも騎士たちに見つからなかったみたいだけど」

「そりゃ、気配を消してたからね。見つかりはしないよ」

「お前って……」

「まあ、あたしたちの母上がさ、忍びだったわけじゃん。だから、魔法と同時に忍術を極めていたんだよ」

「ほんと、天才かよ」

 そう言ってやると、翠果はまんざらでもない態度で言った。

「そりゃ、天才だもの」

 自信満々で言ってきた。この様子だとよほど侯爵を超えていても不思議ではない。

「さて、兄上」

 浮かれていた様子の表情から真面目な顔をした翠果は、使用人が大広間に来たのと同時に言ってきた。

「あたしたちも行こうか。ほらそこの二人も」

 翠果はローズとスズも誘って、使用人と一緒に大広間のドアで待っていた。


 翠果が出て、俺は二人に駆け寄った。

 翠果と久しぶりに会って、すっかりほったらかしにしてしまったローズとスズ。

 二人の様子は、何かこちらに向けて何か言いたそうな顔をしていた。

 最初に口を開いたのは、スズだった。

「別に気にしないでいいっすよ。私、そこらへんの空気を読みますから」

 冷めていた。心当たりはないわけでもないが。

 続いてローズも、尖った口調で言ってくる。

「いいわね。自分の妹が見つかって」

 言葉と違って全然祝われた気がしない。

 申し訳なくなった俺は頭を下げかけたところで、ローズに止められる。

「いいわよ、おかげでことを大きくするのを阻止できたんだから」

「もしかしてあの時、何かしかけていたのか」

「まあ、この大広間を燃やそうかと思ってた」

 ぶっ飛んだ発想だった。そうだ、そんな感じの発想でキメラノイドが作られているんだっけ。

「ちょっと、私も巻き込まれるところだったっすよ⁉」

 ローズにスズが食い掛かってきた。そんなスズを俺は抑えた。

「こんな話を訊かされてもう巻き込まれたとかないだろ!」

「でもっ……」

「とりあえず、翠果が用意してくれた部屋に行こう。ここより落ち着くだろ?」

 スズを落ち着かせる俺に、ローズが翠果に対して疑問をぶつけた。

「でも、それが罠だという可能性があるけど、どうかしら兄上」

 ローズは皮肉を混ぜながら言ってきた。妹、というだけで信用できるかと。

「それはないだろ。そうじゃなければ侯爵の魔法を消したりしないし、それに俺たちの前で姿を見せたりしない」

「……」

「確かに、妹がいるという理由は否定しない。でも、唯一の家族なんだ。信用したい」

「……もうわかったわよ。信じるわよ」

 ローズは頭を抱えながらも納得してくれた。しかし。

「でも、ダジアという男に関してはいろいろ訊かせてもらうわよ」

 そう睨みながら言っては、俺から離れる。

 スズと俺も後に続いて、翠果のもとへ行く。

 翠果は穴の開いたドアを手で開けながら言った。

「そんじゃ、案内するよ」

 貴族らしからぬ言葉に、俺は昔、小さいころの彼女と重ね合わせてしまう。

 白銀家の娘じゃなくても、俺の妹だ。


 焼け跡が一部分残っている大広間を抜けて、客室に案内された三人は、スイカに街外で起こったこと、キメラノイドとそれによる襲撃事件、そしてミツハルの過去をスイカに話した。

「兄上、そんなことになってたの……」

 話が終わった後に、最初に口を開けたのがスイカだった。

兄に同情できるわけがない。

大戦で多くの死を経験した彼に対して、自分は貴族としてその大戦から遠く安全な場所にいたのだから。

そんな兄に褒める言葉も慰める言葉もかけてあげられない。だから――。

「兄上、自分のしていることがわかる?」

「わかっているつもりだ」

「あたしのせいでそんな業を背負うって言うなら私が謝る」

 それを聞いたミツハルは立ち上がり、テーブルを強く叩いた。

 テーブルの上に乗っていたカップは中の紅茶はカップの下のソーサーからこぼれていた。

「お前のせいじゃない! これは俺たち……俺がやったことだ! お前はもちろん、他の誰にも背負ってほしいとは思っていない!」

 怒鳴られたスイカはしゅんと落ち込んで深く座り込んだ。

「わかった、ごめん兄上」

 こぼれた紅茶を布巾で拭くスズを見たスイカは手伝うようにカップを持ち上げた。

「ありがとう」

「いえいえ! 領主の娘様に褒められることでは……」

「些細なことでも、感謝はするべきなのよ」

「じゃ、じゃあお褒めに預かり、光栄であるっす、言えあります」

スズとスイカのやり取りを見てミツハルは冷静になった。

「こちらも悪かった、怒鳴っってしまって」

 申し訳なさそうに謝り、ソファーに座り込んだ。

スズがこぼれた紅茶を拭き終えると、スイカが紅茶を淹れ直した。

「それに、そのキメラノイド計画、てのはほっておけないね」

 これは領主の娘として言ったことだ。義理の父親がローズから強引に訊きたかったのはわからないでもない。

「話を聞いた感じ、あたしらのような領主では手に負えない」

 スイカは領主の娘として答えながら、舌打ちしながら愚痴を言った。

「父上含めた学院の連中が処遇を甘くしたからこうなったんだし」

 育ての親だろうと容赦なく毒づくスイカを見て、ミツハルはロゼに訊いた。

「なあ、その研究所ってどこにあるんだ?」

 ローズは少し黙り首を振って答えた。

「教えられない」

「どうして?」

 反射的にスイカが問い詰める。

「仮に軍を差し向けたって勝てる相手じゃないから」

「どういうこと?」

「あっちは武装したキメラノイドが多くいるのよ」

「た、たしかに、あんな娘がいっぱいいるってなったら軍じゃ対応できないっすよ」

 スズがグラキエスを思い出しながら話した。

「それほどまでなの? キメラノイドって」

「すごかったですよ! 炎と氷がバチバチってしていてなんというか、どういっていいのか、もう……」

 スズは言葉が出なくなってきた。

 その様子に、「ホント?」と言いたそうな顔をしたスイカにミツハルは頷く。

「グラキエスはその中でも最強クラスよ。他のキメラノイドはあれほどいかないわ」

「そっ、そうなんすか……」

 スズが引きつった表情のまま息を整える。

「ま、それでも武装を使いこなしているのがほとんどだろうけど」

「そ、そんなあ~~」

 ガックシと肩を落とすスズ。

「つまり、大所帯で足がつかないようにしないとだめってこと?」

 スイカが思いついたことを話す。しかし。

「どのみち大所帯じゃ被害が出るだろ。やるなら少数じゃないと」

 実戦経験のあるミツハルが却下する。

「少数精鋭でやるっていうの⁉ 無茶よ!」

 ローズはテーブルを叩かなかったものの、素早く立ち上がった。

「もし研究所を攻めるとしたらだ。それに、これは……」

 しばらく沈黙が続いた。

「これは、なに?」

 スイカが急かすように訊く。

「ダジアを殺すために避けては通れないだろ。奴と関わっている以上はな」

 ミツハルはそう言いながらローズに眼を向ける。

「!」

 その眼はローズに今の状況を考えさせられた。

「お前の復讐に力を貸せっていうのはこういうことだぜ」

「……」

「どうだよ。ローズお嬢様」

 じっとローズの眼を見つめるミツハル。

「私は――」

 ローズが口を開いた瞬間に、遠くから力強く叩かれた鐘の音が続けて鳴らされる。

「この鐘の音は⁉」

 ミツハルが訊いた。

「緊急事態の報せっす! 街でなにかあったんすよ!」

「屋敷の外を見てみよう!」

 ミツハルたちはその部屋から慌てて出た。

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