赤の銃士
気付くとミツハルは朝の光で目を覚ました。
周りを見ると何処かの家にいるらしく、自分が寝ていたベッドは白いシーツに小さく赤い痕がついていた。
それを見て思い出したのか、自分の撃たれた痕を見た。撃たれた腹を見ると、焼けたような痕になっていた。
「応急処置してあげたのよ。これでもマシな方だと思うけど」
「うわ⁉」
その様子を終始見ていた少女が言った。
少女はベッドから見えづらい場所から椅子に座っていたのだ。
相手のミツハルは上半身裸の状態で少女に話しかけられ恥ずかしいのか顔を向けられない。
そんな彼の状態とは違って、椅子から立ち上がった少女は興味津々に彼の身体を見た。
「いいじゃなあい、減るもんじゃないし」
「ふざけるな。見るなよ。変態!」
と言って慌てて服を探し、着だした。その様子に少女はつまんなくなったという顔をした。
「おい、女が男の体をじろじろ見るか⁉」
「逆に、女の体を男がじろじろ見ていいの?」
……そんなの。
「そりゃ……見たいけど」
「何なら見る?」
「え⁉」
「冗談よ。命の恩人に向かって失礼なやつね」
「男で弄ぶな……って」
自分から言っておいて、卑怯だよな、そういう質問。
命の恩人という言葉に引っかかったミツハルは少女に問い詰めた。
「やっぱり、あのとき何かしたのか」
「まあね」
あっさりと肯定した。いや、それだけでは納得できないので、
「いったい俺の体に何をしたんだ?」
「腹に銃弾を受けていたでしょ?だから、腹の銃弾を焼き尽くしたの。腹の火傷の痕はそのとき出血を抑えたときのものよ」
少女の説明に唖然とした。あまりに単純な答えだが、それでも納得できないことがある。
「今、弾を焼き尽くしたと言ったよな、何故そんなことができる?」
「そんなこと、どうでもいいでしょ。それで命が助かったんだし別にいいじゃん」
少女ははぐらかす。だがミツハルも食い下がる。
「そんなことって、体にあるものを焼き尽くすってお前は」
「ミツハル」
食い下がるミツハルに少女は話す。
「私はあなたの命の恩人、ロゼ。ロゼって呼んで。」
「ロゼ……」
ミツハルは少女の名前を聞いて、いったん冷静になったミツハル。命の恩人っていうのは押しづけがましい気がするが、間違ってはいないし、それに対して自分があれこれ問い詰めるのはおかしいと思った。そう思ったミツハルはロゼに対し態度を改めた。
「なら、ロゼ。さっきと違う質問したいがいいか?」
「ここはあなたが守った村の小屋だよ」
「まあ、そうだと思ったけど。じゃなくて。」
「グリッドと村長さんがあなたをここに運んできたのよ」
「あの人たちが……じゃなく」
「あたしはその間、村の用心棒にされて」
「大変だったんだな……だから」
「あと、あなたのスマホに倒した盗賊の情報を送ったから、街の役所に行ったら金になるわよ」
「俺の話を聞いてくれ!」
ミツハルはロゼに怒鳴るように叫んだ。少女が言っているのは、訊いておきたかった事なのは事実だ。だが、ミツハルはまだ質問していないのにロゼが勝手に答えを返すので、会話になっていない。ロゼがそうするのは――。
「お前の不思議な能力のことについてもう訊くつもりはない、処置も爺さんたちにそのことを話したわけじゃないだろうし」
ミツハルは自分の身体を確認して言った。ロゼの処置からは何らかの医術を受けた痕もない。そんなミツハルの言葉にロゼはようやく椅子に座って話を聞く姿勢をとった。
「で、何を訊きたい?」
質問ができる状態になったことを確認したミツハルは少女に向かう形でベッドに座って質問した。
「なぜ、ゴルド――盗賊から俺を助けた?」
「邪魔だったからよ、言わなかったっけ?」
「違う、何故俺を敵じゃないと思ったのかだ」
ロゼは、その質問にしばらく考え込むと答えた。
「まあ、あなたに興味があったから、と言うと嬉しい?」
「おちょくるのも大概にしてくれ。真面目に訊いとるんだ」
顔が赤くなるミツハルに対し、ロゼは真面目に話し出した。
「あんな不利な状況で、逃げずに立ち向かっている姿を見ていたらね、いかにも悪に立ち向かうヒーローみたいで興味がわくのはしょうがないんじゃない?」
ロゼの真面目な答えに、ミツハルは返した。
「それだったらヒーローというより、バカの方が合っているよ。実際に自分でもそう思う」
「まあ、そうね」
返した言葉にロゼは笑いながらも軽く同意した。
そのとき、ロゼの腹から空腹を知らせる音が鳴った。ロゼは顔を赤くして、露出している腹を隠した。
それを聞いたミツハルはお腹の様子を確認する。
「そういや、まだ飯を貰ってないな。爺さんとこに行くか」
と立ち上がりながら言った。さらに、
「これでも俺たちは村を救ったんだ。一緒に行くぞ」
とロゼに手を差し出した。
「そ、そうね。ご飯、大目にもらいましょ」
差し出された手を握って椅子から立ち上がった。
ミツハルは握られた手の温かさを感じた。人のぬくもりと呼ぶには、あまりにも熱く感じたが、それが居心地を悪くなるようには感じなかった。
「どうしたの、美女の手を握って照れているの?」
そのロゼの言葉に、ミツハルはすぐに返した。
「美女は置いといてそうかもしれない。しばらく人の手をこうやって握ることがなかったから」
「……私もだわ」
小さくつぶやくロゼの声をあえて聞かなかったことにしたミツハルは改めて飯をもらいに一緒に小屋を出た。
「今まで、お世話になりました」
ミツハルは、村人たちに向けて頭を下げた。朝飯を食べ終えたミツハルは支度をそこそこに、村から出ることにしたのだ。
名残惜しくなったのか涙目になっているグリッドが言葉で引き留めた。
「もう少しくらい、ここにいてもいいんだぞ。お前は村の英雄だからな」
ミツハルは英雄という言葉が響いたのか、すぐに言葉を返した。
「俺は英雄なんかじゃありませんよ。むしろ」
そう言いながら、彼の祖父である村長に目を向けて言葉をつづけた。
「村長が一番盗賊を倒しているんだが」
そういうとミツハルは、朝飯後に盗賊との戦地を見に行ったときを思い返した。
木々や地面に数えきれない弾痕と死体の血の跡があって、死体を埋めた跡と思われる土の山が、軽く十を超えていた。ちなみに、ミツハルが倒したゴルドを含めた盗賊たちの死体はロゼが住人たちに気づかれないうちに燃やしたらしい。同行していたグリッドが、
「うちの爺さん、狙撃上手かったろう? あれで軍の英雄だったんだぜ」
その情報は初めて知った。襲撃前から、タダモノじゃないのは感じていたが、やはり軍の関係者だったんだとそのときのミツハルは納得した。
ミツハルがその出来事を思い出したころ、村長に目を配る。村長は盗賊団から取り上げた武器を家に運んでいた。その光景は武器商人にも見えた。
村長に話しかけられないと判断したミツハルは、目の前のグリッドで別れを済ませようと考えた。
「村長、忙しいようですね」
「ああ、爺さんが俺たちで残党や盗人が来ても大丈夫にするらしい」
「ここで軍隊を作る気ですか」
「そうじゃないけど、こういう村じゃそうするしかないだろ」
「それじゃこれからもここで?」
「そうなるな、他の領地に行くと、爺さんが捕まるかもしれないし」
「そうか、仕方がないですね」
そういうと肩にバッグを背負い、刀を腰に差して出かける準備を整えた。
「それじゃここで失礼します。お元気で」
「また来いよ。歓迎するぜ」
「それまでにちゃんとした村になるといいですね」
「その先の道に左右に分かれた標識があるが、そこを右に行って道なりに進めば、王都に町に着くぜ」
「村長、捕まらないといいけど」
「それ、考えたけどよしてくれ」
グリッドがそう言うと、ミツハルは村に背を向けた。
ミツハルは別れの言葉を送ろうとしたそのとき、
「ちょっと待って、ミツハル!」
少女の呼ぶ声に呼び止められた。その声の主はロゼだった。
「私を置いてどこへ行くの⁉」
そう言ってロゼはミツハルの傍まで来た。
グリッドは思わず、目の前の男女に訊いた。
「お前ら、付き合ってんの?」
そう訊かれた二人は、
「違う、こいつとはそんな」
「まあ、一言では言えない仲ね」
否定しようとしたミツハルの言葉をロゼの言葉が遮った。
それを聞いたグリッドは、ミツハルに問い詰めて
「お前は、お前は、俺と同じだと思ったのに~~」
それを聞いたミツハルはロゼの恋人になったと勘違いされたと思い、
「違うってば、俺とこいつはそんな仲じゃないって」
「じゃあ、ロゼの言うことは嘘だと?」
「……」
グリッドの問いに嘘だ、とは言えなかった。ロゼの不思議な力のおかげで自分は生きているのだから。
彼女が火傷の痕を村長たちにはごまかしたので、ただならぬ関係であることは否定できなかった。
一言では言えない仲ね、これを否定する言葉を彼はなかった。
「やっぱりそうかぁああ! リア充め!」
「だから違うって! お前も言い方を考えろ!」
「え、間違ったこと言った、あたし?」
「誤解生むんだって! その言葉は!」
「リア充があぁぁーー!」
「ああ、もうめんどくせええ!」
話を聞く気がないグリッド。発言を訂正しないロゼ。この状況からミツハルが導き出した答え、それは逃げる。
「じゃ、さいなら!」
別れを手短に済ませるとそのまま村から走り去って森に入っていった。
ミツハルは走った。森の中を街道に沿って行きながら。目印の標識が見えてやっと足を休める事ができた。
後ろを見ると当然村はもう見えない。
だいぶ走ったのだから、あの赤い女ももう会うこともないだろう。
そう思って標識を確認した。左にはカーマイン領と書かれた板が、ずいぶん荒れていた。
右にはベール領と書かれたきれいな板が掲げられていた。
標識を読んでいるとき、後ろから暖かい風が流れてきた。
この暖かさには覚えがあった。
まさか、とミツハルが後ろに振り向くと信じたくなかった者がいた。
「やっほー、速いね。追いつくの大変だったよ」
ロゼだ。驚いたのは、それだけじゃない。宙に浮いているのだ。背中のマントが二つに割れて翼のようにはばたかせては宙に浮き続けているのだ。
彼に認識されたことを確認すると翼のように分かれたマントがまとまって普通のマントに戻ってゆっくりと地に足を付けた。
その光景を見たミツハルは驚きを隠せず、改めて彼女を不思議に思った。
「お前、空を飛べるのか」
「この国じゃ、空を飛べる人なんて珍しいわけじゃないと思うけど」
「でも、俺の知っている種族にお前は当てはまらない、って」
「どうしたの、まだ何か言いたいの?」
「いいや、どうせ長く問い詰めても答えちゃくれないだろ。村の人たちには見せてないんだろ」
「そうよ、よくわかっているじゃない」
質問をするだけ無駄と判断し、ロゼに問い詰めなくなった。
それでもミツハルにはわかったことがあった。
彼女が彼の腹の銃弾を焼き尽くしたこと、今彼女が飛んできたことを村人に知られなかった。彼女は多くの人に能力を知られたくはないということが分かった。そう理解したミツハルは、呆れながら訊いた。
「何しに来た、バカ女?」
「バカはあなたよ、バカ男」
「なにを!」
言葉を続けようとしたミツハルをロゼは突き刺した人差し指で止める。
「あのお兄さんが言わなかった? そこを右に曲がれって」
言われてミツハルは突き刺した先を見た。そこには先ほどまで見ていた標識があるだけだった。
「覚えてるよ、確認しただけなんだから。右のベール領に行けばいいんだろ」
「なんだ、分かってんじゃん。丁寧に教えようと思ったのに。」
ノーサンキューだ、という表情でロゼを睨むミツハル。それを無視して、ロゼは話を続ける。
「左のカーマイン領には廃墟しかないわよ。見に行っても何もないわよ」
ロゼに訊いてもいないのに情報をサービスしてきた。ミツハルはこのとき、ある情報を思い出した。確か、村長から聞いたことだ。
「それって、元々ここら辺の領主だった人のことか?」
ロゼから笑顔がなくなり、真剣な表情で答えた。
「あそこの領主一家、いえ街の人ごと殺されたわ、手練れの集団にね」
ロゼの表情に陰りを見せたので、ミツハルは――
「……そうか」
少しうつむくミツハルの顔を見たロゼはフン、と鼻を鳴らした。
「何を急に気を利かせてんのとよ。気持ち悪い」
気を使って損したミツハル。とはいえ、彼女がカーマイン領に何らかの関係があるのは唯一の情報であった。だからと言って弱みを付け入るわけにはいかない。
「訊きたくないんだね」
「いや、気になるが、嫌にならないか。自分の知り合いだったんだろ」
そう言われると彼女は、なおも真剣な顔をして告げる。
「あなたには、色々と秘密にしてもらっているからね。これぐらいは教えた方がいいかもね」
「でも、人は秘密を持って生きているような者だろ。無理には――」
そう言いながらもミツハルは感じていた。次の言葉に面倒に巻き込まれる、そんな前触れを。しかし、それはもう止められそうにはなかった。
「あたしは、カーマイン領の生き残りなの」
「……お前、まさか昨夜の銃撃する前は」
「その道の左、カーマイン領の街跡で供養していたの。その最中に盗賊が騒いでいたから見に行ったらあなたがいたの」
「見に行ったらって、仕留めるつもりだったろ。お前」
「そうよ」
軽く言った。ミツハルが命を失いかけたのに。
「簡単に言うな。爺さんの銃さばきがなかったら、俺死んでたぞ」
「逃げようとは思わないんだ。バカみたい」
「逃げるわけにはいかなかったんだよ。まあ、強制的にだけど」
「……義理堅いのね。バカに変わりないけど。神祖の人間ってそうなの?」
「やっぱり知ってたか。俺のスマホ勝手に使ってたもんな」
「おかげで役所に行けば、金になるからもういいでしょ。それより」
このやり取りは下らなかったかと言わんばかりに、彼女が本題に入った。
「あたしたちの住んだ領地を穢して住民を殺した奴らを許せない。だから」
ロゼはミツハルをじっと見つめて言った。
「あたしに力を貸しなさい。そのための命の恩人なんだからね」
最後にウィンクをしたロゼの発言に、ミツハルはやはりと思いながら言った。
「参ったな。これは」
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