3話 違和感

 暗殺者アサシンの足跡を辿っていると小さな村が見えてきた。


 村の周囲には柵などの防衛網はなく、藁でできた20軒ほどの家が建ち並んでいる。いかにもRPGに出てくる一番最初の村といった感じだ。


 手近な家の玄関をくぐると中から女性の声が礼の耳に届く。


「…どちら様ですか?」


「こんにちは。少しお尋ねしたいんで…!」


 礼は目の前の少女の顔を見て驚愕した。

 そこにいたのは礼の幼なじみである紗理奈さりなの姿だった。


 同じ大学に通う礼と紗理奈とあきらは小学校の頃からの腐れ縁だ。


 そして今、礼の目の前にいる少女は村娘のような装いだが、肩まで伸びたウェーブ掛かったブロンドへア。大きい目に長いまつ毛。顔立ちは少し幼くなったように感じるが紗理奈だと礼は確信する。


「えっ…サリー…だよな?」


「あなたは誰ですか?どうして私の名前を…」


「あっ、そうか。俺の見た目はキャラクリ時に作成したアバターだったから分からなくて当然だよな」

 この時、礼はアバターでは無く現実リアルの姿であったのだが、その事に気付くのは少し後のことである。


「キャラクリ?…アバ…何ですかそれ?」

 サリーの目は徐々に不審者を見る、いぶかしげなそれへと変わっていく。


 ゲームの用語では余計な混乱を招くと悟った礼は会話の切り口を変え誤解を解こうと試みる。


「いや待ってくれ!俺だよれいだよ」


 その言葉を聞いてようやく理解したのかサリーの表情は一変して輝きを取り戻す。


 それにしてもサリーの奴もDD《デイドリーム》を始めてたなんてな。しかしゲーム内で自分の顔を再現するとかどんだけ自分の顔に自信があるんだよと礼は心の中でツッコミを入れる。


 これでようやく誤解が溶けたと思ったが、サリーの口から出た言葉に礼は違和感を覚える。


「あなたがあのレイさんなんですか。ホントに助けに来てくれたんですね。ちょっと待ってて下さい。弟を紹介します」


 「…弟?」

 サリーは確か一人っ子だったはずじゃなかったか…、いやもしかしてDD内で家族を構成できるシステムがあるのとか。考えを巡らせる礼であったが余計に混乱するばかりであった。

 

 そうこうしている内にサリーが弟やらの袖を引っ張りながら礼の前まで連れて来た。


「弟のアキです。よろしくお願いします」


 アキと呼ばれた少年は強引に連れてこられた為か少々不機嫌そうだ。

 アキってやっぱりあのアキだよな…。この世の全てを理解している気になっている、このすました顔は紛れもなくもう一人の幼なじみであるあきらであった。


「お前ら何の冗談だよ。兄妹プレイなんてだいぶ拗らせてんな…」

 礼は若干引き気味にツッコミをいれる。


「あっ!お前は…」

 アキは礼の顔を見るやいなや驚いた表情をみせる。そこで、礼もアキの格好が先程のアサシンと重なっていることに気付く。


「さっきのアサシン!」

 礼がそこまで言うと突然アキが刀を召喚して突然、礼に斬りかかってきた。


「うおっと!」

 礼はすんでのとこで体を横にひるがえし回避する。


「えっ?…ちょっと、何してんのアキくん!」

 サリーは状況を飲み込めず慌てて止めようする。


 それでも尚、アキは刃を礼に向け尋ねる。

「お前!どうやってここがわかった。俺の獲物を横取りしやがって」


 そもそも横取りしてきたのはあなたではとか、

 アキ君、ロールプレイしすぎじゃね、など礼はいろいろと言い返したかったが一旦話を整理すべく声を掛ける。


「取りあえず落ち着けって!」


「そうだよアキくん」


 アキはサリーの言葉でようやく刀を納めた。


「ほら、お母さんが言ってたレイさんだよ。助けてもらおうよ」


「そもそも俺はその話しを直接、聞いたことねえし姉さんの妄想なんじゃないの?」


「でも、実際にレイさんは来てくれたよ?」


「俺はコイツが嫌いだ。いけすかねえ顔しやがって!」

 アキは言いたい放題言うと、家から飛び出していった。



 「声はアキラと似てるけど性格は真逆だな。なあサリー…イマイチ状況が飲み込めないんだけど。俺は渦宮かみやれい。ホントに俺のこと知らないのか?」


「直接お会いするのは始めてですが知ってますよ!」

 サリーはまたしても礼の認識とズレた返答をする。


 どういうことだ…考えられるとしたらこいつらは実際のサリーとアキをモデルに作られたNPCか…いやでも通知無しでこんなトラブルの種になりそうなアプデするかなぁ…。


「くそっ…訳わかんねえ」

 礼はここでもう一つある可能性を脳裏を過ったが、あまりにも恐ろしくて、それは選択肢から除外した。


「なんかごめんなさい…急に助けろだなんて失礼でしたね」 


「いや…そういう訳じゃないんだけど…それよりそのお母さんの名前を訊いてもいいかな?あと俺に関して何て言ってたの?」 


「ごめんなさい。お母さんの名前はよくわからないの…物心着いたときには亡くなってたから。でもねこれだけは覚えてるんだ。『困ったときは、必ずレイが助けに来てくれるよ』。お母さんは口癖のようにそう言ってた気がする」


「……そうか」

 礼はその話を聞いて返す言葉が見付からなかった。とにかく疑問点が多過ぎて頭の整理が追いつかなくなっていた。


「お母さんの事を話してくれてありがとう。そういえば助けてほしいっていってたけど何があったの?」


「えっ、助けてくれるの!ありがとうございます。実はこのところ黒い魔物が大量発生してて、村の人も襲われて困ってるの」


 あの黒い獣か…。これはNPCからのクエストと考えるのが妥当だな。とりあえず一旦ゲームを中断して、現実のサリーとアキに話を訊いた方が早そうだ。


「わかった。黒い魔物は俺が何とかするよ。ひとまず休憩させてもらっていいかな?」


「ありがとうございます。助かります。あと休憩なら我が家で遠慮ぜず休まれて下さい。夕飯の用意もしますので」


 「ありがとう」

 礼はここまで会話を終えるとログアウトすべく。テレパスとDD《デイドリーム》の通信を切ろうとした。


 しかし、どれだけログアウトを試みても礼の現実はDDのままだった。

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