2 黑い獣

 「ここは…βテスト時の開始地点とは違うみたいだな」

 れいが辺りを見渡しているとどこからか粘り着くような視線を感じる。

 視線を感じるといってもステータスの真理しんりの数値にプレイヤーの感知能力も含まれており、それが反応しているだけである。


 れいは警戒しながらも短剣の“風切かざきり”の切っ先を草むらに向け姿勢を低くし臨戦態勢をとる。


「誰だ!」

 礼が叫ぶが草むらに潜む何かは一向に姿を現そうとはしなかった。


「無用なPKプレイヤーキルは趣味じゃないが…」


 仕方ない、風圧で草だけ飛ばすか。

 礼はそのイメージ通りに“風切”を振る。


 DDデイドリームの醍醐味は脳内イメージで攻撃の出力を調整できるとこだ。


 “風切”はその名の通り、風属性の“カマイタチ”を起こす特技を持ったAランク武器だ。

 

 礼が風切を振り抜くと同時に、突風が吹き抜け草むらを消し飛ばす。

 遮るものが無くなると、突如そこから黒い何かが飛び出した。


 それは黒曜石のようにギラギラとした黒い鱗を纏っており、尖った口先からはノコギリのような歯が規則正しく並んでいた。極めつけは頭部から角のように伸びている白銀の刀身。


 こんな奴、βテストにはいなかったぞ!

 新しく追加されたモンスターか?


 礼は心の中でそう呟きながら距離を取る。


「リリースで追加されたか…はたまたレアモンスターか…どちらにせよ仕留める!」


 礼は“風切”でカマイタチを起こし黒い獣に一筋の線が入る。しかし、直撃した瞬間鋭い金属音と共にカマイタチが弾かれた 。


「硬え、今のでノーダメとは…」


 礼がモンスターの頑丈な鱗に驚きを隠せずにいると、突如黒い人影が黒い獣の背後に飛び乗り刃を突き立てる。


 しかし、大したダメージは与えれていないようで、黒い獣は振り向きざまに黒い人影を鋭い爪で払いのけた。


 黒い獣のヘイトが黒い人影へと向く。

 微かだが黒い獣の背中にヒビが入ったのを礼は見逃さなかった。


 礼は天に向け無数のカマイタチを放つ。

断風たちかぜ大牙たいが


 空に放たれた複数のカマイタチはやがて一本に収束し天から降り注ぎ黒い獣の背中を貫く。


「グギャャャー」

 黒い獣は悲痛な叫び声を上げて地面に倒れ込む。

 生気が無くなった体は泥状に溶けて消えていった。


「ふぅ…変わったモンスターだったな」

 礼は取りあえず助けてくれた他プレイヤーであろう黒い人影に挨拶をしようと駆け寄る。


 先ほど黒い獣に吹き飛ばされていたプレイヤーは何とか立ち上がり態勢を整えていた。


 DDでは基本的にステータスの数値は可視化されない。より臨場感を味わうために全て感覚で判断しなければならい。


 更にDDではテレパスに紐付けられているマイナンバーや個人情報を元にそのプライヤーだけのユニークジョブが割り当てれる。そのためプレイヤーの数だけジョブが存在する。


 ちなみにジョブが確定後の転職は出来ない。正確にはテレパスに紐付けられたマイナンバーを元にキャラ作成を行うため、何度作成し直しても基本的には同一ジョブになるのだ。


 目の前の何者かは全身に黒いマントを纏っており、顔も頭巾のような物を巻いていて表情を窺い知る事ができない。


 ただ礼はパッシブスキル“有識者の審美眼”により対象のジョブだけは確認することが出来る。


 こいつのジョブは“暗殺者アサシン”か…。奇襲、潜伏などが得意みたいだな。さっきの不意打ちもなかなかの威力だった…β勢か?


 れいは脳内で謎の暗殺者アサシンの分析を進める。


「ありがとうございます、助かりました」

 礼は黒い人影に対して精一杯の笑顔でコミュニケーションを図ろうと試みる。


 もしかしてリリースして初めてのフレンドができるかもしれない…という期待はかくも容易く崩れ去る。


「ちっ」

 目の前の暗殺者アサシンは礼の顔を見て舌打ちだけすると何処かへと去っていった。


 「なんだよアイツ!人がせっかくフレンドリーに接してしてやったのに、無下にしやがって…っといかんいかん。俺は今年22歳になる大人だ。ここは冷静クレバーに…」


 しかし、プレイヤーに出会えたのはチャンスだ。

 あのアサシンの後を追えば村か拠点まで辿りつけるだろうと礼は“追跡者の目”を使い、先ほどのアサシンの足跡を辿る。


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