アップロード

那須儒一

1 アップロード

 …アップロードを開始します。

 完了まで、あと6■■7■■365秒 。


 ブラックアウトした視界に飛び込む黒く塗りつぶされたデジタル表示のカウントダウン。…その事を疑問に思う前に、礼の意識はそこで途切れた。


 西暦2092年に人類を次のステージへと進める、革新的な発明が成される。


 人間の脳波から思念を読み取り、それを電子信号として受信する媒体。

〚TLPT〛通称“テレパス”が開発された。


 これにより念じた通りに電子機器を操作できるようになった。


 西暦2134年にはテレパスは更なる改良を施され、全国民の脳に“テレパス”が直接埋め込まれることとなる。

 

 テレパスからテレパスへの送受信…脳から脳への意思伝達が可能となり、携帯電話は過去の遺物となりつつあった。


 テレパスの発展に伴う法案も制定され、国民はそれぞれの職種、年齢に応じてアクセス権限が与えられ、マイナンバーの紐付けにより身分証明の識別も容易となる。


 そこから更に10年後…。


 『西暦2144年。本日ついにテレパス初のフルダイブ次世代型ゲーム…DDデイドリームがβテストを経て、満を持してリリースされたんだよ!』


『されたんだよ!ってなによ。いきなりそんなこと言われても私ゲームなんて興味ないわよ。それに、前置きも長いし』

 子どもように興奮しているれいとは対称的に、紗理奈さりなは冷めた口調で返答する。


『は?サリーさんの残念な頭でもテレパスの歴史が判るようにわざわざ説明してやってんだろうが』


『なによ、残念なのはレイくんの頭でしょ!単位ギリギリで卒業すら危うい癖に』


『ああもう!お前らうるせえよ。講義中にテレパス内でボイチャなんてしてんなよ』

 言い争う2人を諫めるようにあきらが割って入る。


『お前こそうっせーよアキ。講義内容なんてテレパスにダウンロードしとけばいつでも参照できんだから聞かなくていいだろ。それに、うるさいならミュートにしろよ』


『まったくお前らは…もうすぐ社会人だろうが。いつまでこんな子供じみたやり取りしてんだよ』


『晶くんひどい!私をこんな残念男と一緒にしないでよ。私がいないと食事だってろくに食べれないんだから』


『飯ぐらいいざとなったらどうにでもなるわ。サリーはお節介なんだよ!子ども扱いすんな。それとアキもなに大人ぶってんだよ。お前だって散々一緒にβテストやり込んだじゃねえか』


『俺はやる事やってるからいいんだよ。お前はちゃんと就活して、さっさと内定取れよ』


『うるせえ。俺は起業するからいいんだよ』


『起業って何するの?』

 礼の苦し紛れの出任せに紗理奈が食い付く。


 そこで講義終了のチャイムがテレパス内に響く。礼はばつが悪くなりテレパスチャットを切り上げ、急いで居城もとい10畳のワンルームを目指し席を立つ。


「レイくん後で晩ごはん作りに行くから〜」

 テレパスに紗理奈からのメッセージが届く。


 礼は既聴無視を貫き、自宅に着くやいなや靴を脱ぎ散らかしベッドへとダイブする。


 テレパスに意識を集中して脳内の項目から

 DDのゲームを起動した。


 直後、礼のテレパスは肉体への命令、電子信号が遮断され脳内のみの活動に切り替わる。


 脳内でゲームの世界を堪能できるこの世界は礼に取ってまさに楽園だった。


 礼は既に現実リアルそっちのけでDDの世界にのめり込んでいた。期待を胸にゲームの世界へと飛び込む。 


 しかし、突如礼の視界に映ったのは暗闇に浮かぶアップロードの待機画面であった。


 プツンとテレビ画面が消えるように礼の視界が途切れる。


 そして次に意識が戻った瞬間、礼は空を飛んでいた…いや、墜ちていた。


「うぉぉぉぉ!」


「まて、まて、まて。こんなのβテストでは無かったぞ!」


 フルダイブ型のせいもあり落下時の感覚も現実同様の臨場感だ。それでもこのβテストでこのゲームにのめり込んだ礼は直ぐに落ち着きを取り戻し態勢を整える。


「確かこのゲーム、落下ダメがあったよな。いきなりロストするのは勘弁だ」

 礼はそう言うと右手に武器を起動する。


 DDはβテストからのデータは丸々引き継がれるため装備品とステータスは以前のままだ。

 武器の起動も脳内のイメージで可能である。


「こいっ!“風切かざきり”」

 礼の右手に翡翠色ひすいいろ波模様なみもようが刃に刻まれた短剣が顕現された。


「いくぜ、“断風たちかぜ”」


 いい歳した成人男性が中二病全開の技名を叫びつつ接地の瞬間に短剣を振り、地面へ向け風の斬擊を放つ。


 周囲に土煙を巻き上げながら地面には斬擊による巨大な爪痕が残っていた。


 礼は斬擊時に発生した風圧と何とか受け身を取ったことにより、落下ダメージをゼロに抑えることに成功する。


 礼は額の汗を拭い一息つく。

「ふぅー、間一髪だったぜ。年甲斐もなくはしゃいじまった…。そこら辺の絶叫マシーンより遥かにスリル満点だったな」


 改めて辺りを見渡すとそこは、見覚えのない草原であった。

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