第6話 きっと僕は幸運なのだろう。
今日は、なんだか気分がいい。
それは僕が品出しを終えいつもならピークを迎えるはず。しかし外が雨のおかげか、今日は静かだ。
雨の音は心地よくまた水たまりはどれだけ見ていても飽きない。
そんな心地よい時間を過ごしていた矢先、ドアが開いた。
あぁなんて丁度いいんだ。もう少し誰も来なかったらあまりの心地よさに寝てしまうところだった。
僕は手であくびを隠し、ドアの方に視線を向ける。
「いら……」
仏像。
「しゃいませ~」
雨のせいだろう、紺のスーツを着ているようだが、肩のところが色濃く見える。
有名な大仏の頭の編み方、
あの徳の高そうな頭は被り物だろうか、いろは銅の色をしている。手入れが滞り無く行われているのか、僕の顔がはっきりと額に映し出されている。
よくお客様は神様というように言うがお客様が仏様ということもあるのだろうか?
「参拝、ですか」
なんか喋った。
「参拝?」
僕は声こそ聞こえたがピクリとも動かない仏像の顔に眼を曇らせた。
「違いますか、最近街を歩くとよく合唱されますので」
え? なにこいつ街中で合唱されんの?
「いえ、言わなくとも分かります、徳が高すぎで近寄りがたいというやつですね」
「いや、街中をこんなのが歩いてたら誰も近づかんだろ!」
すると口を手で隠しながら笑った。手は肌色で、顔の色とは似ても似つかなかった。
「ふふふ、そんなこともありませんよ、だって」
こんなやつに合唱するやつって一体? ……
「だって?」
固唾を飲む
「よく、名前と住所聞かれますから、きっと御朱印がほしいのでしょう?」
カウンターに乗り出す。
そこから華麗に身を乗り出すと、両足を揃え、仏像の顔に向かって飛び蹴りを食らわせる。
「それは、職質だー!!」
僕の蹴りは仏壇の顔にうまくあたり、無表情のまま反動で顔が歪み吹き飛ぶ。
仏像はよろめき顔を3回転と半回転。後ろを向いてその場に倒れる。
後頭部の螺髪に若干人の輪郭が浮かび上がる。
まぁこんな不審者にはこれくらい食らわせてやらないとな、しかし、この場合は警察だろうか頭おかしいから救急車だろうか?
僕が仏像を背に顔をかしげていると、後ろの仏像がゆっくりと立ち上がる。
振り向くと、膝の汚れを払い、ネクタイを締め直す。そして半回転して後ろを向いている頭を手でもとに戻した。
「こ、このばちあたり!今の若者は私を誰だと!」
いや、偽物だろ。そう思った。
ため息を付くと、あからさまに嫌そうな顔をして手を払うように動かす。
「あの、仕事のじゃまだから、お前、お客様でも神様でも仏様でもないから」
「いいでしょう、罰当たりな少年よ、見せましょう」
そう言うと、仏像はその場にあぐらをかく。しかもただのあぐらではない。足の甲がき
れいに太ももに乗っている。
そして片手を皿のようにそしてもう片方は手の甲をこちらに見せるように動いていく。
「て、手がそれっぽい位置に!」
神々しい、というより眩しい。僕はすかさず腕で視界を遮る。
ま、まさかこいつ、本当に!
「謝るまで出ていかない!」
彼を覆っていた眩しい光は消えていきそこにはダダをこねる仏像が居た。
こいつ、めんどくさい。
僕はこのまま居座られても行けないと、素直に謝ることにした。
「悪かった、まぁほら、今って個性大事だしな?」
仏像は更にふてくされるようにその場に肘をついて胎児のように横になる。
この形だとまるで……
「いや、本物だよ、徳、高いよ、だから、な? その体勢だと死んだ事になっちゃうから」
涅槃だ。
「わ!スーツが!」
仏像は立ち上がった。
今日は雨だ、店内はお客さんの足跡でいつもより汚くなっている。彼のスーツは横腹のあたりに泥がついていた。
俺は、呆れて肩の力を抜いた。そのまますぐ隣の棚にあるタオルを手に取ると、包の袋を破り仏像に投げとばす。
「金は払っとくから」
仏像は受け取ると、スーツに押し当て汚れを拭き始める。
「少年、実はいいヤツなのですね、これは徳ポイント高いですよ」
「何だよ、徳ポイントって」
僕は、なんだかこいつが気に入ったらしい。よくいるだろう、クラスや仕事場、めんどくさいがどこか面白いやつをそんな感じだ。
「今ので少年の徳ポイントは20です、これから絶妙にいらないいいことがあるでしょう」
「はいはい」
そう言ってあしらうと、仏像はタオルを頭に乗せたまま雨の中に消えていった。
彼が見えなくなってから数分後すっかり晴れて夕日が綺麗に商店街を照らす。
「何だったんだあいつ」
僕はタオル代をお客さんの居ないすきを見て支払った。
数時間たちあたりは暗くなった。雨がやみ、夕日に照らされた後の夜はジメジメしてなんだか微妙な気持ちだ。
店は、仕事帰りのピークを乗り切り、もうすぐ夜勤の店長と交代だ。
「おつかれ、佐藤くん」
僕がカウンターで立っていると、店長の声が聞こえる。
「お疲れ様です」
僕は時計を見る。もう針は10時に差し掛かっていた。
「今日は、雨だからかお客さん少ないですね」
「やっぱ雨の日はみんな外に出たがらないからね」
店長と他愛もない会話を進めて行くと、店長がシフトの変わり際にポケットから一枚のカードを取り出した。
「あぁこれ、僕も新商品のお菓子かってみて、なんかシークレット? ってやつが出たからあげるよ」
そう言って取り出したのは、先日発売した「転生だったらナットだった件~ボルトを使って無双」のカードで、中でも人気が一番低いスパナ先生のシークレット。やたらキラキラとラメが光っていた。
「そんな、いいんですか」
僕はそんなこともつゆ知らずとりあえずもらっておくことにした。
「いいとも、もしいらなかったら売ればいい、最近は若者の間でフリマアプリ?ってやつが流行ってるんでしょ、僕売ろうと思ってもアプリよくわかんないし」
僕は受け取るとお辞儀をして、スタッフルームに行く。エプロンを外しそそくさと帰った。
家に帰り、ベットに飛び込むと一呼吸してスマホを取り出した。
そういえば店長のくれたカードってどれくらいの価値なんだろう。
フリマアプリを開き検索欄に作品名を入力して下にスクロールしていく。
「怒れるナット、5万!」
さすがは人気作品、そして主人公のことはある。ナットはノーマルでも千円、喜怒哀楽を表したシークレットはどれも、4から5万のあたりをうろちょろしている。
これはもしかするともしかするかもしれない。
僕は胸をすこしばかり踊らせてスクロールしていく。
「シークレット、指矩1万、ノーマル丸のこ5千、シークレット1万」
「お、」
指が止まる。とうとう見つけたスパナ先生のところだ。みんないくら位で売っているのか、フリマアプリは相場が重要だ。
「スパナ先生シークレット」
700円、それが相場だ。
絶妙! そう思った。
なぜなら、今日のタオル代300円、そしてこのカードを売った際の仲介手数料と送料合わせて300円、つまり利益は100円程度ということになる。
僕はそれを見るなりすぐにスマホを放って立ち上がる。
「はぁ風呂行ってこよ」
僕はそれからスパナ先生のカードがどこに行ったかを知らない。
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