第5話 きっと僕は常人なのだろう。
今日も、コンビニは忙しい。前陳、掃除、接客、終わってまた前陳。やることがいっぱいだ。時間はもうおやつの時間をすぎる頃だろうか。お客さんも減ったところでメインの仕事にトリかかる。
今日は、新商品の搬入だ。店長も今回の新商品にはとても期待しているようで、レジ前の棚にピラミッドのように並べておいてほしいと頼まれている。
僕は後ろからダンボールを運んで来た。大きく、持ってくるのがやっとだ。
商品を開け、中を確認すると、中には最近世間を騒がせている、超人気アニメ、「転生したらナットだった件~ボルトを使って無双~」のカードが入っていた。
なんでも45種類の工具仲間たちが印刷されたカードがあり、ファンは全種類集めるために大量に買い占め、どのお店も即時売り切れなのだとか……
何箱かに分かれているのかと思ったが、すべてバラで入っているのか。
ん? ちょっと待てよ。これをピラミットにするのか? つまりよくトランプする相手が居ないときにするあれか?
それは無理だろ…………まぁ……やってみるか。
まぁ何だ、どうやら、僕は器用らしい。こんなにうまくいっていいのか、不安になるくらいきれいに並べられた。3つのプラミッドはどれも絶妙なバランスでお互いを支え合っている。
はぁ、自分でも見惚れるくらいに美しい。レジに戻り、カウンターに頬杖を付きながら僕はエジプトのものに引けを取らないくらいにきれいなピラミットを眺めて、自分の器用さと才能に浸っていた。
そんな僕をお構いなしに。店のチャイムはなる。まぁ仕方ない、お客様だ。
「いらっしゃいませ」
いつもどおりの挨拶だ。特に心入れはない。
なんだかお客さんの雰囲気がおかしい。普通と違う、黒スーツ、黒ネクタイ、サングラス、どこか機密機関所属のような格好。表情はなんだか仕事をしているときの顔だ。普通のお客さんがするようなサービスを受ける側の顔ではない。
そして、極めつけは、水色でチェックのトランクスが見えている。
何だあいつ変態か?
ズボンを忘れたような感じだが、当人はなにか焦っているとか、ましてや興奮しているわけでもなさそうで、至って平穏。雰囲気、見た目こそ異常だが。
男はこちらをチラチラと数回見るとカウンターに近づいてくる。
「すまない、ここはコンビニで、間違いないか」
男のサングラスが僕の顔に見上げるように向いている。
この男はトランクス丸出しで何を言っているのだろうか、どう考えてもコンビニではないか、ずらりと並んだ様々な商品、他の店には無いレジカウンター、ケースに並ぶ骨なしチキンはまさにコンビニ特有のものだろう。
男はカウンターに肘つき、僕の返答を急かすように人差し指でリズムを刻んでいる。
「いや、まちがえないと思いますけど」
「そうか、やはりここが」
「あ、あの、お客様、ズボンをお忘れではありませんか?」
静寂の末に何度も下を見たり、左右を見たり。少しして僕の方に顔を戻す。
「なに!ズボンが見えないだと!!」
僕のことを二度見して驚く。その衝撃か、サングラスが少しずれて細い目がみえる。
いやどう見ても履いて無いだろ!僕はそうツッコミを入れた。心の中で……
「え、え、ちょっとまて、ここはコンビニだよな?」
「え、えぇそうですが」
「じゃぁなんで見えない?」
ん?なぜコンビニならトランクスがズボンに見えると思ったんだ?
男は慌てて店を出ていく。
数分して、再度男の顔がドア越しに見える。どうやら今度はズボンを履いているようだ。
またカウンターに向かってくる。どうゆうつもりなのか?
「これは、見えるか?」
「ズボン、ですか?」
「そうだ、見えるのか?」
「見えますよそりゃぁ」
「ふ、ふはははは!そうか、見えるか、君は人間だな!」
男は、僕の肩を叩くと歯を見せて笑う。
いや、こわ! 変態なのか? それともなんかキメちゃってる人なのか?
僕の本能がこいつを一刻も早くコンビニから追い出さなければならないと言っている。
「なにかお探しですか?」
僕は今考えていることをすべて隠し、頬を緩めながら聞いた。
「そうだな、強いて言うのなら己」
いや、そうじゃないだろ。確かに自分は失ってそうな行動しているけど。
「ごめんなさい当店にはそのようなものは……」
「まぁ冗談は横において本題に入ろう」
何だこいつ
男は、真顔になり胸ボケットからタバコを出すと、火をつけた。
「地球はこのコンビニによって支配されようとしている!」
タバコの煙を吐くと、煙は天井高くに登って行った。
あ、こいつ、イっちゃてる人だ。仕事に疲れているのだろうか。そう思うと悲しくて。
僕の頬には水滴が流れた。その水滴は顔を伝う。とうとう顎から滴り落ちた。
あぁそうか、この人は、この人は。
「店内でタバコに火をつけたらそりゃスプリンクラーも作動しますよ」
本当にやばいやつだ。
「いや、全て冗談だ」
男が湿気てヘタったタバコを口にしたまま。そう言い放った。
冗談?何を言っているのか僕には理解できない。とにかくこの後が大変だ。責任なんて僕に押し付けられたら最悪だ。商品も濡れてるし、掃除も大変そうだ。
そんなことを心配していた僕はすでに乾いていた。
何が起きた? 僕は今まさに濡れて居たはずだ。何なら濡れた店内もきれいに乾いている。
自分の体に触れ再度感覚で濡れていなかを確認する。次に濡れた原因の男のタバコに注目した。しかし男の口にタバコなどはなかった。
「どうだすごいだろ」
すごいなんてレベルでは無い。時間を戻したのか、もしくは僕が濡れたと思っていた感覚が嘘だったのか。ともかく人間にできる幅を超えている。
「お前ら何者なんだ」
僕は他にもおかしな奴らを知っている。しゃべるダンボール、一瞬で弁当を作る調理師、嵐のような女、もしかしたら店長やクリームさんも何かあるかもしれない。
僕の顔に考えていることでも書いてあるのか、男は理解したようにほほえみながら話し始める。
「違うな、お前が多分今まで見てきたのは宇宙人だ」
宇宙人? 何を言うかと思えば、ここに来て冗談か……といえる根拠を僕はもっていない。
「じゃあお前も」
僕はしっかりとファイティングポーズを決めてやった。漫画でしか見たこと無いから多分間違っているけど。
「おいおい、俺違うって言ったよな、俺は人間!今のは、技術班の道具で……まぁあれだ、周囲の物の場所だけをもとに戻す道具があるんだ!それより重要なもっと聞くとこあるだろ。」
「僕が今まで見てきたのが宇宙人っていう……」
「そうだ、ここは今指名手配中の宇宙人がいるとされている、今まで何が有ったか知らないがおかしな奴らが居たんじゃないのか?」
あぁ、さっきまでおかしなやつだと思っていたのに、まさか唯一僕の周りで常識を持った人だったとは。
「そうなんです、あいつら……」
僕はなんだか嬉しくなって洗いざらいはなした。
「そうか、多分、いやきっとそいつらは宇宙人だ、道具がないと確かめられないがな」
すごく鼻を高くしながら男はうなずいた。
「そういえば指名手配中の宇宙人っていうのは」
「いや、深くは言えない、機密事項だ、お前には関係ない、しかし、お前、もしかして使えるかもしれないな、どうだ、こっち側につかないか?」
「こっち側?」
「そうだこっち側、宇宙人から世界を守る側だ。」
そんなことを急に言われても僕には判別がつかない。このコンビニの中に指名手配の宇宙人がいるならそれはもしかしたら店長、いや、クリームさんか? 銃持ってたし。しかしどちらにせよ僕の目には悪い人には見えなかった。
僕は黙ったままだった。
「とはいえなにかやってもらうわけでは無い、たまにここに来るから普通とは違うことを教えてくれればいい、さっきみたいに」
謎が深まるばかりだが、なんだかこっち側というやつに付くことになったらしい。このまま様子を見るのがいいかもしれない。
「分かりました」
その男は、その言葉を聞くと、かっこよく背中を見せて店を出ようとした。
「あれ? ズボン」
去ろうとする男の下半身には水色のチェックが見える。
「あぁ気にするなきっと、時間が戻ったからだ、はぁ、なんで嘘発見器内臓のサングラスは作れるのに宇宙人発見装置がズボン何だよ」
男は去っていく。本当に何だったのだろうか、いろんな装置を持っているようだ、まだ何か持っているのかもしれない。それに男の言った指名手配中の宇宙人、頭の処理が追いつかない。
そういえばそろそろお弁当が廃棄の時間か。僕はため息を付き、顔を上げる。
そして、ピラミッドがきれいサッパリ消えている事に気づいた。崩れたのでは無い。ダンボールが棚の横に置かれ、ガムテープがはられたままだ。
僕はもう見えなくなった人影を睨むように入り口を向く。
あの男……
「戻しすぎだ!!!」
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