第4話 きっと私は純愛なのだろう。

 コンビニというお店、いかにも24時間開いていて、店員が立っているだけ、そう思っている人は少なくないだろう。中には品出しや前陳そんな知識を有しているものもいる。

 しかし、コンビニの仕事に実は床掃除も含まれている。長い歴史の中で今ではほんの10分程度にまで簡略化され、ほとんどの人は掃除の時間を目にすることはなくなった。それは床の素材が、木から塩化ビニール製の床に変わったことが大きく関わっているのだが。だからと言って、店員が床掃除をしなければならない事に変わらない。

 

 僕は床を1メートルほどのダスターを掛けながら店内を徘徊する。入り口側から奥に掛け、棚の間を通りながら、最後、雑誌コーナーに差し掛かる。

 

 僕は床だけを見ながら掃除しているわけではない。掛けながらも商品棚の前陳を欠かさない。顔が上がっている以上当然のことながらお客さんの流れを見るわけだが、最初の棚の上から見える、2メートルほどある帽子。ずっと気になっていた、棚を1つ2つ進んでもその体は見えない。


 そしてとうとう見えた雑誌コーナー。よくよく考え直せば一点に長い間お客さんがいるときのパターンは限られている。

 1つ目、なにか目的のものを探している時。

 しかしその場合、最初の棚で1分。そして雑誌コーナーの一個手前の時点で、掃除し始めてから7分立っている。流石に長過ぎる。コンビニはお客さんの流れが早いため、何分も立っていれば流石に焦る。背中を通る何人もの人に、普通は無意識になにか圧迫感を感じるもの。

 そして極めつけは、心理現象。僕は知っている。人は意外と無意識のうちに音楽を聞いている。そのため服屋、スーパーなどの店内放送はゆったりしたものが多い。それは、落ち着く音楽でお客さんの足を遅くし、それによってたくさんの商品が目に入るようにする、衝動買いを狙ったもの。

 しかし、このコンビニは有線ラジオ、今どきのJPOPがガンガン流れている。もちろん落ち着いたものもあるが大抵は、盛り上がる曲調。


 ここまで来て店員にも商品の場所を聞かず、一つの場所にずっといつということは、まずありえない。と、なるとやはり2つ目。これだけは避けなければならない。なぜなら2つ目となればあの2メートルのやつは敵、僕らコンビニ店員は注意しなければならない、あの巨体に。

 

 立ち読み。これが奴ら、全国のコンビニ店員の敵。その数は無限、大手コンビニは店内放送で呼びかけているがその数は減らない。更にこのコンビニは、店内放送で呼びかけをしていない。そのため店員である僕が注意しなければならないのだ。

 

 僕のダスターは立ち読みしている2メートルほどの男の前に迫っていた。


 怖い。この法治国家の中であろうと、2メートルの大男相手に注意するのは勇気がいる。

 しかし、だからといって彼だけを許すのは不公平だ。更に言えば他のお客さんに、前は注意してなかっただろ、なんて言われたらどう対処すればいいかわからない。

 何より、このコンビニのためにならない。男なら立ち向かわければならない。この大男に。僕はダスターを手汗がにじみ出るほど強く握る。

「すいません、足元、よろしいですか?」

 だが、やはり怖い!!

 まぁ、最初から前のめりで注意するのもあれだ、まずは様子見、掃除を装って、足を動かしてもらうことでさり気なく、あれ? もしかして俺邪魔? という意識を植え付ける。


 しかし僕の作戦虚しく帽子の男は全く動じない。まるで聞こえていない。


 き、気まずい。なぜなら聞こえていた場合、わざと無視しているということ、とどの詰まり性格が悪い。何度も言うと逆ギレをくらいかねない。なんてことだ、注意という単語からは感じ取れない。それが熾烈で、巧妙さが求められる心理戦ということ。


 さて、次の一手、僕が出すべきなのか、男の反応を待つべきなのか。

 僕は、男の心理を探ろうと目を凝らして体を見る。心は以外にも体に出るものだ、少しの行動から相手の心理を見抜く。メンタリストなんて言葉も存在するくらい体から得られる心理情報は多い。

 僕が目を凝らして見ていると帽子で隠れた顔からギラリと目だけが見える。

「!!」

 今、たしかに目があった。ということはやはり、僕のさっきの声はこの男に届いている。

 となると、完全に敵対。あまりなめるな、心理戦となると体格は関係無い。更に僕には厨二病時代に培った心理術がある。本を読んだだけだけど。

 僕の心構えはできていた。それはマタギのように、心理術という猟銃片手に熊のような大男に立ち向かう。そんな気持ちだ。


 僕は手もとのダスターを男の足、数センチほどのとこまで持って行く。圧力攻撃!

 大胆に、そう男は敵、コンビニにいる以上、僕のほうが正当性があって有利。攻めてもいいのだ。さぁなにか言ったらどうだ。

 僕は、胸を張って男の顔を見る。帽子のせいでよく顔は見えないけど。男は反応を示さない。

 僕の頭に衝撃がはしる。記憶からくる教訓。


 ま、まさか、不覚、なぜそんなことにも気づかなかったのか、今どきのラブコメなどでよくある、もはやお決まり。なにか大切なことを言おうとしたらイヤホンで聞こえなかったパターン。だとしたら申し訳ない。無言でダスターを使い威圧的にどかそうとしてくる嫌な店員。

 別に口で注意してくれればどいたのに、こんなやり方だと意地でもどきたくなくなる。のやつだ。


 何という気づき、エスカレートする前に気づいてよかった。何だ、僕たちは互いに勘違いをしていただけなんだ。


 僕は、優しく肩に手を掛ける。お互いに話し合おうじゃないか、分かり合おうじゃないか。争う必要なんてなかったんだ、だって嫌な客でも無口な店員でもなかったのだから。


「何ていうか、僕たち……」

 僕は微笑み掛ける。

 男が振り向き顔を向ける。すると髪で隠れた耳が見えた。しかし僕の想像と違ってイヤホンはついていなかった。

「運命の……」

 男の声が聞こえる。やけに女の子みたいに高いがきっと個性に違いない。

「へ?」

 僕の頭に引っかかる男の言葉。運命それはどういうことなのか? 男の手元を見ると、持っているのは、少年向けの漫画雑誌でも青年向けのエイチな本でもなかった。

 女性向けファッション雑誌だ。


 男が顔を大きく上げたからか帽子がゆっくりと地面に着地する。


 いや、違った。


 女性が顔を大きく上げたからかツバの広いフェルトハット(リボン付き)がゆっくりと地面に着陸する。の間違えだ。


 四角い顔に、1センチはありそうなまつげ、真っ赤な口紅、おまけには、左右にきれいに分かれたツインテール。あまりのミスマッチ感に僕は、驚いて尻もちをついてしまう。

 「あなたのアプローチ、受けるわ、私、キュンと来ちゃった!」

 完全なミス!ガタイの大きさだけで判断してしまった僕のミスだ。

 脳裏によぎる僕の妄想。彼女にお姫様抱っこをされている僕。


 そんなの望んでいない。

 どうするべきか、僕が考えていると、彼女が話しかける。

「でも、一目惚れって、あまり長続きしないって聞くのよね。」

 思いも寄らないチャンス、このままうまく行けば、ひょっとすると、やっぱりやめとく、と彼女が言い出すかもしれない。

「だから……」

 こい!こい!僕はパチンコのリーチを見るような感覚で彼女の言葉を見守る。

「○△公園で明日の16時、ね!」

 しかし、パチンコ同様、思い道理には行かない。彼女は立ち上がると、地面を揺らしながらスキップをして店を出て……


 ガラスの割れる音が鳴り響く。ドアで彼女は顔をぶつけたようだ。

「いてて!私って、おっちょこちょい!」

 彼女は立つと静かに店を出ていった。残った静寂は僕に安堵をもたらした。

 そして僕は今回から気をつけようと思う。人を見かけで判断しないこと。


 それから○△公園には近づかないこと。

 僕はヒビの入った窓を見ながら一つ賢くなった自分に数分の間浸っていた。

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